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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
192/359

欲と思惑



 偉大なる大樹に見守られるように、樹流徒は倒れていた。草の中に全身を埋もれさせ、両の目を閉じ、指先の一本すら動かない。まるで死体だった。

 自爆の衝撃よって身に着けていたものは何もかも吹き飛んでしまった。ただ、メイジが遺してくれた黒衣には復元機能が備わっている。そのため黒衣は他の服と一緒に消滅しかけたものの、素早く元の形状を取り戻して、今は樹流徒の体を優しく包んでいた。


 辺りには紫や青の硬貨が合わせて数十枚散らばっている。「詩織を助けるためならば」とバルバトスが用意してくれた硬貨だ。それらも自爆の衝撃を受けて硬貨を包んでいた皮袋もろとも吹き飛んでしまった。皮袋は跡形も無く消滅し、中身の硬貨は爆発の衝撃を受けて欠損したりひび割れたりしながら辺りに散乱し、茂みの底に飛び込んだ。草を掻き分けて探しても全部集めるのは難しいだろう。


 一方、たとえ草を掻き分けようと、注意深く辺りを見回そうと、二度と見つからないのがベルフェゴールの姿だった。なぜならベルフェゴールはもうこの世にいない。決死の覚悟で放った樹流徒の攻撃が魔王を仕留めたのだ。

 激しい閃光に包まれて、ベルフェゴールが最期の瞬間にどんな顔をしていたのかは分からない。ただ、樹流徒は悲鳴らしいものをひとつも聞かなかったので、ベルフェゴールが恐怖に泣き叫びながら死んでいったなどということはあり得なかった。「流石は魔王」と言える散り際だったのかも知れない。


 至近距離の自爆に巻き込まれたベルフェゴールの肉体は、忽ち崩壊を始めた。魔王の全身からは通常の悪魔よりも多量の魔魂が放出され、それは全て樹流徒の体に吸引された。

 にもかかわず、樹流徒は今、死の淵にいる。ベルフェゴールから受けた傷に加え自爆のダメージで、普通ならばどうにもならない怪我を負っていた。魔魂を吸収したから何とか命だけは繋ぎ止めたものの、重症は免れなかったのである。


 戦いが始まる前はあんなに賑やかだった大樹周辺は、水を打ったようにしんと静まり返っていた。樹流徒とベルフェゴールの戦いに巻き込まれないようにと逃げ出した悪魔たちは、まだ誰一人として戻って来ない。

 もし、次にここを通りかかるのがベルゼブブの一味や首狩りキルトの賞金目当ての悪魔だったら、今度こそ樹流徒の命はないだろう。小人型悪魔のチョルトですら今の樹流徒にトドメを刺すのは容易だ。なんなら放っておくだけでも樹流徒は死ぬかもしれない。


 残念ながら樹流徒には博才がなかった。そういう星の元に生まれたのか、子供の頃からジャンケンをしてもトランプで遊んでも、負けることが常だった。賭け事になると驚くくらい運が悪かった。

 ただし例外もある。生死を賭けた博打になると、樹流徒は恐らく相当な強運の持ち主だった。それは彼のこれまでの戦いを振り返れば明らかである。そもそも魔都生誕の現象から生き延びていること自体かなりの強運だった。


 その運の良さが、今回も樹流徒を救おうとしているらしい。

 ベルフェゴールの姿が消滅してから少し経つと、樹流徒に向かって近付いてくる影があった。


 馬の頭部と人間の体を持った悪魔である。黒いマントと白い手袋を身につけ、辞書並みの分厚い本を脇に抱えていた。そして馬頭にもかかわらず馬革製のブーツを履くという、少々ブラックジョークが効いた格好をしている。

 それは、紛れも無く馬頭悪魔オロバスだった。


 戦いの結末を確認しにきたのか、最初オロバスは忘却の大樹の入口から顔だけを覗かせて、樹流徒のほうをジッと見つめていた。それから左右を見回して、周囲に誰もいないのを確認するような仕草を見せると、樹流徒の元へ駆け寄る。


「アナタは、やはりキルトではありませんか。私ですよ、オロバスです。覚えていらっしゃいますか?」

 オロバスの言葉遣いは相変わらず馬鹿丁寧だった。気絶している樹流徒には聞こえていないが。

「これはいけません。全身に深い怪我を負っている。かなり危険な状態ですね」

 黒衣の下に隠れた体を確認するまでもなく、オロバスには樹流徒の容態が分かるようだった。

「どこかに運んで治療しなければ……。しかしその前に服を用意して差し上げましょう」

 オロバスは指を弾く。素手ならば軽快な音が鳴っただろうが、手袋をしているのでボソッとこもった音が鳴った。

 その、なんだか締まらない音に乗って、オロバスの眼前に三つの物体が現れる。白くて薄い布と、大きめの(はさみ)。それから糸が通された針だった。


 どこからともなく現れた刺繍(ししゅう)三点セットは、ひとりでに宙を浮いて、オロバスの前で横一列に並ぶ。前に樹流徒が見た光景と似ていた。そのときは確か刺繍ではなく筆記用具三点セットだったが。

 オロバスは宙に浮かぶ鋏を掴んで白い布を裁断すると、それを糸で縫い始めた。迷いの無い手付きであっという間に男性用の下着を一着完成させてしまう。同じ要領でシャツとズボンも作り上げた。

「まあ、こんなものでしょう」

 そこそこ満足のいく物が出来上がったらしく、オロバスはひとつ頷いた。再び指を弾いて、ボソッとこもった音を鳴らす。それが鳴り止むと、いつの間にか樹流徒はオロバスが作った服を身につけていた。


 続いてオロバスは懐に手を突っ込んで、松葉色の皮袋を取り出す。バルバトスが樹流徒に渡した袋と良く似ていた。

 その皮袋の口を開くと、不思議なことに、茂みの中に散乱していた硬貨がひとりでに動き出す。紫や青のコインがノミかバッタのように飛び跳ねて、次々と皮袋の中に飛び込んでいった。その中に悪魔倶楽部の鍵も紛れ込む。数秒も経たない内に、皮袋の中はずっしり重たそうになった。

 オロバスは真っ白な歯を剥き出ししてにっと笑った。皮袋の口を紐で結び、それを樹流徒が履いているズボンの腰の部分にくくりつける。

「では、参ると致しましょうかね」

 呟いて、さっと周囲を見回した。

 戦闘の終了を察知したのか、大樹内部から顔覗かせている悪魔や、遠方の空から近付いてくる影がちらほら辺りに見え始めている。

 彼らの視線から逃れるように、オロバスは樹流徒を背負うとどこかへ向かって走り出した。


 しばらくしてオロバスがたどり着いた先は、忘却の大樹からずっと離れた森の奥深くだった。濁った水が流れる川を挟んで、左右に背の高い木々が立ち並んでいる。こうした大きな森がこの世界には点在しているのだろうか。鳥のさえずりか、獣の遠吠えか、野生の声がしきりに飛び交っていた。樹流徒がグリマルキンと一緒に歩いた静かな森とは少し雰囲気が違う。


 オロバスの頭上には一軒の家があった。正面にではなく、頭上にである。

 魚や動物の骨で作られたと思しき生垣の中央に、木よりも太く長い鶏の脚が立っている。その脚を土台にして、小さな家が高い場所から地上を見下ろしているのだ。家は円すいの形をした水色の屋根を戴き、壁には四角い大きな窓がついていた。土台となっている鶏の脚にははしごが引っ掛けてある。固定などが一切されていないため、何かの拍子で簡単に外れてしまいそうだった。


 周りにほかの家や建物は無い。うろつく悪魔の姿も無かった。

 人目を避けるように佇む奇妙な家を見上げて、オロバスはすっと息を吸い込む。

「バーバ・ヤーガ。バーバ・ヤーガはいらっしゃいますか?」

 大声で叫んだ。

「バーバ・ヤーガ。私です。オロバスでございます」

「いらっしゃいますか? バーバ・ヤーガ」

「ご在宅ですか? 急用があるのです」

 呼び声が虚しく繰り返された。家の中からは誰も顔を出さず、返事すら一向にない。


 オロバスは心なしか思案顔になって、顎に手を添えてふむと呟く。

「おや。こんなことろに硬貨が沢山落ちているではありませんか」

 明るい調子で言った。


 途端、奇妙な家のドアが勢い良く開く。勢い余ってドアが壊れそうなくらいの強さで開かれた。

 ――硬貨? どこだい? どこに落ちてるんだい? そりゃアタシのモンだよ!

 しゃがれた声と共に小柄な老婆が飛び出す。黒いとんがり帽子とローブを身に付け、片手に箒を持っていた。一見して“魔女”を連想させるその姿は、間違いなくバーバ・ヤーガだった。


「こんにちはバーバ・ヤーガ。やはりいらっしゃいましたね」

「挨拶は後だよ。それよりどこに硬貨が落ちてるって?」

 バーバ・ヤーガは玄関先に立って、頭と視線を世話しなく動かす。 

「それは虚言でございます。アナタに顔を出して頂くための」

 オロバスがしれっと言うと、老婆の顔に刻まれたシワがこれでもかというくらい曲がった。

「あ? 嘘だって? ふざけんじゃないよ、この家畜頭が!」

 罵声がオロバスの頭上から降り注ぐ。

 オロバスは気にも留めていない様子だった。

「まあまあ、それよりアナタにお願いがあるのです」

 相手をなだめるような口調で言う。

 バーバ・ヤーガは気勢をそがれたような顔になった。硬貨の話が嘘で心底がっかりしているようにも見える。

「お願い? なんだか知らないけど、後にしな。コッチはいま取り込み中なんだよ」

 やや怨めしげに、来客のオロバスを粗略に扱い始めた。


「そういうわけにはまいりません。じつは、死にけている者が一名いるのですが、手遅れになってしまう前にアナタの薬で助けて頂きたいのですよ。後では遅いのです」

「その助けて欲しいってのは、今アンタが背負ってるヤツか?」

「ええ、いかにも」

「ふうん……ここからじゃ良くわかんないけど、この辺りじゃ見ない顔だねェ。一体誰なんだい、ソイツは?」

「ニンゲンでございます」

「ニンゲン? なんで魔界にニンゲンがいる?」

 バーバ・ヤーガは訝しむように眉を寄せた。

「それは私も存じませんが、魔界と現世が繋がっている今ならばあり得る話でしょう。現世に遊びに行く悪魔たちも後を絶たないようですし……」

「悪魔が現世に行くのと、ニンゲンが魔界に来るのとじゃワケが違うんだよ」

「そうですな。しかしその話は置いておくとして、兎に角、彼を助けて頂きたいのです」

「冗談だろ? なんでどこの馬の骨かも分からないニンゲンを、このアタシが助けなきゃいけないんだよ」

「そう言わずにお願い致しますよ」

 食い下がると、バーバ・ヤーガは苦い薬を一気にあおいだような顔をした。

「しょうがないねぇ。ちょっと待ってな」

 オロバスに借りのひとつでもあるのだろうか、バーバ・ヤーガは渋々承知した。一旦家の中に引っ込むと、箒の代わりに、毒々しい色の液体が入った小さなビンを抱えて外に出てくる。土台に掛かったはしごを使ってせっせと下り始めた。

 そのあいだに、オロバスは樹流徒を地面に寝かせる。


 はしごを降りたバーバ・ヤーガは面倒臭そうな顔をぶら下げてオロバスに歩み寄った。樹流徒の横で立ち止まると「おや?」と首を(かし)げる。

「このニンゲン、どっかで会ったことがあるような……」

「キルトでございます。最近では首狩りキルトなどと呼ばれているようですけれどね」

「首狩り? なんだいそりゃ?」

「おや、ご存じない? 最近魔界で結構名が売れているのですよ」

「アタシゃここんとこ家に篭りっきりで薬の調合してたからねぇ。最近の魔界情勢には疎いんだよ」

「でしょうな。研究熱心なアナタらしい」

「お世辞なんていらないんだよ。気色悪い」

 毒づくバーバ・ヤーガに向かって、オロバスはヒヒンと馬の鳴き声で笑う。


「では、お喋りはここまでにして、キルトを治していただきましょうか」

「分かってるよ……。にしても随分酷い怪我をしてるねェ。ニンゲン嫌いの連中にでも襲われたのかい?」

「ベルフェゴールと戦ったらしいですよ」

「それで返り討ちにあったってワケか。バカなヤツだねェ……。ニンゲンなんかが太刀打ちできる相手じゃないってのに。命が残ってただけマシってもんさね」

「いえ。こうしてキルトが生きているということは、ベルフェゴールは敗れたのでしょう」

「そんなくだらない冗談聞いている暇は無いんだよ」

 オロバスの言葉を嘘だと決め付けて、バーバ・ヤーガは手に持ったビンのフタを開ける。

「その薬。効果はいかほどで?」

「さあねェ。何せ初めて試す薬だからねェ」

 魔女はひっひっひっと邪悪な声を発した。

 オロバスは口を小さく開きっぱなしにしたまま数秒固まって

「まさか、キルトを新薬の実験台になさるおつもりですか?」

 やっと聞いた。

「そりゃそうさ。コッチはタダで貴重な薬を飲ませてやろうってんだ。被験体くらいやってもらわなきゃ割に合わないってモンさ。嫌だっていうならやめてもいいんだよ」

「オオ、なんということでしょう」

 信じられないといった風に、馬頭が左右を往復する。

「黙りな! 薬を飲ませるから、とりあえずオロバスはソイツの体を起こすんだよ」

 バーバ・ヤーガの叱声と命令が飛んだ。

 オロバスは「承知致しました」と答えて、言われた通りにする。樹流徒の両脇を抱えて上体を起こした。


 その拍子に樹流徒の腰からぶら下がった皮袋からジャラと小さな音が鳴る。

 硬貨の音だ。それをバーバ・ヤーガは聞き逃さなかった。いままでの面倒臭そうな動作とはうって変わって機敏な動きで樹流徒の黒衣をめくると、その下に隠れていた皮袋に手を伸ばす。躊躇(ためら)いもなく袋の紐を解いて、中身を覗いた。


「ご婦人。他人の物を無断で覗くのは感心できませんな」

「そんなことより、こいつニンゲンのくせにイイもの持ってるじゃないか。見てみな、結構な額の硬貨が入ってるよ」

 オロバスの苦言を無視して、バーバヤーガは皮袋の中から何枚か硬貨を取り出す。それを自分の懐にしまいこんだ。

「あの。一体何を……」

「何って、見りゃ分かンだろ。薬代をもらっただけだよ」

「先ほど、タダで薬を飲ませると仰っておりませんでしたか?」

「イチイチうるさいヤツだねェ。この薬にはアムリタの雫が使われてるんだ。材料費くらい貰うのは当然だろうがよ」

「分かりました。分かりましたよ……」

 もういいです、と言わんばかりにオロバスが額を手で押さえると、バーバヤーガはまたひっひっひっとしゃがれた声を発した。


 薬を飲まされたあと、樹流徒は全身を包帯でぐるぐる巻きにされた。

「これでよし。運が良けりゃ目ェ覚ますだろうよ」

「ありがとうございます」

 オロバスは深々と頭を下げる。

 それを見て、バーバ・ヤーガの不機嫌そうな顔が、不可解そうな形に変わった。

「しかし、なんだってアンタ……ニンゲンなんて助けたりするんだい?」

「キルトとは前に一度だけ会ったことがあるのですよ。顔見知りというほどの関係でもございませんが、全く赤の他人というわけでもないのです。それに、彼の存在は実に興味深い。悪魔の力を使うニンゲンなど聞いたことがありません。そのキルトを、このようなところで野垂れ死にさせるには余りにも惜しいとは思いませんか? 私は、もう少し彼のことが知りたいのです」

「要するにアンタの知識欲のためにコイツを助けたってことか……。なんだい。金を貰ったアタシと大して変わりゃしないじゃないか」

「詭弁にも聞こえますが……言われてみればそうかも知れませんな」

 オロバスはまたヒヒンと馬の声で笑った。


「さて、さっきもいったけどアタシゃ取り込み中なんだ。用が済んだならさっさと帰りな」

「はい帰ります。帰りますが、最後にもう一つだけお願いしてもよろしいですか」

「ああ? まだ何かあんのかい?」

「よろしければ大き目のローブを一着、キルトに与えて頂きたいのです。確か以前、バーバ・ヤーガのご自宅でお見かけした記憶があるのですが」

「ンなもん、アンタがいますぐ自分で作りゃいいじゃないか」

「先刻キルトの服を作りましたので、もう生地が余っていないのですよ」

「ったく世話の焼けるヤツだねェ」

 バーバ・ヤーガはやや足早に歩き出すと、はしごを上って家に戻った。

 少しすると家の中からガタガタと慌しい音が鳴る。それが止むと、家の窓からバーバ・ヤーガが手だけを出して、下に向かって大き目のローブを投げ捨てた。

「感謝致しますよ、バーバ・ヤーガ」

 オロバスは礼を述べたが、返事はなかった。「いいからさっさと帰れ」という声無き声ならば聞こえてきそうだった。


 投げ捨てられたローブをオロバスが地面から拾い上げる。それを樹流徒に着せて

「これで多少は周囲の目を誤魔化せるでしょう」

 馬面が満足げに頷いた。


 治療を負えた樹流徒を背負って、オロバスは、バーバ・ヤーガの家を後にする。

 これからどこへいくつもりなのか、森の奥に向かって歩き始めた。


 ところが、その足は大して進まない内にぴたりと止まる。オロバスの行く手を遮るように、一体の悪魔が現れたからだ。


 その悪魔は、ヒトコブラクダに乗っていた。姿は人間そのもので、外見年齢は二十歳前後。中性的な顔立ちをした美しい男だった。宝石を散りばめた豪華な冠を頭に載せ、中世の王侯貴族を連想させる服の上から赤いマントを纏っていた。童話に登場する王様のような格好をしている。

「久しぶりですね、オロバス」

 オロバスの前に現れた悪魔は、美しい見かけによらず相当な大声の持ち主だった。その大音声で、近くの木に止まっていた鳥が逃げ出すほどである。

「おや、アナタは“ペイモン”ではありませんか」

 オロバスは目をぱちくりさせる。

 ペイモンと呼ばれた王の姿をした悪魔は、端正な唇の両端を持ち上げて応えた。


「アナタがこのような場所を訪れるとは、珍しいですね」

 と、オロバス。

 ペイモンは「ええ」と軽く受け答えをしてから、青い瞳を樹流徒に向ける。

「それより、アナタの背中にいるのは首狩りキルトですね?」

「左様でございます」

 オロバスは特に隠し立てしなかった。ただ、すぐに質問を返す。

「もしかすると、ペイモンがここにいらしたのはキルトの命がお目当てですか?」

「そうです……と言ったらどうします?」

 ペイモンは態度を微塵も変えず、質問に質問を返した。

「させるわけにはいきませんな。アナタがキルト以上に私の知的好奇心を満たすものを与えて下さるのであれば、話は別ですが……」

 オロバスの瞳がにわかに鈍い色を帯びる。抗戦やむなしといった態度だ。

 それを前にしても、ペイモンは柔和な笑みを崩さない。

「大丈夫ですよ。私はキルトの命を奪おうなどとは考えておりません。むしろその逆です」

 言うと、オロバスの警戒心は消えたようである。馬のつぶらな瞳が改めてペイモンの姿を確認するように少しだけ見開かれた。


「首狩りキルトが死んでも困りはしませんが……まだ生きていてもらった方が我々(・・)にとって都合が良いのですよ」

 と、ペイモン。

「それは、一体どういう了見なのです?」

「今は話せませんが、近々分かりますよ。それより、キルトの体は大丈夫なのでしょうね? それだけ確認したら私は大人しく帰ります」

「バーバ・ヤーガにお聞き下さい」

 オロバスが答えると、ペイモンは全て察したように「なるほど」と頷いた。




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