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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
158/359

八鬼



 不気味な静けさが漂う中、渚が第一声を発する。

黄泉津大神(よもつおおかみ)様。ただいま戻りました」

 少女は両足を揃えてうやうやしく頭を下げた。


「樹流徒の救出に向かっていたのだろう? 首尾よく行ったようだな」

 ほとんど間を置かず、夜子が玉座に腰掛けたまま返事をする。口調は至って平坦だったが、それが却って形容しがたい迫力を(かも)し出していた。

「はい。勝手に行動して申し訳ありません」

 渚は垂れたままの頭を更に深く下げる。

「謝る必要はない。我々にとって不都合なことは何も起こってないのだから」

 夜子は簡単に少女を許すと、がらんどうの瞳を樹流徒へ向けた。

「少し見ない間に随分と面白い変貌を遂げたものだな。外見も、体の中身もすっかり別人のようだ」

 と、彼に語り掛ける。


 樹流徒は特に返す言葉が思い浮かばずに、黙った。ただ、相手の雰囲気に飲まれまいとしたのだろう、本人すら知らぬ内に瞳の形が鋭利になっていた。魔人の瞳が放つ赤い光が、夜子の両目の奥にぼんやりと映し出される。


「それで……樹流徒をここまで連れて来た理由は?」

 挨拶もそこそこ、夜子が問う。

「はい。彼は私たちと協力関係を結ぶためにここまで来てくれたんです。どうか、ご許可を」

 渚はそれを伝えた。


 すると、先刻から樹流徒たちの眼前にいる謎の二人組の内、片方が小さな反応を見せる。腰に獣の皮を巻いた大男である。彼は祭壇の階段に尻を着いたまま、太い眉の間にしわを寄せた。

 一方、二人組のもう片方……頭からつま先まで紫色の衣をすっぽりと被った者は、衣の奥から端正な唇だけを覗かせているが、それは微動だにしない。


 そして肝心の夜子といえば、渚の言葉を意外と思う素振りすら見せなかった。

「よかろう。許可する。樹流徒を我等の協力者として迎えよう」

 彼女は二つ返事で許諾する。その答えに安堵したのだろうか、渚の表情が心なしか和らいだ。

「しかし急に我々と手を結ぼうなどと……。一体、君の心境にどのような変化があったのだ?」

 続いて夜子は尋ねた。何故、根の国と手を組む気になったのか、その答えを樹流徒に求める。

「実は私が無理にお願いしたんです。相馬君としては本意じゃないんですよ」

 渚が代わりに事情を説明した。

「なるほど。大方そのようなところだと思った。樹流徒の目つきを見れば分かる」

 夜子は得心したように頷いて

「しかし樹流徒よ、仮にも我々はこれから味方同士になるのだ。上辺だけでもそれらしく振舞ったらどうだ?」

「……」

 味方同士のように振舞う? 愛想笑いでも浮かべればいいのか? 樹流徒は心の中でそう言ったが、実際口にはしなかった。

 夜子はふっと息を漏らして微笑する。「気にするな。ただの冗談だ」と言って、玉座の背もたれに深く寄りかかった。それから謎の二人組に向かって命じる。

「お前たち。キルトに名を教えてやるといい」


 階段に座っている巨人がのそりと立ち上がった。男は腰から上だけ後ろを振り返って、夜子を見上げる。

「何故、俺たちが先に名乗らねばならぬ? まずは向こうから名乗らせろ」

 と、黒い髭に囲まれた口を動かして、荒荒しい声で不満を訴えた。夜子の配下にしては随分と反抗的な態度を取る。

 しかし、玉座の少女が何も答えずにいると、巨体の男は渋々といった様子ながらも女王の命令に従って、樹流徒の方を見向いた。

「俺の名は“柝雷(さくいかずち)”だ。最初に断っておくがお前と馴れ合うつもりはない。俺の子分にでもなるってンなら話は別だがな」

 無愛想に名乗って、再び階段に腰を下ろした。


 間髪入れず、紫色の衣を纏った者が続く。

「私は“火雷(ほのいかずち)”」

 それは少年か、はたまた少女か、中性的かつ幼さの残る声だった。彼(女)は名前だけを口にして、それ以外は何も語ろうとしない。

 柝雷様と火雷様、両者の様子はまるで対照的だった。


「このお二人は八鬼(はっき)と呼ばれる夜子様の腹心の方々で、根の国では夜子様の次に偉い人たちなんだよ」

 渚が、名前以外は一切不明の二人について補足説明した。


「僕は相馬樹流徒。人間だ」

 樹流徒が名乗り返す。

「とても人の姿には見えんがな。しかし、これで渚に続き二人目か」

 心底うんざりしたように柝雷が毒づいた。どうやら相当人間が嫌いらしい。

 初めて出会った頃のパズズと似ている。樹流徒は、悪魔倶楽部の常連客である獅子頭の悪魔を思い出した。


 和やかとは程遠い険悪な雰囲気に、渚の表情が少し曇る。ともあれ自己紹介は終わり、夜子が話を先へ進める。

「さて、今一度確認させて貰おうか。樹流徒は渚の要望を受け入れ、不本意ながらも我々と協力関係を結びに来た。それで間違いないのだな?」

「ああ」

「分かった……。しかし、まだ話が曖昧だな。一口に協力関係といっても、具体的にどういったものを指すのだ? 君は根の国に対して何を提供し、逆にどのような見返りを求める?」

「知らない。そんなことまで考えていなかったからな」

 樹流徒は事実を事実としてそのまま口にする。そこに悪意はなかった。

 が、その答え或いは態度が柝雷(さくいかずち)の癇に障ってしまったようである。元々不機嫌そうだった巨人の形相が鬼のようになった。

「知らないとはなんだ。知らないとは。あ? 人間如きが余り調子に乗ると、消すぞ」

 男は巨体に似つかわしい大声で怒鳴り散らす。

 鼓膜が破れんばかりの大音声を浴びせられ、しかし樹流徒は冷静だった。今までに何度か似たような経験をしてきたからだろう。怒り狂う柝雷を相手にせず、樹流徒は話を続ける。

「今の僕ができることといえば戦いくらいしかない。残念だけど……そんな方法でしか協力は出来ない」

 そう夜子に向かって答えた。


 玉座の女王はひとつ頷く。

「承知した。ならば樹流徒には我々の武力として活躍して貰う。問題はその見返りだが……君が望む報酬はあるか?」

 そう尋ねられて、樹流徒は数秒黙考してから口を開く。

「情報が欲しい。聖界に関すること。悪魔が最後の儀式を行う場所。それに探して欲しい人たちもいる」

「なるほど。色々と訳有りのようだな」

「それより返答は?」

「良いだろう。我々が知っている情報ならば何でも与える。ただし根の国に不利益をもたらさない範囲での話だがな」

 夜子は即断する。それにより、柝雷の眉間に寄ったシワが一層深くなった。

「馬鹿な。人間などと対等の取引をするなど、信じられん」

 大男は苦りきった声を虚空に向かって放つ。

 そんな彼を置き去りにして、話はとんとん拍子に進んでゆく。

「話がまとまったようだな。樹流徒は我々の戦力として力を振るい、その見返りとして我々が樹流徒に情報を提供する。それで良いのだな? 無論、こちらはそれで構わない」

 夜子が確認を取ると、樹流徒は無言で頷いた。

 この瞬間、樹流徒と根の国の一時的な協力関係が結ばれたのである。


 渚は喜びを押さえきれないように頬を緩ませた。あわよくばこのまま樹流徒には根の国の一員となって貰いたいのだろう。

「私はキルトを歓迎する」

 火雷(ほのいかずち)が衣の奥からつぶやく。意外と言うべきか、彼(女)は樹流徒と手を組むことに肯定的な考えを持っているらしい。

 樹流徒は複雑な心境になった。何しろ、夜子が陰人計画に従わない人間を排除すると知った今、樹流徒はいずれ根の国と戦う運命にある。つまり両者は未来の敵同士なのだ。その敵から歓迎されるのは、どうにも妙な心地だった。柝雷のようにはっきりと嫌ってくれた方がある意味楽な部分がある。


 その柝雷は闇の中でヒトダマに照らされた土気色の肌を段々と赤くしていた。今にも樹流徒に向かって襲い掛かりそうな様子である。もう少し待てば本当に暴れ出していたかもしれない。

 しかしその前に夜子が口を開いた。

「では、早速だが樹流徒に役立って貰うとしよう。君には中央公園へ向かって貰いたい」

「中央公園?」

 樹流徒は鸚鵡(おうむ)返しに尋ねた。中央公園といえば、以前樹流徒が南方と会話をした場所である。詩織と悪魔が現世旅行をした際、最後に立ち寄った場所と言い換えることもできる。


「あの公園で何か起こっているのか?」

 樹流徒は仔細(しさい)を聞く。

「実は、現世で情報収集の任に当たっていた者が、先ほど帰還した。その者の話によると、中央公園に多数の天使が集まり始めているらしい。しかも、地表には巨大な魔法陣が出現しているとのことだ」

 巨大な魔法陣。その言葉を聞いた瞬間、樹流徒の脳裏に幾つかの忌まわしい記憶が蘇った。魔都生誕、ベルゼブブの一味による儀式、聖界と現世を繋ぐ魔法陣の出現……巨大魔法陣は、いつも何か大きな出来事が起こる前兆として現れた。今回もそうなのだろうか。


「もしかすると、天使も悪魔と同じように現世で何らかの儀式を行おうとしているんじゃないですか?」

 と、渚。

「如何にも。彼らは非常に面倒なことをしようとしている。故に、樹流徒には天使たちの儀式を妨害する手助けをして貰いたい」

「その口ぶりだと、既に相手の目的を知っているのか?」

「知っている。天使たちは、天使を除く全ての生命を龍城寺市から排除するつもりだ」

「え。それ、どういうことですか?」

「諸君らも“メギドの火”という言葉を聞いたことがあるだろう? メギドの火は『旧約聖書』の中でソドムとゴモラの町を焼き払った天から降り注ぐ炎だ」

「まさか、天使たちはそのメギドの火を龍城寺市に降らせようとしているのか?」

「察しが良いな。そう、天使たちは結界内の全てを焼き尽くすつもりだ。メギドの火は、ネビトも悪魔も、そして人間も街も、全てを灰と化す威力があるのだそうだ」

「人間も? まさか組織のメンバーも含まれているのか?」

「恐らくそうだろう」

「イブ・ジェセルの人たちは天使の味方なのに……」

 樹流徒はそうつぶやきながらも、心の中では少なからず納得できる部分があった。

 というのも、一つ心当たりがあるからである。天使が人間を見捨てるのではないかと思わせる根拠を、樹流徒は過去に得ていた。


 それは、樹流徒が天使の勢力圏の中を歩いている最中の出来事だった。道中で出会った天使パワーが次のようなことを言っていたのである。


 ――無力なニンゲンよ。汝がここに留まる限り、我々の庇護の下、しばらくの安全が約束されるだろう


 樹流徒はパワーの口からこぼれた「しばらく」という言葉が妙に引っかかっていた。当時は深く追求しなかったが、今になってあの言葉の真意が分かった。パワーの言葉は「メギドの火が市内に降り注ぐまでは生かしておいてやる」という意味だったのだ。


 天から降り注ぐ火が悪魔やネビトもろとも組織のメンバーたちまで焼き尽くそうとしている。絶対に止めなければいけない事態だった。もはや夜子に協力を求められるまでもない。樹流徒はすぐに決心した。儀式が行われている場所へ向かわなければいけない。


「しかし、よくこれだけ詳しい情報を入手できたな」

 樹流徒は素直に根の国の情報収集能力を認める。それがいずれは敵に回るのだから、厄介極まりなかった。

「特段驚くほどのことでもない。全て天使の口から直接聞いただけだ」

 と、夜子。

「天使から直接?」

「如何にも。君ならば既にその方法を知っているはずだ。(じか)に見ていたのだから」

「まさか……ブエルの時と同じ手段を使ったのか?」

 樹流徒は思い出した。以前、夜子は市民ホールにて、ブエルという悪魔に対して催眠や洗脳に似た不思議な術を施し、儀式に関する情報を引き出した。もしかすると、天使にも同じことをしたのかもしれない。


 夜子は軽く首肯して、樹流徒の推測が事実だと認める。

「私は配下に命じて天使たちを捕獲し、根の国に運ばせた。そして彼らに術をかけ、天使や聖界に関する情報を色々吐かせることに成功したのだ」

「捕まえた天使たちは今どこにいる?」

「愚問だな。根の国の存在と場所を知った敵をわざわざ生かしておく理由はあるまい」

 夜子はさもどうでもよさそうに答える。樹流徒は彼女を咎めこそしなかったが、えもいわれぬ暗い心地になった。


「話を先へ進めようか。柝雷、お前も樹流徒たちと共に戦場へ赴くが良い」

 夜子は、階段で仏頂面を下げた男に命じる。

 対する柝雷は大げさに瞳を丸くして、勢い良く立ち上がった。

「オオ、黄泉津大神よ。この俺に人間と肩を並べて戦えと申すのか?」

 柝雷が一歩階段を踏みしめた。夜子を睨んだあと、怒りの形相で樹流徒を威嚇する。

「渚や樹流徒は人間の中でも少々特別なのだ。そうでなければお前たち八鬼と組ませたりはしない」

 夜子は変わらぬ落ち着いた口調で男をなだめた。

 柝雷は両腕を震わせる。それからうおっと吼えて階段から飛び降りた。着地するや否や悔しそうに地団駄を踏む。激しい足音が一体の空気を揺らし、石の床に小さな亀裂を走らせた。


「お前は現世に行かないのか?」

 ここで、樹流徒はふと疑問に感じて夜子に問う。彼女の戦闘能力は市民ホールでの戦いで十分に思い知らされた。たった一人で大勢の悪魔を蹴散らしたあの力があれば、いざ天使の儀式を妨害するなど容易いのではないか。

「……」

 夜子は何も答えない。そういえば、答える必要が無ければ答えないのが彼女だった。樹流徒はこれ以上の追求を早々に諦めた。


「では樹流徒よ。柝雷、渚の両名と共に中央公園へ向かうが良い」

「分かった」

「渚にはネビトを目的地まで誘導して貰う。また、今回はネビト以外(・・・・・)の戦力も派兵しよう。伝令用のカラスも送るし、状況次第では他の八鬼も投入するつもりだ」

「かしこまりました」

「それと柝雷は余り無理をしないように。理由は言わずとも理解しているな?」

「ああ、分かってる。全く忌々しい……」

 柝雷は大きな鼻の穴から深い息を発した。夜子や八鬼にとって、現世の空気は猛毒である。あまり力を使いすぎれば体が蝕まれてしまうのだ。無論、樹流徒はそのような事実など知らない。


 根の国の女王は、玉座の手すりに置いた手を膝の上に映す。そして、もうこれ以上話すことは無いとでも言わんばかりに瞳を閉じた。





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