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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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情報収集



 樹流徒は二名の客を交互に見る。先にどちらへ話しかけようか考えて、単純に自分から近い席に座っている方でいいと結論を下した。


 その悪魔は、ライオンの頭を持っていた。体の形は人間に近いが全身獣の毛に覆われている。尻からはサソリの尾、背中からは四枚の白い翼が生えていた。


 樹流徒がその悪魔をジッと見ていると

「アイツは“パズズ”だ」

 背後からバルバトスの声がする。


「パズズ? あの悪魔の名前か?」

 樹流徒は首から上だけ振り返って、カウンターの向こうに立つ巨人の悪魔に尋ねた。

「ああ。ヤツから情報を得るのは難しいだろう」

「そうなのか」

 樹流徒は返事をしながら、もう一度客席の悪魔を見る。別にバルバトスの言葉を疑っているわけではないが、パズズに話しかけてみようと思った。


 早速、彼の元へ歩み寄る。


 パズズは大股を開いて椅子に腰掛けていた。背もたれに上体の重みを全て預け、気持ち良さそうにしている。夢見心地といった感じだ。

 テーブル上ではキャンドルの炎が揺らめき、大きな平皿を覆い尽くす巨大な生肉が色とりどりの野菜や木の実と共に盛られていた。何の肉かは分からないが現世の生物には見えない。皿の横にはナイフとフォーク並べられていた。


 樹流徒はテーブルの手前で立ち止まる。

「済まない。ちょっといいか?」

 パズズの横顔に話しかけた。


 すると獅子の頭部を持った悪魔は、うっとりしていた瞳を途端に鋭い獣の眼光に変え、樹流徒を(にら)む。そこはかとない敵意を放っていた。

 それでも樹流徒が物怖じせずにいると、悪魔はどすの利いた声を発する。

「テメェ。ニンゲンだろ?」

「そうだ」

「オレ様はニンゲンが大嫌いなんだよ。失せろ」

「ちょっと聞きたい事があるだけなんだが」

「テメェ……耳がイカレてんのか? オレは失せろって言ったんだ」

 パズズはいきなり眼前に置かれたワインボトルを掴むと、雑な動作で投げつける。

 ボトルは縦に回転しながら、樹流徒の横を通り過ぎた。カウンターにぶつかって、甲高い悲鳴を発しながらバラバラに砕け散る。その破片は少量の酒と共に床へ飛散した。


 これでは取り付く島も無い。バルバトスの助言が正しかったことを理解した樹流徒は、今回はパズズとの会話を諦める。もう片方の客に話しかけてみることにした。



 席を移して二体目の悪魔。彼はカラスの頭を持っていた。グラスに突っ込んだクチバシを器用に動かして酒を飲んでいる。どこか滑稽な姿だ。

 こちらのテーブルにもキャンドルが置かれ、暖かな光が周囲を照らしている。食べ物は置かれていなかった。


「食事中済まない。ちょっといいか?」

 樹流徒は先程と同じ調子で声をかける。

 それに反応して、カラス頭の悪魔はグラスからクチバシを抜いた。

「おっ。ニンゲンから声をかけられるとはね。何か用?」

 と、しゃがれた声で明るく返事をする。先のパズズと比べれば話が通じそうに見えた。


 相手の反応に好感触を得た樹流徒は、すぐさま本題に入る。

「実は、いくつか聞きたい事があるんだが」

「このオレに? 一体何?」

「現世と魔界を繋ぐ魔法陣のことは知っているか?」

「モチロンさ。もう魔界で知らないヤツなんていないだろう。なんせ久々にデカい話だからな」

「ならあの魔法陣を呼び出したのが誰なのか知らないか? あと、そいつの目的も」

「いや。知らないね。オレも知りたいくらいさ」

 悪魔は言い淀むことなく返答する。


「じゃあ現世が結界に囲まれてる理由も知らないのか?」

「悪いけど知らないな。というか、現世が結界に囲まれてるってホントかよ?」

「ああ。僕の住んでいる土地が封鎖されたんだ」

 樹流徒は首を縦に振る。情報を得るどころか、逆に質問をされ、それに答えてしまった。


 このカラス頭の悪魔から重要な情報を得られそうな気配は無い。本来であれば、ここが引き際かも知れなかった。

 ただ、店内に他の客がいないことを考えると、樹流徒は何としてもここで情報が得たかった。もう一度パズズに話しかけるわけにもいかないだろう。

 樹流徒は、もう少しだけ粘って話を聞くことにした。


「何か、現世と魔界に関する情報を知らないか?」

「ん~。あんま大したことは知らないな」

「それなら小さなことは知っているのか? どんな些細なことでもいいんだが……」

 本音だった。樹流徒はもう何の情報も持っていない。本当にどんな小さな手がかりでも良いから欲しかった。必死だった。


 そんな青年とは対照的に、悪魔はのんびりしていた。手に持っていたグラスを放して、二本の指先でクチバシの先をつまんで擦る。視線をわずかに落とし何かを考え込む仕草を見せた。

 それからふと顔を上げる。何かに気が付いた様子だ。

「些細な情報ね。それだったら1つだけあるぜ。本当に大した話じゃないけどさ」

「よければ教えてくれないか?」

「“マモン”ってヤツがいるんだけどさ。知ってるか?」

「マモン? いや知らない」

 樹流徒は首を左右に振る。恐らくマモンというのは悪魔の名前だろう。

「あ、そう。結構有名なヤツなんだけどな」

「そのマモンがどうかしたのか?」

「しばらく現世に住み着くことにしたらしいんだ」

「悪魔が現世に住む?」

「それだけじゃないぞ。アイツ、ニンゲンを一人飼ってるって噂だぜ」

「人間を!」

「そ。理由は知らんがね」

 悪魔は何でもなさそうに言う。

 だが、樹流徒にとってその情報はとても貴重であり、衝撃的だった。また、同時にひとつの希望でもあった。もしかすると、自分以外にも人間の生き残りがいるかも知れないのだ。


「その、マモンという悪魔は今どこに?」

 樹流徒はテーブルに両手を着いて前のめりになる。無意識の行動だった。


「教えてやりたいんだが……思い出せないな」

「頼む。なんとか思い出してくれ」

「う~ん……」

 カラス頭の悪魔は頬杖を着いて唸る。さっきよりも少しだけ長く考えてから、急に何かを思い出したように背筋を伸ばした。

「あ、そうだ。ところで現世には“こんびにべんとー”って食い物があるらしいな?」

 と、何の脈絡も無くそのような事を言い出す。


「コンビニ弁当……何の話だ?」

 樹流徒は内心で小首をかしげた。

「何を隠そう。実はオレ、前々からニンゲンの文化に興味があってさ。少し前にこんびにべんとーの存在を知ったんだよ。それで一度食べてみたいって思ってたんだ。でも自分で現世に行くの面倒だろ?」

「そんなことより先にマモンのことを思い出してくれ」

「あぁ。こんびにべんとー食ってみたいな。そしたらきっとマモンの居場所も思い出せるのに」

「……」

 樹流徒は相手の意図を理解した。これは遠回しな交換条件である。「マモンの場所を知りたければ代わりに弁当を持ってきてくれ」と、悪魔は言いたいのだろう。


「分かった」

 選択の余地は無かった。樹流徒が承諾すると、悪魔はカラスの円らな瞳を輝かせる。

「そうか。待ってるぜ」

 と、嬉しそうな声を出した。


 樹流徒は一度現世に戻り悪魔が所望するものを調達する事にした。直ちに出発すべくその場を去ろうと踵を返す。

 と、そのとき。

「ちょっと待った。オマエの名前は?」

 悪魔が青年を呼び止める。

 樹流徒はすぐに悪魔の方を見返った。

「相馬樹流徒。樹流徒だ。お前は?」

「オレは魔界の侯爵・アンドラス。以後お見知りおきを……ってね」




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