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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
185/359

進めグリマルキン(前編)



 悪魔倶楽部から一歩外へ出てみると、そこは荒涼とした世界だった。

 空を覆い尽くす厚い黒雲の下で、赤、茶色、白、色とりどりの鳥が羽ばたいている。紫がかった灰色の大地がずっと遠くまで続き、散在する木々と雑草は水気を感じさせない質感をしていた。遠くを見れば幾つもの巨大な岩山が、現世から来たよそ者を拒絶するような高さでそびえ立ち、その先にある景色を隠していた。


 辺りをうろつく悪魔の姿は二十前後もある。皆、あても無く彷徨っているようにも見えるし、どこかを目指して旅をしているようにも見えた。数体で連れ立って歩いている者もいれば、痩せた樹木に背を預け寝ている者もいる。全体的に自由奔放な雰囲気だった。

 そのように意外と多くの悪魔が往来している一方で、樹流徒の眼の及ぶ限り建物らしき影はひとつも見当たらない。これだけ広い場所ならば住居の一軒くらいあってもよさそうなものだが、家どころか犬小屋の一つも存在しなかった。衣食住といえば人間が暮らしをする上での基礎だが、悪魔にとっては違うのだろう。なにしろ服を着ていない悪魔は沢山いる。住居を持っていない者がごろごろいても、さして不思議ではなかった。

 そう考えると、こんなところにぽつんと佇む悪魔倶楽部も人里離れたへんぴな場所に建っているようで、実は違うのかも知れない。


 トカゲと良く似た生物が一匹、裸の大地を這い回る。それが足元を横切ったとき、樹流徒は後ろを振り返った。すぐそこに西洋風の城か教会を模したような形の石造建築物が屋根を構えている。「豪華な一軒家くらいの大きさ」という表現がこの上なく当てはまりそうな規模の建物だった。外壁の至る場所には傷や汚れが残されており、かなりの年季を感じさせる。


 それは初めて見る悪魔倶楽部の外観だった。こぢんまりとした内装からもっと小さな建物を想像していたが、実物は思っていたよりも大きい。

 店内の様子は樹流徒にとってすっかり馴染み深い光景となったが、外側から見た悪魔倶楽部の姿は一度も足を踏み入れたことのない建物に見えた。通常ではまず味わえない不思議な感覚が樹流徒を包む。

 ただ、思い返せばこの店には何度も足を運んだ。何度も助けられた。色々な悪魔と出会い、話をした。もう二度とこの場所を訪れることは無いかも知れない。そう考えると、悪魔倶楽部の見慣れない外観を前にしても樹流徒は少なからず名残惜しさを感じた。


 感傷的な気分を振り切るように、悪魔倶楽部に背を向ける。今は前に進まなくてはいけない。

 バルバトスの話によれば魔壕にたどり着くためには魔界血管という通路を探す必要があるらしい。それがどこにあるのかは不明だった。改めて辺りを眺めても魔界血管の在り処(ありか)を示す道標らしき物はこれといって見当たらない。

 把握できていないのは、魔界血管の場所だけではなかった。「悪魔倶楽部は魔界の第四階層・貪欲地獄に建っている」という話ならば以前聞いたが、それ以外のことを樹流徒は一切知らなかった。この世界の広さも、そこにいる悪魔の数も、物価も、気候の変化も、一日の長さも、季節の有無も、今自分が向いている方角さえも、何もかも分からない尽くしだった。


 ついでに一緒に旅をする仲間もいないが、立ち止まりさえしなければきっと何とかなるだろう。

 樹流徒は足を前に踏み出した。まずは魔界血管の場所を知るために情報収集をしてみようと、悪魔に近寄る。偶然にも悪魔倶楽部に向かってまっすぐ接近してくる小さな影があった。


 その悪魔は、二足歩行をする豚だった。背丈は樹流徒の腹の辺りくらいまでしかなく、背中から小さな羽が生えている。上下の服は着ておらず、花柄の長靴を履いていた。見ようによっては何とも可愛らしい姿をした生物だった。

「済まない、ちょっといいか?」

 樹流徒は悪魔の正面から声をかける。こうしていると、悪魔倶楽部で情報収集していたときの思い出が胸に蘇った。

「え。なあに?」

 話しかけられた二足歩行の豚は立ち止まり、愛想の良い返事をしながら樹流徒を見上げる。

 そこまでは好感触だったが、互いの目が合った瞬間、悪魔の黒いつぶらな瞳が大きく開いて、そのまま固まった。

「あれ? キミ見たことあるぞ。もしかして首狩りじゃないか? あの賞金首の」

 悪魔は樹流徒を指差すと(指というより豚の蹄だが)一歩あとずさる。

「ああ、そうだ」

 樹流徒が認めたのが逃走開始の合図になった。悪魔は「殺される」などと叫んで踵を返す。

「待て。話を聞きたいだけなんだ」

 急いで言い足したが、遅かった。悪魔はすでに走り出している。樹流徒に首を()ねられると思ったのか、両手で首をしっかり押さえて守り、外見以上に素早い身のこなしであっというまに遠ざかってしまった。

 二足歩行の豚は地面から小さな砂煙を上げて疾走し、荒野の果てに消える。


「逃げられたか」

 悪魔の背中を最後まで見届けたあと、樹流徒は辺りを見回した。気を取り直して別の悪魔に話しかけようと、そちらへ近付く。


 次に声を掛けた悪魔は、象の頭部と樹流徒よりもふたまわり以上大きな人間の胴体を持ち、手には刺又(さすまた)に似た金属製の武器を握り締めていた。見るからに強そうで、これならば逃げられる心配は無いかも知れない。

 そう思ったのも束の間、今度の悪魔も樹流徒が声を掛けると、手に持っていた武器を放り出し、首狩りの名を叫んで逃げてしまった。最初に声を掛けた悪魔以上の怯えようである。魔界の住人は人間以上に外見から中身を判断できない。


 樹流徒の異世界探索は幸先の悪い出だしとなった。

 次に話しかけた悪魔も。そのまた次に声をかけた者も……一見弱そうな悪魔、強そうな悪魔、寝転がっていた悪魔、複数人で連れ立って歩いていた悪魔たち、皆、相手が首狩りキルトだと分かるとすぐに逃げてしまう。

「また駄目だったか」

 気付けば辺りをうろついていた悪魔は一体残らず消えていた。


 ――オマエの名はすでに魔界全土に広まっているからだ。そうだろう? 大物賞金首、首狩りキルトよ。

 先ほどバルバトスから聞いた言葉を、樹流徒は早くも痛感していた。

 首狩りの悪名は、樹流徒が想像している以上に魔界の中で浸透しているのかも知れない。それは樹流徒が下手に悪魔に声を掛けても無駄であることを意味していた。

 魔界の住人に話しかけた結果、逃げられるだけならまだしも、戦闘になったら非常に厄介だ。今後は情報収集をするにしても慎重にやらなければいけない。


「こんなことなら変装用の道具を持ってくるべきだったな……」

 後悔先に立たず。聞き込みが失敗に終わったため、樹流徒は別の場所へ移動することにした。運が良ければ魔界血管の在り処(ありか)を自力で発見できるかも知れない。それが雲の上にあるのか、はたまた地中に埋まっているのかは分からないが。 


 とりあえず上空から一帯の地形を確認してみようと、樹流徒は背中から漆黒の羽を広げた。悪魔が集まっている町などがあればそこでもう一度情報収集ができるし、案外すぐそこに魔界血管があるかも知れない。そんな淡い期待を込めて、大地を蹴ろうとした。


 と、そこへ突然小さな影が飛び出して、跳躍の勢いを利用して空に飛び立とうとしていた樹流徒の動きを制止する。

 何だ、と思って確認すると、飛び出してきたのは一匹の獣だった。美しい灰色の毛並を持つ猫……グリマルキンである。

 グリマルキンは樹流徒の横を通り過ぎたかと思ったら、すぐに立ち止まる。そして赤い大きな瞳で魔人の顔をジッと見上げるのだった。

「どうしたんだ? グリマルキン」

 樹流徒は言葉の通じない相手に尋ねる。


 灰猫は何も答えない。ナマケモノよりも遅い動きで体を反転させると、どこかに向かってのそのそと歩き出した。

 かと思えば、またすぐに立ち止まって樹流徒のほうを振り返る。

 その様子を樹流徒が黙って見ていると、グリマルキンはまた少し先へ進み、そして立ち止まって振り返った。進んでは振り返る。同じ動きを繰り返す。


 ひょっとしてグリマルキンは「自分について来い」と言っているのだろうか? 樹流徒には段々そう思えてきた。


 互いの距離がだいぶ離れると、グリマルキンの足が止まって、それ以上動かなくなった。樹流徒が追いかけてくるのを待っているのだろうか、地面に尻を着き、小さな舌で手を舐めたり、その手で耳の裏を洗ったりして、退屈そうにし始めた。


 どうせ足任せの旅だ。こうなったらグリマルキンについていってみよう。

 そう決めて、樹流徒は灰猫に近付く。するとグリマルキンは耳と尻尾をピンと逆立てて、急に何かを思い出したように歩き始めた。


 硬く冷たい大地に、シタシタと猫の足音が鳴る。その後を追う樹流徒のザッザッという靴音。

 シタシタ、ザッザッ

 シタシタ、ザッザッ……

 ちょっと奇妙な魔人と猫の散歩が始まった。


 二人(厳密には一人と一匹だが)は、大体一定の間隔を保って歩き続けた。樹流徒が近付きすぎるとグリマルキンは走って距離を取る。逆に樹流徒が離れすぎるとグリマルキンは立ち止まって待つ。

 同じ調子で黙々と地平線を追いかけた。その先に何があるのか、樹流徒は知らない。もしかするとグリマルキンにも分かっていないかも知れなかった。


 しばらく経つと、ある場所でグリマルキンの足がぴたりと止まった。樹流徒との距離が離れすぎたために立ち止まったのではなさそうだ。樹流徒がすぐ傍に寄ってもグリマルキンは逃げなかった。


 二人の前方には地面が落とし穴のように深く窪んだ部分があった。その一ヶ所に洞穴(ほらあな)が開いている。樹流徒が地面を這ってなんとか通れるくらいの、小さな洞穴だった。自然と出来たものには見えない。誰かが掘ったのだろう。

 その存在を樹流徒に確認させると、グリマルキンは窪んだ大地に飛び降りて洞穴の中へと駆け込んでいった。

 俺もついてゆくべきか。一考した結果、樹流徒は思い切って灰猫の後に続いた。


 入口を通り過ぎても、洞穴の広さは変わらなかった。樹流徒はほふく前進を使って、狭い通路に自分の体をねじこむ。幸い、暗視眼の能力があるので暗闇の中でも明かりには困らなかった。洞窟の中にはミミズのような生き物がうじゃうじゃと湧いている。それを掻き分けるようにして、樹流徒は前進を続けた。


 道のりは想像以上に長かった。陸を全力疾走すればそれほど大した距離ではなかっただろうが、地中を這って進むととんでもなく長かった。途中から急な下り坂になったので少しは楽に進めるようになったが、それでもかなりの距離だった。

 体の小さなグリマルキンは地上と同じ速さで悠々と洞穴内を進む。樹流徒が遅れるたびに立ち止まっては、地面に顔をくっつけてミミズらしき生き物を貪っていた。そして時折あのバオーという野太い泣き声を発して、後ろからついてくる魔人に「遅い」と文句を垂れているように見えた。


 全身砂まみれになって、樹流徒は何とかグリマルキンについてゆく。

 前方から強い風が吹き込んだと思ったとき、ようやく出口の明かりが見えた。


 小さなトンネルを抜けると、樹流徒たちを出迎えたのは一面緑の広大な地下空間だった。

 地上では不毛の大地が広がっているのに、光も届かない大地の底に美しい自然が息づいていた。足元に目を落とせば若々しい草が生い茂り、前方を見渡せば樹流徒よりも少し背丈の高い木々が、森のようにずっと遠くまで続いている。枝に()っている緑の葉とへびいちごのような赤い実が色鮮やかだった。辺りを漂うホタルのような虫が全身から強い光を放ち、この空間全域を煌々(こうこう)と照らしている。

 不意に弱い風が横切って、樹流徒の前髪を揺らした。きっとこの地下には複数の通り穴があって、そこから地上の風が流れ込んでいるのだろう。


 グリマルキンは木々に向かって勢いよく駆け出した。

 見れば、木の根元にはさまざまな色や形を持ったキノコが生えている。食欲を誘うものから、見るからに口に含んではいけなさそうなものまであった。大きさもまちまちで小指程度のものから大樹の切り株ほど巨大な傘を持つものもある。


 グリマルキンは赤い小さなキノコのそばで鼻をヒクヒクと動かすと、一口で飲み込んでしまった。洞窟の中であれだけミミズを食べておいてまだお腹が減っているらしい。小さな体に似合わず底知れない食欲だった。

 樹流徒は全身に付いた砂を払い落としてから、灰猫の食事風景を観察する。

 何でも食べる一方でグルメな顔も持ち合わせているのか、グリマルキンは数あるキノコの中から特定のニ、三類だけを食べてることが分かった。多分、美味しいキノコだけを選別しているのだろう。毒キノコを避けているだけなのかも知れないが。


 グリマルキンはしばらく食事に夢中だった。

 そのあいだ樹流徒は草の上に腰を下ろす。もしかしてグリマルキンはこの場所にキノコを食べに来ただけなのかも知れない。そんな風に考えて、何とはなしに木々の隙間から奥の闇を透かし見た。

 妙な音が聞こえた気がしたのは、まさにそのとき。


 ――助……て

 ――助け……く……い


 空耳と勘違いしてもおかしくないほど小さな声だった。

 辺りに悪魔の姿は見えないが、まさかグリマルキンの声ではないだろう。第一、声が聞こえてきた方向はグリマルキンがいる場所とは全然違う。

 樹流徒は目を閉じて、耳を澄ませた。


 ――助けてください


 やはり、空耳や聞き間違いなどではなかった。今にも消え入りそうな少女の声が、木々の奥のほうから聞こえてくる。

 樹流徒は立ち上がると、森の中に踏み入り、木々の枝を掻き分けて進んだ。繰り返し聞こえる声を頼りに、用心深く歩く。


 その内に正体不明の声が段々と大きくなってきた。「助けて下さい」と誰かが救いを求めている。

 もうかなり近くにいるはずだ。そう思って目の前の枝を払いのけると、そこに声の正体がいた。


 大きな葉っぱ同士のあいだ巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、そこに虹色に光る何かがあった。

 光の正体は蝶の羽に見えた。虹色の羽を持つ蝶が、蜘蛛の巣に引っかかっているようだ。喋る蝶とは世にも珍しい生き物だが、ここが魔界であることを考えれば当然のようにも感じた。


 樹流徒は蜘蛛の巣に顔を近づける。と、白い糸に絡まっているのが実は蝶ではないと気付いた。

 小人である。蝶だとばかり思っていたその生物は、蝶の羽を背中から生やしレモン色の服を着た、小さな少女だった。彼女は蜘蛛の巣に捕まって、完全に身動きが取れずに困っている様子だった。

「童話に出てくる妖精とそっくりだ」

 樹流徒はやや目を丸くしたが、小人はもっと目を丸くした。

「なんでこんなところにニンゲンがいるの? 誰か! 食べられる!」

 そしてほとんど悲鳴といっても良い叫びをあげた。その声は間違いなく先ほどから助けを求めていた少女のものだった。

「落ち着け。別に何もしない」

 樹流徒はそっと手を伸ばすと、蜘蛛の巣に絡まった小人を救い出す。その最中も小人は「殺さないで」とか「私なんか食べても美味しくないですよ」とか好き勝手な事を喚き叫んでいた。




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