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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
178/359

最高の戦い



 天守閣の頂上を疾走する二つの影が一瞬にして互いの間合いを消す。

 そのわずかな時間のあいだに樹流徒は悪魔の爪を尖らせた。まったく同じタイミングでメイジの体にも変化が起こる。全身の皮膚が青い毛皮に包まれ、口からは牙、指からは爪が伸び、(たちま)ち獣人の姿に変貌した。


 接近した両者は足にブレーキをかけながら攻撃を放つ。樹流徒が右手の爪を振り上げ、メイジが左手の爪を振り下ろした。それらがぶつかり合って戦場に小さな火花を散らせる。

 間髪入れず、樹流徒は爪を解除しながら相手の横顔めがけて拳を放った。メイジは柔軟な上体を後ろに大きく反らして攻撃をかわす。さらに倒した上半身を戻す勢いを利用して反撃の頭突きを繰り出した。


 樹流徒は腕で防御して一歩後退した。岩を叩きつけられたような衝撃が骨の芯まで響く。獣人と化したメイジの頭部は恐ろしく硬かった。

 痛みに続いて軽い痺れが腕の中を駆け巡り、樹流徒は苦い表情を隠せない。

 好機と見たか、すかさずメイジが右ストレートを繰り出した。樹流徒は身を屈めてかわしながら相手の左わき腹を狙ってフックを放つ。これに対してメイジは左肘を下げてガードした。樹流徒の拳とメイジの肘がぶつかり合ってゴツと鈍い音を立てる。


 戦いの流れはまだ止まらない。メイジはガードで下げた左腕を突き上げてアッパーを放つ。樹流徒がまっすぐ後ろに下がってかわすと、それを追いけけてメイジは鋭い飛び膝蹴りを放った。

 樹流徒は半ば仰け反るような姿勢で全身を反時計回りにターンさせ自分の位置をズラす。膝を突き出したまま跳躍した青い獣人が、恐ろしい速さで眼前を通り過ぎていった。

 それにより樹流徒は偶然にもメイジの背後を取る格好になる。常人同士の戦いであれば攻撃する隙はなかったが、樹流徒の反応速度と敏捷性があれば話は別だった。


 頭で考えるよりも早く動き出した樹流徒は、メイジが着地したところを狙って爪を突き出す。殺気を込めた全力の一撃だった。矛盾しているようだが、メイジを殺さず倒すためには本気で殺すくらいのつもりで戦わなければいけない。手加減して勝てる相手ではなかった。

 事実、樹流徒が放った本気の一撃をメイジはすんなりと回避する。獣というよりは蛇のような柔軟性で体を横に折り曲げ、樹流徒に背を向けたまま爪をやり過ごした。まるで頭の後ろにも瞳がついているかのような動きだ。


 それを目の当たりにした樹流徒だが、特に驚きも動揺もしなかった。メイジならばこの程度の芸当は平然とやってのけると分かっていた。

 樹流徒は臨機応変に動く。メイジの背中めがけて突き出した爪が空を切ったと見るや、姿勢を低くしてそのまま相手の腰にしがみついた。この状態からメイジの体を持ち上げ、プロレス技のジャーマンスープレックスに移行する。


 ところが技を掛けている最中、樹流徒の動きが急に鈍った。メイジの体を持ち上げた途端、腕に凄まじい重さが伝わってきたためだ。

 見れば、メイジの全身が黒く染まり紫色のまだら模様を浮かべていた。この姿を樹流徒は知っている。以前、令司の攻撃を全て跳ね返した鋼の体だ。


 黒塗りの姿に変身したメイジの体重はゆうに数百キロはあった。重さに耐えかねた屋根瓦がミシミシと鳴いて表面に亀裂を走らせる。樹流徒の体勢が崩れた。一度は宙に抱え上げられたメイジの体が下がり、つま先が地面に着く。


 ここで引いたら駄目だ。

 樹流徒は頭の中で叫んで、己に喝を入れた。足腰に力を込めて姿勢を直すと、力尽くでスープレックスを継続する。メイジの体を無理矢理地面から引っこ抜き、後ろに倒れ込むように背中を反った。そして相手の頭が地面に着く直前に手を離す。


 技の勢いと自重により、メイジの体は屋根を突き破ってまっ逆さまに墜落した。そのまま天守最上階の床に叩き付けられる。ドスンと凄まじい音が鳴った。


 樹流徒は屋根に開いた穴から下を覗くと素早い追撃を行う。うつ伏せで倒れているメイジめがけて口を開き、冷静に狙い済まして青い炎の玉を三連続で射出した。更にその後を追いかけて、樹流徒自身も屋根から飛び降りる。靴を貫通して足の先から飛び出したフラウロスの爪が、メイジの背中に一突き見舞った。


 相手が並の悪魔だったらこれで勝負はついていただろう。しかし樹流徒が三連射した青い炎は、メイジが誇る鋼鉄の体にあっさりと弾かれた。その後に続いた樹流徒の蹴りも効果がなかったようである。メイジの体に傷を負わせるどこかろ、逆に樹流徒の足先から伸びた爪が折れていた。


 樹流徒は蹴りの反動と背中の羽を使って後方へ飛び、宙返りして床に着地する。

 メイジがゆっくりと立ち上がった。彼はやはり無傷だった。黒い鋼の体は天井から落下した衝撃も、火炎の玉による熱も、爪の貫通力も、全てを遮断していた。


 メイジは舌の先でさっと唇を舐めると、次なる変貌を遂げる。黒い皮膚と紫のまだら模様に覆われた全身が、(たちま)ち緑色に変色した。背中の皮膚を突き破って六本の触手が飛び出す。蜘蛛と人間を合わせたような、おぞましい姿になった。触手の先端からは刃物のような鋭利な爪が突き出ている。さきほど天使の体を貫いた爪だ。


 爪を剥き出しにした触手が一斉に動き出す。空気を切り裂き、その先にいる樹流徒を襲った。

 後方へ飛び退きながら樹流徒は触手の一本を切断する。それだけでは対応が間に合わないと判断して、他の触手を魔法壁で防いだ。虹色の壁に弾かれた触手は怯んだように体をくねらせてメイジの元に戻る。


 自分の魔法壁が消えた瞬間を狙って、樹流徒は反撃に移った。両手に魔法陣を展開して雷を放つ。

 それを予測していたのだろうか、メイジは樹流徒が魔法陣を完成する前に跳躍していた。雷の上を飛び越えた蜘蛛人間が、空中から樹流徒めがけて飛び蹴りを放つ。

 樹流徒は大きく後方へ跳躍して回避した。メイジは着地すると即座に背中の触手を動かす。触手の一本は樹流徒の爪に切断されたばかりで、まだ再生が終わっていない。残り五本が一斉に標的を襲った。


 樹流徒は床を転がって三本の触手を回避し、追跡してくる残り二本を爪と空弾で切断する。すぐさま反撃に移ろうとした。


 が、思いとどまる。メイジの体が赤く変色し始めたからだ。皮膚が変質して、(ワニ)の鱗を髣髴とさせる凹凸を持った形状になる。目は紫色に染まり、唇の隙間から覗く犬歯がますます長く伸びて顎の下まで突き出した。背中の真ん中には人の拳程度の大きさもある謎の孔が六つ開き、肩甲骨の下から赤い羽が生えている。そして黒い衣を突き破って巨大な尻尾が飛び出した。

 まるで人間と竜を混ぜたかのような姿だった。樹流徒はまだこの変身を見たことが無い。


 真紅の竜人に変身したメイジは樹流徒のほうを向いて大口を開く。綺麗に並んだ鋭い牙の奥で、血のように赤い光が輝いた。それは瞬く間に巨大な火炎の玉となって、恐ろしい速度で射出される。


 樹流徒は咄嗟に空気弾で対抗した。ほぼ無色透明の弾丸が、メイジの口から吐き出された巨大な炎の玉を貫通する。

 以前、樹流徒はマルコシアスという悪魔と戦ったときに、火炎弾を空気弾でかき消されてカウンターを食らった経験がある。当時の攻防を逆の立場で再現したのだ。電光石火の閃きだった。


 空気弾に貫かれた炎の玉は空中で爆発する。天守最上階の一室が真っ赤な閃光に包まれた。余りのまぶしさに、樹流徒は無意識の内に瞼を閉じる。

 その隙を突いて、メイジが次の攻撃態勢に入った。背中に開いた六つの孔から次々と光弾を吐き出す。

 合わせて数十以上飛び出した光弾は、紫色に点滅しながら、はじめ磁力線のような軌道を描いた。途中で動きを変えると樹流徒めがけて集中砲火を浴びせようと一斉に突っ込む。


 樹流徒は素早く羽を広げると、垂直に跳躍した。頭上に開いた屋根の穴から外へ逃れる。

 メイジの背中から放たれた光の弾は、樹流徒が元いた場所を次々と通過し、建物の壁に小さな穴を開けて外に飛び出した。かと思いきや、またも一斉に方向を変えて標的を追尾する。


 空に逃れた樹流徒は、しつこく迫ってくる光に気付いてすぐに急発進した。めまぐるしく飛び交う光弾の隙間を縫って、自分の位置すら分からなくほど賢明に飛び回る。

 逃げても逃げても光は追いかけてくる。戦場を飛び交う流れ弾の存在もあって、樹流徒は余計必死に回避行動を続けなければいけなかった。


 一体いつまで逃げ回ればいいのか? そう思い始めた頃、ようやく光弾が自然消滅して、急激に数を減らしてゆく。

 かろうじて被弾を免れた樹流徒は、最後の光が消えたのを確認すると天守閣に引き返した。屋根の穴から顔を覗かせて、下にいるメイジの様子を窺う。


 心臓が嫌な音を立てた。メイジの口の前に黒い光の粒がいくつも集まっているのが見える。その光の粒は重なり合ってひとつの球体となり、物凄い勢いで膨らんでいた。すでにメイジの顔を覆い隠すほどの大きさになっている。


 危険を察知した樹流徒はすぐに駆け出した。屋根から飛び降りて羽を広げたとき、メイジの眼前を覆っていた光の球体がエネルギーの行き場を失ったように爆ぜる。それは巨大な光の柱となって屋根を突き破り、天へ駆け上った。


 黒い閃光が消えたとき、屋根の残っていた部分は粗方消し飛んでいた。凄まじい威力を目の当たりにして樹流徒の全身に戦慄が走る。もし光に飲み込まれていたら命は無かった。メイジは本気で自分を殺す気なのだ、と理解させられた。


 樹流徒は屋根を失った天守閣に戻り、相手と同じ地平に立つ。気付けばメイジの姿は鋭い牙と爪を持つ青い獣人になっていた。機動力に優れ、接近戦を得意とする形態だ。


 樹流徒はすっと空気を吸い込み、体内の息とともに勢いよく白煙を吹いた。石化の息が前方の景色を覆う。

 メイジは目にも留まらぬ速さで駆け出すと、白煙を回避するだけでなく樹流徒の側面に回り込んだ。指の先で光る爪がぎらりと輝いて獲物を狙う。


 だが、いまの樹流徒に隙は無かった。攻撃中も相手の姿をしっかりと目で追っていた彼は、側面に回りこんできたメイジに向かって横蹴りを放った。

 メイジはちっと舌打ちをしながらバックフリップで回避すると、空中で手を振り払う。獣人の指先から切り離された爪が、樹流徒の額めがけて飛んだ。


 まさか爪が分離するとは思わなかった樹流徒は完全に虚を突かれたが、素早い反応で側宙を繰り出して攻撃をかわす。加えて、宙を回転している最中に魔法陣を展開し、着地と同時に火炎砲で反撃を行った。

 メイジは横にステップを踏んで、あっさりと避ける。標的を逃した火炎砲は壁を爆破して巨大な火種を飛び散らせた。


 床の上でくるぶる炎がゆらゆらと頭を揺らす。

 動きを合わせるようにメイジの肩も揺れた。彼はク、ク、クと小さな笑い声を上げてから、口角の片側を緩く持ち上げる。

「これだ……。俺がずっとずっと探し求めていた興奮。フルーレティと戦ったとき以上の高揚感。まさに俺が望んでいた戦い……。最高だ」

 青い獣人の全身が身震いを起こす。うっとりとした瞳の中にギラギラとした光を閉じ込め、戦いに陶酔した表情は狂気に満ちていた。


 樹流徒が返す言葉を見つけるよりも早く戦いが再開される。メイジは両手の指を不規則かつ不気味な動きで開閉しながら、静かに一歩前へ出た。

 次は何をしてくるつもりなのか? 樹流徒は相手の動きに警戒する。これ以上ないくらいに神経を集中させた。


 にもかかわらず、彼は一驚を喫する。直前まで視界に捉えていたメイジの姿を、突然見失ってしまったからだ。

 樹流徒は急いで視線を左右に走らせる。瞬きひとつせず相手の挙動を見ていたはずだった。互いの距離は近く、周囲に隠れる場所も無かった。にもかかわらず、メイジの姿を見失ってしまったのである。


 まさか、メイジは瞬間移動を使うのか? そこまで考えて、樹流徒はこの場に止まるのは危険だと気付いた。急いで羽を広げて飛び立つ。

 足が床から離れたとき、タタッという小さな音が聞こえた。誰もいないはずの場所から床を踏みしめる軽快な音が響く。

 樹流徒が足首に妙な感触を覚えたのはそれから半瞬も経たぬ内だった。下を見て、彼はぎょっとする。いつの間にか姿を現したメイジに足首をしっかりと掴まれていた。


 メイジの体は黒く染まっていた。あらゆる攻撃を跳ね返す鋼の肉体だ。その形態は絶対的な防御力を誇るだけでなく、恐るべき怪力をも併せ持っていた。

 メイジは片手で軽々と樹流徒の体を持ち上げると、乱暴に振り回す。

 樹流徒は魔法壁を展開して、メイジの体を弾き飛ばそうとした。しかし、それすら鋼の肉体に対しては効果が無かった。樹流徒の周囲に張り巡らされた虹色の壁は、メイジにぶつかるとヒビが入り、地面に落下した卵の殻みたいにあえなく壊れた。


 メイジは樹流徒の足首をしっかりと掴んで離さない。樹流徒を何度も床や壁に叩きつけると、最後に力強いスウィングで放り投げた。

 勢い良く宙に投げ捨てられた樹流徒の体は、壁を突き破って外へ飛び出す。樹流徒は羽を広げてすぐに静止したが、頭に鈍い痛みが走ってその場で動きを止めた。


 なんとか持ち堪えて天守閣のほうを振り返ると、そこには誰もいない。さっきと同じように、メイジの姿を見失ってしまった。

「いや……。僕の目に映らないだけで、メイジはいる」

 樹流徒は半ば確信して呟いた。恐らく、メイジは自分の体を不可視化できる。つまり“透明になれる能力”を持っているに違いない。

 さっきはメイジが瞬間移動を使ったのかと思ったが、それは多分違う。メイジが姿を消したあと、誰もいない場所から聞こえてきた音が証拠だ。あれはメイジが床を駆ける音だったに違いない。もしメイジが瞬間移動をしたならば、そんな音は聞こえなかったはずである。


 樹流徒は、消えたメイジの姿を探して前方の景色に視線を巡らせた。

 わずかに残った天守閣の屋根に注意がいったとき、瞳の動きが止まる。そこには体を赤く変色させ竜人の姿になったメイジが立っていた。


 樹流徒に接近する暇を与えず、メイジは背中から紫色に点滅する弾丸を次々と発射した。磁力線を描くような軌道で進む光の弾は、宙に解き放たれた途端に標的を狙う追跡弾と化す。

 樹流徒は天守閣上空を大きく旋回して数十の光弾をやり過ごすと、続いてメイジの口から放たれた黒い光の柱も避けた。飲み込んだもの全てを消滅させる破壊の閃光が天に昇ってゆく。不運にも射線上に居合わせた悪魔が悲鳴も上げずに消滅した。


 樹流徒は天守最上階に引き返して、再びメイジの前に降り立った。

 竜人の口から赤い輝きがほとばしる。巨大な炎の玉が吐き出された。樹流徒は回避も防御もしない。両手に魔法陣を展開して、雷を撃ち出した。


 互いの攻撃は空中で重なったが、相殺することなく透過し合う。それにより両者共に相手の攻撃の直撃を受けた。

 メイジが吐き出した炎の玉は樹流徒の右腕を焼く。皮と肉を焦がす臭いが立ちこめ、樹流徒の体に激痛が駆け巡った。

 かたや、電撃を受けたメイジは、口元に不敵な笑みを浮かべている。一見すると攻撃が効いていないように見えた。


 ただ、樹流徒はメイジの笑顔を演技と判断した。彼は昔からピンチに陥ったときほど良く笑う人間だった。今も平気な顔をしているが、もしかすると本当は電撃で体が痺れているかも知れない。


 樹流徒は思い切って突撃した。悪魔の爪を構えて接近戦を仕掛ける。炎で焼けた腕の痛みを振り払うように一気に相手との間合いを詰めると、遠目から腕を突き出した。

 メイジはよろけながら大きく後ろへ跳ぶ。着地の瞬間にがくりと膝が折れた。樹流徒の突進が意外だったのか、笑みを浮かべていた表情からさっと余裕の色が引く。やはり電撃が効いているのか? 


 いや。これは罠かも知れない。メイジは電撃で体がしびれたフリをして相手の不用意な一撃を誘っているのではないか。そのくらい彼なら十分やりかねない。

 樹流徒の勘が危険信号を灯した。「追撃するのは危険だ」と、脳が即座に全身へ警告を与えた。


 が、それを感じた上で樹流徒は臆さず相手を追い、爪をなぎ払った。決して冷静さを欠いたのではない。敢えて相手の罠に飛び込む覚悟で放った、勇気を振り絞っての一撃だった。

 鋭利な先端がメイジの胸を軽く裂く。それを見て樹流徒は確信した。メイジは演技などしていない。本当に電撃が効いている。


 樹流徒は相手を壁際に追い詰めた。迷わずメイジの肩口めがけて空気弾を発射する。

 しかしメイジは早くも体の痺れが抜けたらしい。素早い身のこなしで空気弾を回避すると、再び樹流徒の視界から忽然と姿を消した。不可視化の能力だ。


 樹流徒は逃げなかった。姿が見えないとはいえ、相手はすぐ目の前にいる。勘を頼りにメイジがいると思った場所めがけて爪を突き出した。

 次の刹那、樹流徒の両足が地面から浮く。メイジは樹流徒の爪を回避しながら強烈な足払いを放っていたらしい。


 樹流徒が手を着きながら転倒すると、透明になっていたメイジが青い獣人に変身して姿を現した。

 何故、わざわざ不可視化の能力を解除するのか。考えるまでもなかった。きっとメイジが透明になっていられる時間は限られているのだ。

 透明化だけではない。これまでの戦闘を振り返ってみると、メイジは頻繁に変身を繰り返している。恐らく、長時間同じ姿に変身していられないのだ。そう樹流徒は判断した。


 メイジは、倒れた樹流徒に向かって爪を振り下ろす。

 樹流徒は床を転がって回避した。止まった先で火炎弾を発射する。メイジは素早い前宙で攻撃を避け、そのまま樹流徒の顔面めがけて踵を落とした。


 その攻撃は床を叩いて穴を開ける。樹流徒は仰向けの状態から足を振り上げる力だけでバック宙を繰り出し、寸でのところで難を逃れていた。それでも安堵している暇は無い。樹流徒は着地を決めると、今度はバック転の体勢に入る。

 その判断は正しかった。樹流徒がバック転を繰り出したとき、メイジが立ち上がりながら手を振り払い、指から分離した爪を飛ばしていた。


 樹流徒は、二回、三回とバック転を連続させて爪をかわしながらメイジから距離を取った。

 メイジの体が緑色に変色する。背中から飛び出した触手が一斉に攻撃を開始した。

 樹流徒は後ろに下がりながら触手の一本を切り落とし、すぐさま跳躍。追いかけてくる別の一本を足の爪で切断した。


 このとき、樹流徒は妙な違和感を覚えた。

 何かがおかしい。漠然と嫌な予感がする。メイジが何か仕掛けたのか?

 その正体に気付くよりも早く、樹流徒は背後から殺気を感じた。相手が正面にいるにもかかわらず……である。


 反射的に振り返ると、触手の一本が床を突き抜けて樹流徒の背後に回りこんでいた。

 メイジは六本の触手の内、一本だけを別行動させていたのである。その触手はメイジの足下に穴を開け、下の階を通って、樹流徒の真下を通過し、床に開いた穴を通って密かに彼の背後に忍び寄っていた。


 樹流徒が覚えた違和感の正体は、メイジの触手が一本足りないことだったのだ。

 が、今更気づいても遅かった。背後に回りこんだ触手は、鋭利な牙で樹流徒の肩を突き刺す。さらに体勢を崩した獲物の足を絡め取って滅茶苦茶に暴れ出した。樹流徒の体は前後左右に激しく揺さぶられたあと、強か床に叩きつけられた。




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