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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
166/359

戦域離脱



 儀式の成否を巡る攻防には決着が付いた。にもかかわらず、根の国の兵士たちは天使への襲撃をやめない。敵味方どちらか一方が完全に息絶えるまで戦いを続けるつもりなのか。

 悪魔たちも攻めの姿勢をまるで緩めようとしなかった。儀式阻止という根の国と共通の目的が解消された今、彼らの攻撃対象が天使だけでなくネビトにまで及ぶのはもやは時間の問題だ。


 では、天使だけがこの戦いに見切りをつけたのかといえば、そうでもなかった。中には迅速に撤退した者たちもいたが、聖界の戦士としての誇りが敵に背を向けることを許さないのか、抵抗を続ける者たちの方が多かった。


 戦場は泥沼化してゆく。その潮流に逆って、樹流徒は安全な場所へ逃れようとしていた。戦地に留まり続ければ兵士たちの抗争に巻き込まれる。自分が命を落とすのはもちろん、これ以上敵の命を奪い続けるのも御免だった。

 それに、本物の儀式が成功したとなればいつメギドの火が降ってくるか分からない。なるべく早い内にどこかへ避難したほうが良さそうだった。


 仙道さんはどこだ? 樹流徒は地上を見下ろして少女の姿を探す。早く彼女を見つけて戦場から連れ出さなければ……


 ほとんど間をおかず、一際目立つ黄金の輝きに視線が吸い寄せられた。渚が振るう刀が起こした炎の光だった。

 少女は襲い来る敵を迎撃しながらしきりに辺りを見回している。もしかすると彼女も樹流徒の姿を探しているのかも知れない。


 労せずして渚の姿を発見した樹流徒は、急いで彼女の元へ向かった。背中の翼を力いっぱい扇いで、乱れ舞う流れ弾をかいくぐりながら、無事に彼女の隣に降り立つ。

 僅かに遅れて、獣じみた姿の悪魔が爪を振りかざして樹流徒に飛びかかってきた。早くも一部の悪魔たちが根の国の陣営に辿り着いたようだ。

 樹流徒は襲い来る敵の腹に強烈な蹴りを見舞った。悪魔はボールのように弾け飛んで地面を転がる。


 渚は樹流徒の姿を瞳に映した途端、笑顔を浮かべた。

「あ、相馬君。良かった、ちゃんと生きてたね」

「君もな。怪我は無いか?」

「うん、大丈夫。でもまだ安心できないよ。このままだと天使と悪魔両方に囲まれちゃう」

「分かってる。それにメギドの火から逃げないといけない」

「え。メギドの火って……儀式は失敗したんでしょ?」

 きょとんとする渚。

 そこへ天使の弓矢が飛んできた。樹流徒は爪で弾き返す。

「詳しい事情は後で話す。とにかく今はここから離れよう」

「そうした方が良いみたいだね」

 渚は軽く頷いた。


 二人は公園の入り口に向かって脱兎の如く駆け出す。飛び交う攻撃を避けながら、あっという間に外へ飛び出した。

 しかしまだ安全ではない。戦場から離脱した天使と、それを追うネビトと悪魔があちこちで三つ巴の場外乱闘を繰り広げている。

 もっと遠くへ逃げなければいけない。樹流徒は自分が走っている方角も良く分からないまま駆けた。多分、渚も同じだった。


 しばらく経つと、樹流徒たちは住宅街の外れに来ていた。二本の細い道路が並行に走り、両者を繋ぐ短い橋が掛かっている。下には浅い川が流れていた。


「ここまで来れば大丈夫だ」

 樹流徒は足を止めた。近辺に人影は無い。戦場の方角を振り返ってみれば、未だ空を飛び交う異形の生物たちが消しゴム程度の大きさに見えた。

「なんとか逃げ切ったね」

 渚は息一つ乱さずリラックスした笑顔を浮かべる。

 樹流徒も彼女のように笑いたかったが、とてもそのような気分にはなれなかった。なにしろ本物の儀式は阻止できなかったのだから。


 樹流徒は道路沿いのガードレールに歩み寄って、立ち止まる。川辺の小石を見下ろしながら、このあと自分が取るべき行動について考えた。


 本物の儀式が成功してしまったことを早く皆に伝えなければいけない。令司の話によれば、組織のメンバーはメギドの火を浴びても平気らしいが、実際どうなのか怪しい。令司自身も「天使の虚言かも知れない」と言っていた。だから念のため組織の人たちにも事実は伝えておいた方がいいだろう。

 彼らだけではなく、悪魔にも、そして何も知らされていなかった末端の天使たちにも、一人でも多くの者に真相を話して、市内から逃げて貰いたかった。


 できれば戦場の兵士たちも救いたいところだが、彼らが人の言葉に耳を貸すとは到底思えない。ただでさえ、天使や悪魔が人間の言葉をどれだけ信用してくれるか分からないのに、戦闘中で感情が昂った状態では尚更難しいだろう。加えて、樹流徒は根の国の軍に属していた。戦場の天使や悪魔にとっては敵兵だ。たとえ彼が戦場に引き返して演説を()ったところで、火に油を注ぐ結果になるのは明白だった。


 それを思うと、組織のメンバーとの接触を最優先にすべきかも知れない。彼らを探すついでに渡会の行方や南方の生死に関する情報を掴めるかも、という淡い期待もある。道中で偶然出会う悪魔や天使がいれば、彼らに退避を促すこともできるだろう。たった一人の人間が出来ることといえばそれ限界かもしれなかった。

 樹流徒はそちらの方向で意を固めようとする。


 ただ、いずれにせよまず最初にやっておかなければいけないことがあった。渚に詳しい事情を説明することだ。彼女には柝雷の件も話しておく必要がある。


 渚はいつの間にか樹流徒の隣に立ち、一緒に川を見下ろしていた。樹流徒が考え事をしていると察して沈黙していたのだろうか。

 樹流徒は、彼女の横顔を見て話し掛けようとした。


 ――おい! 待て。


 その時、二人の背後で雷鳴のような声が轟く。かなり遠くから発せられたにもかかわらず心臓を揺らす大音声に、樹流徒の喉まで出掛かっていた言葉は遮られた。

「え、なに?」

 渚は驚いた様子で大声がした方を振り返る。

 樹流徒も反射的に身を翻していた。


 二人の視線の先、遠くまで伸びる道路の果てから、一体の獣が猛然と駆けて来る。大きな獅子の悪魔だった。群青色の毛と黄金の(たてがみ)をなびかせて、人間のように二本足で走っている。

「敵?」

 渚が刀に手をかけ、抜こうとした。

「いや。ちょっと待ってくれ」

 それを樹流徒が制する。


 二人の前方から駆けてくる獅子の悪魔。それは良く見るとマルバスだった。

 マルバスは、以前樹流徒とタッグを組んで天使と戦った悪魔である。強い者との殺し合いを望み、勝利よりも戦いの内容を楽しむという、根っからの戦闘好きだ。樹流徒とも戦ったが、当時天使の横槍が入ったため決着は流れてしまった。つい最近の出来事である。


 意外な悪魔との再会に、樹流徒は嬉しい反面、厄介なものと遭遇したような、複雑な気分になった。


 マルバスは二人の前で立ち止まる。相変わらずの巨躯だった。今すぐにでも牙を剥き出しにして襲い掛かってきそうな迫力がある。渚が刀を掴んだまま放さないのも無理はなかった。


 マルバスの赤い瞳がまっすぐ樹流徒を見下ろす。

「よう、首狩りキルト。オマエとはまた会う気がしていたが、思ってたよりも早い再会だったな」

「僕もこんな場所でお前に会うとは思わなかった。どうしてここに?」

 樹流徒が返事のついでに尋ねると

「実は、オレもあの戦場にいたんだよ。そしたらオマエを発見したから急いで追いかけてきたってワケだ」

 マルバスはどこか得意げに口の両端を持ち上げた。


「マルバスがいたということは、あの悪魔たちはベルゼブブの一味ではないのか」

「そうだとも違うとも言えねえな。大半の連中は今回の戦いのためだけにベルゼブブが雇った臨時兵だが、中には奴の仲間や直属の配下も少しは混ざってたぜ。もちろんオレは違うけどな」

「そうなのか」

「なんだよ。気に入らねえって面だな。余程ベルゼブブに恨みがあるって感じだ」

「いや……。それよりマルバスが参戦した理由は?」

「暴れるのが楽しいからに決まってるだろ。オレはベルゼブブに使われるなんて御免だから勝手に参加してやったんだけどな」

「本当に戦いが好きなんだな」

「当然。闘争こそがオレを最も輝かせる瞬間だからな」

 そう語るマルバスはすこぶる機嫌が良さそうだった。


「にしてもオマエ、いつのまにかすっかり姿が変わったな。まるでオレたち悪魔みたいじゃねえか」

「それは……色々あったんだ」

 樹流徒ははぐらかすように答えた。

「ふうん。ま、俺は鼻が利くから、いくら見た目が変わってもすぐにキルトだって分かったけどよ」

 獅子の悪魔はスンスンと音を鳴らして湿った鼻頭を揺らす。


「ね。相馬君、この悪魔と知り合い?」

 蚊帳(かや)の外になりかけていた渚が口を挟む。

「知り合いというほどでもないけど、前に一度戦った事があるんだ」

 樹流徒が答えると

「そういうオマエこそ誰だ?」

 マルバスが心なしか目付きを鋭くさせて渚を見つめた。

「私は……相馬君の仲間だよ」

 とだけ渚は答える。

 マルバスは「ああ、そうかよ」と返して樹流徒の方へ視線を戻した。


「ところで、どうだキルト? 今からあの勝負の続きをしねえか? というかオレはそのためにわざわざお前を追いかけてきたんだからな」

 マルバスは鼻息を荒くして、舌の先で口の周りを舐める。戦いたくて戦いたくてうずうずしているのが傍目にも良く分かった。

 しかし樹流徒は首を横に振る。

「悪いが今はそれどころじゃない。僕たちは急いでいるんだ。お前だって早く魔界に帰ったほうがいい」

「帰れだと? それはどういう意味だ?」

「メギドの火が降るかも知れないんだ」

「あ? オマエ、何言ってんだ? 天使どもの計画はさっき阻止しただろうが」

「そういえば、私もまだ詳しい話聞いてないんだけど」

 マルバスと渚の疑念がこもった視線が、樹流徒の顔に集中する。

「あの儀式は偽者だったらしい。本物は別の場所で行なわれている」

 樹流徒は端的に事実を述べた。


 マルバスと少女はどちらからともなく目を合わせ

「おい。その話、本当か?」

「そうなの?」

 同時に驚いた。


「事実かどうかは分からない。さっき、アフとヘマーという天使からそう聞いただけで……」

「ああ、あの兄弟天使か。奴らが言ってたなら信憑性は高いと思うぜ。そういう類の嘘をつく奴らじゃねェからな」

「だとすれば、いよいよ僕たちが争ってる場合じゃないな」

 樹流徒が言うと、マルバスはちっと軽い舌打ちをする。

「折角オマエと再戦できるかと思ったのに、面倒なことになりやがった」

「そうだ。マルバスが悪魔たちを避難させてくれないか?」

 樹流徒ははたと思いついて、マルバスに一歩詰め寄った。人間の言葉に従う悪魔は少ないだろうが、同族の言葉なら素直に受け入れるかも知れない。戦場の悪魔たちを魔界へ避難させる役目は樹流徒よりもマルバスの方がずっと適任だ。


「しょうがねえな、やってやるよ」

 マルバスは嫌嫌そうにしながらも即座に返答した。


 ――その必要は無い。


 が、そこへ突如、何者かの声が割って入る。どこか耽美的な、上品な男の声が空から降ってきた。


 樹流徒たちは頭上を仰ぐ。そこには一体の悪魔が、誰にも気配を悟られることなく宙に浮いていた。

 彼は音もなく、マルバスの隣に降り立つ。


 出し抜けに上空から現れたその悪魔は、かなり人間に近い姿をしていた。見た目は二十歳過ぎくらいで、中性的な顔立ちをしている。白髪(はくはつ)で、目は赤く、耳の先がぴんと尖っていた。全身の肌は血色を失ったように青い。それらの点を除けば人間と全く同じだ。全身には黒い衣を纏い、首から黄金の首飾りを提げていた。


 樹流徒はこの悪魔と会うのは初めてだった。しかし、知っている可能性があった。悪魔の外見的な特徴は、以前メイジから聞いたある悪魔(・・・・)とピタリ一致しているからである。


「まさか……お前は“フルーレティ”か?」

 樹流徒は、初対面の悪魔に問う。

「そういうお前はソーマキルトだな? オマエの話はメイジからたびたび聞かさている」

 悪魔は己がフルーレティであることを認め、落ち着いた声で返答した。




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