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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
127/359

魔法の馬



 三人は改めて魔女の問題に挑む。信じられるのは己の想像力ないしは運のみ。可能ならば後者の力には頼りたくないところだった。


 樹流徒は思考を巡らせる。魔女のヒントにより、コインの絵柄に答えが隠されている事だけは判明した。その謎を解き明かそうと、集中力を高める。


 だが、優れた集中力が必ずしも良い洞察を生むとは限らない。逆に、強い意気込みが柔軟な発想の邪魔する場合は、ままある。

 それを証明するかのように、樹流徒は想像力を鈍らせていた。穴が開くほどコインを見つめているというのに、頭に浮かんでくるものが無い。脳に電流が走らない。答えを見付け出してみせる、という強い気持ちだけが空回りしている状態だった。


 南方が腕時計に目をやって「もう一分が経過してる」と言葉を漏らす。

 それを聞いて、樹流徒は頭だけではなく手も動かし始めた。横一列に並んでいるコインを縦にしてみたり、円を作ってみたり、コインの配置を変えてみたり……。何でもいいから発見しようと試みる。


 いつもは緊張感に欠けた表情をしている南方も、珍しく真剣な面持ちでコインと格闘していた。

 しかし、ベルだけは少し様子が違う。腕を垂れ下げたまま、樹流徒の手元辺りを静かに見つめている。熟考しているようでもあり、まるでぼうっとしているようでもあった。


 気付けば、あっという間に二分が経過。

「早く答えないと時間切れになっちまうよ」

 魔女の言葉が、三人の焦りを誘う。


「何か気付きましたか?」

 樹流徒は、他の二人に尋ねる。彼自身は未だ何も発見出来ていない証拠だった。

「いや。俺もさっぱりだ」

 南方が頭の後ろを掻く。


 秒刻みで彼らに忍び寄る絶望。それを嘲笑うように、バーバ・ヤーガの口角が大きく持ち上がった。楽しくて楽しくて仕方が無い。生き甲斐を発見したかのような顔付きになる。


 ところが、悪魔の愉悦は長く続かなかった。魔女はにわかに表情を曇らせる。

「正直自信は無いが……一つだけ見付けた」

 ベルの発言が、バーバ・ヤーガの態度を一変させたのだった。


「見付けた、って。答えを見付けたってこと? 本当に?」

 南方はテーブルに両手をついて、上体を軽く前に乗り出す。

 だが、ベルが一体何を発見したのか、彼女がその詳細を語っている時間はもう無かった。

「残り二十秒」

 魔女の、死刑宣告を言い渡すような声。


「こうなったらベルちゃんに任せてみないか? 勘で答えるよりはマシだと思うんだけど」

 と、南方。無論、樹流徒に対する言葉である。

「ええ。そうですね」

 樹流徒は同意した。自分の力では解決できないこともある。今回は、全ての命運をベルに託すしかなかった。


「分かった。だが、失敗しても恨むなよ」

 ベルは二つ返事で了承して、テーブル上のコインを並び変える。

 順番は、左から紫、青、緑、赤、黒。

 それが済むと

「おい。答えを確認してくれ」

 彼女は魔女を呼んだ。


「そうかい。そうかい。答えを出したかい。正解していると良いねえ」

 小柄な老婆は、心にも無いであろう台詞と共に、テーブルへ近付く。ベルの隣に立つと、背伸びをして一列に並んだ硬貨をジッと見下ろした。


 樹流徒は我知らず息を止めて、魔女が次に取る言動に注目する。


 バーバ・ヤーガは邪悪な笑みを浮かべた。

「本当にこれで良いのかい? 後悔しないかい? 一度だけならコインの並びを変更させてやってもいいんだよ?」

 と、最終確認をする。相手に精神的な揺さぶりをかけようとしているのだろうか。

 しかし、ベルに対しては効果が薄いようだ。

「これで良い」

 彼女は、きっぱりと言い切った。


 すると、魔女は猫背気味の後ろ姿を小刻みに揺らして、イーッヒッヒ、と薄気味の悪い大きな声で笑い出す。

 勝者の高笑い。樹流徒の目にはそう映った。最悪の結末が頭の中を駆け抜ける。答えが間違っていれば魔界行き。再び現世に戻ってこられるかどうかは分からない。命があるかどうかすらも……


 が、魔女の長い笑い声の最後を締めたのは、悔しそうな舌打ちだった。

「ふん。まったく面白くないねえ」

 バーバ・ヤーガは、言葉通り気に食わなそうな顔をする。その反応が意味するところは明らかだった。


「え。もしかして……俺たちの勝ち?」

 南方はふと気付いたように目を丸くして、しかしすぐに破顔する。 

「迂闊だったねえ。ヒントなんてやるんじゃなかったよ」

 魔女は(ほうき)の柄で床を何度も突く。忌々しげに突く、突く、突く。

 その姿を見て、樹流徒はようやく、本当に自分たちが危機を乗り越えたのだと理解した。湧き上がる安堵感。そこから徐々に高揚してゆく気分。悪魔やネビトとの血生臭い戦闘に勝利した後とは、異なる心地だった。


 反してバーバ・ヤーガは吐息交じりに「やれやれ」と言って、少し気落ちした様子だ。

 「それじゃあさっさと用事を済ませて帰るとしようかね」

 そう言葉を継いで、彼女はテーブルから離れる。左右を見回しながら素早く歩き、周囲に物が置かれていない場所を選んで立ち止まった。


 樹流徒たちが黙して見守る中、バーバ・ヤーガは呪文を唱え始める。彼女の足下に紫色の光が走り、魔法陣を描いた。

 図形が完成した頃には、呪文が唱え終わる。バーバ・ヤーガは、見た目とは裏腹に身軽な跳躍で、魔法陣の外に飛び退いた。

 仕上げに箒の先端で床を叩くと、紫色に発光した線が一層激しい輝きを放つ。


 出し抜けに、円の中から巨大な影が踊り出た。まるで床から生えてきたように姿を現したその影の正体は、一頭の馬だった。全身を白い毛に覆われ、体長は四メートル以上ありそうだ。頭頂部は恐らく天井についていた。

 樹流徒は、これほど巨大で立派な馬を今まで見た事がなかった。部屋の中が急激に狭くなり、えもいわれぬ圧迫感が生まれる。

「なんてデカい馬だ」と、ベルも驚きを隠さない。


「ほらよ。コイツが魔法の馬だ。それじゃあアタシは帰るよ」

 魔女はそれだけ言うと、テーブル上に散らばったニ、三十枚の硬貨をかき集め、皮袋の中へと流し込む。それが済むと、逃げるように壁際へ。そこには樹流徒の血痕で描かれた魔法陣がある。歪な円の内側には、未だ小さな宇宙が浮かんでいた。


 バーバ・ヤーガは片手でとんがり帽子を押さえると、頭から闇の空間に飛び込んだ。完全に姿を消す。敗北の余韻を嫌うかのような、素早い退場劇だった。

「あの婆さん、余程の負けず嫌いだな」

 ベルが半分呆れたように笑った。

「うん。多分ね」

 南方もつられるように頬を緩める。

 その間にも歪な円の中に広がっていた空間が消失し、続いて樹流徒の血で描かれた魔法陣も消えてゆく。部屋の壁は、最初から何事も無かったかのように元の状態を取り戻した。


 魔法陣から現れた白馬は微動だにしない。己の役目が言い渡される時を大人しく待っているのだろうか。


「ところでベルさん……。正解の詳細を教えて貰えませんか?」

 脈絡も無く、樹流徒が尋ねる。彼は、魔女の問題の答えが少し気になっていた。

「あ。俺もそれ聞きたいな」

 南方も興味を示す。

「別に、わざわざ説明するほど大それた答えでもない。なぞなぞみたいなモンだしな……」

 ベルはそのように前置きしてから、二人の要望に答える。

「相馬がコインを円形に並べているのを見て、ふと気付いたんだ。もしかすると、コイツは陸の食物連鎖を現してるんじゃないかって」

「食物連鎖……ですか」

 多くの人が知る通り、現世の自然界には食物連鎖と呼ばれる生命の循環が存在している。

 動物の死骸、小動物の糞、それから腐った落葉などの有機物を、菌、カビなどの微生物が分解して無機物を作る。植物は無機物を根から吸収して栄養とし、また光合成により無機物から有機物を作る。植物は昆虫や草食動物の餌となり。草食動物は肉食動物の食べものとなる。そして、肉食動物の死骸は再び微生物たちによって分解される。

 この繰り返しが、陸上の食物連鎖だが……ベルによれば、コインの並びがそれを表していたらしい。


「黒のコインに描かれていたのは髑髏(どくろ)。アレは生物の死骸を表してるんじゃないか、と私は想像した。同じように、緑のコインには植物。青のコインには草食動物。そして、紫のコインには魔界における食物連鎖の頂点に立つ存在、即ち悪魔が描かれてると考えた。赤いコインの絵は最初昆虫かと思ったが、多分、魔界の地中に棲む微生物だろうな」

「ああ。なるほどね。要するに、魔界の貨幣を高価な順に並べると生態ピラミッドもどき(・・・)が完成するってわけだ」

 南方は合点がいったように頷く。


「あの追い詰められた状況で……。よく気付きましたね」

「相馬がリスクを背負ってくれたお陰で、私や南方は多少冷静に物事を考えられる状態だったからな。だが、私の答えが真の正解とは限らない。偶然にもコインの並びが正解と一致してしまっただけかも知れないからな」

 ベルは微笑する。

 バーバ・ヤーガが魔界へ帰還してしまったので、今すぐ事実を確かめる術は無かった。


「そんな事より、早くここを出るぞ。ホールに潜入するんだろ?」

 ベルの視線が魔法の馬へと移る。

 巨大な白馬は顎を震わせてブルルと鳴いた。


「そうですね。時間に余裕が無いという状況は変わってないですから」

 樹流徒は、自分たちが急がなければいけない事を思い出した。

 彼は馬の側面に回りこむ。真横から見るとその体は益々大きく感じられた。この体格ならば三人が同時に騎乗しても余裕だろう。


「そうだ、樹流徒君。折角だから一番前に乗りなよ。さっきリスクを背負ってくれた君の特権だ」

 南方が名案を思い付いたように言う。

「いえ。僕は乗馬の経験が無いですから」

「そんなの大丈夫だよ。この馬は手綱を持った人間が行きたいと願った場所へ勝手に運んでくれるから」

「しかし……ベルさんはどうします?」

「私は最後尾に乗るからいい」

「そうですか」

「さ。樹流徒君。乗って、乗って」

 南方が二度目の催促。

「分かりました」

 樹流徒は頷く。肩高三メートルはありそうな馬の背に飛び乗った。その後ろに南方、ベルと続く。天井があるので、全員頭を下げなければ乗れなかった。


「お前が頼りだ。僕たちを敵陣の中心に連れて行ってくれ」

 樹流徒は馬に声を掛けながら、白い(たてがみ)を撫でる。それから手綱を強く握り締めた。


 途端、魔法の馬が荒い息を放つ。巨躯が動き出した。床に(ひづめ)を叩き付け、窓に向かって突進する。

 南方が驚きの声を上げた時には、白馬の頭部がガラスと壁を一緒に突き破って外へ飛び出していた。




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