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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
激動編
146/359

贖罪(しょくざい)と悲報



 悪魔リリスの憑依から解放されたベルは、意識を失っているものの命に別状は無さそうだった。

 それを確認した樹流徒は、ベルから離れて仁万に近付く。

「大丈夫ですか?」

 と、男に声を掛けた。


「ああ。このくらいで死んだりはしないよ。といっても、君がメイジを止めていなければ今頃僕は殺されていただろうけどね」

 仁万は生気を失ったような声で答えた。そして間髪入れず樹流徒に反問する。

「どうして僕を助けたんだ? 伊佐木さんを人質に使い、君に攻撃までした僕を、何故?」

 そう言って、ひび割れた眼鏡の奥にある悲しげな瞳を樹流徒に向けた。


「伊佐木さんを人質に利用したことは怒っています。けど、それは僕がアナタを見殺しにする理由にはならないですよ」

 樹流徒が答えると、仁万は浅く頷き、そのままうなだれた。

「相馬君。僕には僕の立場や考えというものがある。確かに僕は卑怯な手段を使った。でも、僕はどんな汚名を被ってでも天使様の役に立ちたかったんだ。だから決して君に謝ったりはしない。謝れば僕は自分がやったことを間違いだったと認めてしまうことになる」

「はい」

「だけど、僕は命を救って貰ったことに恩義を感じないほど薄情な人間ではないつもりだ。だから君に聞いて欲しい話がある」

「何の話ですか?」

「まずは約束通り伊佐木さんの居場所を教えよう。彼女は砂原隊長が“龍城寺タワー”に連れていった」

「伊佐木さんを連れていった? 何故です?」

 樹流徒は若干語気を強めた。


「天使様に命令されたからだ。恐らく、天使様はNWB事件の被害者である君たち四人全員を生け捕りにしようと考えている。その目的はさっきも言った通り分からないけどね」

「ですが、天使たちは僕を捕まえようとはしませんでしたよ」

 数時間前、樹流徒は天使の群れの中を歩いていたが、その最中に襲撃を受けることは一切なかった。ドミニオンとは戦闘になってしまったが、ドミニオンは樹流徒を捕獲しようとはせず、明らかに殺そうとしていた。樹流徒を生け捕りにしようとする天使などいなかったのだ。

「その話が本当なら、君たちの捕獲命令はごく一部の天使様にのみ与えられているのかも知れない」

 仁万はそう解釈した。


「ところで、伊佐木さんが連れていかれた場所が龍城寺タワーなのは、何か理由があるんですか?」

「タワーで待っていれば聖界からの迎えが来るんだ。つまり、天使様は伊佐木さんを聖界に連れて行こうとしている。それだけは間違いない」

「なら、すぐに彼女を助けに行かないと手遅れになってしまうじゃないですか」

「行っても無駄だよ。行けば君は砂原隊長と戦うことになる。幾ら君でも隊長には勝てない。断言する。君は隊長に敗れ、伊佐木さんと一緒に聖界へ連れて行かれる」

「ご忠告は感謝します。ですが……」

「分かってるよ。それでも行くんだろう? 別に止めるつもりはないよ」

 仁万のその言葉に、樹流徒は頷いた。


「相馬君。君は今すぐ伊佐木さんを助けに行きたいんだろうけど、その前にもう一つ僕の話を聞いて貰ってもいいかな? 時間は取らせないから」

「はい。少しだけなら……」

「ありがとう」

 仁万は真顔で礼を言って、早速話を始める。

「君は……悪魔の力を使った犯罪というものがこの世に存在するのを知っているか?」

「ええ。それを取り締まるのがイブ・ジェセルの役目なんですよね。以前、聞きました」

「そうか。知っているなら話は早い。実はね……昔、僕の父がその犯罪に手を染めてしまったんだよ」

「仁万さんのお父さん?」

 男の口から飛び出した意外かつ深刻そうな話に、樹流徒は表情を引き締めた。


 仁万は話を続ける。

「僕の父はお世辞にも褒められた人間ではなかった。とはいえ、実の親を余り悪くは言いたくないから、あの人が具体的にどんな人間だったのかは伏せておく。ただ、あの日……父は己の身勝手な欲望を叶えるために悪魔召還を行い、その結果たくさんの人を不幸にしてしまった。僕がまだ幼かった頃だから、もう十五年以上も前に起きた出来事だ」

「……」

「その後すぐ、父は組織に捕まって然るべき処罰を受けたけどね」

「そんな事があったんですか。しかし、何故、仁万さんのお父さんは悪魔召喚の方法を知っていたんです?」

「一般人に悪魔召喚の知識を与える犯罪組織が存在するんだよ。その犯罪組織は、心に闇を抱えた人々に近付き、悪魔を召喚させ願いを叶えさせる。その見返りに巨額の報酬を得ているんだ。僕の父も犯罪組織から悪魔召喚の方法を聞いたようだ」

「イブ・ジェセルとは正反対の組織なんですね」

「そう。僕たちの宿敵だ」

 仁万は頷いた。それから話の本筋に戻る。

「僕は父を恨み、悪魔の存在を呪い、そして父を(そそのか)した犯罪組織を何よりも憎んだ。その一方で、家族がバラバラになってしまったことに絶望もした。けど、そんな僕を組織が救ってくれたんだ。イブ・ジェセルは、罪を犯した男の息子である僕を仲間に迎え入れ、人並みの教育を受けさせてくれた」

「仁万さんにとって、組織が新しい家になったということですか」

「ああ、まさにその通りだ。ただし、これは決して美談じゃない。組織が僕を保護してくれたのは、悪魔の存在を知ってしまった僕を放置するわけにはいかないという事情があったからだ。もし僕が父の悪魔召喚を目撃していなければ、組織は平気で僕を見捨てただろう」

「そうなんですか……」

「でも、そんなことはどうでも良かった。家族を失った僕が組織に育てて貰った事実に変わりはない。僕は組織に感謝したよ。いつしか天使様のためだったら何だってやろうと考えるようになっていた。天使様の命令だったら命を投げ出す覚悟だってある。組織や天使様の意に背く者たちとは断固として戦う。そう誓ったんだ」

 仁万は熱く語る。数分前の彼とは別人のようだった。

 この男が組織と天使に対して異様なまでの忠誠心を見せる理由を、樹流徒は多少なりとも理解できた気がした。


「急に暗い話をして悪かったね。正直に言えば僕だってこんな話はしたくなかった。身内の悪事を知られたくなかったし、組織に関する情報を君に与えたくなかった。それでも喋ったのは、さっきも言った通り僕には僕の事情や考えがあるということを、君に知って欲しかったからだ。それに、僕は君に対して罪滅ぼしがしたかった」

「罪滅ぼし?」

「そう。今更だけど白状するよ。僕は、相馬君が嫌いだった。悪魔の力を持つ君がイブ・ジェセルの協力者であることに我慢できなかった。だからスタジアムで君を罠にはめた。悪魔の陽動を故意に中断して、スタジアムに突入した君を袋のネズミにしたんだ」

「全く気付きませんでした」

「気付かれないように注意したからね。でも、組織の協力者である君を罠にはめることは、組織に対する背信行為と言っても良い。僕はそれを心の片隅で分かっていながらも、実行してしまった。それが僕の罪だ。組織に対する罪であると同時に、君に対する罪でもある」

「だから仁万さんは過去の話を含め、僕に色々と教えてくれたんですか」

「そうだ。だから今一度スタジアムでの件を謝ろうと思う。済まなかった」

 仁万は一度頭を持ち上げてから、深々と下げた。

「過ぎたことですから、忘れることにします」

「ありがとう。でも、言っておくけど、僕は今でも君が嫌いだ。敵同士になってせいせいしているよ」

 男はそう言って笑った。台詞とは裏腹に、今までずっと隠していた(とげ)が消えたような表情だった。樹流徒は、仁万の素顔を初めて見たような気がした。


「ところで、他の人たちはどこに行ってしまったんですか?」

 樹流徒は話題を変える。砂原が詩織を連れていったのは分かったが、南方と八坂兄妹、意識不明に陥ったままの渡会がどこに消えてしまったのか不明だ。最後にそれを聞いておきたかった。

「申し訳ないが、秘密だ。敵である君にこれ以上情報は与えられない」

 仁万は急に表情を曇らせる。

「そうですか」

「ただ……南方さんについては君にも話しておかなければいけないだろう」

「南方さん? あの人がどうかしたんですか?」

「いいかい、相馬君。これから僕が言うことを、どうか落ち着いて聞いて欲しい」

「はい」

 樹流徒は首肯しながら、仁万の改まった物言いに嫌な予感を覚えた。


「実は一つ、とても悲しい(しら)せがある」

「悲しい報せ?」

「そう。だから繰り返し言うけれど、落ち着いて聞いてくれ」

「分かりました」

「実は、南方さんが……」

「南方さんが?」

「その……。死んでしまった」

 仁万の唇が微かに震えた。

「死?」

 樹流徒の呼吸が寸秒止まる。合わせるように男の喉がごくりと固唾を飲む音を鳴らした。


 南方さんが死んだ? 樹流徒は我が耳を疑う。

 あの南方さんが死んだ? そして思考が停止した。

 そんな馬鹿な……そんな馬鹿な、と頭の中で繰り返す。


「どういうことですか!」

 樹流徒は衝動的に仁万の胸倉を掴んでいた。しかしすぐにはっとして「すみません」と言って手を放す。

「いや、良いんだ。驚くのも無理はない。僕だってあの瞬間を思い出すだけで心がざわつく」

 そう言って、仁万は服に寄ったシワを直した。

「一体、何があったんです?」

 樹流徒が尋ねると、仁万は(おもむろ)に事の詳細を語り始める。

「南方さんは天使様の命令に逆らってしまったんだよ。あの人は、隊長に連れて行かれそうになった伊佐木さんを助けようとした。それにより反逆者と見なされたんだ。南方さんは天使様が放った聖なる光に包まれ、跡形もなく消滅してしまった」

「そんな話……信じられないですよ」

「僕だって嘘だと信じたい。でも、事実は事実だ。こういう言い方をするのもなんだけど、あの人らしい最期だったと思う」

 仁万は眉根を寄せる。


 樹流徒は拳を固く握った。仁万の態度を見れば彼が嘘を言っていないのは分かる。だが、それでも信じられなかった。信じられない以上に、信じたくなかった。

「僕は、南方さんがまだ生きていると信じます」

「そうかい……。実を言えば、僕はあの人が消滅する過程を克明に目撃していたわけじゃない。かなり遠目に見ていたからね。でも、現実として南方さんが生存している可能性は限りなくゼロに近いよ。何しろ天使様が放ったあの凄まじい光の中から脱出できたとは考えられないから」

「それでも僕は……」

 樹流徒はそれ以上言葉が続かなかった。

 彼の頭の中で、南方が今まで見せてきた表情や、語ってきた言葉が思い出のように次々と再生される。 男はいつも緊張感に欠けた顔をしていた。いつも明るく前向きな台詞を言っていた。それらは少なからず樹流徒や組織のメンバーたちの心を救ってきたはずである。


 そういえば、南方さんから何度か食事に誘われたこともあった。一度くらい誘いに乗れば良かった。あの人ともっと色々な話をしておけば良かった。と、樹流徒は後悔した。


 しかし、いつまでも悔いているわけにはいかない。詩織を救出するため、もう行かなければいけなかった。

「ベルさんのことをお願いしてもいいですか?」

 樹流徒は仁万に尋ねた。

「ああ。任せてくれ。彼女の身は僕が守ってみせるよ。天使様が来てくれたお陰で、僕の悪魔に対する恐怖心も克服できたことだしね」

 仁万は相槌を打った。


 樹流徒は歩き出す。目指す場所は詩織が捕まっている龍城寺タワー。それは市内中央から少し東に離れた場所に建っている。

 樹流徒の心は、詩織を救出しなければという決意と南方の死に対する衝撃の狭間で揺れていた。





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