ロストテクノロジー
頬を撫でる冷たい風と木々のざわめきで目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中だった。
太い木の幹に背を預け、樹流徒は大地に座っていた。たったいま目覚めたばかりのせいか、驚くよりも先にぼんやりとした心地に襲われる。
首から上だけ動かして周囲を見渡すと、ずっと遠くで木々の隙間から陽光が差していた。ほかにこれといって注目すべきものは見当たらない。悪魔の姿も、建物らしきものも、その片影すら確認できなかった。
敢えて言うなら、何も無いことが樹流徒にとって注目すべき点だった。ベルフェゴールはともかく、忘却の大樹や草原に咲く草花など、すぐそばにあったはずの景色が存在せず、代わりに森が広がっている。
ここはどこだ? どうして俺はここにいる? 一体いつから……?
樹流徒は自問する。こめかみを手で押さえて記憶を辿ってみると、己の生死を賭けて自爆をしたところまでは思い出せた。その後に何があったのか、さっぱり分からない。
まさかここは死後の世界なのか? 俺はベルフェゴールを倒せずに死んだのか?
本気でそんな風に考えていると、悪魔か、それとも鳥だろうか、何かが樹流徒の足元に一瞬だけ影を落として物凄いスピードで上空を通り過ぎて行った。
それに気付いた樹流徒はさっと顔を上げて、すでに誰もいなくなった虚空を見つめる。
木の幹に背中を引きずるようにして体を起こすと、思い出したように全身の傷が痛んだ。もし死後の世界にも肉体の痛みがあるのだとしたら、地獄としか言いようがない。だから樹流徒は、自分がまだ生きていると信じた。ここはあの世なんかじゃない。この体の痛みは、俺がまだ生きている証拠だ……と。それは樹流徒の想像と願望に過ぎなかったが、事実でもあった。
そういえば、前に仙道渚がこんなことを言っていた。「根の国は、強い怨念や悲しみを残して死んだあらゆる生物たちの魂が運ばれてくる場所」と。
もし俺が死んだなら、ベルゼブブに対する強い怨念で、今頃俺の魂は根の国に運ばれているはずだ。そう思って、樹流徒は自分の生存を余計に信じられた。
何気なく視線を落とすと、そこでようやく樹流徒は自分の格好が変わっていることに気付く。
体中に包帯が巻かれていた。誰かが手当てをしてくれたらしい。さらに新しい服を与えてくれたばかりか「変装用にどうぞ」とばかりにフードつきのローブまで着せてくれてある。よほど親切な悪魔が助けてくれたのだろう。
想像できるのはそこまでだった、ほかのことは何も考えられない。自分が生きていることと、誰かに手当てをして貰ったことは分かっても、結局ここがどこなのか見当もつかない。にわかに不安な気持ちが樹流徒の心に染み出てきた。
木々の奥からギーギーと甲高い鳴き声が聞こえる。エリマキトカゲと良く似た生き物が、樹流徒の前を横切った。
深く呼吸をして、樹流徒は心を落ち着かせる。しっかり五感を澄ますと、周囲に生命が溢れているのを感じた。一見すると誰もいない寂しげな森だが、本当は活気に満ちた場所なのだと分かる。
とりあえず、ここがどこなのかを確認しないといけない。不安を払拭するため、樹流徒は羽を広げて森の木々よりも高く飛んだ。
四方に視線を巡らせると、ずっと遠くに忘却の大樹がそびえているのが見えて、急に色々と安心した。自分が本当にまだ生きていることを実感できたし、自力で大樹まで戻れることが分かった。
すっかり精神が落ち着いた樹流徒は、森に降り立つ。再び木の幹に背中を預けて地面に腰を下ろした。
できれば今すぐにでもここを離れて大樹に向かいたい気持ちはある。ただ、その前に自分を助けてくれた悪魔に会って一言礼を言っておきたかった。こうしてジッと待っていれば、その内に悪魔が戻ってくるかもしれない。
それでも何時間か待って誰も姿を現さないと、樹流徒はとうとう待ちかねてこの場所から移動しようと決めた。
顔も名前も知らない命の恩人に心の中で礼を言って、空に舞い上がる。
今度こそ、忘却の大樹へ。そして魔界血管へ――
「いやはや。食料調達をしていたらすっかり遅くなってしまいました。キルトはそろそろ目を覚ましたでしょうかね?」
両腕いっぱいにキノコと山菜を抱えたオロバスが戻ってきたのは、樹流徒が飛び立ってからわずか数分後だった。
森を後にした樹流徒は、程経て、何事もなく目的地に到着した。
大樹の入口付近を中心に、多くの悪魔たちが往来している。ベルフェゴールと戦っている最中は実質通行止めになっていたせいか、樹流徒が最初に大樹の前を訪れたときよりもずっと混雑していた。
大樹を出入りする悪魔だけではなく、木陰で寝そべったり、談笑したり、楽器を鳴らしたり、商売をする者たちの姿も戻ってきた。ベルフェゴールとの激しい戦闘が遠い過去の出来事だったかのように、辺りは明るく賑わっている。
もし首狩りキルトの存在に気付かれたら、折角平穏を取り戻したこの地に再び混乱を招いてしまう。
周囲の悪魔に正体がバレないように、樹流徒はローブのフードを目深に被った。そして落ち着いた足取りで大樹の入り口に向かって歩き出す。
幸い、魔人の存在に気付く者はいなかった。
――なあ、知ってるか。あの首狩りが魔界に来てるらしいぞ。
――ええ、知ってますよ。さっきまでここでベルフェゴールと戦っていたんでしょう?
――どっちが勝ったんだ?
――そりゃ……ベルフェゴールに決まってるでしょ。
――つまんないな。オレも賞金狙ってたのに。
――君じゃ首狩りには勝てないと思うよ。
樹流徒の目の前を歩く悪魔の一団がそんなことを喋り合っている。
大樹の入口には見張りもいなければ、手荷物の検査をする者もいない。
異形の波に紛れて歩く樹流徒は、いとも簡単に大樹内部へ潜り込めた。
入り口の先は巨大な通路になっており、Sの文字を描いたような急な曲線の床が数十メートルに渡り続いていた。天井は首を後ろに倒さなければ見えないほど高く、道幅は家が何軒も立ち並ぶくらい広い。これならばどれだけ大きな悪魔でも通行できるだろう。あの巨大悪魔レビヤタンやベヒモスですら通れるかもしれない。
その巨大通路だけでもかなり驚きだったが、本当の驚きはその後に待っていた。
通路を通り抜けた先に現れた景色をみたとき、樹流徒の全身に感動なのか恐怖なのか分からない、名状し難い衝撃が走る。
急に視界が開けて、前方に恐ろしく広大な空間が現れた。その大きさは「広い」や「凄い」などの一言では言い表せない。小さな町をそのままそっくり移せる規模の空間だった。
また、それ以上に樹流徒を驚かせたのが、空間全体の様子だった。四方を囲う内壁には電気回路を模した巨大なラインが埋設され、その中を緑色の光が駆け巡っている。地面を見ればトンネルよりも太い配線の束らしきものが床の縁に沿うような格好で何本も敷かれていた。そして空間の中央には恐ろしく巨大な台形の台座が設置されている。配線の束は全てその台座に繋がれているようだ。
大自然の王の如き威容を誇る大樹の内部は、まるで近未来を舞台にしたSF作品にでも出てきそうな、機械的な雰囲気漂う超巨大空間だった。
機械文明とは無縁そうな魔界に、なぜこんなものが?
思わず入口で立ち止まってしまった樹流徒は、明らかに場違いな景色を眺め回す。内壁を埋め尽くすラインの存在も気になった。それは樹流徒の全身に埋め込まれたものと酷似している。ただ偶然似ているだけなのか? 樹流徒は不気味さを覚えた。
「アンタ、忘却の大樹を見るのは初めてかい?」
そのとき樹流徒の背後から声を掛ける者があった。
振り返ってみると、爬虫類の頭と人間に近い体を持った悪魔が立っていた。ガーゴイルと少し似ているが、ガーゴイルと違って羽は無い。
「初めてここを訪れる奴らは皆、今のアンタみたいな反応をする。だからすぐに分かるんだ。アンタも別の階層から来たんだろ?」
どこか馴れ馴れしい態度の悪魔は、樹流徒の肩を軽く叩いた。
樹流徒は今一度フードを目深に被り直して、頷く。
「ああ……。そうだ」
正体に気付かれるとまずいので、咄嗟に相手と話を合わせた。
爬虫類の悪魔は「だろうな」と頷く。
「忘却の大樹は有名だけど、聞くのと見るのじゃ大違いだからな。どうだ? 実際見ると凄い迫力だろ?」
「正直、驚いた」
まさか魔界にこんな科学技術があるとは思わなかったから。
一体、誰がこんなものを作ったのか? 丁度良いので、樹流徒はその疑問を眼前の悪魔に聞いてみる。
尋ねられた爬虫類の悪魔は、どこか呆けたような顔をしてから「冗談だろ?」と笑った。
「忘却の大樹は、俺たちが聖界を追放されて魔界に来たときから既にあったものだろ。悪魔なら誰でも知ってる、常識中の常識じゃないか。この大樹を誰が作ったのかは永遠の謎さ」
「悪魔が作ったものじゃないのか……」
要するに、忘却の大樹は魔界における超古代文明らしい。誰がどうやって作ったのか分からない、失われた技術である。悪魔よりも先に魔界に住んでいた知的生命体がいた……ということだろうか?
「ま、好きなだけ見学していくといい。ただしこれ以上先へ進むのはお勧めできないな。忘却の大樹で迷ったら最悪だからさ」
一方的に別れの挨拶を告ると、爬虫類っぽい悪魔はこの空間の中央に設置され台座に向かって歩き出す。
ほかの悪魔も皆、台座を目指して移動していた。歩いている者もいれば、空を飛んでいる者もいる。その流れに身を委ねて、樹流徒も足を進めた。
しばらく黙々と歩き続けていると、空間の中央付近に到着して、樹流徒は立ち止まる。
正面に鎮座する巨大な台座の周囲には幾つもの階段が設けられ、それを使って悪魔たちが台座の頂上を目指していた。
樹流徒は顎を傾けて、頂上の様子を確認する。
いま、台座の上に一体の悪魔が到着した。その悪魔の足下から緑色に輝く光の柱が現れたかと思ったら、次の瞬間には悪魔の姿が跡形も無く消えた。見れば、ほかの悪魔たちも台座の上に乗っては光の柱と共にどこかへ消えてしまう。
逆に、台座の何も無い場所に光の柱が落ち、そこから姿を現す悪魔たちがいた。どこかからともなく現われた彼らは階段を下りると、大樹の通路に向かって歩いてゆく。彼らは別の場所からこの空間にやってきた者たちだろうか。
樹流徒はすぐにぴんと来た。恐らくこの台座は一種の転送装置なのだ。どこに転送されるのかは分からないが、多分、最終的には魔界血管にたどり着くのだろう。
そうと分かれば……と、樹流徒も歩き出す。行き交う悪魔の波に紛れて台座に向かって歩き出した。
他力本願なのは多少気が引けるが、悪魔たちの後についてゆけばきっと魔界血管までたどり着けるはずだ。大樹内部で迷う心配もないだろう。
そんな安易な考えを頭に浮かべながら、階段に足をかけた。
――やめておきなさい
不意に、諭すような若い男の声が横から聞こえた。
誰だ?
声がした方を樹流徒が見ると、そこに停止している悪魔がいた。円柱型の全身を持ち、その上半分を埋め尽くすように老若男女の顔が幾つもくっついている。下半分からは数十本の手が生え、それぞれの手に本を持っていた。足は無く、良く見れば円柱の底が地面スレスレを浮いている。
いくつもの顔と手を持つ異形の生物……樹流徒が今まで出会ってきた魔界の住人たちの中でも特に変わった姿をした悪魔だった。
「これ以上先へ進むのはやめておきなさい」
円柱に貼りついた沢山の顔の内ひとつが、先ほどと同じ諭すような声で言った。
「お前は誰だ?」
それとも「お前たち」と聞くべきだろうか。
「私の名は“ダンタリオン”。はじめましてキルト。偶然このような場所でアナタに出会うとは思いませんでした」
今度は沢山ある顔のうち、若い女の顔が喋った。美しく透き通った声だった。
「先へ進むのをやめろとは、どういう意味だ?」
ダンタリオンと名乗るこの悪魔は、相手が首狩りキルトだと知った上で話しかけてきた。何か意図があるかもしれない。樹流徒は軽く警戒した。
ダンタリオンは円柱の体を半回転させ、今まで反対方向を向いていた顔を樹流徒の正面に合わせる。
「ここは忘却の大樹。一度迷えば力尽きるまで抜け出せない恐ろしい場所だ。だから引き返したほうが良いと言ったのだ」
老人の顔が厳格な性格を思わせる語調で喋った。その真下から生えた手は、他の手とは違って特別大きな本を抱えており、一瞬だけ樹流徒の目を引く。
「魔界血管まで辿り着く方法は口頭では説明しようが無い。かといって君の手を引いて魔界血管まで連れて行ってあげるのは無理だ。万が一にも、首狩りキルトに手を貸したことがベルゼブブやニンゲン嫌いの連中に知られたら厄介なのでね。君をここで制止させてあげるのが、私の精一杯だ」
続いて優男風の顔が言う。
その物言いからして、ダンタリオンがバベル計画とは無関係の悪魔なのは分かった。
樹流徒は警戒心を解く。解いたが、相手の言うことを素直に聞くわけにはいかない。
「気持ちは有り難い。でも、俺は進まなければいけないから……」
答えて、階段にかけた足に力を入れた。
「どうなっても知らないよ」
子供の顔が心配そうに言う。
それを背中で受け流して、樹流徒は階段を上った。
台座の頂上に到着すると、透明で分厚い円形の物体がはめ込まれていた。さながら巨大なレンズだ。
レンズの表面には細かな傷のひとつすらなく、宝石よりも美しい輝きを放っていた。その上で絶えず緑色の光が輝き、その数と同じだけ悪魔たちの姿が消え、または現われる。
若干の緊張を覚えながら樹流徒も台座に乗った。床の大部分を埋め尽くす巨大レンズから光が放たれる。その光は樹流徒の体を包んで天井まで駆け上った。
目の前が真っ白になる。驚く暇も無く、樹流徒の体は別の場所にいた。
どこかに転送されたのだ。
転送された先は、恐らく大樹内部のどこかだった。転送前の空間と同様、壁にラインが走り、トンネルのように太い配線もあるので間違いないだろう。空間の広さはついさっきまでいた場所に比べれば狭いが、それでも巨体の悪魔が自由に走り回れるくらいの余裕があった。中央にはあの台座も置かれている。それも最初の空間に置かれていたものと比べれば三割の大きさも無かった。
転送された部屋の隅に、樹流徒は一人で立っていた。
あたりはしんとしている。樹流徒と同時に転送された悪魔は沢山いたはずなのに、この空間には樹流徒以外誰もいなかった。悪魔たちの後についてゆけば魔界血管にたどり着けるだろう、という楽観的な予想が早々に裏切られる。
とはいえ、次に取る行動を迷う必要は無さそうだった。空間の中央に置かれた台座以外、この空間には何も見当たらない。もう一度あの台座に乗るしかない、と樹流徒が考えるのは当然だった。
台座に乗ればまた別の場所に転送されるに違いない。そう予想して、樹流徒は迷わず実行に移す。短い階段を踏みしめ、台座の頂上に立つ。
異変が起きたのはその矢先だった。樹流徒の視界がぐにゃりと歪む。壁が折れ曲がり、床と天井がくっつく。頭の中がぼんやりするのを感じた。さっきの転送とは大分様子が違う。
もしかすると大樹の罠が動き出したのか? 樹流徒はそれを真っ先に疑った。
外に追い出されるのか。最初の場所に戻されるのか。はたまた全然知らない場所に飛ばされるのか。ワープではなく、どこかから攻撃が飛んでくるかもしれない。
歪む景色の中、樹流徒は考え得る限りの危険を瞬時に予測して、周囲を警戒した。
この時、彼はまだ知らなかったのである。
なぜ、この樹が「忘却の大樹」と呼ばれているのか、その所以を分かっていなかった。
気付けば、樹流徒は広大な空間の中央付近にいた。正面には長い階段と見上げるほど巨大な台座がある。周囲には幾百、幾千もの悪魔の群れ……
そこは間違いなく最初の部屋だった。樹流徒は台座の前まで戻されてしまったのである。
ただ、それだけならば大した問題ではなかった。元の場所に戻される程度の罠は、今までにも何度も体験している。
真に問題なのは、樹流徒が“元の場所に戻されたことに気付いていない”ことだった。より正確に言えば“記憶がない”のである。大樹の内部に入って、爬虫類の悪魔と会話をして、台座に近付いたところまでははっきり覚えている。その先の記憶が完全に抜け落ちていた。
恐らくこれが忘却の大樹の力なのだろう。侵入者を元の場所に戻すだけでなく、記憶まで消してしまう罠である。
この罠の恐ろしいところは、侵入者が罠にかかったことに自力では気付けない点だった。なにしろ、罠にかかったという記憶を消されてしまうのだから。
樹流徒も気付いていなかった。台座の前まで戻されてはっとしたが、ただそれだけだった。自分が罠にはまったことにまるで気付かず、また、罠にかかったなどとは欠片も想像しない。ついぼうっとしてしまった、くらいにしか考えられなかった。
目の前には巨大な台座がある。一度は乗ったはずの台座を、樹流徒は注意深く観察した。そして台座から出たり消えたりする悪魔たちの姿を見て、そうかあの台座は言うなれば転送装置に違いない……などと、先ほどと全く同じ事に気付いた。
目の前にそびえているものが罠の入口であることを忘れ、樹流徒は転送装置に近付いてゆく。悪魔の後についてゆけば魔界血管までたどり着けるだろう、と先刻と同じことを考えながら歩く。
台座の頂上へと続く階段に足をかけると
「先へ進むのはやめておきなさい」
円柱に沢山の顔がついた悪魔から警告を受けた。
「お前は?」
樹流徒は見覚えの無い悪魔に素性を問う。
「私の名はダンタリオン。アナタと会うのはこれで二回目です。私の名前を教えるのも……」
女の顔が答えた。
二回目?
樹流徒は内心で首を捻った。今までこのような悪魔と出会った覚えはない。ダンタリオンという名前も今初めて聞いたはずだ。
一体、どういうことなのか? と不思議がっていると……
「私が忠告したにもかかわらず、君は既に大樹の力に引きずり込まれている。悪い事は言わない。これが最後の警告だ。いますぐ引き返しなさい」
ダンタリオンの若い男の顔が、諭すように言った。
相手が何を言っているのか、樹流徒には分からなかった。前回ダンタリオンと会話したときの記憶を大樹の力によって消されているのだ。今、樹流徒にとって目の前にいるダンタリオンは初対面の悪魔であり、その悪魔から「会うのは二度目」だとか「最後の警告」などと言われても、わけが分からなかった。
「お前が何を言っているかは分からないが、引き返すなんてできない」
ダンタリオンの前を通り過ぎて、樹流徒は階段を上る。
初めてそれに乗ると信じて疑わず台座の上に立ち、足元から発生する緑色の光を見つめた。
「憐れな……。しかし、それも運命か」
樹流徒がどこかへ転送されると、ダンタリオンの顔の一つが低い声で言った。