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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
133/359

喜劇的な悲劇



 銃弾や弓矢の数には限りがあるが、悪魔たちの攻撃に弾切れは無い。口から吐き出される炎。魔法陣から呼び出される雷光と巨石。それらは尽きることなく樹流徒たちの命を狙い続ける。

 弾切れだけではなく、悪魔は体力の限界とも縁が無さそうだった。彼らは決して攻撃の手を弱めない。儀式が終わるまで不休で動き続けるだろう。


 それは樹流徒も十分に承知していた。故に、悪魔の隙を窺おうなどとは、毛ほども考えていない。客席に身を隠し好機が訪れるのを待っていても意味が無い。早く次の一手を打たなければいけない。そう思っていた。


 ただ、その考えとは裏腹に、敵の攻撃が苛烈を極めており身動きが取れなかった。被弾覚悟で突っ込もうとはしたものの、それを実行に移す事は確実な死を意味している。魔法壁を張りながら全速力で舞台を強襲すれば、運良くレオナールの元まで辿り着けるかも知れない。儀式を阻止できる可能性はあった。しかし、そこまでである。生還は叶わない。敵の集中砲火を浴びて蜂の巣にされる結末は、想像に容易かった。


 雀の涙ほどでも生存できる可能性がある戦場ならばまだしも、行けば必ず死ぬと分かっている危地に飛び込むためには、それ相応の理由であったり、ある種尋常ではない心理状態が必要になる。幸か不幸か、樹流徒はそのどちらも持ち合わせていなかった。

 儀式は止めたい気持ちは強いが、樹流徒はまだ死ねなかった。ベルゼブブたちが魔都生誕を引き起こした動機を知りたい。その目的を果たした後ならばまだしも、今はまだ絶対に死ねなかった。


 では、儀式が完了するのをこのまま黙って見過ごすしかないのか、と言えば、必ずしもそうとは限らない。樹流徒が舞台まで辿り着き、レオナールを討伐して、かつ生還する方法がだった一つだけあった。


 それは、樹流徒が己の中に眠る悪魔の力を完全に引き出すこと。悪魔の力を身に宿した樹流徒だが、彼はその力を常に最低限しか使っていない。夜子の言葉を借りるならば、今まで力の出し惜しみをしてきた。


 そうしなければいけなかった理由は、樹流徒が力の使用を恐れているからである。悪魔の力を完全に発揮したとき、恐ろしい力が得られると共に、人間として越えてはならない一線を譲ってしまうのではないか。そのような予感を樹流徒は抱いていた。

 本当にそうなるという確証は無いし、具体的に何が起こるのかは見当もつかない。ただ、樹流徒はこの件に関して不思議なくらい己の直感を信じられた。悪魔の力に頼ってはいけない。


 そう。いけないのだが……。禁を破ることによって儀式を止められる可能性がある。それを考えると、樹流徒の心は揺れ動いた。悪魔の力を全開させるべきなのかも知れない。


 今、彼の前には道がある。三つに枝分かれした道だ。

 一つは、確実に死ぬと分かっていて、舞台に突撃する道。

 一つは、遺体の誤射を恐れず、遠距離からレオナールを狙撃する道。

 そしてもう一つは、自身に眠る悪魔の力を解放する道。

 いずれも、樹流徒にとっては険しい(いばら)の道だった。


 選択肢は必ずしも多い方が良いとは限らない。例えば最初から道が一本しかなければ、人は行き先を選ぶ自由を失う反面、道に迷う心配は無い。

 なまじ複数の選択肢があるために、樹流徒は葛藤の渦で苦しまなければいけなかった。


 その場にしゃがみ込んだまま樹流徒は動けない。三つに枝分かれした道を前に、身も心も佇んでいた。

 ふと気付けば、いつの間にかすぐ近くに南方がいる。


 男は姿勢を低くして客席の陰を走り、樹流徒の隣に座った。

「どうしたんだい? もしかして負傷したとか?」

 樹流徒の様子がおかしいと感じたのだろう。南方はそう尋ねる。

「いえ。なんとも無いです」

 樹流徒は平常心を装った。

「そうかい。ならいいんだけどさ」

 南方は笑った。それから尋ねる。

「ところで、君の念動力を使えばここからレオナールを攻撃出来るんじゃない?」

「いえ。残念ですが……」

 樹流徒は首を横に振った。

「敵の攻撃がいつ飛んで来るか分からない状況ですから、精神を集中できないんです」

 念動力を使うには高い集中力が必要になる。攻撃を受けている最中に使用するのは難しい。その情報を樹流徒に与えたのは、他でもない南方だった。

「ああ。確かにそうかもね」

 南方は腑に落ちた様子だった。


「それにしても、敵さんの攻撃は派手だね。たった三人相手にここまでやるかってくらい派手だ」

「ええ。これでは舞台に辿り着くどころか近寄るのも難しいです」

 樹流徒が同意すると

「だよねえ。参ったな」

 天井を仰ぐ南方。彼の頭上を青い雷光が通過していった。


 続いて南方はベストの下に隠れた腰のホルスターをポンと叩く。

「俺、ホント馬鹿なコトしちゃったよなあ」

 と、脈絡もなく言った。

「馬鹿な事?」

「うん。だってそうだろう? オセを倒す前に銃弾を使い切っちゃったんだからさ。一発でも残しておけば、ここからレオナールを狙撃できたのに」

 南方は、今度はポンポンと二度、ホルスターを叩く。


 この瞬間、樹流徒は急に閃いた。儀式を止める方法がほかにもあることに気付いたのである。

「そうか」

 どうしてこんな簡単な事にもっと早く気付けなかったのか、と思った。


 南方にレオナールを狙撃して貰えば良い。悪魔から銃を奪って、彼に手渡せばいいのだ。南方の能力を使えば、遠距離の標的を確実に射抜ける。炎の弾丸は自然の法則に逆らって加速するし、追尾性能も持っている。

 また、南方はオセとの戦闘中にベルの銃で炎の弾丸を放っていた。他人の銃でも能力は使用可能に違いない。


 少なからず救われた気分で樹流徒は立ち上がった。三階のバルコニー席を見上げる。確か、あそこには拳銃を所持している悪魔がいたはず。それを思い出して、羽を広げた。「あれ? どこ行くの?」と、南方に声を掛けられた時にはもう、床を蹴っていた。


 敵の弾幕をかいくぐりながら、樹流徒はバルコニー席に急接近する。

 そこには豚の頭と人間の体を持った悪魔がいて、拳銃をしっかりと握り締めていた。人間の道具を使う半獣半身の生物……よくよく見れば不思議な構図である。


 豚の悪魔は、突然接近してきた樹流徒に驚いたのだろう。大袈裟に震える手で銃の引き金を引く。そして発砲した。

 樹流徒は魔法壁で難なく銃弾を防ぎ、すぐ反撃に転じる。ただし、悪魔と一緒に銃まで破壊してはいけない。ここは威力が低い能力で相手を攻撃しなければいけなかった。

 樹流徒は口からふっと黒い霧を吹く。それはインキュバスが使用した能力だった。この霧を浴びた者は強烈な睡魔に襲われるという。


 黒い霧を顔に浴びた悪魔は、両手を暴れさせて霧を払ったが、すぐにその場で倒れた。近くにいた別の悪魔も霧を浴びると白目を向いて昏倒する。睡眠というよりは気絶したみたいだった。


 戦場にはおよそ似つかわしくない、安らかなイビキが鳴り響く。

 熟睡する悪魔の手中から、樹流徒は無事に拳銃を手に入れた。

 目的を果たした彼はすぐさまバルコニー席から飛び出して、南方の元へ引き返す。


 樹流徒が戻ってくると、南方が真っ先に口を開いた。

「急に飛び出すから、一体どうしたのかと思ったよ。バルコニーの悪魔を倒してきたのかい?」

「詳しい説明は後で。それより、これを使って下さい」

 樹流徒は、拳銃を差し出す。

「これは……」

「悪魔が所持していました。これでレオナールを狙撃して欲しいんです」

「なるほど。君はこれを奪いに行ってたんだな。やるじゃない」

 合点して、南方は拳銃を受け取る。すぐに弾倉を取り外して残弾数を確認する。

「残ってる弾は一発だけか」

 と、別段いつもと変わらぬ口調で言った。


「敵の攻撃は僕が防ぎます。ですから、南方さんは射撃に集中して下さい」

「分かった。任せたよ」

 南方は答えると、祈りを込めるように瞳を閉じた。額と銃身をくっつける。その姿勢を二秒と経たぬ内に解くと、銃のスライドを引き、トリガーに指をかけて尻を持ち上げた。

 樹流徒も一緒に立つ。もし南方に向かって飛んで来る攻撃があれば、体を張って受け止めなければいけない。


 南方はあっさりとトリガーを引いた。声を発さず、遠くの標的に的を絞る挙動すら無く、すぐに撃った。でたらめに撃ったようにしか見えない。

 にもかかわらず、赤く輝く弾丸はきっちり正確に標的めがけて飛んだ。荒れ狂う異形たちの頭上を横切って魔法陣の中心に立つレオナールを目指す。


 銃身から排出された薬莢(やっきょう)が床で跳ねた。

 樹流徒は息を飲む。豪雨の如き悪魔の攻撃に逆らって飛ぶ、赤い弾道を見守る。


 舞台前方の空中で小さな炎が浮んだ。


 それは、悲劇というよりもコメディだった。

 空中に発生した炎の正体は、まな板だった。恐らく、悪魔が適当に放り投げたのだろう。そのまな板が、あろうことか炎の弾丸を受け止めていた。厚さ五センチ弱の木板がレオナールの身代わりとなったのである。


 炎の弾丸は、まな板に埋まって停止した。板を燃やし尽くすとタダの鉛玉と化し、最後は悪魔の海に落下した。希望を込めて放たれた弾丸は、標的を仕留めるどころか、かすり傷すら負わせられずに沈黙したのである。


 二階席の樹流徒には細かな状況が見えていない。ただ、レオナールが儀式を続行している事だけは明白だった。




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