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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
197/359

線路は続く



 赤茶けた山の裾に半円形の大穴が開いていた。巨竜ガルグユや巨人フンババといった桁外れにでかい悪魔が通るのは難しいが、大抵の悪魔ならば飛び跳ねても天井に頭をぶつけることはない。それくらい大きな穴である。

 穴の周囲は灰色の石が隙間なく敷き詰められ、内側は金属製の柱で補強がされていた。きっと、この大穴こそが鉱山の入口に違いない。その奥に続く坑道は、グザファン曰く「魔界血管までの近道」である。


 狂ったように輝く太陽が沈み始めて辺りが少し暗くなった頃、樹流徒は坑口(坑道の入り口)前に到着した。

 付近に悪魔の姿が幾つか見えるが、鉱山に近付く者はいない。代わりに大地に敷かれた線路がまだ途切れることなく坑道の中へと続いていた。坑内に明かりがあるのかどうかは分からないが、少なくとも入り口付近は完全な闇に包まれていた。


 赤く光る魔人の双眸が別の赤色を帯びた。暗視眼を発動したことによる瞳の変色である。樹流徒の視界に映る景色が急激に明るさを増した。今まで闇に隠れていた存在が姿を現す。頭を逆さまにして天井に貼り付いているコウモリたちの姿が見えた。


 視界を確保した樹流徒は早速坑内へと足を踏み入れる。

 地下鉄のホームにも匹敵しそうな広い通路が彼を出迎えた。壁や天井は金属製の支保工(しほこう)により支えられているが、これだけ大きな空洞だと今にもどこかが崩落しそうで恐ろしい。


 通路の途中には幾つかの分かれ道が見えた。坑内は魔空間も顔負けの巨大迷宮になっているのかもしれない。

 だとすれば厄介だが、対処法として“左手の法則”が使えそうだった。左手の法則とは、左手を壁に当てながら歩いていればいずれゴールにたどり着けるという迷宮脱出方法である。以前マモンが発生させた魔空間ではこの方法を無効化されてしまったものの、坑内が通常の空間なのであれば今度こそ有効だろう。


 樹流徒は法則に従って左側の壁に沿って歩き始める。彼が近付くと、天井のコウモリが一斉に羽を広げて外へ逃げ出していった。

 魔界の動物たちにも首狩りの威名が知れ渡っているのだろうか。そんな冗談を考えている内に、最初の分かれ道に差し掛かる。道は前方と左右の三方向に分岐していた。地面に敷かれた線路もちゃんと三方向に分かれており、レバー式の分岐器でルートを変更できるようになっている。

 法則に従って、樹流徒は左の道に入った。


 と、すぐに足が止まる。

 通路のずっと先に横たわっている謎の影を発見したからだ。

 悪魔だろうか。動物だろうか。距離が遠すぎて細かな姿は判然としないが、中型犬以上、大型犬未満の大きさを持つ生物に見えた。


 こんな場所で寝ている者がいるとも思えない。とすれば行き倒れだろうか。動物ならば死んでいるかもしれない。どちらにせよ放置しておくのは気の毒だった。


 駆け寄ってみると、倒れていたのはアライグマだった。目の周りに広がる隈取り、全身を覆うアッシュグレイの毛皮、手足から伸びた五本の指、そして縞々の尻尾……間違いない。

 それでも樹流徒はひと目見てこれは悪魔だと思った。なぜならこのアライグマは服やアクセサリーを身につけている。遠目では気付かなかったが、水玉模様の大きな蝶ネクタイを首に巻き、タキシードを着ているのだ。この鉱山で働いている悪魔だろうか? 鉱夫にしては上品な身なりだ。


「大丈夫か?」

 樹流徒はアライグマに声を掛ける。

「起きているか?」

「しっかりしろ」

 何度か呼びかけると、ううん、と眠たいような苦しいような声が返ってきた。取りあえず意識はあるらしい。

 それが分かって樹流徒が軽く安堵すると、黒い隈取りの中で閉じられていたアライグマの瞳がぱっちりと開いた。


 意識を取り戻したアライグマはのそりと体を起こして二本足で立つ。樹流徒の顔をさっと見上げると、悲鳴を上げるでもなく逃げるでもなく、まず身だしなみを整え始めた。タキシードに着いた砂埃を手で払い、蝶ネクタイの両端を持って外側にピンと伸ばす。

 それが済むと、つぶらな瞳でもう一度樹流徒の顔を見上げた。

「んー。ボクに何か用?」

 アライグマは眠たそうに目を擦る。

 坑道で寝る者などいるはずないと思ったが、予想に反してこの悪魔は寝ていたのかもしれない。だとすれば余計な事をしてしまった。

 樹流徒は弁明する。

「悪かった。まさかこんな場所で寝ている悪魔がいるとは思わなかったから」

「あ、もしかしてボクが倒れてると勘違いした?」

 悪魔は両手で口元を押さえてくすくすと笑った。

「そういえばキミ、この辺りじゃ見ない顔だね。ボクは“グシオン”。キミの名前は?」

「相馬だ」

 答えると、グシオンと名乗る悪魔は頭を横に倒した。

「ソーマ? やっぱり知らない悪魔だなあ」

「この階層の住人じゃないからな」

「うん、そうだよね。でも、何で別階層から来た悪魔がこんな場所をうろついてるの? 鉱山の関係者以外は滅多に近寄らないのに」

「この坑道を抜けるのが魔界血管への近道だと、グザファンに教えてもらったからだ」

「ふーん。グザファンがね……。てことはキミ“ヌトの町”に寄ったんだ」

 と、グシオン。先刻樹流徒が訪れた鍛冶の町はヌトの町と呼ばれているらしい。

「でもこの坑道、とても広くて迷路みたいになっているんだよ。道順を知っていれば魔界血管までの最短ルートになるけど、そうじゃないなら別の道を行ったほうが早いんじゃないかな」

「そうなのか? 知らなかった」

 もしこの話が事実なら、グザファンも随分といい加減な情報を掴ませてくれたものである。


「坑道の地図はないのか?」

「あるわけないよ。ボクは坑内の構造を知り尽くしてるからね。地図なんて必要ないの」

「地図も無しか。少し迷うな……」

 今すぐ坑道を出て別のルートを行くべきか。それともこのまま左手の法則を使って地道に坑内を進むか。択一を迫られる。

 樹流徒が考え込むと、グシオンが何か閃いたような顔をした。

「ちょっと待ちなよ。たしかに地図は無いけど、案内人ならここにいるよ」

 そう言って胸に手を当てる。

「お前が道案内してくれるのか?」

「うん。ジツはボクこれから造幣所に用があるんだ。造幣所は魔界血管までの道のりの途中にあるから、ついでみたいなものだよ」

「それは助かる」

 ベルフェゴール戦のあとに手当てをしてくれた悪魔といい、忘却の大樹で助けてくれたサキュバスといい、魔界に来てから何かと巡り合わせが良かった。無論、運だけが全てではないが。

「じゃあ、遠慮なく案内を頼むよ」

 樹流徒が意を伝えると、グシオンは「うん」と頷いた。

 ただその直後、グシオンの手がすっと前に伸びる。

 何だろうと思って樹流徒が反応を示さずにいると

「紫硬貨1枚ね」

 と、グシオン。それは間違いなく金銭の要求であった。


「案内料を取るのか」

「それはそうだよ。最近現金な世の中になりつつあるからね。その波に乗り遅れないようにしなきゃ」

「まるで現世みたいだな」

「えー。そんなことないよ。ホラ、ボクたち悪魔って基本自給自足だから、普通に生きてく分には硬貨なんて不要じゃない? その点は未来永劫変わらないよ。でも、お金があれば色々楽しい思いができる世の中になってきたんだよ。君の住んでた階層では違うんだろうけどね」

「そういうものなのか……」

 まさかこんな場所で魔界経済学の講義を受けることになるとは思わなかった。樹流徒は腰の皮袋から取り出した硬貨をグシオンに手渡す。

 グシオンは左手でしっかりと硬貨を掴み

「あ、そうそう。ところで移動にはトロッコを使うんだけど、それを走らせるのにもう一枚欲しいな」

 などと言って右手を差し出した。なんだかグザファンと似たような手口である。

「商売上手だな」

 呆れるやら感心するやら、樹流徒が複雑な気持ちで硬貨を手渡すと、グシオンは「最近よくそう言われるよ」と答えて、嬉しそうに縞々模様の尻尾を振った。

「じゃあ行こうか。トロッコはあっちに置いてあるんだ」

 グシオンが通路の奥を指差す。そちらへ向かって二人は歩き始めた。


「坑道に敷かれた線路はトロッコを走らせるためのものだったんだな」

 移動中、言葉を交わす。

「そうだよ。トロッコを使うようになってから坑内を移動したり鉱物を運ぶのがとっても楽になったんだ。これもみんな“クロセル”のお陰だね」

「クロセル?」

「そ。現世かぶれで発明好きの悪魔。魔界のトロッコを作ったのは彼なんだよ」

「じゃあ、この世界の線路も全てクロセルが敷設(ふせつ)したのか?」

「まさか。線路を敷くのはボクたちも手伝ったよ。というかボク、そのとき工事の指揮を執ってたんだからね」

 グシオンは少し自慢げに胸を反らす。この悪魔、見かけによらず結構大物なのかも知れない。

 それはそうとして、樹流徒はクロセルという悪魔に少し会ってみたい気がした。現世かぶれというくらいだから、きっと人間に対して好意的な悪魔に違いない。


 間もなく、樹流徒たちはある十字路に差し掛かった。

 グシオンは迷わず右へ曲がる。その通路は長さが十メートル程度しかなく先が袋小路になっていたが、奥に一台のトロッコが置かれていた。


 そのトロッコは所謂(いわゆる)手漕ぎトロッコで、ハンドルを漕いで四つの車輪を動かす構造になっていた。

 車体の七割は金属で作られている。床にはかなり分厚い鉄板のような物を使い、逆にトロッコの四方を囲む低い壁には薄い板が使われている。車輪も金属製だ。

 床の両端には木製の長椅子が置かれ、その中間にテーブルが固定されていた。テーブルの上では二本のハンドルが斜めに向かい合っている。座りながらトロッコを漕ぐように作られているようだ。また、片側の椅子のそばにはブレーキレバーと思しきものが一本取り付けられていた。


「このトロッコ、ハンドルは二本だけど一人でも漕げるんだよ。だからキミが漕いでね」

 一方的にそう決めてしまうと、グシオンは椅子に飛び乗った。何だか異様に嬉しそうだ。

「実はボク椅子に座るの初めてなんだよ。いつもはハンドル漕ぐためにテーブルに乗らないといけないからね」

 たしかにグシオンの背丈では椅子からハンドルまで手が届かない。テーブルに乗らないとトロッコを動かせないのだ。


 道理で嬉しそうなはずだ、と納得しつつ樹流徒はグシオンと反対側の椅子に腰掛けた。

「さあ出発だよ」

 グシオンの掛け声とともにハンドルを上下させる。ギシギシと音を立てて全身を軋ませながらトロッコがゆっくりと動き出した。


 一度動き出せば、ハンドルを漕ぐのは楽だった。ハンドルから手を放しても少しのあいだトロッコは勝手に走ってくれる。要は自転車と同じだ。


 ただ、このまま単純にトロッコを走らせるだけでは坑道を抜け出せない。

「たまに分岐器を動かさないといけない地点があるんだ。その手前で合図したらトロッコを止めてね」

 グシオンは予めそれを樹流徒に告げた。分かれ道に設置されている分岐器を動かさないと、間違った道へ進んでしまうということだろう。

「ブレーキはこれでいいんだな?」

 樹流徒はそばにあるレバーに手を伸ばす。

「そう。それを後ろに引けばトロッコが止まるからね」

 その言葉を最後に、少しのあいだ両者から会話が消えた。


 何度か分岐器を動かしてルートを変更しながら先へ進んでいると、やがて開けた場所に出た。

 天然の洞窟だろうか。ゾッとするほど広い空間である。坑道の通路も相当広かったが、それとは比較にならない。別世界に移動したのでは、と錯覚するほどの規模だった。


 その中を進むトロッコは、やがて危険な場所に差し掛かる。両脇が崖になっている細い道が遥か遠くまで緩やかに下っていた。もしトロッコが足を滑らせようものならば奈落の底へまっ逆さまに転落してしまう。

「見ての通り、ここから先は長い下り坂になってるんだ。勝手にトロッコが走ってくれるから、そのあいだ休んでよ」

 グシオンは落ちついたものだった。この道に慣れているのだろう。


「坑道を抜けるのに、あとどのくらい時間がかかる?」

 樹流徒はハンドルから手を放して、尋ねる。

「さあ。時間なんて測ったこと無いからね。まだ結構かかるとしか答えられないよ」

「そうか」

「でもちゃんと外に連れてってあげるから安心して。ボクは守銭奴だけど、もらった硬貨に見合うだけの働きをするのが自慢だからね」

「分かった。任せるよ」

 しばらくするとトロッコが下り坂の終わりに近付いた。先には短い直線と、その後に続く急な上り坂が待っている。樹流徒は再びハンドルを握った。


 急な上り坂も樹流徒の力ならば平地とさして変わらない。トロッコは下り坂を滑るような速さで上昇した。さながら絶叫系のアトラクションである。

「スゴい、スゴい。キミ結構力持ちだね」

 グシオンはすっかりご機嫌で、トロッコから身を乗り出すようにして笑っていた。

 

 上り坂の終わりが、広大な空間の終わりでもあった。坂を上りきったトロッコは再び枝分かれした通路の中を走る。

「二つ先の分かれ道で分岐器を動かすからトロッコを止める準備しておいてね」

 グシオンの言葉に頷いて、樹流徒はブレーキのレバーに手を掛けた。


 一つ目の分かれ道を通り過ぎ、間もなく二つ目の曲がり角が遠くに見えてくる。余裕を持ってトロッコを停止させるために樹流徒はブレーキレバーを後ろに引いた。

 キ、キ、キという金切り声を上げてトロッコが減速する。

「上手だね。丁度いい感じだよ」

 トロッコの操縦に関しては樹流徒よりも一日の長があるであろうグシオンは、樹流徒がレバーを引いた瞬間、最終的にトロッコがどのあたりで停止するか分かったようだった。


 グシオンの言葉通り、トロッコは曲がり角から五メートル以内の場所で止まった。

 通路の隅には分岐器が置かれている。グシオンはトロッコから飛び降りてそちらへ駆けていった。


 と、そのとき。

 樹流徒は強烈な殺気を感じた。足音も聞こえる。何かが近付いてくる。

「グシオン、気をつけろ」

 注意を促したが、不要なことだった。次の刹那曲がり角から飛び出してきた巨大な影は、グシオンの存在を無視して、樹流徒めがけて突っ込んできたからである。


 グシオンの身を案じたために、樹流徒自身は逃げるのが少し遅れた。

 巨大な影が樹流徒の乗ったトロッコの斜め前方からぶつかる。その衝撃でトロッコはひっくり返るように派手に横転した。




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