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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
129/359

石の塔



「アンタ……何のつもりだ?」

 ベルの刺すような眼光が、南方の顔を射抜く。彼女は多少動揺しているようだ。

 それは樹流徒も同じである。自分が撃たれたという状況は把握した。が、どうして南方に撃たれたのか、理解が追いつかない。戸惑いが生じた。


 しかし誰よりも慌てた様子なのは、ベルでもなければ樹流徒でもない。その手に凶器を携えた南方本人だった。

「いや! 違う。俺じゃないよ」

 男は弁明する。大きな身振り手振りを交えて、己の潔白を訴えた。

「何が違う? 相馬を撃ったのはアンタの銃じゃないとでも言うのか?」

 南方に詰め寄るベル。途中、彼女は横目を使って悪魔たちを睨んだ。戦闘中に敵への警戒を欠かさないのは当たり前のことだが、今が非常時という事を考えればとても冷静だったな行動だった。


 悪魔たちは動かない。攻撃を仕掛ける機を窺っているのか。それとも単に様子見をしているだけなのか。あるいは味方の増援を待っているのかも知れない。時間を稼げば、それだけで悪魔は仲間が増え、有利になる。


「確かに樹流徒君を撃ったのは俺の銃だけど……。誤射や暴発じゃないよ。勿論、故意に狙ったわけでもない」

 多少冷静さを取り戻した口調で南方は自己弁護を続ける。

「偶然でも故意でもない? じゃあ何なんだ?」

 ベルは更に追及した。

「それは……。多分、(スヴァルト)アールヴの仕業(しわざ)だよ」

「なに?」

 ベルは横目を使って褐色の悪魔――黒アールヴを見る。

「どういう事だ?」

 そして眉根を寄せた。


 が、彼女の視線はすぐに別の場所へと移る。そこには獣の毛皮を纏った老人の悪魔エウリノームがいた。

 エウリノームは、膝を折り畳んで脚に力を溜めている。跳躍の予備動作だろう。恐らく狙いは樹流徒だった。


 今、樹流徒は激痛に耐えている。傷口から零れる血を掌で()き止め、立ったまま体を丸くしていた。しかも、悪魔たちに背を向けている。傍から見れば隙だらけだった。


「相馬! 敵に気をつけろ」

 ベルが声を張り上げ、注意を促した。

 すると彼女が言い終えるよりも早いか、エウリノームが動く。やはり無防備な獲物に狙いを定めていた。エウリノームは、樹流徒の背中めがけて跳躍する。地面スレスレを跳んで、標的との間合いを一気に消した。


 これに対し樹流徒は野生の獣じみた勘を働かせ、敵の殺気を感じていた。背後にいる悪魔の動きは見えずとも、自身に迫る危険を本能的に察知していた。恐らくは、ベルが叫ぶよりもわずかに早く。


 樹流徒は咄嗟に魔法壁を張る。虹色に輝く球状の壁が、彼の周囲を覆った。

 勢い良く飛び込んだエウリノームは魔法壁に跳ね返され、地面に叩きつけられ、転がる。すぐに起き上がったが、再び樹流徒に飛び掛ろうとはしなかった。


 南方は銃をホルスターにしまい、樹流徒に駆け寄る。

「大丈夫かい?」

 と声を掛けた。

「はい」

 樹流徒は首肯する。本音を言えば全然大丈夫ではなかった。鋭い痛みが体内を駆け巡っている。傷口は熱いし、出血量もそれなりだ。可能ならば地面に座ってしまいたかった。

 ただ、肉体に反して精神が楽になったのは救いだった。味方の銃に撃たれた理由は謎だが、南方は故意に発砲したわけではない。樹流徒は、それさえ分かれば十分だった。


 今度はベルが樹流徒に駆け寄る。

「待ってろ。今すぐ傷を治してやる」

 組織の者たちは個々に不思議な能力を使う。ベルの場合は人の傷を癒す能力だ。そのことは樹流徒も知っている。


 ベルの手が樹流徒の傷口に添えられる。そこから暖色の光が広がった。治癒の光だ。

 傷口が徐々に塞がり始める。完治までは少し時間がかかりそうだった。

 問題は、治療が済むまで悪魔が大人しく待ってくれるかどうか。樹流徒はそれを懸念する。


 不安は早々に的中した。

「ところで、俺の銃が樹流徒君に発砲した原因なんだけど……」

 南方がそこまで喋ったときである。

 黒アールヴの赤い双眸(そうぼう)が、紫に変色した。


 途端、ベルの手元から耳の奥を突く不快音が鳴り出す。スタンロッドの電源が入った音だ。

 うっと苦い声を発して、ベルは大きく後方へ飛び退く。当然、樹流徒の治療は中断された。


 南方もその場から離脱した。樹流徒も数歩後退して立ち止まる。片手で傷口を押さえたまま身構えた。


 三人の眼前で、不思議な現象が起こっていた。ベルが所持していたスタンロッドが、彼女の手を離れ、独りでに宙を浮いている。まるで空飛ぶ生き物だ。パチパチという不快音は、さながら鳴き声のようである。


 スタンロッドは回る。空中に浮かんだままルーレットのように高速回転する。それから急にピタリと止まり、先端で樹流徒の顔を指す。かと思えば、空中から弾き出され彼に襲い掛かった。


 樹流徒の体は防衛本能に従って動いた。爪を振り下ろしてスタンロッドを地面に叩き落とす。間髪入れず空気弾を叩き込んだ。その衝撃を受けたスタンロッドは金属片やプラスチック片をばら撒き、銅線や電池などを露出して壊れた。微動だにしなくなる。


 南方の銃に続き、ベルのスタンロッド。樹流徒は、味方の武器から連続して襲撃を受けた事になる。


 彼は、破壊した武器の残骸を見つめた。スタンロッドが勝手に動いた原因は、魔空間の性質か、悪魔の仕業だろう。そこまで考えて、はたと気付いた。意外と簡単に疑問が解決した。


 ベルも何かに気付いたらしく「なるほど」と独り呟いている。

 彼女は、(おもむろ)に顔を上げた。樹流徒と視線を合わせる。

「分かったぞ、相馬。南方の言葉は嘘じゃなかった。オマエが撃たれたのは、敵の仕業だ」

「もしかして、念動力ですか?」

 樹流徒は、自分で気付いた答えを口にする。

「ああ」

 ベルは頷いた。

「以前、組織の資料で見た事がある。黒アールヴの中には稀に念動力を使う固体がいるらしい。たった今、それを思い出した」

「やはり……」

 樹流徒の勘は正しかった。いや、正解とは限らないが、少なくともベルの考えとは一致していた。


 念動力は、手を使わずに離れた物体を動かす能力である。以前、マルティムという悪魔も使っていた。樹流徒が逸早(いちはや)く答えに辿り着けたのも、マルティムの能力を見ていたからだろう。

 兎も角、黒アールヴはその念動力を使って、南方の銃を遠隔操作したに違いない。無論、ベルのスタンロッドも。


 タネは割れた。もうこれ以上謎解きに時間を費やす必要は無い。あとは敵を倒すのみ。


 三人は異形の生物たちと向かい合う。

「それじゃあ、黒アールヴを優先して始末しとくか」

 ベルが拳銃を抜く。

「待ってください。銃なんて出したら……」

 また念動力で操られてしまうかも知れない。樹流徒はそれを指摘する。

「いや。大丈夫だよ。寧ろ、良い判断だ」

 南方がベルの代わりに答えた。


「何故です?」

「実は、念動力を使うにはかなりの集中力が必要らしいんだ。だから、攻撃を受けてる最中には使用出来ないハズだよ」

「つまり、敵に集中する暇を与えなければ念動力を封じられると?」

「そう。念動力を得意とする悪魔が相手だと話は別だけど。あの黒アールヴは違うみたいだからね」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「俺の銃が操られてからスタンロッドが操られるまでの間、黒アールヴは何もしてこなかったでしょ? 多分、念動力を連続使用したくても出来ないんだよ。得意じゃないから」

「言われてみれば、確かに……」

 納得できる説明だった。


 二人がそのような会話をしている最中、ベルはもう既に発砲していた。

 三連射された弾の内一発が黒アールヴの肩を撃ち抜く。青い血が飛び散り、灰色の地面を点々と染めた。


 すると、その血を見て興奮したのか、他の悪魔たちが一斉に動く。ラミアニ体と、エウリノームが一体。彼らはベルを次の獲物と定めたらしい。彼女めがけて突進した。

 それを察知した樹流徒は、敵の阻止に向かう。走り出した衝撃で傷口の痛みが暴れ出したが、それでも構わず突っ込む。少しくらい耐え難い痛みでも、短時間ならば我慢できる。


 ベルは再びトリガーを引いた。当然、標的は黒アールヴ。念動力を使う厄介な敵である。

 しかし銃身から飛び出した弾が捉えたのは、ラミアの腕だった。偶然か、それとも意図的な行動だったのか、半人半蛇の悪魔は結果的に黒アールヴを守る盾となった。


 南方は拳銃を抜いて弾丸の装填を始める。どうやら弾切れらしい。樹流徒を撃った弾が最後の一発だったらしい。それは三人にとって不幸中の幸いだった。仮にもう一発でも弾が残っていたとしたら、先ほど銃が念動力で操られたときに発射されていただろう。その弾は樹流徒の急所を貫いていたかも知れないし、他のニ人を襲っていたかも知れないのだ。自分たちにそのような幸運があった事など、樹流徒は想像すらしていなかった。


 樹流徒はベルの前に立ち、悪魔たちと対峙する。先頭のラミアに接近すると、敵が吐き出した毒液を敢えて回避せず、相打ち狙いで三連射の炎を放った。悪魔は爆発の衝撃に耐え切れず四散する。風圧で樹流徒の前髪が逆立った。


 直後、ラミアの斜め後ろに位置していたエウリノームが麻痺毒の息を吐き出した。多量の白煙が勢い良く宙を伝い、樹流徒の左腕を巻き込む。本来の樹流徒であれば難なく回避できた攻撃だが、彼は傷の痛みで動けなかった。


 樹流徒は腕に激しい痺れを感じながら一歩後退する。しかし、両の目はしっかりと悪魔の動きを追っていた。

 後ろ足を踏ん張り、やや腰を落として、反撃の姿勢を取る。もし、敵が飛び込んでくるようならば爪の一撃でカウンターを見舞うつもりだった。


 そんな樹流徒の横を一発の銃弾がすり抜けてゆく。麻痺毒の白煙を突き抜け、後方にいるラミアの尾をかすめて、更に奥へ……。


 ベルさんの銃じゃない。南方さんが放った弾だ。

 樹流徒にはすぐ分かった。ベルの銃と南方の銃とでは発砲音が違うという理由もあるが、それだけではない。いま樹流徒の横を通り抜けていった弾丸は、炎に包まれていたのである。

 樹流徒は以前にも、南方の銃から放たれる真紅の弾丸を見た事がある。南方は、武器に聖なる炎の力を宿す能力を持っている。確か、渡会がそう言っていた。


 通常、銃弾は発射後に重力や空気抵抗などを受けて失速するが、炎の弾丸は逆。加速する。火の粉を散らしながら加速する。

 白煙の中を抜け、悪魔の尾を掠めた真紅の弾丸は、最終的に黒アールヴの眉間に吸い込まれていった。


「アアアアア!」

 黒アールヴが狂乱に溺れたような悲鳴を上げる。樹流徒の脳が「南方さんの銃弾だ」と認識したとき、すでに眉間を撃ち抜かれた悪魔の額から白い煙が立ち昇っていた。


 三連射の炎を受けて絶命したラミアの体が崩壊を終える。空中に溢れ出した魔魂が樹流徒の体内に取り込まれた。銃弾を受けた胸の傷がある程度塞ががる。麻痺毒を食らった左腕にも感覚が蘇った。ラミアから受けた毒液も浄化されたに違いない。


 黒アールヴの体も間もなく崩壊を始めた。残る敵はニ体だけ。ラミアとエウリノームが一体ずつ。しかもラミアはベルの銃弾を腕に受けて負傷している。最早、趨勢(すうせい)は決しているように思われた。


 ところが、ここで新たな刺客が現れる。

 双頭の狼が一体と、ガーゴイルがニ体。計三体の悪魔が、後方から樹流徒たちに追いついた。ガーゴイルの片方はギャアギャアと喚き、かなり興奮している。

 増援によって悪魔側の戦力が回復した。しかも樹流徒たちを挟み撃ちにする。ただ、念動力を使う悪魔はもういない。今度こそ三人が苦戦する要素は無かった。



 悪魔から逃げ、悪魔と戦い、ひたすら前へ、前へ……。

 樹流徒たちは走り続けた。ほぼ際限なく現れる異形の群れを相手にしながら単調な景色の連続を駆け抜けた。一体どれだけの距離を進んだだろうか。思い出したくも無い距離……と言っても過言ではないだろう。彼らがホールに突入してから実にニ時間以上が経過していた。


 その甲斐あって、とうとう樹流徒たちが心待ちにしていた瞬間が訪れる。

 魔空間内部の様子に変化が現れたのだ。遠い道の果てに、謎の建造物が見える。


 その建物は円柱の形をしており、小山のように大きかった。外壁は石でできているのだろうか、一面灰色に染まっている。石の塔である。

 遠目から確認する限り、石の塔にはどこにも窓がついていなかった。また、塔の向こうに道は無く、湖が延々と広がっていた。


 きっとあの建物が終着点に違いない。そう樹流徒は確信する。確信する以上に期待した。南方に至っては祈っていた。祈る相手はやはり天使なのだろうか。


 待ち受ける悪魔の数は極端に減っている。前方に見える敵影はニつしかない。樹流徒たちにとっては好都合だが、同時にその静けさが不気味でもあった。

 樹流徒はそこはかとなく嵐の予兆を感じる。他のニ人も似たような心境なのだろうか。前進する勢いとは裏腹に、皆、口数は少なかった。


 この先どのような敵が待ち受けているのか、樹流徒には全く予測出来ない。例え相手が誰でも逃げるという選択肢はないのだから、何も考える必要は無いのかもしれない。あとは勇気と覚悟さえあれば良いのかもしれない。

 ただ、それでも敢えて不安点を挙げるとすれば、それは南方とベルの装備であった。銃弾が残っていないのだ。南方は完全に全ての弾を使い果たし、ベルの銃にも残り一発しか残されていない。

 二人に残された武器はナイフのみ。予備のナイフがニ、三本あるかも知れないが、飛び道具は無い。貧弱な装備と言わざるを得なかった。樹流徒一人だけでは(さば)き切れない数の敵を相手にした場合、苦戦は必至である。


 しかしこの先、南方やベルが必ずしも樹流徒の重荷になるとは限らない。

 先刻、樹流徒は、南方が白兵戦をやるのを初めて見た。銃弾が無くなった時点で、南方は必然的に接近戦を余儀なくされたのだ。

 銃の腕前ほどではないにせよ、南方は格闘術や、ナイフの扱いにも長けていた。

「俺、大学卒業するまでに十四種の格闘技を習ってたからさ」

 男はそのようにうそぶいていたが、どこまで本当の話かは分からない。


 無論、いくら格闘技やナイフ術の心得があったとしても、銃の装備時と比べれば戦闘力の低下は否めない。それでも、南方は悪魔を相手に最低限自分の身を守るくらいは出来ていた。

「銃が使えなくなる状況なんて幾らでもあるからね。一応、毎日格闘訓練もしてるんだよ」

 これも本人談である。「十四種の格闘技が云々(うんぬん)」の発言に比べれば信憑性があった。

 一方、ベルも南方と同じ理由で格闘訓練はしていると思われる。それは彼女の身のこなしを見ていれば何となく分かった。たとえナイフ一本しかなかったとしても並の悪魔相手ならば十分対応できるはずである。

 そう考えると、樹流徒が考える不安点というのは、それほど大した問題ではないのかもしれなかった。



 敵の奇策や罠、伏兵などが待ち受けている気配も特に無く、三人はとうとう塔の目前まで迫った。


 飾り気も無ければ窓も無い、灰色の外壁。近くで見た石の塔は、ほぼ遠目で確認したままの姿をしていた。塔の足下に出入口の扉があるが、それ無ければ石の塔というより、ただの巨大な石碑に見える。


 樹流徒は扉の取っ手に指を掛けた。扉だけは木製で、高さは三メートル以上ある。そして分厚い。鍵はかかっておらず、樹流徒が取っ手を引くと難なく開いた。

 三人は静かな足取りで扉の向こうへと進む。


 石の塔内部は、外観と違って建物らしさがあった。

 壁には無数のロウソクが並び、内壁の頂上まで続いている。ロウソクには黄緑色の不思議な炎が揺らめいていた。また、床一面には真っ赤な絨毯が敷かれ、金色の糸を使った美しい刺繍が施されている。派手なようでもあり、殺風景にも感じる光景だった。


 もっとも、内装を見回している余裕など樹流徒には無かった。この部屋に一歩踏み込んだ瞬間から、彼の瞳は奥まった場所を見つめている。


 そこには一体の悪魔が直立していた。

 豹の頭と人間の体を持つ悪魔だ。体長は二メートル以上ある。(まぶた)を閉じ、背を真っ直ぐに伸ばしていた。シミ一つ無い真っ白なローブを纏い、手には青い水晶の球が埋め込まれた杖を握っている。顔は獣だというのに全身からはどことなく気品が漂っていた。


「あの悪魔……。“オセ”じゃないか」

 と、南方。

 その声に反応して、豹の目がゆっくりと開く。瞼の奥に隠された瞳は黄金色に輝いていた。




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