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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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悪魔の集う酒場



 十一月下旬の肌寒い空気が、戦いで熱くなった樹流徒の心身を急速に冷やしてゆく。 

 脈打つ彼の心臓が完全に落ち着きを取り戻すのを待たず、巨人の悪魔・バルバトスが口を開いた。

「ところでオマエの名前は?」

 と、樹流徒に尋ねる。


「相馬樹流徒」

「ソーマキルトか」

「樹流徒でいい」

 答えながら、樹流徒は自分の置かれた状況に対しえもいわれぬ気分になった。もうもうと漂う霧の中、目の前には悪魔がいて、しかも会話までしている。改めて見ても異常なシチュエーションだ。冷静になろうとすれば却って気がどうにかなってしまいそうだった。

 少し前まで、樹流徒の傍にいたのは悪魔ではなく、親友のメイジだった。見慣れた街の中を二人で歩き、他愛も無いことばかり喋り合っていた。それが今となってはまるで遥か遠い出来事のように感じられた。


 が、そんな気持ちを想像すらしていないであろう悪魔バルバトスは、樹流徒を現実から更に離れた世界へと導く。

「ではキルト。オレはオマエに礼がしたい」

 きっかけはその言葉だった。


「礼?」

 悪魔の意外な申し出に、樹流徒は少々間の抜けた声を出す。礼と言われても、一体何に対しての礼なのか分からなかった。

 それについてバルバトスは説明をする。

「オレの命を見逃して貰った礼だ。さっきの戦い、キルトが攻撃を止めなければオレはやられていたからな」

「ああ。そういうことか」

 樹流徒は相手の言葉を理解した。てっきり悪魔にしか分からない理屈でも飛び出すのかと思ったが、一応は納得できる話だった。

「ただの礼ではないぞ。オマエの強さに対する敬意でもある」

 バルバトスはそう付け加える。


「話は分かった。でも……」

 樹流徒は余り深く考えず、首を横に振った。

「折角だけど遠慮させてもらう。それより僕は一刻も早く情報を探しに行きたいんだ」

「情報とは?」

「この地が何故こんな目に遭わされたのか、その理由を探している」

「なるほど。道理で必死に色々聞いてくるわけだ」

 バルバトスは得心したように相槌を打ってから

「だったら尚更オレの礼を受け取った方がいい」

 改めて樹流徒にそう勧める。


「それはどういう意味だ?」

「口で説明しても時間がかかる。直接見て貰った方が早いだろう」

「しかし、直接と言っても……」

「いいからオレについて来い」

 バルバトスはそう言うと、ゆっくりと動き出し、地面に転がっている弓と矢筒を回収した。それが済むと、今度は樹流徒に背を向けて何処かに向かって歩き出す。

「どこへ行く?」

 樹流徒が声をかけても返答は無い。バルバトスの背中に霧がかかって青年の視界から消えてゆく。


 このままではすぐに見失ってしまう。樹流徒は、はとりあえず悪魔の後を追ってみることにした。



 それからしばらくのあいだ歩き続け、次にバルバトスが足を止めたのは、三階建ての大きな建物の前だった。ここまでずっと黙ってついてきた樹流徒も、合わせて立ち止まる。

 背後には直線の長い道路が走り、その両脇には多種多様な店が節操無く並び立っていた。霧を吐き出す結界の近くから離れたため、視界は多少回復している。


 樹流徒は眼前の建物を見上げて、心の中で「ん?」と口にした。

 二人がやって来た場所は、意外にも自動車販売店だった。建物はほぼ全面断熱フィルムが貼られたガラスに覆われており、常に向こう側が透けて見える。中は明かりがついておらず薄暗い。一階のショールームには数台の新車が展示されていた。


 一体こんなところへ来て何をするつもりなのか? まさか車を一台プレゼントという話でもないだろう。樹流徒はそのようなことを考えつつ、今しばらくバルバトスの行動を静観することにした。


 ほとんど間を置かず、バルバトスが動く。彼はガラスと向かい合って立ち、懐に手を忍ばせた。そして(おもむろ)に何かを取り出す。

 隣に立つ樹流徒は、それが何かを確認した。


 見れば、バルバトスが取り出した物は、真っ黒な“鍵”だった。長さは十センチくらい。後部が矢羽を模した少し変わったデザインをしている。


 鍵など取り出してどうするつもりなのか。樹流徒は疑問を唱えようとした。

 が、それよりも早く、悪魔は何を思ったか、いきなり鍵を外壁に突っ込んだ。そんな事をしたらガラスにぶつかって、下手をすれば叩き割ってしまう。

 樹流徒は反射的に、軽く身構えた。


 ところが、おかしな事が起きる。バルバトスは確かに鍵を突き刺したはずなのに、ガラスは割れるどころか小さな音すら立てなかった。

 樹流徒は目を見開いて、バルバトスの手元を注視する。不思議な現象を目の当たりにするのもこれで何度目になるだろうか。青年は言葉を失った。ガラスが鍵の先端を飲み込んで表面を波のように揺らめかせているのだ。


「行くぞキルト」

 バルバトスは目の前の現象に関して一切の説明をせず足を前へと踏み出した。

 彼の足は、鍵と同様、ガラスの中に吸い込まれてゆく。もう一歩進むと体の半分が、更にもう一歩進むと遂に全身消えてしまった。


 その様子を間近で見ていた樹流徒は、当然ながら驚いた。

 しかし彼は、自分が思っていたよりは多少冷静だった。きっと現実離れしたものを続けざまに見たせいで、そういった現象に対してある種の耐性ができてしまったのだ。


 悪魔が存在したことに比べれば、どうということはない。

 樹流徒はガラスの前に立つと思い切って飛び込む。バルバトスと同様、その場から忽然と姿を消した。



 揺れるガラスの水面を通り抜けた先……


 気がつけば樹流徒は広いような狭いような空間にいた。眼前には意外な景色が広がっている。

 見間違いで無ければ、そこは酒場の中だった。数秒前までは確かに自動車販売店の前にいたのに、樹流徒はいつの間にか酒場の入り口に立っていたのだ。


 その店は、床と柱が木、壁と天井は灰色の石を積み重ねて造られていた。ひと目見ただけで、龍城寺市内の店ではないと分かる。

 奥にはカウンターがあり、その背後に立つ棚には所狭しとワインボトルが押し込まれていた。壁には髑(どくろ)の形を模したランタンが均等な間隔で設置され、目・鼻・口の穴からオレンジ色の光を放っている。壁の高い位置には木の枠に囲まれた小窓が取り付けられていた。その向こう側は真っ暗闇で星ひとつ無い。


 かなり独特な雰囲気を持った店だった。現世ならば酒場というよりテーマパークの施設に見えるかも知れない。ただ、樹流徒の目にはこぢんまりとした店に映った。テーブルや椅子などの備品は全て木でできており、ランタンから漏れる暖かそうな光と相まって不思議と優し気な味わいを演出している。


 ただ、樹流徒の意識は店の雰囲気や内装よりも、そこにいる客たちへと向けられていた。

 客席は全部で七つ。内ニつが埋まっている。両方の席に異形の生物が一体ずつ腰掛けていた。彼らは、グラスを片手に飲食を楽しんでいる。


「ここは?」

 樹流徒は、隣に立つバルバトスに問う。

「オレの店だ」

 巨人の悪魔は答えて、口元を緩めた。

「お前の店? するとここは悪魔たちが住む世界……」

「察しがいいな。そう、ここは魔界。我々悪魔の世界へようこそキルト」

「ここが魔界」

 樹流徒は今一度店内を見回す。周囲を漂う空気が心なしか肌に冷たく感じた。


 ――ようマスター。ソイツもしかしてニンゲンじゃないのか?

 ――ニンゲンを調理する気か? 言っとくがオレはそんなモン食いたくねーぞ。


 そのとき、店内の客たちがそれぞれバルバトスに声をかける。


 「コイツは食材ではない。手を出すなよ」

 バルバトスはそう答えてから、樹流徒を店の奥へと促した。

 彼らが向かった先にはカウンターがある。巨人の悪魔は、樹流徒を椅子に座らせてから、自身はテーブルの奥へ回りこんだ。カウンターを挟んで向かい合う。


「さて。何か飲むか? 愛欲地獄特産のブドウ酒など絶品だぞ」

 バルバトスは樹流徒に背中を向け、棚の最上段に置かれているボトルの首に手をかける。

「酒……。いや、気持ちだけ受け取っておく」

「そうか。それは残念だ」

 悪魔はボトルから手を離す。そして青年の真正面に立ち

「では早速本題に入るとしようか」

 と、話を切り出した。


「本題?」

「うむ。確かキルトは情報が欲しいのだったな?」

「ああ、そうだが……」

「ならば良く聞け。この店には毎日客が集まる。もしかすると彼らの中にはオマエの役に立つ情報を持っている者がいるかも知れない。それを手に入れるのだ」

「つまり、この店で情報収集をしろ、と言うのか?」

「そうだ」

「もしかして、お前はそのために僕をこの店に連れて来てくれたのか?」

 樹流徒は視線をバルバトスの口から目元に移す。

 巨人は「まあな」と答え首を縦に振った。


「そうか……。ありがとう」

 樹流徒は素直に礼を述べる。礼を言う相手が先程命のやり取りをしたばかりの悪魔だというのが、どうにも妙な感じだったが、それでも感謝した。


 南方という男の話によれば、今回の出来事は全て悪魔の仕業だという。ならば悪魔相手に情報収集をすることで、事件の真相に一気に近づけるかも知れない。樹流徒の期待は高まった。


「では次に、オマエにこれを渡しておくとしよう」

 バルバトスはそう言って、懐に手を滑り込ませる。取り出した物をカウンターの上に置いた。

 それは黒い鍵だった。先刻バルバトスがガラスに差し込んでいた、あの不思議な鍵である。


「これは、さっきの鍵だな?」

「そう。オレの店と現世を直結する通路を作る鍵だ。ニつの世界が繋がったのを機に作ってみた」

「凄いな。そんなことができるのか」

 樹流徒は感心した。同時に少し恐ろしくもあった。魔都生誕が起きてから丸一日と経っていないのに、このような不思議な鍵を作ることができる悪魔の不思議な技術力に軽い恐怖を覚えた。


「この鍵さえあれば、オマエはいつでもこの店と現世を行き来できるようになる」

「便利だな。しかし僕を……人間を自由に出入りさせてもいいのか?」

「問題ない」

 バルバトスは即答した。

「じゃあ、もう一つ聞くが、僕がこの鍵を受け取ったらお前はどうする? 予備の鍵はあるのか?」

「構わない。オレは気が向かない限り再び現世に行く気は無いからな。それに鍵は材料さえ揃えば数分で作れる」

「そうか。なら遠慮なく貰っておくよ」

 樹流徒は納得して、鍵を手に取る。特に変わった手触りや異常な重さなどは感じなかった。鍵の全体を良く眺め回してからポケットにしまう。


「では、次に鍵の使い方を説明する。といっても非常に簡単だ。“現世の鏡やガラスに挿し込む”。だたそれだけだ」

「本当に簡単だな」

「同様にこの店を出る時も、扉の先にある空間に鍵を挿し込め。そうすれば現世で鍵を使用した場所まで戻れる」

「鍵を使わなかったらどうなる?」

「結論から言うと、お前は現世へ帰れなくなるだろう」

 バルバトスは恐ろしい事をさらりと口にした。

「何故?」

「オマエが現世で鍵を使うと、鍵はその位置を記憶する。だがオマエの体が店を出た瞬間にその記憶は消去されるからだ。消去された記憶は二度と戻らない」

「店を出た瞬間、魔法の鍵がタダの鍵になってしまうのか……」

「この店は魔界に存在する。鍵を使わず店を出れば、その先にあるのは当然ながら魔界の景色だ。オマエは自力で、魔界と現世を繋ぐ扉に辿り着かなければならない」

「なるほど」

「もっとも、そこに辿り着くのは難しいだろうな。道中、何千という数の悪魔がオマエに襲い掛かるだろう」

「……」

 それは実質死を意味していた。

 店から出る時は必ず鍵を使わなくてはならない。樹流徒は今それを肝に命じた。


「イザとなれば、オレが現世に赴いて鍵を使い、店に戻ってオマエにその鍵を譲ってやる……という方法も不可能ではないが、今のところオレがオマエのためにそこまでしてやる義理はない」

「まあ、そうだろうな」

 樹流徒は首肯する。バルバトスの言っていることはもっともだし、特に冷たいとは感じなかった。


「鍵の説明は以上だ。長々と話してしまったが難しいことは何も無い。今までの話を一言でまとめると、“店の出入りには鍵を使え”。ただそれだけだ」

「ああ。分かった」

「オレが伝えるべきことは以上だ」

 バルバトスはそう言って、一度口を結んだ。

 それから赤い瞳を左右に動かして店内に視線を巡らせたあと、再び口を開く。

「では、キルトよ。早速だが客達に話しかけてみたらどうだ? 何か良い情報が手に入るかも知れないぞ」

「え。ああ……そうだな」

 樹流徒は横目で客席を見る。

 先程から食事をしている二名の客はまだ席に腰を落ち着けていた。どちらも特に樹流徒の存在を気にしている様子は無い。


「我々悪魔の中にはニンゲンを快く思っていない者もいれば興味を持っている者もいる。キルトが接触すれば様々な反応が返ってくるだろう」

「分かった。じゃあ試してみる」

 樹流徒はバルバトスの声に背中を押され、席から立ち上がった。




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