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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
151/359

陰人(かげびと)計画



 それはまだ樹流徒と砂原が激戦を繰り広げている最中の出来事だった。


 ゴツゴツした岩山を削って整地したような、人工的な床が広がっている。辺りは薄暗く、小川のせせらぎに似た水の音が四方から絶え間なく聞こえていた。蛍の光を連想させる美しい光の玉が幾つも宙を漂い、それらは赤から青、青から黄色、黄色からまた赤へと順番に色を変えながら行く当てもなく闇の中をさまよっている。


 そんな閑寂さに支配された夢幻的な空間に、一組の男女がいた。

 女の方は十代半ばの少女。病的に白い肌に真っ赤な唇が映えるその顔は、紛れもなく夜子だった。彼女は、異様に高くせり上がった祭壇に設けられた玉座に深く腰掛けている。そして奈落の底を映したかのような漆黒の瞳で男を見下ろしていた。


 一方、男は外見二十歳くらい。長い黒髪で肩と背中を隠した、見目麗しい青年だった。ただし普通の人間ではないようだ。額からニ本の小さな角を生やしている。背丈は高く、大抵の人間は彼を見上げることになるだろう。一見すると細身だが、腕や首の筋骨は隆々としていた。一風代わった柄の着物を身に着けており、網目文(あみめもん)の刺繍が施された白いの布地の上で色とりどりの蝶や鳳凰や唐草が舞っている。首には橙色のマフラーを巻き、足には赤い鼻緒の下駄を履いていた。また、左手には身の丈をゆうに超える長刀(なぎなた)を携えている。

 まるで歌舞伎の世界から抜け出してきたかのようなその男は、祭壇の前で直立し、切れ長の目から覗く黒い瞳で夜子の顔を捉えて片時も放さない。男女は静かに見つめ合っていた。


 が、やがて頃合いを見計らったかのように青年が口火を切る。

黄泉津大神(ヨモツオオカミ)様。貴女(あなた)にお尋ねしたいことがございます」

 その声色には落ち着きがあり、同時に夜子に対する畏怖の念が込められているようだった。

「何か?」

 夜子は唇だけを動かして応じる。


 青年は「は……」と言ってかしこまってから、少女に尋ねる。

「つい先ほど目覚めた渚が、随分と慌てた様子で現世へ向かったようですが……。何か良からぬことでも起きたのですか?」

「いや。我々にとって不都合な事態は発生していない。恐らく、渚は樹流徒を救出しに向かったのだろう。今、樹流徒の生命力が急速に弱まっているのを感じる。彼は相当苦戦を強いられているようだな」

「相馬樹流徒……。以前、渚が話していた人間ですね」

「うむ。彼に加えて、伊佐木詩織と籠地(かごち)明治。渚は余程その三人を我々の仲間として迎えたいようだ」

「貴女はそれをお許しになるのですか?」

「不服か?」

「まさか。滅相もございません」

 青年の(まぶた)が僅かに下がった。


「先に言っておくが、要らぬ心配はするな。例え樹流徒たちが私の手駒に加わろうと、お前たち以上に重用するつもりは無い。私が最も信頼しているのはお前たち“八鬼(はっき)”なのだから」

「は。そのお言葉、我らにとって無上の喜びでございます」

 青年は真面目な顔付きで答えたが、嬉しさを堪え切れなかったのか、すぐに破顔した。


 夜子は微笑を返して、玉座の上で足を組む。

「しかし……渚の単独行動を許している私が言うのも何だが、彼女には余分な行動を慎んで貰いたいものだ」

「と、いいますと?」

「渚が樹流徒を助けるのは一向に構わない。が、先ずは樹流徒が瀕死の状態になるまで待った方が良い」

「それは何故です?」

「樹流徒の内に眠る悪魔の力を引き出し、それを観察するためだ」

「内に眠る力……」

 青年が鸚鵡(おうむ)返しに唱えると、夜子は小さく頷いた。


「先日、私が渚の仲介で樹流徒と接触したのは知っているな?」

「存じております」

「あの時、私は樹流徒の体内にちょっとした術を埋め込んでおいた」

「術……ですか。一体どのような術なのです?」

「樹流徒に施した術にはニつの効果がある。一つは、私が常に樹流徒の状態を知ることができる効果だ。例え彼がどれだけ離れた場所にいようとも、私は樹流徒の脳波、脈拍、筋肉の動き、血液循環の様子から白血球の形態まで、通常では視認不可能な現象も含めて彼の体内で起きている全てを把握することができる。今、樹流徒の生命力が弱まっていると分かるのも、術の効果が働いているからだ」

「では、もう一つの効果は?」

「人間という生き物は脳内物質の分泌により感情を左右される。私は、樹流徒の生命力が極限まで低下した時、彼の扁桃体を強烈に刺激し、数種の脳内物質が爆発的に分泌されるようにしておいた。それらの脳内物質は人間を興奮させ、怒らせる作用を持つ」

「つまり、樹流徒が生命の危機に瀕した時、憎悪を爆発させるように仕向けた、と?」

「如何にも。それが術のもう一つの効果だ。怒りに支配された樹流徒は、眼前の敵を滅するために躊躇なく悪魔の力を解放するだろう」

「恐れながら申し上げますが、果たして上手く行くのでしょうか?」

「行く。人間の理性が感情を抑える力には限度がある。私の術を施された人間は激情に駆られ、決して抗えない」

「……」

「とはいえ問題もある。術が発動してから効果が現れるまでに多少の時間がかかることだ。その前に樹流徒が絶命すれば意味は無い」

「左様でございますか……。それにしても、私にはまだ分かりかねます」

「何がだ?」

「樹流徒の力を引き出してそれを観察することに、一体何の意味があるのですか?」

「決まっている。全ては我々の計画のため。樹流徒の存在は貴重な資料になり得るのだ」

 と、夜子。彼女が「計画」という言葉を放った瞬間、青年の眉が微動した。


「計画とは“陰人(かげびと)計画”のことですね?」

「そう。お前も知っての通り、陰人とは、ネビトの頑強な肉体と人間の優れた頭脳を併せ持った混成生命体だ。言わばネビトと人間のキメラだな。それを量産するのが陰人計画の目的だ」

「その陰人を生み出すのに樹流徒が役立つと?」

「樹流徒は人間と、悪魔の魂が融合した存在だ。ネビトと人間の混成体である陰人とは共通点があるかも知れない。故に、悪魔の力を解放した樹流徒の観測と研究は、より高性能な陰人を生み出す手掛かりとなる可能性を秘めている」

「全く参考にならない場合も考えられますが……」

「無論承知している。が、試しておいて損はなかろう。研究とは得てしてそういうものだ」

 夜子が言い終えた時だった。

 前触れもなく、彼女はうっと声を漏らす。小柄な上体をめいいっぱい前に倒し、口からおびただしい量の血を吐き出した。白い岩を彫って造られたと思しき祭壇の上に真紅の水溜りが広がる。


 青年は血相を変えた。

「黄泉津大神様」

 彼は長刀を投げ捨て、祭壇に駆け寄る。それを夜子が手で制した。

「うろたえるな。大したことはない」

「しかし」

「案ずるなと言っている」

 少女は瞳の形をやや鋭利にさせた。

 青年は電流が走ったみたく全身を硬直させる。

「申し訳ございません……」

 謝って元の位置に下がり、床に転がった長刀を拾い上げた。


 夜子は何事も無かったかのように話を続ける。

「市民ホールで悪魔たちを相手に力を使い過ぎた影響だ。現世での戦闘はしばらく無理だろう」

 彼女は人差し指で口元の血を拭うと、どこか自嘲気味な笑みを浮かべた。

「やはり、貴女にとって現世の空気は一種の毒なのですね」

「うむ。普通に活動する程度には問題ないが、力を使い過ぎれば(たちま)ち体が蝕まれてしまう。それは、私の体から生まれたお前にも同じことが言えるのだ、“若雷(わかいかずち)”よ」

「承知しております」

 青年は静かに頭を垂れる。


「故に、我々はあらゆる手段を講じて陰人計画を進めてゆく必要がある。多角的な研究を続けることにより、我々の肉体が現世に完全適応できる方法が見付かる可能性も広がるのだから」

「樹流徒の観察もその一環というわけですね」

「そうだ。但し、勘違いはするな。我々の体を現世に適応させる技術は、あくまで計画の副産物として期待すべきものだ。全ての研究は第一に陰人の量産と強化のためにあることを、常に念頭に置かなければいけない」

「それは重々承知しております。なにしろ、陰人の量産が成功した暁には、貴女の復讐がようやく果たされるのですから」

「そう……。これは復讐なのだ。かつて私が愛し、永き年月に渡り憎み続けてきた夫・イザナキ。あの男の国の末裔たち、即ち日本列島に住む人間たちを全て陰人に改造し、根の国の尖兵として利用する。それが私を裏切ったイザナキに対する報復となる。それが叶った時、私の心に巣食う苦しみは消えるだろう」

「は……。しかし、貴女にとって復讐はただの通過点でしかない」

 若雷と呼ばれた青年が言うと、夜子は首肯した。


「イザナキへの復讐が完了した後、私は陰人を率いて全人類に戦いを挑む。世界中の人間たちを屈服させ、彼らを管理し、根の国を現世全土に拡大させるのだ。そこに至ることができれば、最終的な目標にも手が届くだろう」

「神々が住む世界、“高天原(たかあまはら)”の制圧……でございますね?」

 若雷は緩やかに口角を持ち上げた。


「私は、陰人と人間たちを引き連れて高天原を攻め落とす。それこそが陰人計画の、真の終着点だ。私は高天原を手に入れ、全ての神々の頂点に君臨する。そしてやがては森羅万象を意のままに操ってみせよう。私は宇宙の中心に、いや、宇宙そのものになるのだ」

 夜子は眼下に広がった己の血液に足の指先を浸す。その様子を見上げる青年の肩がぞくりと震えた。


「だが、計画を達成するまでの道のりは果てしなく遠く、険しい。それこそ何十、何百年という時間を要するだろう。今はただ地道な作業を着実にこなしてゆくしかあるまい」

「は……。現在、“大雷(おおいかずち)”と“土雷(つちいかずち)”らが龍城寺市内を回って金品をかき集めております。彼らはもう間もなく帰還するでしょう」

「結構。資金があれば現世での活動が円滑になる。私は現世で暮らしている間にそれを学んだ。経済という概念すら存在しない根の国では考えられないが、人間たちの世界では金の力が強大だ」

「私は現世の仕組みなどに興味はございません。根の国が現世を支配した時、人類の文明など全て遺物と化すのですから」

「そう言うな。私は現世の文明を高く評価しているのだ。特に人間の科学力は我々のために活用すべき価値がある。優れたものをわざわざ滅ぼす必要はあるまい」

「……」

 若雷は反論しなかった。反感がこもった目を相手に向けたりもしない。ただ、長刀を握る五本の指に僅かな力が込められ、爪の色がうっすらと変色していた。


「ところで、龍城寺市の陸上自衛隊基地から武器弾薬を運ぶ手筈はどうなっている?」

「そちらも滞りなく。流石に車両の運搬は困難ですが」

「であろうな。無理に運び込もうとする必要は無い」

「は。しかし、人間の武器など入手してどうするのです? まさかネビトに装備させるおつもりですか?」

「残念ながらネビトには人間の武器を扱うだけの知能が無い。武器を扱うのは陰人だ」

「なるほど。今の内に人間の兵器を研究し、我々独自の武器を生み出し、いずれは陰人に武装させる。それも計画の一端というわけですね」

 若雷がそう答えると、夜子は目を細めた。


「さて。すっかり長話になってしまったな。私は体を休めねばならない。もう下がるが良い」

「仰せのままに」

 若雷は一礼して踵を返すと、下駄の底で床を打ち鳴らしながら去ってゆく。その先に連続して立ち並ぶ黒く染まった不気味な鳥居の下を潜り、やがて闇の奥へ姿を消した。


 夜子は玉座の肘掛けに肘を乗せ、頬杖を着く。

「そういえば、樹流徒たちはまだ龍城寺市の外が無事(・・・・・・・・・)であることを知らないのだったな。もっとも、彼らがそれを知ったところで我々の計画に支障をきたすことはあるまいが……」

 彼女の独り言に返事をする者はいない。静かに流れる水の音だけが今も絶え間なく鳴り続けている。


「樹流徒の生命力が一段と弱まっている。もう少しで私の術が発動する。それまでは彼に生き延びて欲しいものだな」

 夜子はまた独り呟いて、一際冷たい笑みを浮かべた。




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