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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
177/359

異形の青年たち



 市内中央から南南東に向かって約二十キロ。戦国時代の城・号刀城は川沿いの台地に堂々とそそり立っていた。


 大手門(城の正門)をやや遠目に見渡せる建物の陰には樹流徒が潜んでいる。フルカスたちとの出会いを経て落ち着きを取り戻した彼は、敵の奇襲に十分警戒しながら冷静に戦場の様子を確認していた。


 薄い霧がかかった空の中を、数百の翼が目まぐるしく飛び回っている。どうやら天使たちも悪魔の集結を嗅ぎ付けてここまで来たようだ。地上からは悲鳴や爆発音、建物の壁が決壊する音などが絶えず鳴り響いており、それだけでも戦いの激しさを知るには十分だった。

 天使や悪魔だけでなく、根の国の軍勢も到着しているが、数は少ない。おそらく悪魔の十分の一にすら満たなかった。メギドの火を阻止するときに戦力を消耗してしまったのか。そうでないとすれば、号刀城の儀式阻止を樹流徒に任せようという夜子の魂胆だろうか。


 模造天守閣の東には“東の丸”と呼ばれる広場がある。見れば、そこの上空にだけ異様な数の戦力が集結していた。城の外から新たに駆けつける天使や悪魔も皆、そちらへ向かっている。最後の儀式が東の丸で行われているのは明白だった。


 もし儀式が成功すれば、魔界の最下層コキュートスが崩壊する。そこに閉じ込められている悪魔の王サタンが解放されてしまう。

「ベルゼブブの目的はサタンの救出ではなく、その先にある」夜子はそう推測していたが、たとえ敵の目的が何であれ、儀式を阻止しなければいけないことには違いなかった。


 ただ、樹流徒には儀式を止める前に、もうひとつやるべきことがあった。それはメイジの説得である。彼を改心させ、仲間にし、共に悪魔の野望を打ち砕き、ベルゼブブを倒す。それが樹流徒の望みだった。


 儀式は東の丸で行われているが、メイジがいる場所はそこではない。彼は一対一の勝負を望んでいる。誰にも戦いの邪魔されない場所で待ち構えているはずだ。

 そう樹流徒は断言できた。今のメイジが何を考えているのかは良く分からないが、親友として分かることもあった。


 号刀城は四方を幅の広い堀と高い生垣に守られている。通常であれば、城郭内に踏み込むためには南の大手門か、東の小さな搦手(からめて)門に掛かった橋を渡らなければいけない。

 ただし、異世界の戦士たちに対して地形や城の設備による守りは効果が薄かった。すでに激しい戦闘によって城壁は崩壊し、水堀の中を楽々と進む異形の生物たちが次から次へと号刀城の敷地に踏み込んでいる。


 飛行能力を持つ樹流徒にとっても、城の守りはあまり意味がなかった。

 彼は潜んでいた建物の陰から出ると、漆黒の羽を広げて宙に浮く。いよいよメイジと再会するときがきた。彼を説得できるのも、多分今回が最後のチャンスになるだろう。


 一度深い呼吸をして、樹流徒は力いっぱい羽を扇ぐ。風の如き速さで飛び出した全身が、地上で争っている異形の兵士たちの頭上を駆け抜け、大手門の上を通過しようとした。


 だがそのとき、小さな隻影が門の(やぐら)を踏み台にして跳躍する。

 その正体は猿の姿をした悪魔だった。全身を黄土色の毛皮に包まれた小柄な獣が、出刃包丁を手に樹流徒めがけて飛び掛かる。背丈は大体樹流徒の胴の辺りまでしかなく、野性的な外見に違わぬ驚異的な素早さと跳躍力を持っていた。


 下から襲い来る悪魔に対して、樹流徒は今までになく冷静に対処する。敵の動きが驚くほど良く見えた。これもあのイカサマポーカーを攻略した成果なのか、それは分からない。ただ、もしフルカスたちとの出会いがなければ、きっと集中力を欠いたままの状態でこの場にいただろう。いまも敵の接近に気付けず、致命的な一撃を受けていたかも知れない。


 樹流徒は悪魔の動きを完全に把握した。黄土色の猿が包丁を斜め下へとなぎ払う直前、素早く高度を上げる。悪魔の頭上を飛び越えて攻撃をかわし、ついでに相手を軽く踏みつけた。

 頭を踏み台にされた悪魔は目を丸くして落下する。異様に甲高い声で「畜生」などと叫びながら手足をじたばたさせ、そのまま堀の水に飛び込んで姿を消した。


 敵の様子を最後まで見届けることなく、樹流徒は先を急ぐ。

 大手門の上空を通り過ぎると、今度は天使二体による同時襲撃を受けた。天使の片方は剣と鎧を装備したドミニオンだ。もう片方の天使は白い簡素な作りの衣を纏っただけの姿をしており、アクセサリーや武器などは一切身に着けていない。こちらの天使は恐らく龍城寺タワーでも遭遇したエンジェルだった。渡会の説明によれば、エンジェルは天使たちの中で最も低い階級の存在であり戦闘力も低い。もはや樹流徒の敵ではなかった。


 ドミニオンが剣を振り上げて樹流徒に襲い掛かる。樹流徒はいとも簡単に相手の懐に飛び込み、ドミニオンが振り下ろした手を掴んだ。握力を全開まで高めるとゴキンと鈍い音が鳴って、天使の手首がだらりと垂れ下がる。微かに震える指から剣が零れ落ちた。

 樹流徒はすかさず敵の顔面に肘打ちを食らわせる。さらに相手が怯んだところへ至近距離から電撃を食らわせた。動きを封じられたドミニオンは剣の後を追うような軌道で落下してゆく。


 あっという間の決着だった。それを間近で目撃していたエンジェルは、樹流徒との実力差を察したらしくすぐに後退する。仲間に援護を求めようとしたのかもしれない。


 結果としてそれは果たされなかった。地上から放たれた氷の矢が逃げるエンジェルの胸を射抜く。

 流れ弾だった。地上で戦いを繰り広げている誰かの攻撃が、偶然にもエンジェルの胴体を射抜いたのだ。

 空中から戦域全体を見渡すと相当な数の流れ弾は数が飛び交っているのが分かった。無差別に命を狙う攻撃が空から地上へ、地上から空へ、乱れ散っている。メギドの火を阻止した戦いと同じ光景だった。この戦場でも油断は許されない。不運にも命を落とす可能性が常に周囲を付きまとっていた。


 天使の襲撃を退けた樹流徒は、羽を広げて一気に戦場を突き抜ける。異形の兵士たちが交戦している隙間を縫って、三の丸、二の丸の上空を通り越した。


 その先にある天守閣に近づいた時、樹流徒は難なく親友の姿を見つけた。黒衣を纏った青年が天守の屋根に寝そべっている。頬杖をつき退屈そうにしているその姿は、兵士たちが激しく動き回っている戦場の中でひときわ異質な存在感を放っていた。


 樹流徒はあっと声を漏らしそうになる。

 いま、メイジの背後から一体の天使が飛びかかる。その天使はメイジの頭上から銀色に輝く剣を振り下ろした。

 メイジは四肢を微動だにさせない。体を横たえたまま、全身の肌を緑色に変色させた。背中から六本の触手が飛び出す。その内の一本が頭上から迫る剣を弾き、別の一本が天使の腹を貫いた。よく見れば、触手の先端には大きな爪が生えている。それが天使の胴体を刺したのだ。

 以前は触手に爪など生えていなかった。メイジの変身能力が強化されている。樹流徒が悪魔を倒すたびに力を増したのと同様、メイジもまた戦いの中で新しい力を得たようだ。


 触手の爪に貫かれた天使の肉体が消滅し、白銀に輝く光の粒が宙を漂う。

 樹流徒は真剣な瞳でメイジを見据えた。この時ばかりは心音の高まりを抑えられなかった。メイジも樹流徒の姿に気付いたようである。不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。


 樹流徒の側面から一体の悪魔が襲い掛かる。麒麟の頭部を持ち小さな羽を生やした悪魔だった。

 その敵を拳一振りで沈黙させ、樹流徒はメイジが待ち受ける建物に接近する。そして屋根に着地した。


 異形の青年が二人、天守閣の頂上で向かい合う。

「ヘイ、樹流徒。なかなかイイ姿になったじゃねェか。オレと一緒の化物人間だ。さすが相棒……嬉しいぜ」

 メイジが口火を切った。変身能力が解け、緑色に染まった肌が本来の色を取り戻す。


「それにしても良く逃げずに来たな。ま、オマエなら必ず来ると思ってたけどよォ」

「僕は、お前が人質を取るような真似をするとは思わなかった」

 樹流徒は怒りを込めて言い返した。

 メイジは「もし樹流徒が号刀城に来なければ、イブ・ジェセルのメンバーたちを殺す」と脅迫めいた伝言を寄越した。魔都生誕以前のメイジならば絶対にそんなことはしなかった。

「あの伝言は本気だったのか? もし僕がここに来なければ、どうするつもりだった?」

 樹流徒は厳しい口調で問い詰める。できればメイジの悪趣味な嘘であって欲しかった。単に自分をおびき出すための冗談であって欲しかった。


 するとメイジは珍しく真面目な顔つきになる。少しのあいだ無言を貫いたあと、樹流徒の質問には答えず、逆に問い返した。

「なぁ樹流徒。お前、今の市内をどう思う?」

「なに?」

「お前の目にはいまの龍城寺市がどう映るか? って聞いてンだよ」

「悲惨な状態だと思う。僕たちや組織の人以外は誰もいなくなってしまったし、悪魔やネビトが暴れ回ったせいで自然も建物も滅茶苦茶だ。仮に結界が消えても、しばらく人が住むのは無理だろう」

「ああ、確かにその通りだ。オレもそう思うぜ。ホントに無残なもンだ」

「……」

「でもな。失ったモノがある反面、今の市内には魔都生誕以前までには無かったものがある。それが一体何か、お前に分かるか?」

 その質問に、樹流徒は数秒考えてから首を横に振った。

「いや、分からない」

「じゃあ、教えてやるよ。それはな……真の自由さ」

「真の自由?」

「そう。以前までオレたちが生きてきた世界にも自由はあった。けどな、それはあくまで義務や責任といったものと背中合わせの自由だ。何をするにも法律、道徳、連帯責任、他人の目、そして世間の感情……そういったウゼェものがイチイチ付きまとう。んなモンは本当の自由じゃねェ」

「じゃあ、今の市内に本当の自由があるとでも言うのか?」

「そうさ。魔都と化したこの地では、何もかもが思いのままだ。いつ、どこで、誰と、何をしてもいい。笑いたいときに笑い、寝たい場所で寝る。欲しければ奪い、気に入らなければ殺す。それを咎める者がいればソイツも消す。力だけがものをいう限りなく純粋なこの世界には、圧倒的な開放感が満ち溢れている。これこそ真の自由だろ」

「そんなこと……本気で言っているのか?」

「ああ、全て本気さ。だからオレがお前に宛てた伝言にも何ひとつ偽りがない。もし樹流徒がここに来なければ、オレは、見せしめに天使の犬の連中を適当に二、三人殺すつもりだった。それがお前の質問に対する答えだ。どうだ、満足か?」

 やはり、彼はもう別人だった。

 いま樹流徒の目の前にいるのは、樹流徒の知っている親友ではない。かつて明るい少年だったメイジの面影をいくらか残しただけの他人。姿ばかりそっくりの、偽者のようだった。


 相手を説得をするつもりでここまで来たが、これ以上話を続けても意味は無い。

 樹流徒は早々に覚悟を決めた。メイジと戦う。戦って、殺さずに彼を止める。それ以外にメイジを救う方法は無い。

「分かった、もういい。戦おう。それがお前の望みなんだろう?」

 樹流徒は拳を握り締めた。

「今日はえらく強気だな。ガキの頃はいつもオレの後ろをくっついてくるだけだったお前がよ」

 メイジはク、ク、クと低い声を出して笑う。だらりと垂れ下がった肩と手が揺れた。


 メイジの言葉は事実だった。思い返せば、樹流徒は小さな頃からいつも、色々な意味で親友の背中を追いかけていた。歩くときも、走るときも、一歩前を行くのはメイジ。勉強でも運動でも人望でも、そして遊びにおいても、常に樹流徒の先をゆくのがメイジだった。

 樹流徒はそんな親友の存在をいつも誇らしく思っていたし、もしかすると時には心の片隅に劣等感を抱いていたかも知れない。


 中学時代のある日、樹流徒たちはNBW事件に巻き込まれ、メイジは運命を狂わされた。先を歩いていたメイジが樹流徒と並んだのはそれからだった。樹流徒がスピードを上げたわけではなく、前を歩いていたメイジが失速したのだ。樹流徒は悔しさに似た感情を覚えていた。


 しかし、いまのメイジは人格こそ壊れてしまったものの、かつて輝いていたころの彼と同じ力強さを纏ってる。皮肉な話だが、樹流徒はメイジと対峙して、本当に初めて親友と肩を並べているような気がした。遂に同じ場所に立っているような気がした。


「僕は、お前相手に手加減は出来ない。それは分かってくれるな?」

「あ? 回りくどい言い方すンじゃねェよ。“ぶっ殺す”の一言で済む話だろうが」

「僕が勝ったら、お前には仲間になってもらう。これまでの罪を時間をかけて償ってもらうし、ベルゼブブの企みについても喋ってもらう」

「いいぜ。じゃあ俺が勝った場合は躊躇無くお前を殺す。せいぜい楽しませてくれよ、相棒」

 メイジは両手をいっぱいに広げたあと、静かに腕を下ろして不敵な笑みを浮かべる。


 そして、両者は同時に地を蹴った。




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