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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
147/359

復活の男



 龍城寺タワーは高さ二百八メートルの電波塔で、市のランドマークタワーとして県民に知られている。それは市の中心である龍城寺駅から少し離れた場所で静かに屹立(きつりつ)していた。

 現在、タワー上空には十体前後の天使が舞っている。タワーに近づく者を排除するために配備されたのだろう。彼らは大きな輪を作り、一糸乱れぬ動きで旋回を繰り返していた。


 その様子を樹流徒はオフィスビルの陰から遠望していた。タワーまでの距離はまだ数キロ残っているが、宙を漂う霧が薄いため塔の頂上まではっきりと見える。もっとも、樹流徒にとっては視界が悪い方が都合が良かった。その方が敵に見付かりにくいし、複数の敵を相手にした場合も多少は有利になる。しかし、霧の濃さが変わらない以上、望むべくもないことだった。


 樹流徒は危機感を覚える。タワーを守る天使たちと一人で戦わなければいけない。敵の戦力が低ければ問題ないが、ドミニオン級の天使に囲まれたら相当厳しい戦いを強いられるだろう。それを想像すると気分が張り詰めた。


 どこか近くから戦闘音が聞こえてくる。天使と悪魔、或いはネビトたちによる争いが激化しているようだ。少し前から怒声と悲鳴と破壊の音が、遠近と方角を問わずあちこちから聞こえるようになってきた。

 白銀の魔法陣が出現してから大分時間が経っている。天使の襲来を察知して市の外側へ退避した悪魔もいれば、魔界に帰った悪魔もいるだろう。逆に天使との戦いを求めて魔界から押し寄せてきた悪魔たちがいてもおかしくない。また、夜子が何らかの目的でネビトの大軍をけしかけたという可能性もありそうだった。


 樹流徒は慎重かつ足早にタワーへ接近する。戦闘音が聞こえる場所は避け、建物が込み入った場所や、狭い道を選んで進んだ。遮蔽物(しゃへいぶつ)を利用して敵の視線をすり抜け、目的地までの距離を稼ぐ。

 ずっと遠くでニ体の異形が踊っているのが見えた。天使と黒ネビトだ。上空から白い光線を放つ天使に対し、ネビトは地上に置かれている物を手当たり次第に投げて応戦している。

 更に別の場所では、アパートの屋根で激しい接近戦を演じている者たちの姿が見えた。天使一体に対して悪魔が三体で襲い掛かっている。

 樹流徒はそれらの光景を尻目に先を急いだ。


 と、その矢先。前方に見える建物の陰から青い肌の巨人が飛び出してくる。

 青ネビトである。日本の童話にしばしば登場する鬼を髣髴とさせる異形の生物は、樹流徒の姿を見るなり襲い掛いかってきた。その動きは赤ネビトよりも一段鋭い。

 ただ、後方へ飛び退く樹流徒はもっと速かった。彼は敵との間合いを広げて身構えると、再接近してくる青ネビトに向かって麻痺毒の息を吹き掛けた。


 青い巨人は麻痺毒の白煙を全身に浴びながら、尚も突進する。しかし樹流徒が横っ飛びで攻撃を回避すると、ネビトは急に足を止め、立ったまま動かなくなった。麻痺毒が効いたのだ。樹流徒は、石像の如く固まった敵を放置して駆け出した。


 運の良さもあったのだろう。その後、樹流徒は敵と一度も遭遇することなく、気付けばタワーの数百メートル手前に辿り着いていた。


「伊佐木さんはどこだ?」

 樹流徒は建物の陰に身を隠し、ほぼ正面にそびえる巨大な電波塔をつま先から頭に向かって見上げた。タワーの一階はチケット売り場や売店がある。二階は多目的ホールと事務所。三階には展望室。四階にはラウンジ。五階はレストラン。そして最上階の六階は展望室になっている。


 伊佐木さんは三階か六階の展望室にいるかも知れない。樹流徒はそう考えた。

 砂原が樹流徒を迎撃するつもりならば戦闘に適した広さを持つ展望室にいる可能性が高い。そして詩織は十中八九砂原の傍にいる、という理屈である。


 あとは(じか)に確認してみるしかなかった。樹流徒は意を決して建物の陰から飛び出し、タワーに近付く。当然ながら、タワーを守る有翼人たちが一斉に動き出した。


 樹流徒は先制攻撃を仕掛ける。上空に向かって掌をかざすと、魔法陣を描いて魔界の炎を召喚した。巨大な紅蓮の塊が、天使の中に飛び込む。だが、樹流徒と天使たちの間合いが広い。有翼人たちが攻撃を回避する余裕は十分にあった。炎の塊は誰にも命中せず、タワーの横を通り過ぎて空の彼方へ消えてゆく。


 樹流徒は、迫り来る敵の群れに背を向けて走り出した。すぐ近くに見える五階建てのビルに駆け込む。数秒後には先頭の天使が続いた。樹流徒はさっと振り返り、再び魔界の炎を放つ。樹流徒を追って建物に突入した天使は、玄関の一歩奥で炎の直撃を受けて倒れた。

 樹流徒に安堵している暇は無い。倒れた天使が聖魂と化すよりも早く、後続の天使たちが光の弾丸を放ちながら次々と建物内に飛び込んでくる。樹流徒には逃げる以外の選択肢が無かった。彼は踵を返すと、羽を広げて階段の上を飛ぶ。一気に屋上を目指した。


 三階から四階へ向かう階段の途中で一体の天使が待ち伏せていた。天使は光の弾を放つ。樹流徒は腕に被弾したが、戦闘に支障をきたすような傷は負わなかった。彼は飛行速度を緩めず突進する。天使に体当たりを食らわて吹き飛ばした。

 天使は背後の壁にぶつかって、すぐに体勢を立て直す。が、それよりも早く樹流徒の爪に喉を貫かれていた。


 屋上までの道を塞ぐ者はもういない。樹流徒は残りの階段を通過して外へ飛び出した。


 すると、そこには樹流徒の行動を読んでいたかのように待機していた天使たちの姿があった。数は三。彼らは横並びで立ち、標的が屋上に姿を現した途端に光の弾をばら撒く。

 対する樹流徒は天使の待ち伏せを予測していなかったものの、外へ出る直前に殺気を感じて、魔法壁を展開する準備をしていた。故に防御が間に合う。樹流徒は魔法壁で敵の弾幕を防ぎながら屋上を駆け、迷わず飛び降りた。真下の道路に向かって落下する。一時的に難を逃れたかに思われた。


 ところが、天使たちは樹流徒が屋上から飛び降りる展開まで先読みしていたのだろうか。地上に潜んでいた有翼人が2体揃って建物の陰から飛び出した。樹流徒が着地した瞬間を狙って攻撃を放とうとしている。

 樹流徒がしまったと思った時にはもう遅かった。既に魔法壁は解除されている上、羽を広げて方向転換する暇も無い。天使たちが攻撃を放てば、樹流徒の体に命中するのは必至だった。


 が、実際にはそうならなかった。攻撃の挙動を見せた天使たちの足下で、突如謎の爆発が起こったからである。小さな砂煙が巻き起こり、ニ体の有翼人がバタバタと倒れた。更にはマシンガンを乱射したような音がけたたましく鳴り響き、倒れた天使たちに向かって次々と銃弾が撃ちこまれる。その凄まじい攻撃を前に有翼人たちの体はひとたまりもなかった。


 思わぬ援護射撃のお陰で、樹流徒は無事に着地を決める。一体、誰が助けてくれたのかと思い、爆発音と銃声が鳴った方へ視線を送った。

 間を置かず、樹流徒の視線に応えるかのように、建物の陰から一人の男が姿を現す。それは二十歳前後の青年だった。金髪に近い明るい茶髪を風になびかせた、ライダースジャケットとデニムパンツ姿の男……。樹流徒はその男を知っていた。


「渡会さん」

 樹流徒は、青年の名を呼びながら駆け寄る。

「よう。この辺で待ってればお前が来ると思ってたが、どうやら正解だったみたいだな」

 渡会はぶっきらぼうな口調で返事をした。その両手には九ミリ口径の短機関銃が一丁ずつ握られている。

「いつ目を覚ましたんですか?」

 樹流徒は真っ先にそれを尋ねた。渡会は、メイジの攻撃により今まで意識を失っていた。彼がいつの間にか復活していたなど、樹流徒は知らなかった。

「ほんの数時間前だ。目が覚めたら色々状況が変わってて驚いたけどな」

 と、渡会。

「アナタが意識を失ってから何日も経ってますからね。しかし、何故渡会さんがここに?」

「話は後回しだ。とりあえず天使たちを倒すのが先だろ?」

「はい……」

 樹流徒は首肯する。一方で、頭の中に当然の疑問が過ぎった。何故、組織の人間である渡会が天使に歯向かうのか。

 しかし、それを口にする暇は無かった。屋上で待ち伏せしていた天使たちが、ビルの中に突入した天使たちと合流して一斉に空へ飛び出してくる。


 渡会は両手に持った機関銃を連射した。ニつの銃口から放たれる弾の雨が、天使をニ体三体と立て続けに撃墜する。機関銃を片手で扱い、尚且つ射撃の反動を受けても腕が微動だにしないのは、天使の洗礼を受けたことにより怪力を得た渡会ならではの射撃方法と言って良いだろう。


 樹流徒も天使を攻撃する。魔法陣から青い雷を放ち天使を狙った。雷光を浴びた天使は体の自由を奪われて墜落する。(たちま)ち渡会の銃の餌食となった。

 残る敵は三体。天使たちは下降しながら反撃の光弾(こうだん)を撃ってくる。樹流徒と渡会は同時に建物の角に隠れて敵の攻撃をやり過ごした。


 天使たちは道路に着地して車の陰に潜む。車を盾にして遠目から樹流徒たちと撃ち合いをするつもりなのだろう。


「相馬。これ持ってろ」

 渡会は樹流徒に銃を手渡すと、ジャケットの下に隠れていたポシェットから何かを取り出した。それは卵の形をしており、金属の殻に覆われていた。頭頂部には安全ピンと(おぼ)しきものが取り付けられている。手榴弾だ。


 渡会は安全ピンを抜くと手榴弾を山なりに放り、天使たちが盾にしている車の向こう側へと投げ入れた。そして建物の陰に隠れる。樹流徒も渡会の動きに(なら)って隠れた。

 手榴弾が地面に落ちてカランと硬い音を鳴らし、すぐに爆発を起こす。派手な音と共にガラスの破片が飛散して樹流徒たちの足下まで届いた。天使たちが倒れる。すかさず渡会が飛び出した。倒れた天使たちに向かって銃口を向ける。ただ、発砲する必要は無かった。有翼人たちの体が崩壊を始めている。

 樹流徒は辺りを見回した。近くに敵の姿は無い。タワーの周辺を守っていた天使たちは全滅したようだ。


 ひとまず戦闘が終わり、二人の青年が向かい合う。

「助かりました。でも、組織の人間であるアナタが、どうして僕を助けてくれたんですか?」

 樹流徒は、先ほど聞けなかったことを改めて渡会に尋ねた。

「あの建物にイサキシオリっていうオマエの友だちが捕まってるんだろ?」

 渡会は反問しながらタワーを見上げた。

「はい。そうですが……」

「オレは確かに組織の人間だよ。けどな、幾ら命令とはいえ女子供を力尽くで無理矢理どっかに連れ去ろうっていうその根性が気に食わねえんだよ」

「だから組織に逆らってまで伊佐木さんを助ける手伝いをしてくれるんですか?」

「ああ。でも、それだけじゃない。もう一つ大事な理由がある」

「大事な理由? それは?」

「シオリって子が連れて行かれたことで、早雪が落ち込んでる。アイツに笑って貰うためにも、オレは何とかオマエの友だちを助けないといけねえ」

「早雪さんのため?」

「というか八坂兄妹のためだな」

「あの兄妹に何かこだわる理由でもあるんですか?」

 樹流徒は一歩踏み込んだ質問をした。今の内に渡会という人間についてもう少し詳しく知っておきたいと思ったからである。


 本来、相馬樹流徒という青年は、良くも悪くも他人のプライバシーに踏み込むことを余り好まないタイプの人間である。今後もその傾向は変わらないだろう。しかし、南方の死が樹流徒の考えを少しだけ変えた。混沌とした戦場と化した今の市内では、いつ、誰が命を落としてもおかしくない。もしかすると渡会と会話ができるのもこれが最後になるかも知れない。だから、今の内に彼のことを少しでも知っておきたい。樹流徒はそう考えたのだった。


 そんな樹流徒の想いが通じたのか、意外にも渡会はあっさりと応じる。彼が八坂兄妹にこだわる理由を語り出した。

「早雪にかかった悪魔の呪いについてはもう知ってンだろ?」

「はい」 

「そうか。でも、その原因がオレにあるってことまでは知らないだろ」

「え」

「オレなんだよ……。令司たちの家族を殺し、早雪に呪いをかけた悪魔を召喚したのは、オレなんだ」

 そう言って、渡会は僅かに顎を下げた。




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