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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
125/359

魔女



 市民ホールから少し離れた住宅団地に、一軒の分譲マンションが建っていた。窓ガラスは半分以上が割られ、ベランダの柵を壊されたところも幾つかある。外壁の一箇所には大きな焼け跡が残されており、黒い模様がまるで孤島の地図を描いたように広がっていた。


 そのマンションの二階。当然の如く荒らされたリビングの中に、樹流徒たちの姿があった。彼らは悪魔の目から身を隠している。先程の戦闘によって自分たちの存在がベルゼブブの一味に察知されたかも知れない。それを確認するため、一旦どこかに退避して悪魔たちの動向を窺おうという話になったのである。適当に逃れた先が、この建物だった。


 薄く白いカーテンの隙間から樹流徒は外の様子を覗く。空を飛ぶ異形の小さな影が十体以上は視認出来た。霧さえなければもっと多くの影が見えた筈である。

「悪魔の数が多い。やはり、さっきの戦闘で僕たちの存在がバレている」

 彼は確信して呟くと、すぐに窓から離れた。


「奴らは十中八九ベルゼブブの仲間だな。ホールに悪魔が集結してるという話は本当だったわけだ」

 ベルはソファの上で寝そべっている。カーテンを通過した外明かりが彼女の足元を微かに照らしていた。

「きっと、敵は俺たちを捜し回ってるんだろうね。この場所を嗅ぎ付けられるも時間の問題かな」

 南方はソファを背もたれにして床に座っている。外の光はそこまで届かず、男の全身は上手い具合に闇の中に溶け込んでいた。


 尚、残りニ人の姿はない。仁万は戦闘不可能と判断されアジトに引き返していった。しかし一人で帰還するのは危ない。今の彼が悪魔に襲われたらひとたまりもないだろう。そこで、令司が護衛として一緒についていったのである。全ては、現場指揮権を持つ南方が下した決定だった。


 結果として樹流徒たちの戦力は五人から三人に減り、スタジアム潜入作戦の時よりも少ない人数で市民ホールを攻略しなければいけなくなった。仁万に責任は無いが、幸先が悪い。


「今回忍び込む建物は、スタジアムみたく沢山の出入口があるわけじゃない。加えて、敵の数は前回と同等かそれ以上と考えた方が良いだろう。それに引き換え、こっちはたったの三人。厳しいと言わざるを得ないね」

 南方が座ったまま万歳をする。お手上げといったところだろうか。


「こうなったら一か八か、強引にホールへ突入しませんか?」

 樹流徒が強行突破を提案する。

「冗談はよせ。無謀にも程がある。無駄死にするのは御免だ」

「俺も無駄死には嫌だなあ」

 ベルと南方が続けざまに却下した。


 かといって、彼らの口から代案が出る気配はない。悪魔たちに護られた建物の中では、例の儀式が進行しているかも知れないのに、それを阻止するための貴重な残り時間が刻々と削られてゆく。樹流徒がこうしたもどかしい時間を経験するのは今回が初めてではないが、何度味わっても慣れるものではなかった。


 樹流徒は壁の一点を見つめる。どうにかしてこの状況を打ち破る良い方法がないものか。頭を捻った。しかし、名案どころか僅かな望みすら見付からない。

 こうなると、もういっそのこと思考は捨て去り、代わりに覚悟を固めるしかなかった。いざとなれば自分一人だけで強行突破するしかない、という覚悟である。南方とベルはいざ知らず、樹流徒の心に断念のニ文字は無かった。


 その後も沈黙は続き、三人が全く言葉を交わさぬまま数分が経過した頃……。

「さっき南方も言ってたが、いつ敵がこの部屋に踏み込んできてもおかしくない。アジトに戻るなら早いに越した事はないぞ」

 ベルが重い静寂を破った。

「確かに。今回は俺たちの力だけじゃどうしよもないね。残念だけど、一旦帰還して出直すって方法が最も現実的だろう」

 南方が同調する。

 場の雰囲気は、即時撤退の方向へ傾く。いや。令司と仁万が別行動を開始した時点で、既にそういう空気はあった。

 ホール周辺に悪魔が集結していたのは事実。渚の情報に偽りは無かった。今はそれを確認出来ただけで良しとしよう。そんな、暗黙の了解にも似た共通の意識が、確実に漂っていた。


 ところがこの時、樹流徒だけは別の空気の中にいた。彼はふと閃いたのだ。ホールに潜入出来る方法があるかも知れない。直前に南方が放った台詞が、思いも寄らないヒントとなった。

「僕たちの力だけではどうしようもない……。なら、別の力を借りれば何とかなるかも知れませんね」

 彼は即座に思い付いた事を口にする。


「何? 別の力?」

 ベルが反応した。不可解さを滲ませた声で問う。

「まさかとは思うけど、夜子の力でも借りる気かい?」

 続いて南方。

「違います。借りるのは悪魔の力です」

「悪魔って。お前……」

 ソファで仰向けになっていたベルは勢い良く上体を起した。呆気に取られたような顔をしている。

 彼女も南方も、今、気付いたに違いない。樹流徒が思い付いた策とは、悪魔召喚だった。


 樹流徒が初めて悪魔召喚の儀式を行ったのは、レビヤタンという強大な悪魔が現世に襲来した時だった。馬頭悪魔オロバスや南方らの協力を得て、ベヒモスという同じく強大な悪魔を魔界から呼び出し、レビヤタンに対抗したのである。

 状況こそ違うが、今回もあの時と同じように、悪魔の力を借りて不可能を可能にできないだろうか。樹流徒はそう考えたのだ。


 ベルは眉を吊り上げる。

「馬鹿言うな。ベヒモスの時は特例だ。二度も三度もあんな真似を許してたまるか」

 彼女は樹流徒の案に反対した。組織の者としては当然の判断なのだろう。イブ・ジェセルは悪魔召喚を禁じられている。


「ですが、他にホールへ侵入する方法がありません」

 樹流徒は粘る。

 同時、女の表情が静けさを取り戻した。

「まあ聞け。仮に悪魔召喚をするにしても生贄はどうやって調達する? 呪文と魔法陣は? 今から調べに行くのか?」

「……」

 それは樹流徒の、余りにも単純な見落としだった。悪魔召喚を行うためには生贄・魔法陣・呪文という三つの要素が必要になる事を、彼はすっかり失念していたのである。


 所詮は瞬発的な閃きがもたらした浅知恵。無駄な思い付きに過ぎなかったのだろうか。

 樹流徒はわずかに視線を落とす。折角、一筋の光明が見えたと思ったのに、それはあっという間に闇の中へ吸い込まれていった。


 が、闇の中から光を拾い上げようとする者が、ここに一人。

「悪魔召喚か。良いじゃない。それでいこうよ」

 南方が元気良く立ち上がる。


「おい。私と相馬の会話をちゃんと聞いてたのか?」

「もちろん聞いてたよ。確かにベヒモスのような強い悪魔を呼び出すのは二度と無理だ。()()って生贄の予備がないからね」

「だったら……」

「でも、比較的低級な悪魔だったら、今、この場でも呼び出せるよ」

「アンタそれでも本当に組織の人間か? 私らは悪魔召喚を禁じられてるんだぞ」

「俺、組織の人間である以前にベストを尽くす男だからね」

 南方は闇の中で白い歯を覗かせた。


「しかし……。提案者の僕が言うのもなんですが、弱い悪魔を召喚したところで状況は変わらないのでは?」

 樹流徒が異を唱える。

 例えば、チョルトやデウムスのような悪魔を呼び出しても、敵の大軍を相手に一体何が出来るだろうか。せいぜい樹流徒たちの盾代わりになるくらいではないだろうか。それでは意味が無かった。

「大丈夫。力押しだけが戦い方じゃないからね。悪魔の特殊な能力や道具を借りれば、色々なことが出来るのさ」

 南方は即答する。彼には何か具体的な策があるのかも知れなかった。


「何にせよ私は認めないからな。今回、再び悪魔召喚を許せば、きっと()もやろうとするだろう。最初は躊躇していた事も回数を重ねるごとに抵抗がなくなっていくものだ。私だって例外じゃない」

「じゃあ、悪魔召喚は今回限りって約束すれば、ベルちゃんも許してくれるのかい?」

「ん? そうだな……」

 南方の言葉にベルは考える仕草を見せる。

「ベルさん。もしかすると悪魔たちは今、最後の儀式を行っているかも知れません。取り返しのつかない事態が起こる前に何とかしなければいけない」

 樹流徒は強い眼光で相手を説得する。


 すると、それが功を奏したのだろうか。ベルは一つ頷いた。

「仕方ないな。南方の言った条件を守るなら、見逃しても良い。但し、約束は絶対だぞ」

「分かりました。悪魔召喚は今回で最後にします」

 樹流徒は間髪入れずに条件を飲んだ。



 やる事が決まれば、実行に移すのは早いほど良い。樹流徒は早速、南方の指示に従いながら儀式の準備を始める。


 まず、部屋の壁に魔法陣を描いてゆく。樹流徒は爪を使って自分の人差し指に傷をつけた。深く開いた傷口から派手に血が溢れ出す。この血液が、今回呼び出す悪魔に捧げる生贄になるのだという。

 赤く染まった指先を使って、樹流徒は白壁に線を描き始めた。


 間もなく、南方が口を開く。

「こんな言い方をするのはアレだけど……この場に八坂君と仁万君がいなくて良かったよ」

「何故です?」

 樹流徒は指を動かし続けながら尋ねる。


「だって、あの二人がいたら悪魔召喚なんて許してくれないからね」

「確かに、八坂は反対するでしょうね」

「仁万君だって反対するさ。彼は、誰よりも組織の規律を重んじているんだ」

「真面目そうな人ですからね……仁万さん」

「真面目なのもそうだけど、彼は組織への忠誠心や天使への信仰心が非常に厚いんだ」

「そうなんですか?」

 樹流徒は人差し指を圧迫する。傷口から血を絞り出した。そして再び壁に線を引いてゆく。


 その内、壁に直径五十センチくらいの赤い円が完成した。やや(いびつ)な円になってしまったが、南方は「上出来だよ」と笑う。

 続いて、円の中心を通る直線が一本加えられる。最後に謎の文字が幾つか配置され、魔法陣が完成した。ベヒモスの魔法陣に比べればずっと単純な図形だった。


「これで準備は完了だ。早速儀式を始めるかい?」

「はい。ところで、どんな悪魔を呼び出すんです?」

「それは内緒。魔法陣の中心を掌で押さえて貰えるかな」

「こうですか?」

 樹流徒は、南方から言われた通りにする。

「そうそう。それで良い。あとは呪文を唱えるだけだ。今から俺が唱えてくから、君は復唱してくれ」

「分かりました」

 樹流徒は首肯する。

「じゃあ始めよう」

 南方は軽く息を吸うと、呪文を五文字くらい詠唱する。一文字ずつ力強くはっきりと口にした。続いて樹流徒がそれを復唱する。

 復唱が終わると、南方は呪文の続きを唱える。また五文字くらい口にした。すぐに樹流徒が真似る。同様の光景が何度か繰り返された。


 やがて南方の口が閉じたまま微動だにしなくなった、その時である。

 魔法陣に異変が起こり始めた。樹流徒の血痕で描かれた線が紫色に光り輝く。歪な円の内側に小さな宇宙が生まれ、中から青っぽい色の煙を大量に噴出した。


 樹流徒は反射的に数歩後退する。悪魔召喚は成功したのだろうか。彼は、南方の表情を確認した。

 南方も樹流徒のほうを見ていた。満面の笑みを浮かべて親指を立てている。どうやら儀式は成功したらしい。


 魔法陣から飛び出した毒々しい煙は、行き場を失って室内に充満するほどに大量だったが、まるで床や天井に染み込むように、徐々に消えていった。

 そして、樹流徒たちが儀式の準備を始めてから今までの間ずっとソファに座っていたベルが、静かに腰を持ち上げた時……。大分薄くなった煙の中に一つの影が浮かび上がる。それを樹流徒は注視した。


 現れた影の正体は、小柄な老婆だった。黒いとんがり帽子とローブを身に付け、片手には(ほうき)を持っている。一見して“魔女”という単語が頭に浮かんできそうな風貌をしていた。


「なんだい。随分殺風景な場所に呼び出してくれたモンだねえ。魔法陣が小さいもんだから(かが)まなけりゃ通れないし……。まったく不愉快ったらないよ」

 魔女は現れるなり室内を見回し、愚痴をこぼし始める。


「この悪魔は?」

「“バーバ・ヤーガ”。スラヴ民話に登場する魔女だ」

 樹流徒の問いに、南方が答える。


「いかにも、アタシゃバーバ・ヤーガさ。さあ、折角召喚に応じてやったんだ。さっさと用件をお言い」

 悪魔は逆さに持った箒の柄で、床を突付く。

「実は、アナタが持っている馬を貸して欲しいんだけどねえ」

 南方が言う。

「ほう。あの馬を……。良く知ってるじゃないか」

 バーバ・ヤーガには心当たりがあるらしく、少し感心した風に言う。


「南方さん。馬というのは?」

「バーバ・ヤーガは魔法の馬を所持しているんだ。その馬があれば、多分敵に見付からずホールに潜入できるよ」

「それが本当なら助かりますね」

 戦闘無しで敵陣中央へ切り込めるのならば、樹流徒にとっては理想的な展開だった。ベルや南方にとってもそうだろう。


 ところが、事はすんなりと進まなかった。悪魔召喚が成功したまでは良かったが、全てが都合良くはいかない。

「ちょっと待ちな。確かにアタシは魔法の馬を持ってるし、それを貸してやっても良い。だけど、タダってわけにはいかないね」

 魔女が突然そのような事を言い出した。


「何だと?」

 ベルがバーバ・ヤーガに詰め寄る。

 しかし魔女は動じない。骨に薄皮が張り付いただけのような細長い人差し指を、樹流徒の顔に突きつけた。

「いいかい。馬を貸して欲しけりゃ、これからアタシの出す問題に見事正解してみな」

「問題?」

「そうさ。といっても頭を使う問題じゃない。アンタらの純粋な運を試させて貰うんだよ」

 魔女はローブに手を忍ばせる。中から小さな皮袋を取り出した。袋の中からはジャラジャラと硬い音が聞こえる。


 さらにバーバ・ヤーガは袋の口を結ぶ紐を解き、ひっくり返した。袋の中身がこぼれ、床に散らばる。

 それはコインだった。赤、青、緑、紫、そして黒。五色のコインが、合わせて二十枚から三十枚くらいある。


「これはもしかして……カネか?」

 ベルの視線が床を往復する。

「そうさ。魔界で使われている通貨だよ。アンタたちにはこの五種類の通貨を価値の高い順に並べて貰う。それが、アタシからの問題だよ」

「正解すれば、魔法の馬を貸してもらえるんだな?」

「ああ、ああ。約束するよ。でも、外れた場合はお前たちの内一人をアタシの家に連れ帰るからね」

「え。バーバ・ヤーガの家……。つまり魔界に連れてかれるってコト?」

「察しが良いじゃないか」

「僕たちを魔界に連れ帰ってどうする?」

「さあ? (かまど)で茹でて食うか、死ぬまで働いてもらうか、それとも新薬開発の素材にでもなって貰おうか。アタシの気分次第さね」

 魔女はヒ、ヒ、ヒと不気味な声で笑う。

「多分、脅しじゃないよねコレ」

 南方はコインの一枚を拾い上げる。その黒い硬貨には、不吉そうな髑髏(どくろ)の図柄が彫り込まれていた。




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