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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
132/359

猛攻



 空気は怯えるように震え、大地は怒るが如く鳴動する。堅固な石壁に深い亀裂が走り、天から石屑の雨が降り注いだ。


 それは、樹流徒が魔魂を吸収し終えた直後に起きた異変だった。創造主であるオセを失った空間が、崩壊を始めたのである。

 石の塔に出口は無い。中に閉じ込められた三人は、その場に佇むしかなかった。


 だが、樹流徒に大きな焦りは無い。なぜなら彼が魔空間の崩壊に巻き込まれるのは、今回が初めてではないからである。


 彼が最初にそれを体験したのは、マモンという悪魔を倒したすぐあとだった。マモンは、摩蘇(まそ)神社の本殿内部に魔空間を発生させ、そこに詩織を軟禁していた。しかし、その異質な空間はマモンの死と共に崩れ去り、神社は本来の姿を取り戻したのである。


 ならば今回も同じ現象が起こるのではないだろうか。神社と同様、市民ホールももうすぐ元の姿を取り戻すのではないか。

 そのように樹流徒は予想できた。だから落ち着いていられた。


「大丈夫。このままジッとしていよう」

 お馴染みの緊張感に欠けた顔で南方が言う。

 彼の態度と言葉は、樹流徒の予想を確信に変えた。


「そんなことよりも気になるのはベルちゃんの状態だな」

 南方の視線が床に倒れているベルに向かう。

 樹流徒も同感だった。ベルは最後にオセの攻撃を受けてからずっと意識を失っている。声を掛けても目を覚まさない。息はあるし、見たところ深刻な外傷もなさそうだから、命に別状は無いだろう。問題は、彼女がいつ意識を取り戻すのか、そして、彼女はオセの能力から解放されているのか。主にその二点だった。


 結果として、それらの心配はすぐに解消された。

「う……」

 女の声がした。

 ベルが静かに目を開く。彼女は勢い良く上体を起こすと、樹流徒と南方の顔を交互に見た。その表情は平静さを取り戻している。まるで憑き物が落ちたかのようにすっきりしていた。彼女が正気かどうか、確認するまでもない。


「や。気分はどう?」

 南方が手を振る。

「ああ。最悪だ」

 ベルは顔をしかめると、立ち上がった。

「今回は足を引っ張ってしまったな」

 彼女は淡々と二の句を継ぐ。その発言内容からして、正気を失っていた間の記憶はしっかりと残っているようだ。


 程なくして、魔空間の崩壊が最終段階に入る。

 オセが消滅した位置に白い発光体が現れた。その光は徐々に膨らみ、辺りの景色を全て飲み込む。樹流徒が目を開けていられないほど眩く輝いた。


 天井から降る石屑が地面を打つ音が、その数を急速に減らしてゆく。

 膨張する白い闇は、最終的に石の塔を全て覆い尽くすまで全身を広げた。


 次に樹流徒が瞼を上げた時、周囲の光景は一変していた。正常な景色に戻った、と言った方が良いだろう。そこは紛れもなく市民ホールの内部だった。


 三人は、四階のエレベーターホールに立っていた。背後を振り返ると四基のエレベーターが銀色の口を閉ざしている。正面と左右には廊下が走り、正面突き当りには両開きの大きな扉が見えた。


 周囲に悪魔たちの姿は無い。辺りは不気味に静まり返っていた。魔空間の中には樹流徒たち以外にも大勢の悪魔がいたはずだが、彼らは一体どこへ消えてしまったのか。

 その答えは南方が知っていた。

「さっき、白い光に飲み込まれただろう? あの光の外にいた者は全員、強制排除されたんだよ」

「強制排除?」

「魔空間の中から外へ追い出されたってコトだよ」

「じゃあ魔空間の中にいた悪魔たちは今、建物の外にいるんですか?」

「そう。しかもホール付近じゃなくて、結構遠くまで転送されたんじゃないかな」

 南方はそのように説明する。


 樹流徒は取り敢えず納得した。例え納得しなくても、悪魔の群れがどこかに消えた事実は変わらない。


「ただし、全ての敵が建物内から消えたわけじゃない」

 ベルが口を挟む。

「オセは魔空間の構築に建物全体を利用せず、部分的には通常の空間を残してあるハズだ。そこにはまだ悪魔が残っている」

「要するに、そこで儀式が行われているんですね?」

「多分な。ちなみに、あの扉の奥が一番怪しいと思うんだが……」

 ベルが正面突き当たりの扉を指差す。

 その扉は奥の大ホールに繋がっていた。確かに、この建物内で悪魔が大掛かりな儀式を行えそうな場所といえば、大ホールの舞台くらいしかない。


「行きましょう。急がないと……」

 樹流徒は扉に向かって歩き出す。

 一歩踏み出すと、突然思い出したように腕が痛んで全身が硬直した。オセとの戦いで負った傷は深く、負傷した箇所も多い。オセ一体の魔魂を吸収しただけでは全ての傷を癒しきれなかったのである。前進したい気持ちに樹流徒の体がついてこられなかった。

「時間を惜しむ気持ちは分かる。でも、治療が先だ」

 ベルが樹流徒の腕に手を添えた。彼女の掌から治癒の光が広がってゆく。

「あ。次、俺もヨロシクね」

 南方はナイフで負傷した足を撫でた。


 樹流徒と南方の怪我が完治すると、入れ替わるようにベルの体調が悪化した。彼女は肩で息をしている。治癒の能力が使用者に負担を与えることは樹流徒も知っていた。以前、令司がメイジとの戦いで負った傷を治した時も、ベルはかなり体力を消耗していた。


「大丈夫かい?」

 南方が彼女に尋ねると

「全然大丈夫じゃない。が、気にするな」

 ベルは微笑した。


 そして、いよいよ儀式の阻止に挑む時が来た。

 三人は走り出す。可能な限り足音を殺して前進する。

 樹流徒は前方から禍々しい気配を感じた。最早疑いようがない。目の前に佇む扉の向こう側には悪魔がいる。しかもかなりの数だ。


「扉を破壊します」

 樹流徒は一旦足を止めた。

 隣を走るニ人も合わせて立ち止まる。


 樹流徒は空中に魔法陣を描くと、魔界の炎を召喚した。六芒星の中央から飛び出した紅蓮に輝く物体が、薄暗い廊下の中を突き抜ける。

 それが着弾すると、扉は派手な爆発音と共に勢い良く開いた。同時に潰れた声がする。扉のすぐ傍にいた悪魔が爆発に巻き込まれたのだろう。


 三人は改めて走り出す。前方を遮る影は無い。扉の向こうに突っ込んだ。


 大ホール内部は、ほぼ全体が深淵な闇に包まれていた。その中で数百の赤い光が点々と浮かんでいる。異形の生物たちが放つ瞳の光だった。まるで凶星の大群が夜空を彩るように輝いている。


 樹流徒の瞳もまた凶星の一つになった。暗視眼の能力を発動すると、樹流徒の双眸(そうぼう)は赤く輝くと同時に、闇に隠れた景色を見通す。敵の姿がはっきりと視認出来た。


 悪魔たちの数は、ざっと見て百以上二百未満。ホール周辺や魔空間内部で待ち受けていた悪魔たちに比べれば小数である。大ホールは一階席から四階席まで合わせて千八百を超える客席があり、悪魔たちはほとんど皆、舞台の周囲と一階席に集まっていた。各出入口の傍には見張りが一体ずつ。残りは全員ニ、三階のバルコニー席に潜んでいる。彼らは、樹流徒たちが姿を現すと一斉にざわめき出した。


 樹流徒の注意は自然とホール最奥(さいおう)の舞台へと向かう。間口三十メートル、奥行き二十五メートルの非常に大きな舞台である。そこは、広い闇の中で唯一明るい場所だった。

 舞台いっぱいに広がる魔法陣が漆黒の光を放ち、背後にある白いスクリーンを照らしている。魔法陣の上には何百という数の遺体が体の一部或いはほぼ全身を重ね合って寝かされていた。儀式の生贄だ。そして、生贄の中心には儀式を執り行う悪魔が一体いる。


「似ている」

 樹流徒は呟いた。舞台上に広がる光景は、彼がスタジアム内部で見たものと酷似していた。魔法陣の中央で儀式を執り行っている悪魔も、スタジアムで見かけたあの山羊頭の悪魔に見える。


 ――天使の犬だ! やれ!


 その時、闇の中から悪魔の号令が飛ぶ。それに呼応して、舞台周辺が猛々しい雄叫びに沸き返った。

 間を置かず、橙色(だいだいいろ)の光が幾つも浮かぶ。炎の明かりだった。

 悪魔たちの激しい攻撃が一斉に放たれる。炎だけではない。槍、弓矢、雷、それに岩の塊まで、様々なモノが飛び交う。


 悪魔たちが固まる舞台周辺から、樹流徒たちがいる四階席までは相当距離があった。そのため悪魔たちの攻撃は大半が樹流徒たちの元まで届かない。また、飛距離が足りても見当違いな方向へ飛んでゆく。


 そんな中、時折狙い済ましたような攻撃も混ざっていた。豪腕の悪魔が投げたと(おぼ)しき槍が、直線に近い緩やかな弧を描く。樹流徒たちの元に届きかけた。

 三人は素早くその場にしゃがみ込む。客席を盾にして事なきを得た。槍はベルの頭上を通過していった。


「儀式はまだ終わってないみたいですね」

「ああ。舞台中央の“レオナール”を倒せば儀式を止められるよ」

 樹流徒と南方が言葉を交わす。魔法陣の中で儀式を行っている山羊頭の悪魔はレオナールという名前らしい。


 ただ、レオナールを倒して儀式を止めると言っても、口で言うほど簡単なことではない。横殴りの雨みたく降り注ぐ敵の攻撃をかいくぐりながら舞台に接近するのは、相当骨が折れるだろう。それに対して樹流徒たちはこれといった策も無く、また、時間との戦いもある。厳しい状況だった。


 それでも三人の中に絶望している者はいない。気負っている者もいない。互いが互いを勇気付けようとするかのように、樹流徒たちは少なくとも表面上は強気な姿勢でこの戦いに臨んでいた。

「よし。行くぞ」

 ベルの声を合図に、彼らは散開した。

 樹流徒は羽を広げて空中から攻める。南方とベルは左右に分かれると、姿勢を低くして、客席に身を隠しながら移動する。三人別々のルートから舞台を目指す。


「いいかオマエら! 無理に突っ込む必要は無いンだからな。とにかく天使の犬どもを祭壇に近付けなきゃいいんだ。分かってるな?」

 舞台の真正面に立つインキュバスが命令口調で叫んでいる。その声色には必死さが窺えた。悪魔たちに有利な状況とはいえ、余裕が無いのはお互い様なのだろう。ちなみに、祭壇というのは舞台のことに違いない。


 インキュバスの指示に従って、悪魔の群れは無闇に樹流徒たちへ襲い掛かろうとはしない。一階席と舞台周辺にしっかりと固っている。完全に受けの構えだった。いつになく統率が取れている。


 樹流徒たちは慎重に舞台へ近付いてゆく。

 南方とベルはそれぞれ、四階席の最前列まで進んだ。暗闇で視界が確保しづらいはずだが、彼らの動きはとても迅速だった。

 二人は座席の先にある手すりを乗り越え、ほぼ同時に飛び降りる。落下する彼らの体は三階席の前を素通りして、二階席の手すりに掴まった。すぐにそれをりよじ登って、裏に隠れる。舞台との距離が縮まった。


 そこまでは順調だったが、二人とも急に先へ進むのが困難になる。敵との距離が縮まるということは、それだけ敵の攻撃がこちらに届き易くなるということである。直接進路を塞ぐ敵がいないにもかかわらず、南方とベルは迂闊に動けない状態だった。それだけ悪魔たちの攻撃が激しい。南方とベルは遮蔽物(しゃへいぶつ)を利用して左右に移動するものの、前進は出来そうになかった。


 空中の樹流徒も似たような状況だった。ある程度舞台に近付くと、敵の弾幕が厳し過ぎてそれ以上前に進めない。常に飛び回っていなければすぐに被弾してしまいそうだった。


 そのような厳しい状況の中、樹流徒は宙を飛び回っている間に意外な光景を目撃した。バルコニー席に配置されている悪魔が拳銃を握り締めているのだ。良く見れば、一階席にも猟銃やボウガンを装備した者たちがいる。何に使うつもりなのか、まな板や消火器を手にした者まで……。

 悪魔が、現世の道具を戦いに利用している。樹流徒が知る限りでは初めて見る現象だった。


 槍が、弓が、銃弾が、客席のシートを次々と貫く。人の顔ほどある岩の塊が高速で飛来し、壁を破壊する。炎の玉が床を焦がし、煙を上げる。

 持てる限り全ての能力と武器を放ち続ける悪魔の猛攻は、丸っきり加減というものを知らなかった。儀式が完了する前に大ホールを破壊してしまいそうな勢いがある。


 このままではいつまで経っても舞台に近付けない。むせ返りそうな戦場の中、樹流徒は、羽を畳んで二階席に降り立った。客席を盾にしながら火炎砲で敵を狙い撃つ。

 巨大な炎が向かってくると、異形の生物たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。火炎砲が一階席の中央で爆発する。火種が、榴弾のように四散した。しかし魔魂は発生しない。悪魔たちは全員無傷だ。


 これでは駄目だ。樹流徒はすぐに察した。遠目から悪魔たちと撃ち合いを続けても時間を浪費するばかりで、その間に儀式が完了してしまう。


 かといって、儀式を行っている悪魔レオナールを狙い撃つわけにもいかない。わずかにでも攻撃を外せば市民の遺体を吹き飛ばしてしまうからだ。

 生贄の中には、生前樹流徒と親しかった者たちが含まれているかも知れない。それを考えると、樹流徒は、舞台上を攻撃する気にはなれなかった。無論、見知らぬ人間の遺体なら平気で吹き飛ばせるという意味ではない。

 市民たちの遺体は現在も全く腐敗していない。何らかの方法により生前と変わらぬ美しい姿を保っている。それが余計に、樹流徒にレオナールの狙撃を躊躇(ためら)わせていた。


 かくなる上は、被弾しながらも一気に舞台まで突っ込む。市民の体を傷付けず、レオナールを倒す。そして自身も必ず生還する。もう、それしかない。

 無謀は承知の上で、樹流徒は意を決しようとしていた。




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