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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
137/359

勧誘



 ざくざく、ざくざく、と……雑草を踏み鳴らす小気味良い音がした。

 草の上を歩く少女は、赤を基調とした艶やかな着物を身に纏っている。まるで市内を包み込む薄暗い雰囲気に埋もれるのを拒むかのように目立っていた。


 少女の左手には緩やかな曲線を描く崖の(ふち)が見えた。その向こうは一面水色と紫の世界。霧の影響で空と海の境界が曖昧になった不思議な景色が、ごく当たり前のように存在していた。


 南から優しい風が吹く。磯の匂いが漂った。明るめの茶髪がふわりと舞って、少女は足を止める。

「やだなあ。髪が痛んじゃう」

 潮風が髪に与えるダメージを気にして、少女は軽い愚痴をこぼした。ただ、その屈託のない表情やさっぱりした口調には愚痴を愚痴と感じさせない軽さがあった。


 岬の入口には数体の悪魔が(たむろ)っている。デウムス、インキュバス、そしてガーゴイルが合わせて五体。彼らは遠巻きに少女を眺めていた。

 間もなく悪魔たちは揃って歩き出す。忍び寄るという表現がぴったりの動きで、少女に近付いてゆく。捕食者の動きだった。


「襲ってくる気かな? やめといた方が良いと思うんだけど……」

 少女は横目を使って悪魔を一瞥(いちべつ)した。

「それに、今は戦闘って気分じゃないし」

 だが、出来事は個人の気分や都合などお構い無しで起こる。少女の希望とは裏腹に、悪魔たちは間違いなく彼女を狙っていた。


 そして始まる狩りの時間。異形の生物たちが獲物に向かって走り出す。羽を持つ者は低空を飛んだ。

「やめといた方が良いのに」

 少女は同じ台詞を唱える。敵が目前まで迫ると、ぺロと小さく舌を出した。

 直後、先頭の悪魔が断末魔の悲鳴を上げた。



 市内南西部にある陸地の突端は霧下岬(きりしたみさき)と呼ばれている。そこに一軒の小さな教会が建っていた。銀色の十字架を頭に戴き、純白の体を年中潮風に晒している。両開きの扉はきちんと閉じられていた。


 今、その扉がゆっくりと開け放たれる。外の光が建物の中に滑り込んで、真っ赤な絨毯(じゅうたん)の上をするりと這った。

 扉を開けっ放しにしたまま、着物姿の少女は教会の中へ踏み込んだ。彼女の頬には悪魔の返り血を拭き取った痕跡が消え残っている。青い線がまだ微かに滲んでいた。


 何事も無かったかのように少女は軽快な足取りで絨毯の上を歩く。しかし通路の中間で急にぴたりと立ち止まると、奥に設けられた教壇を真っ直ぐに見つめて、笑みをこぼした。


 彼女の視線の先には先客がいた。高校生くらいの青年である。教壇の上で仰向けになり、手足をだらしなく宙に放り出していた。カチコチに固められた髪は床に向かって垂れることなく、重力に逆らって壁を指している。

 樹流徒の親友、メイジに間違いなかった。


 教壇をベッド代わりにしてくつろぐメイジは、自分に近付く少女の足音や気配を察知したのだろう。黒衣を纏った体が、危機感を匂わせない緩やかな動きで起き上がった。壁を指していた髪が天井を突く。

 起き上がるなりメイジは鋭い眼光を少女に向けた。

「お前、誰だ?」

 と相手の素性を問う。


「え。分からない? 私だよ」

 少女は自身の笑顔を指差した。


 多少の間があって、メイジはようやく心当たりを得たらしい。

「ああ……その無駄に明るい声には覚えがある。確か、仙道(なにがし)だったか?」

「渚ね。仙道渚」

「そんな名前だったかもな」

 さも辟易したかの如く、あるいはどうでもよさそうに、メイジは雑な手付きで頭を掻く。


 渚はがっくりとうなだれた。

「折角こうして再会したのに、全然喜んでくれないし、驚いてくれないし、名前は忘れられてるし、私の服装に対するコメントすらないし」

 そう言って、着物の長い袖をひらひらと揺らす。


「驚かないのは当然だ。オマエも運が良ければ生き残ってると思ってたからな」

「あ。ソレってやっぱり、私たちが数年前に起きた事件の被害者だから?」

「そうだ」

 メイジは頷く。その挙動はとても鈍重だった。うたた寝をしている人が首を前後に揺らす動きと良く似ていた。


「あの事件、NBW事件っていう名称が付いてるんだよね。相馬君から聞いたよ」

「アイツと会ったのか?」

 樹流徒の名前が出た途端、メイジの目元が微動する。

「うん。相馬君には大事な用があったからね」

「ふうん……」

 メイジはそれ以上追求しなかった。


「で、オマエ、何しにここへ来た?」

「何しに……って。メイジ君に会いに来たんだけど」

「それは分かってる。だが、元クラスメートと感動の再会ってワケでもねェんだろ? オレにも何か大事な用ってヤツがあるんじゃないのか?」

「お。なかなか鋭いね」

 渚は目を丸くした。


「君の言う通りだよ。今日、私がここに来たのは、君に聞いて欲しい話があるからなの」

「話……ねェ」

 メイジは教壇に腰掛けたまま足を組む。

「その話ってのは何だ?」

「うん。単刀直入に言うね。私たちの仲間にならない?」

 渚は言葉通り簡単に用件を伝えた。


「いきなり現れて何を言い出すかと思えば」

 メイジは無遠慮に欠伸をする。

「まあ聞いてよ。詳しくは話せないけど、私、今ある集団(・・・・)に属してるんだ」

「集団……天使の犬じゃねェよな?」

「秘密。でも、私と一緒に来てくれれば答えが分かるよ。メイジ君も悪魔なんかと一緒に行動するのはやめて、こっちにおいでよ」

「待て。どうしてオレが悪魔と手を組んでるのを知ってる? 樹流徒から聞いたのか?」

 メイジの表情が若干険しくなる。

 感付かれて渚は「あ、やば」と声を漏らした。


「それにもう一つ腑に落ちない点ある。オマエは、オレがこの教会にいる事も知ってた。まさか、偶然オレの居場所を探し当てたワケじゃねェだろ?」

「そんな細かいコトどうでも良くない?」

 誤魔化すように渚は笑った。

「メイジ君は今のところ悪魔の仲間だからね。余り私たちの秘密や情報を教えてあげるワケにはいかないんだよ」

「そうか。まあ、別に構わねェけどな。大方の予想はつくし」

 言って、メイジは表情を軟化させた。


「で、どうかな? 私たちの仲間になってくれる?」

「無理」

「え。即答? 何で?」

「気が乗らねェから」

 身も蓋もない理由だった。


「そう言わず、もうちょっと真面目に検討してよ。私と一緒に来てくれたら絶対に後悔させないから」

「まるでオマエらの仲間に入らないと後悔するみたいな口ぶりだな」

「うん。後悔する……と思う」

 渚はにわかに神妙な面持ちになる。

「なんで?」

「だって、こっちにはあの人がいるから」

「あの人?」

「うん。私たちをまとめている人。あの人の力には誰も太刀打ち出来ない。戦ったらきっと後悔するよ。これは脅しとかじゃなくって、本当の話だからね」

 渚が言う“あの人”とは夜子(黄泉津大神(ヨモツオオカミ))のことに違いなかった。

「オマエらのボスって、そんな(つえ)ェの?」

「強いよ。メイジ君の選択次第で最大の敵にもなるし、最強の味方にもなると思う」

「じゃあ敵に回すに決まってンだろ。そっちの方が面白れェからな」

「あ……そういう考え方しちゃうんだね」

 渚は困ったような笑顔を浮かべた。


「実を言うと、相馬君と会ったのも、彼を仲間に誘うためだったんだ」

「ああ。今、そうじゃねェかと思ってたところだ。でも、失敗したンだろ?」

「うん。まあ……」

 渚はやや俯く。

「けど、まだ諦めてないよ。相馬君のことも、メイジ君のことも」

 すぐに顔を上げて笑った。


「近い内に伊佐木さんにも会いに行くつもりだよ」

「伊佐木か。アイツを説得するのも難しいだろうな」

「だよね。君たち三人揃って難攻不落過ぎなんだよ。ちょっとは君たちを説得する私の身にもなってよ」

「知るか……。それよりオマエ、何でオレらを仲間に誘う? 戦力増強のためか?」

「違う、違う。さっきも言ったでしょ。誰もあの人には勝てない。だから、君たちにはあの人に逆らって欲しくないの」

「なるほど。要するにアレか。オマエは、オレらがオマエらのボスに歯向かって殺される前に助けてやりたいってワケか」

「うん。それそれ」

 我が意を得たり、といった感じで渚は頷いた。

 しかしメイジは相手の誘いに乗らない。

「話は分かった。が、余計な気遣いだ。オマエらのボスはいずれオレが潰す。その時は逆にオマエをこっちの仲間に加えてやるよ」

 と強気な台詞を吐いて、足を組み替えた。

「うーん。相馬君に続いてメイジ君も勧誘失敗かぁ」

 今回は説得を諦めたらしく、渚は遠い目で教会の壁を見つめる。外の光を浴びたステンドグラスが七色に輝いていた。


「オマエ、ボスの力が怖くて、ソイツの部下になってるのか?」

「えっ」

 メイジから質問が飛んできたのが意外だったのか、渚は驚く。

「ううん。違うよ」

 彼女は慌てた様子で首を左右に振った。

「私があの人に従ってるのは、もっと大切な理由があるからだよ」

「大切な理由?」

「あ。その話、詳しく聞く? 話したら仲間になってくれる?」

「どうしてそうなるンだよ。別にそこまで興味ねェし」

 メイジは教壇の上で仰向けになる。手足を宙に放り出し、渚から顔を背けた。




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