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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
179/359

バベル計画



 メイジの変身が解ける。触手から解放された樹流徒はすぐに起き上がった。床に叩きつけられた全身が悲鳴を上げたが、右手で疼く火傷の痛みに比べれば大した事はなかった。


 すでにメイジの姿は蜘蛛人間から青い獣人へと変わっている。

 メイジは樹流徒めがけて突っ込むと、鋭い前蹴りを繰り出した。立ち上がったばかりの樹流徒に回避する暇は無い。その場でガードを固めるだけで精一杯だった。両手を交差してメイジの蹴りを受け止めると、衝撃で数歩下がる。


 メイジは攻撃の手を休めない。機敏に前へ出ると爪を斜めに振り下ろした。その動きを見極めた樹流徒は、手首でメイジの腕を受け流し攻撃の軌道を逸らす。さらに反対の手で反撃の一打を狙った。

 対するメイジは危険を察知したのか、素早く後ろに下がる。逃がすまいと樹流徒は追った。突き出そうとしていた拳を引っ込め、代わりに足の先から悪魔の爪を伸ばして上段蹴りを放つ。


 メイジは身を屈めて攻撃を避けた。そして、即、反攻に転じる。両手の爪を揃えて前方へ突き出しながら樹流徒の懐に飛び込んだ。

 上段蹴りを外して不安定な体勢になっている樹流徒は、軸足一本で床を蹴りつけ宙を舞う。突進してくるメイジの頭上を飛び越え、空中で体に捻りを加えた。着地すると、すぐ目の前にはメイジの背中があったが、攻撃を加える隙は無かった。


 メイジはニヤリとすると、振り向きざま爪を横一文字になぎ払う。

 樹流徒はもう一度高い跳躍で攻撃の上を飛び越えた。体を丸めて宙でくるりと輪を描くと、両足を揃えてメイジの頭部めがけて蹴りを放った。

 メイジは片手をさっと上げて攻撃を受け止める。樹流徒の蹴りが生み出した衝撃に耐え切れなかった体が、物につまづいたみたくよろめいて二、三歩後退した。


 メイジは体勢を立て直すと、間断を嫌うようにすぐさま駆け出す。樹流徒が遠目から突き出したフラウロスの爪をかいくぐり、反撃のストレートを放った。

 樹流徒は後ろに飛び退いて紙一重でメイジの攻撃をやり過ごす。直後、咄嗟の思い付きで右腕の形状を変化させた。肘から先をクリアボディの触手に変える。


 それはフォルネウスの触手だった。フォルネウスといえば、以前樹流徒と戦った、巨大クラゲの姿をした悪魔である。樹流徒はフォルネウスにトドメを刺さず見逃したが、同悪魔の触手を切断して、そこから発生した魔魂を吸収した。マモンと戦ったときもそうだったが、樹流徒は魔魂さえ吸収すれば、たとえ悪魔の一部でも己の力として利用できる。フォルネウスの触手も例外ではなかった。


 伸縮自在な触手に変化した樹流徒の腕がメイジの手首に巻きつく。それを思い切り引っ張ると、メイジが姿勢を崩して前のめりになった。

 樹流徒は相手の後頭部めがけて肘を振り下ろす。


 ゴツと小さな音が鳴った。フォルネウスの触手は恐らくメイジの虚を突いたが、今回の攻防でダメージを負ったのは樹流徒のほうだった。彼が肘打ちを放つ寸前、メイジは黒い鋼の体に変身していたのである。鉄壁の防御力を持つメイジに対して生身の肉体で攻撃するのは自爆にも等しい行為だった。


 樹流徒は肘に痛みを覚えながら腕の形状を元に戻す。その隙を突いてメイジが逆襲の一撃を放った。

 このとき樹流徒にとって救いとなったのは、メイジの遅さだった。いまのメイジは高い防御力と怪力を持っているが、その一方で全身の動きがかなり鈍いという欠点も持っている。

 メイジが拳を繰り出すよりも早く、樹流徒はロンダートからのバック転でその場から離脱した。


「やるじゃねェか」

 メイジは心から満足したような表情を浮かべる。戦いの愉悦が彼に力を与えているのだろうか。彼は青い獣人に変身すると、一段と強い力で地面を蹴って躍動した。樹流徒との間合いを一気に詰める。

 樹流徒は接近戦に応じた。敢えて相手に先に手を出させてカウンターを狙おうと身構える。


 それがとんだ誤算だった。接近したメイジが上段蹴りを放つ。ここまでは樹流徒の狙い通りだった。メイジの足を掴むか、攻撃をガードして、すぐ反撃に出ようとした。

 その思惑が外れて、樹流徒が一驚を喫したのは次の刹那。メイジの蹴りは途中で急に軌道を変化させ、美しい弧を描いた。格闘技の世界では俗にブラジリアンキックと呼ばれる蹴り技である。それが樹流徒の手をすり抜けて、彼のわき腹を強か打ち付けた。


 ゴキンという嫌な音がはっきりと耳に聞こえた。樹流徒は腹を押さえて後退する。息を吸うと全身の毛が逆立つような痛みが体内を駆け巡った。多分、メイジの蹴りを受けて肋骨か内蔵にアクシデントが起きている。二重の意味で痛い一撃を受けてしまった。


 メイジは容赦なく追加攻撃を仕掛ける。樹流徒が苦し紛れに火炎弾を放つと、その上をあっさり飛び越えて、空中から爪を振り下ろした。

 樹流徒も何とか爪で応戦する。両者の武器がぶつかり合って、摩擦で橙色の火花を散らした。


 着地したメイジは爪を真っ直ぐ突き出す。樹流徒はもう一度それを受け止めると、頭突きを放ってメイジの鼻頭に叩きつけた。普段の樹流徒らしからぬラフな攻撃だが、それだけなりふり構っていられない証拠だった。

 まともに攻撃を受けたメイジは、後退しながら体を赤色の竜人に変える。変身が完了したのと同時に背中の孔から弾丸を放った。相手の追撃を阻止しようと先手を打ったのだろう。


 樹流徒は魔法壁を展開して光の弾を弾き飛ばす。ただし、いままで幾度となく樹流徒の窮地を救ってきたこの防御壁も決して無敵ではない。砂原が変身した黄金の(さなぎ)や、メイジの鋼の体には通じなかった。

 そして今回も魔法壁は破られる。メイジが放った光弾の全てを受けきれず、粉々に砕け散った

 防御壁を突破した光の弾が獲物を襲う。樹流徒は構わず前進した。光弾に肌と肉を削られ激しい痛みを覚えながらも強引に突っ込む。


 メイジは大口を広げると火炎の球体を吐き出した。樹流徒は先程のお返しとばかりに攻撃の上を飛び越えて、空中で足の爪をなぎ払う。遠目から繰り出されたその一撃は、ガードを固めたメイジの腕を深く切り裂いた。


 メイジは青い獣に姿を戻す。樹流徒が着地と同時に手の爪をなぎ払うと、メイジはそれをかいくぐりながら爪で反撃した。

 獣人の爪が樹流徒の腹に食い込む。樹流徒はうっと声を漏らして、己の腹に刺さった爪を見下ろした。


 メイジが爪を引き抜くと、樹流徒の腹部から血があふれ出す。人間と悪魔の血を混ぜ合わせたような赤紫色の液体が床に滴った。

 それでも樹流徒は怯まない。強烈な膝蹴りをメイジの腹に叩き込んだ。メイジの体がくの字に折れ曲がったところへもう一撃。脇腹を爪で突いた。

 即座にメイジもやり返す。鋭い肘打ちが樹流徒の頬を弾いた。相手の裏を読み合う攻防から一転、激しい攻撃の応酬が繰り広げられる。


 いままで受けてきた攻撃の痛みで、樹流徒の額にじわりと汗がにじんだ。特にわき腹の激痛は深刻だ。この状態のまま長く戦えば不利になる。樹流徒は魔魂を吸収しないと回復できないが、メイジは蜘蛛人間の姿に変身すれば再生能力が働く。メイジが令司から受けた刀傷を癒したのと同じように、樹流徒がメイジに与えた傷も徐々に治ってしまう。細かなダメージを与え合っても、樹流徒が一方的に不利になるのだ。

 樹流徒は心に湧き起こる焦りを抑える一方で、早く勝負を決めなければと覚悟を固めた。


 すると、ここでメイジがふうと深い息を漏らす。彼はつま先でトントンと床を叩くと、おもむろに口を開いた。

「面白かったぜ相棒。本当にゾクゾクするような戦いだった。こんなに心躍る気分なのは何年かぶりだ」

「……」

「でも、オレは何事も長ったらしいのは好きじゃねェんだ。だから……この楽しい戦いにもそろそろケリをつけようか」

「なに?」

 一体どういうつもりなのか。樹流徒は多少なりとも耳を疑った。いまメイジが口にしたのは紛れも無く「次の攻防で勝負を決めようと」いう宣言だった。


 樹流徒はやや困惑した表情を浮かべる。長期戦に持ち込めばどちらが有利になるか、メイジにだって分かっているはずだ。なのにどうして勝負を急ぐのか?

「何故だ? この戦い、長引かせればお前の有利になるのに」

 尋ねると、メイジは嘲笑気味な笑みを返した。

「オマエってヤツは、勘違いも甚だしいな。どっちが有利とか不利とか、ンなコトはどうでもいいんだよ。オレは今最高に興奮している。決着をつけるなら今しかねぇんだ。折角の楽しい気分をつまんねェ質問で台無しにするんじゃねえよ」

「そんなことで……」

「うるせえ。さあ構えろ。念のために言っとくが、樹流徒が今更無抵抗を決め込もうと、オレはオマエを()るぜ?」

 メイジの言葉は嘘やハッタリなどではない。本当に次で勝負を決めるつもりだ。

 相手の表情や雰囲気を見て、樹流徒は確信が持てた。次の一撃でメイジを止めなければ、そのあとは無い。


 樹流徒は覚悟を決める。それが表情に現れると、メイジは一際嬉しそうな顔をした。

「いいぞ。それでこそオレの相棒。それでこそ相馬樹流徒だ」

 両者は同時に身構えた。まるで最後の挨拶を交わすように、同じ動作を取る。

 この戦いで初めて静かな時間が流れた。樹流徒は体の痛みを全部忘れるほどに集中力を高める。


 そして決着の時が訪れる。

 異形の青年たちが一緒のタイミングで床を蹴った。


 これが最後の一撃。最後の攻防。

 メイジ!

 樹流徒は頭の中で友の名を叫んだ。

 メイジもまた自分の名を呼んだような気がした。


 両者の腕が伸びる。肉を貫く不快な音が戦場の音にかき消された。

 メイジの爪が樹流徒の肩を完全に貫く。

 一方、樹流徒の爪は……


 メイジの胸に深々と突き刺さっていた。正確にそこを狙っていたわけではない。無我夢中で繰り出した渾身の一撃がたまたまそこに命中しただけだった。幸い、急所はわずかに外れている。樹流徒の指に伝わった感触で分かった。


 両者は身動きひとつ取らずに視線を合わせる。

「やっぱオマエと遊ぶのは楽しいな」

 短い沈黙を破って、メイジが微かに頬を緩ませた。


 両者の爪が相手の体から引き抜かれる。樹流徒の体がぐらりと揺れた。

 メイジは苦悶の表情を浮かべて両膝を突く。

「あー……ダセェ。このオレが樹流徒に負けるなんてよォ……」

 彼はひとり呟いた。言葉とは裏腹にどこか嬉しそうな口調だった。

 それを聞いた樹流徒は、この戦いに決着が付いたことを実感して、その場に座り込んだ。実際にメイジと戦った時間はそれほど長くなかったが、今までで一番長い戦いをしていたような錯覚に陥った。樹流徒にとってはそれだけ濃密な時間だったのだ。


「これからは僕と一緒に戦ってくれるな?」

「そういう約束だったから仕方ねェな。敗者は勝者に大人しく従うのみだ。いいぜ、オマエの仲間になってやるよ」

 メイジは空を見上げながら気だるそうに言う。

 樹流徒にとって、これほど嬉しい瞬間は無かった。

 メイジは、ベルゼブブに協力して市民の遺体回収を手伝った。渡会を意識不明の重態に陥らせた件もある。それらは決して簡単に許される罪ではないだろう。

 それでも樹流徒だけはメイジを許すことにした。彼にはこれからじっくりと今までの罪を償わせる。樹流徒は親友としていつまでもメイジを手伝おうと考えた。


 ただ、それを果たすためには、今すぐやっておかなければいけないことがある。

「東の丸で行なわれている儀式を止めないと」

 樹流徒は膝に手を突いて立ち上がった。最後の儀式が完了してしまう前に止めなければいけない。メイジとの戦闘で費やした時間はそれほど多くないし、まだ、間に合うかも知れなかった。


「やめとけ。無意味だ」

 すると、メイジが吐き捨てるように言う。

「なぜ?」

「ワリィな樹流徒。最後の儀式は別の場所で行われている。号刀城の儀式はダミーだ。止めても意味がねェんだよ」

「そうなのか……?」

 樹流徒の肩から力が抜けた。市内の数箇所で同時に儀式が行われていることは、前もって分かっていた。その内ひとつだけが本物の儀式で、残りは全て囮だということも。


 他力本願になってしまうが、こうなった以上は天使や根の国の軍勢に本物の儀式を阻止してもらうしかない。

 樹流徒は自分でも意外なほど落ち着いていた。やれるだけのことはやった。自分にはもう祈ることしかできない。焦っても仕方がない。そんな気持ちが働いたのかも知れなかった。


「けど……もし儀式が成功してしまったら、どうしたらいいんだ?」

「そしたら魔壕に行くしかねェな」

「まごう?」

 どこかで聞いたことのある言葉だった。

「魔壕ってのは、魔界の第八階層の名称だ。その場所でベルゼブブの計画は真の最終段階を迎える」

「どういうことだ? 今回の儀式が最後じゃなかったのか?」

「いままでオレたちが行なってきたコキュートス崩壊の儀式は、紛れもなく今回で完了だ。もう二度と現世で儀式を行なうこともなければ、市民の遺体が利用されることもない」

「じゃあ、別の儀式が行われるのか?」

「そうだ。次に魔壕で執り行われる儀式こそが、正真正銘最後の儀式。完了すればベルゼブブの計画は遂に実行へと移される」

「計画……。そういえば」

 樹流徒はまだ肝心な話をメイジから聞いてないことに気付く。

「メイジ。ベルゼブブの計画とは一体何なんだ? 教えてくれ」

 すぐさまそれを尋ねた。


 メイジは背中を起こすと、樹流徒の顔を見上げる。そして一言……

「バベル計画」

「バベル?」

「そうだ。ベルゼブブが進めている計画はバベル計画と呼ばれている」

「その計画の内容は?」

「結論から言うと、バベル計画ってのはベルゼブブたち悪魔が、天使――」

 全てを言い終える前だった。

 メイジの瞳孔がかっと見開く。彼は素早く立ち上がると、掌で樹流徒の胸を突き飛ばした。


 不意を突かれて、樹流徒は体勢を崩す。突き飛ばされた力に抗えず後ろに転倒した。

 僅かに遅れて、槍の形をした銀色の閃光が樹流徒の眼前を通り過ぎてゆく。それはメイジの体に突き刺さり、彼の体内で激しい光を膨らませた。


 今度は樹流徒の瞳孔がいっぱいに開く。何が起こったのかわからなかった。

 突如、外から飛んできた光の槍が樹流徒の背中を貫こうとした。それを察知したメイジがとっさに樹流徒を突き飛ばし、身代わりになったのだ。

 その事実が、樹流徒には一瞬理解できなかった。突然メイジが物凄い形相になって突き飛ばされたかと思いきや、次に視線を動かしたときにはメイジの体内で銀色の光が膨張していたのである。


 樹流徒を我に返らせたのは、メイジの体が床に倒れこむ音だった。

「メイジ……?」

 樹流徒は急いでメイジに駆け寄り、彼のそばにしゃがみこむ。

 メイジは指先を震わせ、口と体の両方からおびただしい量の血をながしながら、下唇だけをぱくぱくと動かしていた。

 何かを伝えようとしているよう見える。樹流徒は彼の口元に耳を近付けた。


 ――樹流……俺たち……思い出……場所へ……


 かろうじて聞き取れたのはそれだけだった。

 メイジの口が薄く開いたまま固まって、震える指も微動だにしなくなる。

「メイジ? おい、メイジ!」

 樹流徒は友の名を呼び、彼の体を揺らす。しかし、返事は無い。


 ほぼ即死……。戦場から放たれた閃光はメイジの心臓を正確に射抜いていた。応急処置を施しても無駄だということが一目で分かるほどひどい負傷だった。


 樹流徒はしゃがみこんだまま呆然とする。数秒前まで笑っていた友の体が徐々に血色を失ってゆく。何が起こっているのか、再び状況を見失った。先刻は単に理解が追いつかなかっただけだが、今度は頭が目の前に横たわる現実を理解することを拒否する。

 あっというまに通り過ぎた嵐のような、悪夢のような出来事に、樹流徒の身も心も完全に停止した。


 ややあって、樹流徒はもう一度我に返って動き出す。いままでどれだけの時間茫然自失としていたのか、感覚が曖昧だった。

 恐る恐る視線を下ろせば、やはり背筋が凍りつきそうな現実が横たわっている。


「嘘だろ……こんなの」

 樹流徒はがっくりとうなだれた。認めたくない。目の前にある残酷な現実を信じたくない。

「嘘だ! ふざけるな!」

 天に向かって叫んだ。何故、こんなことが起きたのか。何故、こんなことが起こらなければいけないのか。


 これが運命だというなら、恨まずにはいられなかった。これからずっとメイジと肩を並べて戦えるはずだった。二人で魔都生誕の秘密を全て暴いて、二人でベルゼブブを討伐し、詩織を救出し、根の国とも戦って、いつか一緒に元の平和な日常に戻れたらいいと思っていた。


 その願いはあっけなく消えた。親友の命は、誰が放ったかも分からない攻撃によって、いとも簡単に奪われた。しかも自分をかばったために。


 大地が鳴動する。地震とは違う小さな揺れが建物全体に伝わった。

 その振動に呼応するように、戦場のあちこちから歓声が沸き起こる。市内のどこかで儀式が成功したのだろうか。それを知った悪魔たちが狂喜乱舞しているのか。


 どちらにしても、いまの樹流徒はそれどころではなかった。親友の死という余りにも衝撃的な出来事に、思考が働かない。視界は歪み、全身から力が抜けて立ち上がれなかった。


 天使と悪魔の戦いはまだ続いている。崩れ行く天守閣の中、樹流徒はようやくメイジの亡骸を抱えて、ふらふらと起き上がる。戦場を包む憎悪と歓喜の渦に酔ってしまったかのように、足元がおぼつかない。


 樹流徒は再び咆哮した。喉が潰れてしまうほど思い切り、天に向かって吼えた。心が締め付けられる。怒りのせいなのか、悲しさのせいなのか、良く分からない。樹流徒は行き場の無い正体不明の感情を、とにかく空に向かってぶちまけた。


 メイジの腹部から七色の光が放たれ、謎の文字が浮かび上がる。その文字はメイジの体を離れて、樹流徒の体にすうっと乗り移った。まるでメイジの意思がそうしたかのように……

 メイジの体から浮き出た文字が樹流徒の腹部に浮かんだ。七色の輝きに黄金色が混ざる。その輝きに共鳴するかのように、樹流徒の背中にも謎の文字が浮かんで黄金の輝きを放った。

 ただ、その出来事は余りにも一瞬で、友の亡骸を抱えて咆哮する樹流徒は何も気付けなかった。




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