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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
171/359

見えない呪縛



 第四ゲーム。親はマゴグ。

 黒猫の悪魔はテーブル上のカードをかき集めると、シャッフルを始めた。彼がトランプの束を混ぜるたび、その中から何枚かのカードがこぼれ落ちそうになる。見るからに不慣れな手付きだった。


「マゴグは力持ちだけど、ちょっとドジで不器用なところが玉にキズなんだ。ま、大目に見てやってよ」

 と、白猫のゴグ。

 それを聞いて樹流徒は、先刻マゴグが自販機からこぼれたジュースの缶を一生懸命拾い集めていたのを思い出した。確かに、黒猫の悪魔はあまり器用そうなタイプには見えなかった。


 マゴグはなんとかカードをばら撒かずにシャッフルを終える。そして鈍重な動きで全員にカードを配った。

 各プレーヤーが手札を確認する。今回、樹流徒の手元に来たのは数字もスートもバラバラの五枚。ダイヤのKがあったのでそれを残してあとの四枚を交換しようと即断した。


 親から順にカード交換が行われる。マゴグは五枚換え。良い手が入らなかったのだろう。

 続いてフルカスの番。老騎士は手札から不要なカードを切る。


 樹流徒はおやと思った。フルカスが手札を全部捨てたからだ。これで第二ゲームから三回連続の五枚換えである。今回も良いカードが入らなかったのだろうか。

 樹流徒がフルカスの行為に気を取られているあいだ、ゴグがカード交換を済ませる。彼は一枚だけ手元に置いて、残り四枚のカードを交換した。

 

 最後に樹流徒の番。彼は最初に決めた通りダイヤのKだけを残してそれ以外のカードを全て捨てた。それを見た親のマゴグが山札の上からカードを四枚ドローして、樹流徒の前に差し出す。


 新たに樹流徒の手元に来たのはハートのAとJ。クラブのJ。そしてスペードの7だった。Jのワンペアが揃った。裏ジョーカー次第ではスリーカードになる。


 全員のカード交換が終了したため手札公開に移る。

 五枚全てのカードを交換したマゴグは、今回ノーペアだった。しかしハートが四枚揃っているため、裏ジョーカー次第ではフラッシュに化ける。ちなみに残り一枚はスペードの10だ。


 次に手札を公開するのは、三ゲーム連続で五枚換えをしたフルカス。

 樹流徒は彼の手前に並べられたカードに注目した。まさか、今度も強い役が揃っているなどという展開は無いだろう。そう思っていた。


 ところが、フルカスの手役を確認してみるとQと10のツーペアが完成している。

 樹流徒は思わず老騎士の顔を見た。三回連続で五枚換えをして、ツーペアが二回とフラッシュが一回。いくらなんでも出来すぎだ。果たしてこれを強運の一言で片付けて良いのだろうか。


 しかし……それでも絶対にありえないとは言い切れない。樹流徒は、現段階で妙な疑いを持つのは早いと考えた。


 フルカスの次は、ゴグが手札を公開。Aのワンペアが揃っていた。ほかのカードはQ、10、4。

 最後に樹流徒がJのワンペアをテーブルに並べた。


 この時点ではまだ全員に勝ちの可能性がある。裏ジョーカー表示カードがK、Q、6のいずれかならばスリーカードで樹流徒の勝ちだ。

 もし表示カードがKだった場合はAが裏ジョーカーになるので、樹流徒だけでなくゴグの手もスリーカードに化ける。だが、同じ強さの役を揃えた場合、裏ジョーカーの枚数が少ない方が勝つ。したがってAを一枚しか持っていない樹流徒は、二枚所持しているゴグよりも強い。

 また、表示カードが10でも樹流徒の手はスリーカードになるが、それは絶対に有り得なかった。なぜならば10のカードは既に四枚とも他プレーヤーの手札に入っている。


 樹流徒がゲームのルールに慣れたこともあって、やや弛緩した空気が流れる中、マゴグが表示カードを確認。山札の一番上に置かれたカードは、ダイヤの3だった。


 樹流徒の手はJのワンペアのまま。裏ジョーカーを所持していたのはゴグだった。彼はダイヤの4を所持していたため、エースのワンペアがスリーカードに化ける。表示カード公開前はフルカスの手役が一番強かったが、最後にゴグが逆転した。


 これで第五ゲームが終了。早くも親が一周した。

 樹流徒は三連勝どころか、まだ一度も勝っていない。これではいつになったら解放されるか分からなかった。


 どうも賭け事は苦手だ。樹流徒はそれを自覚していた。

 以前、組織のアジトで詩織や早雪と一緒にババ抜きをしたときも

 ――相馬さん、弱過ぎですよ。

 ――博才が無いのかも知れないわね。

 彼女たちにそう言われた。


 もしこの世に運の良し悪しが存在するならば、樹流徒は間違いなく賭け事に関しては運が悪いほうだった。振り返ってみれば、幼い頃からジャンケンも異様に弱かったような気がする。店でくじ引きをしたときも当たったためしがない。

 もしかすると、いま自分は相性最悪の敵と戦っているんじゃないだろうか。そんな風に思えて、樹流徒は少しだけ厳しい表情をした。


 すると、次の親であるフルカスがカードをシャッフルしながら言う。

「キルトよ。心を落ち着かせるのだ。もっと冷静になれ。そうすればこのゲェムはすぐに終わる」

「……」

 どういう意味だ? 樹流徒は心の中で疑問を唱えた。

 このゲームは完全に運の勝負だ。駆け引きもなければ、頭脳を使う必要も無い。冷静になったからといって、どうしてすぐにこのゲームを終わらせることができるのか。


 フルカスの言う通り心を鎮めれば、運が良くなるのだろうか? 冷静になれば直感が鋭くなるのか? 強いカードが舞い込んでくるとでも?

 それこそ有り得ない話だった。心持ちひとつでこのゲームに勝てるなど、気休めもいいところだ。


 樹流徒は憮然としかけたが、シャッフルを終えたフルカスがカードを配り始めたので、そちらに注意がいった。

 試合は第五ゲームに突入。全員にカードが行き渡り、手札の確認に入る。

 樹流徒の元に来たのはスペードのQ、クラブの10と9、そしてダイヤの7と6だった。ノーペアだが、ストレートが狙える。


 続いてカード交換。現在三ゲーム連続で五枚交換しているフルカスは、今回は一枚しかカードを捨てなかった。ゴグは四枚換え。


 樹流徒は10、9、7、6を残して、ストレート狙いの一枚交換。来て欲しいカードはもちろん8のカードだ。

 運の勝負に心理状態など関係ない。樹流徒は心の中でフルカスの言葉を否定しながら、目の前に伏せられた一枚のカードを拾い上げる。


 結果、幸運が舞い降りた。樹流徒の手元に来たのはダイヤの8。裏ジョーカーを待たずしてストレートが完成した。

 強い役を揃えて、樹流徒は微かに表情を緩める。やはりこのゲームに心の状態など関係ない。単に運が良ければ勝てるのだ、と至極当然のことを再確認した。

 最後にマゴグがカードを一枚交換して、手札公開に入る。


 まずは親のフルカスが手札を見せる。K、J、10、9、7のノーペアだった。()しくも樹流徒と同じ、8のカードを引いてストレートを完成させるのが狙いだったのだろう。しかし一枚交換した結果、Kが手に入ったという流れに違いない。

 次にゴグが手札公開。数字もスートもバラバラのノーペアだった。裏ジョーカーが来てもワンペアにしかならない。彼はこの時点で敗退が決まった。


 そして樹流徒が手役を見せる。6から10の、数字が五連続したカードがテーブル上に並んだ。

「おっ、ストレートじゃん。今回はキルトの勝ちかな?」

 と、ゴグ。

 しかしまだ勝負の行方は分からない。マゴグはカードを一枚しか交換していなかった。彼も強い手役を完成させている可能性はある。


 全員の視線がマゴグの手元に集まった。黒猫の悪魔は緩やかな動作で五枚のカードを広げる。

 そこに現れたのは、なんとストレートだった。3から7の数字が綺麗に並んでいる。


 とはいえ、役の強さが同じ場合は数字が大きい方が勝つ。同じストレートでも樹流徒の方がマゴグの手よりも強かった。

 樹流徒は勝利を確信する。このあと仮にマゴグのカードに裏ジョーカーが含まれていたとしても、ストレート以上の手にはならない。ようやく一勝を挙げられた、と軽く安堵した。

 このとき、樹流徒は裏道化師というゲームに潜んだ小さな落とし穴(・・・・)にまだ気付いていなかったのだ。


 それはすぐ明らかになった。勝利を掴んだとばかり思っていた樹流徒の目の前で、裏ジョーカー表示カードが公開される。

 現れた図柄はクラブの9だった。


 それを見た瞬間、樹流徒はあることに気付いて、あっと声を発しそうになる。自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いた。

「これもまた裏道化師の怖いところだな」

 フルカスがふぉ、ふぉと穏やかな声で笑う。


 裏道化師の落とし穴。それは“裏ジョーカーを持っていたために手役が弱くなる”現象だった。

 表示カードが公開される前、樹流徒の手役は“裏ジョーカーを含まないストレート”だった。しかし、樹流徒の手札には裏ジョーカーが含まれていた。それにより彼の手役は“裏ジョーカーを含むストレート”に変わってしまったのだ。

 役の強さが同じ場合は、裏ジョーカーを含まない方が強い。つまり、樹流徒の手役よりも、裏ジョーカーを含まないマゴグのストレートの方が強くなってしまったのだ。まさかの逆転だった。


「ストレートやフラッシュを揃えた場合にはこういうことが良くある。残念だったな」

 と、フルカス。

 樹流徒はそれなりのショックを受けた。折角掴んだと思った一勝が、手の中からするりと逃げていった。もし、仮に勝負に“流れ”というものが存在するのだとしたら、それは間違いなく樹流徒のほうには来ていなかった。


「元気出せよキルト。今回みたいな逆転も滅多にあるもンじゃないんだから」

 ゴグが前向きな台詞を吐きながら、樹流徒の肩をポンと叩く。

「そうだな……」

 確かにゴグの言う通りかも知れなかった。今回の勝負、樹流徒の手が裏ジョーカーのせいで弱くなったとはいえ、マゴグが同じ役を揃えなければ勝っていた。二名がストレートを揃えるという、少し珍しい展開が起きてしまったが故の、逆転劇だった。


 もしこれが平常時での出来事ならば、樹流徒は全部笑って済ましていただろう。「珍しいこともある」の一言で終わらせていたはずだ。

 しかし今の状況ではとてもそんな気分にはなれなかった。こんなところでいつまでも足踏みしていられない。早くメイジに会わなければいけないし、最後の儀式も止めないといけない。

 樹流徒はテーブルの下で密かに両の拳を強く握り締めた。


 試合は第六ゲームに進む。

 今回の親はゴグ。彼は口元を動かしてどこか得意げな顔をすると、マゴグとは対照的にとても器用な手つきでカードをシャッフルする。カードが宙を伝って右手から左手へ、左手から右手へ飛び移った。まるでマジシャンのように華麗な技だ。

「おおー。スゴい、スゴーい」

 マゴグが拍手を送った。


 シャッフルが済むと、各プレーヤーに手札が配られる。

 樹流徒には第三ゲームと似たようなカードが入った。ダイヤとハートの3が揃っている。残りのカードはハートのQとJ。それにスペードの7。ハートが三枚あるためフラッシュも狙えなくはないが、3のワンペアを残して他のカードを捨てたほうが無難そうだった。


 親のゴグがカードを三枚換える。

 続いて樹流徒も三枚交換。スペードのAと8。ダイヤのJが来た。手役は3のワンペアから変わらず。しかしまだ勝ち目は残っている。

 そのあとマゴグが四枚換えをして、最後にフルカスの番が回ってくる。

 老騎士は、手元のカードを全て捨てた。


 また五枚全部交換するのか、と樹流徒は心の中でフルカスの行為を少し不自然に感じる。

 同時、あることに気付いた。これまでフルカスが“自分が親のとき以外は必ずカードを全て交換している”という法則を発見したのだ。第一ゲームと第五ゲーム、親を務めたフルカスは手札の内何枚かを残してカード交換した。しかしそれ以外のゲームでは必ず五枚換えをしている。


 これはただの偶然なのか?

 樹流徒が小さな戸惑いを感じる中、ゴグから時計回りの順に手札の公開が行なわれる。

 ゴグは2のワンペア。樹流徒は3のワンペア。マゴグは三度目となるKのワンペア。ただ、ハートのK以外は全てダイヤなので裏ジョーカー次第ではフラッシュに変わる。


 問題はこのあとだ。樹流徒は正面に腰掛ける老騎士の手札に注目する。

 フルカスが五枚のカードをテーブル上に並べた。


 3から7の数字が見事に連続していた。ストレートである。しかも単なるストレートではない。五枚交換してのストレートだ。第三ゲームに見せた五枚換えのフラッシュと同様、通常では滅多に起こらない現象である。


 これを目の当たりにした樹流徒の脳裏には、当然の如くあるひとつの疑惑(・・・・・・・・)が浮かび上がった。


 まさか……イカサマか?


 フルカスがイカサマをしているかも知れない。できれば考えたくないことだった。しかし考えざるを得ない。フルカスはこれまでカードの五枚換えを計四回している。内二回がツーペア。一回がフラッシュ。そして一回はストレートだ。これはもはや強運というレベルではない。限りなくありえない現象だった。 


 樹流徒が半ばあっけに取られているあいだに、ゴグが山札の一番上に置かれた表示カードをめくる。

 表れた図柄はクラブの4。裏ジョーカーは5だ。しかし、5のカードはフルカスの手札に一枚含まれているのみ。役もストレートのまま変わらず。第六ゲームはフルカスが勝利した。


 樹流徒はよほどフルカスを追及しようか迷った。「イカサマじゃないのか?」と言いかけた。

 が、寸でのところで思いとどまった。まだ、イカサマが行われているとは限らない。フルカスが本当にとんでもない豪運を発揮した可能性だってある。反則をした確率が100%でない以上、おいそれと相手を問い詰めることはできなかった。


 ただ、このまま何も疑わずにゲームを続けるわけにはいかない。

 樹流徒は、ボロ布に包まれたフルカスの顔に向かって、やや鋭い視線をぶつける。


「心乱れた者は信じることよりも疑うことをつい先んじてしまう」ゲーム前、フルカスはそう言っていた。

 あの言葉は正論に違いなかった。確かに、相手の言動を疑う行為はどこか後ろ暗い気持ちになるし、相手を疑う者は心が乱れ、汚れていると言えなくもない。


 ただ、容易に相手を信じようとするのも一種危険な思想だった。なぜなら、疑うことを知らない者は嘘から身を守れない。魔界ではどうか知らないが、現世にはそれなりに危険な嘘が氾濫している。それを見破る術を持たない者は、嘘を巧みに操る者たちに騙され、奪われる。そうでなくとも、些細な嘘くらいならば日常の中に星の数ほど紛れているのだ。

 だからこそ、人間はしばしば信じることと疑うことの板ばさみにあって、葛藤しながら生きている。


 信じることは大切だ。しかし、何もかもを簡単に信じることが決して良いわけではない。信じるという行為は、一歩間違えばタダの愚かな行為に変わってしまう。

 樹流徒は今になってフルカスのあの言葉が「イカサマを疑ってはいけない」という一種の暗示だったような気がしてきた。いわば樹流徒の“疑う”という行為を制限しようとする言葉……見えない呪縛である。


 大事なのは、何を信じて何を疑うかを自分で判断することだ。

 樹流徒は己にそう言い聞かせた。もしこのゲームにイカサマが潜んでいるならば、騙されたままでいるわけにはいかない。今は疑わなければいけない場面なのだ。


 それによくよく考えてみると、ひとつ腑に落ちないことがあった。先ほどからフルカスが驚嘆に値する豪運を発揮しているというのに、ゴグマゴグが何の反応も示さないことだ。ゴグが華麗なカードシャッフルを見せた時のように「スゴい」の一言ぐらいあっても良いのではないか。

 なのに、ゴグもマゴグも、フルカスが五枚換えで揃えたフラッシュやストレートに対しては何も言わない。驚く素振りすら見せない。これはとても不自然な反応だ。


 まさか……


 まさか、ゴグマゴグもイカサマに加担しているのか?

 樹流徒がますます疑惑を膨らませる中、第七ゲームが静かに幕を開ける。




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