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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
172/359

損な性分



 第七ゲーム。樹流徒に二回目の親が巡ってきた。

 樹流徒はテーブル上のトランプを集める。普通だったらそのままシャッフルに移るのだが、その前にやらなければいけないことがあった。カードに変な細工がされていないかどうかの確認だ。今使用しているトランプはフルカスが用意したものである。一見すると現世の商品だが、実は違うのかも知れない。


 樹流徒はカードの束を扇のように広げて、おかしな点がないか、簡単に確認する。続いてランダムに数枚のカードを抜き出し、それらをじっくりと観察した。カードに特殊な模様が描かれていないか、カードのどこかにキズが付いていないか、表も裏も穴が開くほどしっかりと見る。そのあと指でカードの表面を擦ってみたり、手の中で温めてみたり、息を吹きかけてみたりもした。

 しかし、どう調べても普通のトランプだった。変わった点は見つけられない。


「好きなだけ調べて貰っても構わんが、何も見付かりはせぬよ」

 フルカスが笑う。

 樹流徒は少しばつが悪い気分になって、素早くカードの束をシャッフルし、全員に手札を配った。

 マゴグが缶の蓋を開けて中身のジュースを軽く口に含む。樹流徒が手札を配り終えたとき、缶を手元に置いた。


 各プレーヤーが一斉に自分の手札を確認する。

 樹流徒はノーペアだった。強いカードが一枚も無い上にフラッシュもストレートも狙いにくい、最悪に近い手だ。ここは五枚換えをするしかなさそうだった。樹流徒はすぐにカードを全て切り、山札の上から新しいカードを五枚ドローする。


 それが意外な結果に繋がった。AとKが二枚ずつ舞い込む。ツーペアだ。裏ジョーカー次第ではフルハウスに発展する。

 樹流徒は良いカードが来たことに喜びかけて、すぐ気を引き締め直した。浮かれている場合ではない。このゲームにイカサマが潜んでいるならば、その尻尾を掴まなければいけなかった。特にフルカスの動きは要注意だ。


 マゴグがカードを三枚交換する。

 次はフルカスの番。樹流徒は瞬きひとつせず、食い入るような目つきで老騎士の手元を見た。


 フルカスがカードを五枚全部切る。やはり彼は、自分が親のとき以外は手札を全部換える。

 樹流徒は山札の上からカードを五枚取って、フルカスの前に差し出した。

 フルカスは新しい手札を拾い上げる。そのときも樹流徒は相手の指先を凝視した。結果、フルカスの動きにこれといって不審な点は見当たらなかった。


 最後にゴグがカードを三枚換えて、全員のカード交換が終了。手札公開に移る。

 樹流徒がツーペアを出す。マゴグは7のワンペア。問題は次……


 フルカスがテーブル上に手札を晒す。2と3のツーペアだった。現段階では樹流徒よりも弱い役である。しかし、気にすべき点はもっと別にあった。

 フルカスはまたも強い手役を揃えた。彼はカードを五枚交換したときノーペアはおろか、ワンペアになったことすらない。必ずツーペア以上の役を完成させてくる。問題視しなければいけないのはそこだった。


 一方、ゴグマゴグは今度も何の反応も示さない。まるでフルカスが強い役を揃えたのが当然のように見送っている。彼らの態度もやはり妙だ。

 樹流徒はゴグマゴグの動きもしっかり見ておかなければいけなかった。自分の注意がフルカス手元に注意が向いているあいだ、彼らが何かしているのかも知れない。


 ゴグの手札がテーブルに置かれる。見れば2のワンペアだった。

 全員の手札が公開されたため、裏ジョーカー表示カードの確認に入る。樹流徒は山札の一番上に置かれたカードをひっくり返して、表側にした。

 出たのはクラブのJ。それにより全てのQがジョーカーに変わる。


 しかし、Qを持っているプレーヤーはいなかった。全員手役の強さは変わらず。

 よって、勝者は樹流徒に決まった。第七ゲームにしてようやく掴んだ初勝利だった。

「良かったねぇ」

 マゴグがのんびりした声を出す。

「ああ」

 樹流徒は軽い笑顔を返しながら、内心では表面上ほど喜んでいなかった。偶然にもツーペアを引いたとはいえ、その幸運がなければ今回のゲームもフルカスが勝っていたのだから。


 もう疑いようがない。フルカスはほぼ間違いなくイカサマをしている。そうでなければ、この運の良さは説明できない。樹流徒は改めて確信した。


 すぐ後を追って、脳内に電流が走る。

 待てよ。さっきフルカスが言ってたのはそういうことなのか?

 樹流徒ははたと気付いた。相手がイカサマをしていると確信した瞬間、先刻フルカスから言われた言葉の意味が分かった気がした。


 ――キルトよ。心を落ち着かせるのだ。もっと冷静になれ。そうすればこのゲェムはすぐに終わる。

 さっきフルカスはそう言っていた。樹流徒はそれをただの気休めの台詞だとばかり思っていたが、本当は違うのかも知れない。もしかするとフルカスはこう言いたかったのではないだろうか。


 ――冷静になって頭を働かせれば、イカサマを見破れる。そうすればゲェムは終わる。


 このゲームにはイカサマが存在する。フルカスはそれを暗に伝えていたのではないだろうか。

 だとすれば、このゲームははじめから三連勝などできないようになっている。イカサマを発見することが唯一このゲームを終わらせる方法なのかも知れない。


 ただ、問題はその先だ。イカサマを見破るのが勝利条件だとしても、肝心の仕掛けが全く分からない。樹流徒はフルカスの手元をしっかり見ていたが、怪しい動きはしていなかった。同様にゴグマゴグの動きも多少注意して監視していたが、彼らも不自然な手付きはしていなかった。

 加えて、今回の第 七ゲームでは、カードの束に触ることが出来たのは親の樹流徒だけだ。他のプレーヤーが小細工をする余地など無かったはずだ。

 にもかかわらず、フルカスはツーペアを揃えてみせた。フルカスは、前回樹流徒が親を務めた第三ゲームでもフラッシュを完成させている。一体何故そんなことができたのか、樹流徒には答えの糸口すら見えてこなかった。


 そもそも相手は悪魔だ。人間では決して不可能な手を使っているのかも知れない。とすれば、そのようなタネも仕掛けも無い反則をどうやって見抜けばいいのか? トリックなら暴けても、正真正銘のマジックが相手では見破りようがない。


 もどかしかった。ようやく一歩前進したかと思ったら、目の前に巨大な壁が立ちはだかり、再び前へ進めない。このままゲームを続けてもイカサマを暴くのは容易ではない。

 樹流徒はやや視線を落とした。


 ところがこのあとすぐ、事態は思わぬ方向に動く。このゲーム最大の転機は、次の第八ゲームと、続く第九ゲームに待っていたのである。


 第八ゲームの親はマゴグ。黒猫の悪魔は第七ゲームで使用したカードを集めるため、テーブルに手を伸ばす。

 そのとき事件は起こった。マゴグの肘が、テーブルに置かれていたジュース缶の頭を叩く。

 それにより缶が勢い良く倒れた。中身が一気にあふれ出す。オレンジ色の液体がテーブル上に広がった。それはマゴグが第七ゲームで使用した手札の上にも広がる。

「あ……またやっちゃった」

 黒猫の悪魔は服の袖で慌ててジュースを拭く。樹流徒も手伝った。

 ゲームは一時中断される。


 ややあって、テーブル上はすっかり綺麗になった。が、マゴグの手札にかかったジュースの跡が取れない。ハートとクラブの7にオレンジ色がうっすらと染み込んでしまっている。それがカードの表面だけならば問題ないが、裏面にも浸透していた。これではカードが伏せられた状態でも表がハートかクラブの7だと分かってしまう。

「どうする?」

 と、ゴグ。「このまま勝負を続行するか?」という意味なのだろう。

「別のトランプは持ってないの?」

 マゴグがフルカスに尋ねる。老騎士は無言で頭を左右に振った。


 拍子抜けしてしまいそうな展開だった。同時に、樹流徒としてはゲームを終わらせるまたとない好機が訪れた。カードの破損を口実にゲームの続行を拒否できるかも知れない。上手くいけば、この場を逃れることができる。状況を考えてもそうするのが正しい判断だった。こんなゲームはさっさと終わらせて、先へ進んだほうがいい。大事な戦いが控えているのだ。迷う必要はない。


 それを邪魔したのは、他でもない樹流徒自身の性格だった。彼は生来、変なところで負けず嫌いな一面がある。「勝負の続行は不可能だ」と言ってしまえばいいのに、それができなかった。自分の行動が原因ならまだしも、相手の失敗を利用して勝負をうやむやにするのは、なんだか目の前の壁から逃げるような気がして我慢できなかった。相手のイカサマの正体を暴かなければ気が済まない、という気持ちもある。


 それに……ジュースをこぼしてしまったマゴグが心なしか申し訳無さそうな顔をしている。このままゲーム終了では、彼が少し気の毒だ。

 そういうことも樹流徒は無視できなかった。本当ならもっと優先しなければいけないことがあるのに、目の前で落ち込んでいる他人を放っておけない。まったく損な性分だった。


 樹流徒は悪魔たちの顔をゆっくり見回して

「続行だ」

 と、一言告げる。

「いいのか? せっかくゲームを降りるチャンスなのに」

 ゴグが少し意外そうに言った。

「ジュースがかかったカードはたったの二枚だ。ゲームに大した影響はない。仮に影響があったとしても特定のプレーヤーが有利になるわけじゃない。全員平等だ。だから、問題無い」

 樹流徒が答えると、フルカスがは髭の下で口の端を静かに持ち上げる。

「オレは別にいいけど……後悔するなよ?」

 と、ゴグ。

 最後にマゴグが「ありがとう」と言って上体を軽く揺らした。


 思わぬ小さなハプニングが起こったが、勝負は続く。

 改めて第八ゲームが開始。親のマゴグはカードを集めて、おぼつかない手つきでシャッフルをした。


 それからカードが配られ、各プレーヤー手札を確認。樹流徒のカードはクラブとハートの10。そしてスペードのQ、9、6だった。この場合10のワンペアを残して残り三枚を切るのがセオリーだろう。


 しかし樹流徒の目的はもはやポーカーで勝利することではなかった。このゲームに潜んでいるであろうイカサマを見破ることだ。

 そのため、今回は敢えてカードを五枚全て交換することにした。前のゲーム、樹流徒はカードを五枚換えた結果ツーペアを揃えた。そのことから、もしかすると五枚交換という行為そのものに何か秘密があるのではないか、と考えたのである。それを調べるために10のワンペアを捨てる。


 カード交換に移り、親のマゴグが四枚換えをする。

 続いてフルカスが五枚換え。やはり彼は自分が親以外のときは全て手札を切る。樹流徒は今回も瞬きひとつせずにフルカスの手元を注視していた。しかし特に妙な動きはしていなかった。

 ゴグは三枚交換。彼も怪しい行動は取っていない。


 最後に樹流徒の番。彼は10のワンペアを捨てて五枚交換。

 手に入ったのは、ダイヤのA。ハートの9と7。そしてスペードの3と5だった。ハートの7にはマゴグがこぼしたジュースの跡が地図のように広がって、カードがまだ少し湿っている。

 敢えて五枚交換をしてみたが、結果はノーペア。イカサマの正体に近付くヒントや何かしらの法則性などは見付からなかった。


 カード交換が終了し、手札公開。

 マゴグはAのツーペアだった。続くフルカスの手役はK、K、Q、Q、Q。フルハウスだ。五枚換えでフルハウス。無論、普通あり得ることではない。

 樹流徒はもう驚かなかった。それどころかこの展開は却って有り難い。お陰で、相手が何かしらの小細工をしていることが確定的になった。もう微塵の疑いも無い。今こそ断言できる。このゲームで違反が行われている。


 ゴグは8と3のツーペア。そして樹流徒はノーペア。

 表示カードはハートの6。勝者はフルカス。しかし樹流徒にとってはどうでも良かった。このゲームで三連勝はできない。ゲームを終わらせるにはイカサマを発見するしかなかった。




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