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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
124/359

トラウマ


 片側ニ車線の道路が真っ直ぐに走っている。辺りは建物が少なく、見晴らしが良い。散乱している乗り物の数もそれほど多くないせいだろうか。道路脇で直立している案内標識が、妙に目立っていた。


 歩道橋の下では一つの戦いに決着がつこうとしている。ガーゴイルの頭部がアスファルトの上を転がった。青みがかった血を流し、大きく開いた口の奥から、いかにもこの世のものではない叫びを轟かせる。


 樹流徒の一撃により首から上を失った悪魔は、しかし倒れない。最後の意地を見せるかのように、地に両足を着いて立ち続けた。

 だが、意志の力だけでは命を繋ぎ止められない。ガーゴイルは赤黒い光の粒を放ちながら、跡形もなく消滅した。


 樹流徒は魔魂と呼ばれる光の粒を全身で吸収する。彼は、ガーゴイルとの戦闘中にサーベルの切っ先を受けて指に軽傷を負っていた。その傷が(たちま)ち塞がる。

 改めて見ても気味の悪い現象。そう感じながら、樹流徒は傷口があった場所を注視した。


 彼の背後では、縦に連なった三台のバイクがアイドリング音の合唱を響かせている。

 先頭の一台には南方が乗っていた。水色のフルフェイスヘルメットに隠れた顔は、いつものように笑っているのだろうか。手にはリボルバー式の拳銃が握られているが、樹流徒の活躍により今回は出番が無かった。


 南方は腰のホルスターに銃を収める。反対の手でヘルメットのシールドを持ち上げた。

「いやあ。樹流徒君が先行してくれると楽で良いね」

 そう語る彼の目は、やはり笑っていた。



 戦闘組がアジトを発ったのは、今から三十分くらい前になる。目的地の市民ホールまでにはそれなりの距離があるため、バイクで移動する事になった。

 樹流徒と令司は運転免許を持っていない。当然、他の誰かが運転するバイクの後部座席に乗せて貰うはずだった。


 しかし、樹流徒はそれを断った。「僕は羽を使って空を飛んで行きたいです」と申し出たのである。ただの思い付きではない。明確な意図があっての発言だった。


 以前、樹流徒は、渡会が操るバイクに同乗した経験がある。その最中、空からマルコシアスの襲撃を受けたのだ。炎の玉を連射され、乗り物を破壊された。樹流徒や渡会自身は事なきを得たものの、一歩間違えれば取り返しのつかない事態になっていただろう。


 あの時の経験を教訓に、今回はバイクではなく空を飛んで移動しよう、と樹流徒は決めた。そうすれば上空からの敵襲に素早く対応出来る。あとは離れた敵の視界に自分の姿を晒さないよう、霧の濃さや高度に注意すれば良い。

 この提案は組織の者たちに受諾された。


 移動を開始するとすぐ、樹流徒は自らの意思で先陣を切った。敵と遭遇すれば積極的に戦闘を引き受けた。別に、戦いを好むようになったわけではない。組織の人たちには体力と武器弾薬を少しでも温存して貰おう、という配慮から生まれた行動に過ぎなかった。これは、無尽蔵のスタミナを持つ樹流徒ならではの役割である。


 彼は、既に上空と地上の敵を合わせて九体撃破している。

 そして……たった今倒したガーゴイルで、二桁目に突入した。


「隊長は、夜子を敵に回したくない……って言ってたけど、俺は、樹流徒君を敵に回すのも怖いなあ」

 南方が冗談っぽく言う。

「市民ホールまではもうそんなに遠くありません。行きましょう」

 気の利いた答えが見付からなかった樹流徒は、会話をはぐらかして悪魔の羽を広げた。


 同時、バイクのハンドルを握る仁万の指先が小さく跳ね、震える。その回数も密かに二桁を超えていた。しかし、最後尾のバイクに乗る彼の小さな異変に気付く者はいない。後部座席に令司が乗っていれば話は別だったかも知れないが、彼は南方のバイクに同乗していた。


 仁万はアクセルを捻る。バイク用のグローブがギュウと鳴いた。その時にはもう、手の震えが止っていた。


 彼の変調が露呈したのは、それからわずか数分後。いよいよ目的地に近付いた樹流徒たちが、移動手段を徒歩に切り替えた、その直後だった。


 周囲の光景はいつの間にか変化して、高低・広狭様々な建物や施設が節操なく軒を連ねていた。結界に近付いたため、霧も濃くなっている。樹流徒たちとしては、悪魔から身を隠せるので都合が良かった。


 しかし、地の利を活かすのは彼らだけの特権ではない。戦闘組の移動中、ビルの中に潜んで悪魔たちが、いきなり窓を突き破って飛び出してきたのである。樹流徒たちはほぼ真上から急襲を受ける格好となった。


 建物の五階辺りから飛び出した悪魔たちは、ざっと見ても十体以上いた。半人半蛇の悪魔ラミアや、狐の毛皮を被った老人の悪魔エウリノームがいる。

 他にも、樹流徒にとっては初見の悪魔も一種含まれていた。姿形はチョルトと似ているが、同悪魔よりも体が一回り大きく、角が無い。また、耳が異様に長細く尖っており、全身の肌が白い点も、チョルトとは異なる。


 異形の生物たちは窓ガラスの破片と共に次々と着地する。その度にもの凄い衝撃音が発生した。

 樹流徒たちは散開するように各自後退する。悪魔から距離を取った。


「ニンゲン。こんなところにニンゲンがいる」

「生きてるニンゲンだ」

「となればニンゲン狩りだ」

 チョルトと似て非なる悪魔が、口々に嬉しそうな声を上げる。


 すると仁万がああっと悲鳴を上げた。彼はおぼつかない足取りで後ずさる。まるで初めて悪魔と遭遇した者の如き狼狽ぶりだった。

 この時、樹流徒は、ようやく仁万の身に異変が起きている事に気付く。他の者たちもそうだろう。


 しかし、戦闘は待った無し。樹流徒たちが仁万に声を掛ける暇など、与えて貰える筈が無なかった。加えて、仁万の悲鳴が悪魔の邪心を刺激したのかも知れない。異形の生物たちは勢い良く、戦闘組の面々に襲い掛かった。


 とはいえ、樹流徒たちが敵の急襲に対してまるで無警戒だったわけではない。例えば令司はバイクを降りた時から既に刀を抜いている。いつ、どこから敵に襲われても良いように、最低限の準備はしていた。

 令司は鋭い瞳で上空を睨む。宙に舞ったエウリノームめがけて刀を突いた。胸の辺りを貫く。


 同時、樹流徒はニ体のラミアに襲われていた。斜め前方から挟まれるような格好で連携攻撃を受ける。

 樹流徒は魔法壁を展開して敵の体を弾き返した。すぐさま石化の息で反撃する。一体のラミアはこれを回避したが、もう一体に直撃した。白い煙が晴れると、異形の石像が完成していた。


 更に同時刻、数メートル離れた場所では、チョルトと似て非なる悪魔が、ベルに向かって謎の気体を吐き出していた。黒い煙である。霧のようにも見えた。

 ベルはこの攻撃に素早く反応し、後方上空に跳躍する。黒い煙を回避しつつ、背後で停車している大型トラックの荷台に飛び移った。組織の者たちは皆、天使の洗礼を受ける事で常人を超えた身体能力を発揮出来る。


 トラックの荷台に退避したベルは、予め手に持っていた拳銃を使用する。銃には消音器が装着されていたが、それでも結構な音が出る。遠くの敵に感付かれないようにするためにも発砲は避けたいところだろう。が、そうも言っていられない状況である。

 ベルが放った銃弾は、標的の尖った耳を貫いた。致命傷には至らない。


「“インキュバス”が吐き出す黒い煙を浴びると、激しい睡魔に襲われる。気をつけるんだ」

 南方が樹流徒に助言を送る。どうやら、チョルトと似て非なる悪魔は、インキュバスという名前らしい。


 南方は、助言を送りながらラミアに向かって銃弾を放つ。続いて素早く身を翻し、車の陰に隠れた。とても慣れた動きだった。

 彼だけではない。樹流徒も含め、皆、悪魔と戦い慣れている。


 しかし、やはり一名だけ、明らかに様子のおかしい者がいた。

 仁万は息を荒くしながら、銃のグリップを握り締めている。腕は激しく震え、照準が全く定まっていない。

「来るな。来るな。来るな……」

 彼は悪魔に向かって同じ言葉を唱える。呪文のように繰り返す。最後に短く絶叫して、銃を発射した。一発だけではない。三、四発と、狂ったように撃ち込む。


 しかし、やはりというべきか、激しく揺れる銃身から乱射された弾丸は命中しない。銃から標的までの距離が近いため大外れするような事はなかったが、それでも弾は悪魔の肩や頭上をかすめ、いずれも建物の壁に跳ね返った。


「仁万の奴、まさか……」

 ベルは何かを察したような表情をすると、即座に仲間の援護に回る。今、まさに仁万めがけて飛び掛ろうとしていたエウリノームの側頭部を狙い済まし、綺麗に撃ち抜く。


 その頃、令司は早くも二体目の敵を始末し、前進に転じる動きを見せていた。だが……

「八坂。仁万の援護に回ってくれ」

 という、ベルの急な要請を受け、行動の変更を余儀なくされる。令司は、正面に迫ったラミアが吐き出す毒液を避けながら、仁万の傍に駆け寄った。


 直後、毒液を吐いた半人半蛇の悪魔は、樹流徒の攻撃によって爆散した。ラミアは炎に強い悪魔だが、マルコシアスの炎を三発全弾浴びれば、その衝撃力には耐えられなかったようである。


 戦闘組の反撃により悪魔の数は一気に減った。この時点で、両勢力の兵数は同じ。しかし、戦力には圧倒的な差があった。


「ニンゲンのくせに」

 インキュバスの一体が悔しそうな声を上げて、戦場に背を向ける。チョルトよりも少し大きい羽を広げた。旗色が悪いと踏んで逃げ出すつもりだろう。


 しかし、逃走を図る悪魔の後頭部を、南方の銃弾が正確に捉えた。敵を逃がせばホール周辺の悪魔に情報が漏れる場合もある。男の判断は間違いでは無かった。

「だけど、これだけ派手に戦闘したら、俺たちの存在はもうバレちゃったかもね」

 南方は再び車の陰に隠れながら、頭上を仰ぐ。

 その遥か視線の先、霧に覆われた空に異形の影が浮かび、目にも留まらぬ速さで横切った。市民ホールが建つ方角に向かって真っ直ぐ飛んで行く。


 程なくして、樹流徒たちは残る敵も逃さず倒し、戦闘は終了した。

 但し、無事に終了したとは言い難い。

「仁万、一体どうした?」

 令司が尋ねる。相手を責めるというよりは、気遣っている口調だった。恐らく彼も、仲間の身に何が起きているのか、大方の予想はついているのだろう。


 眼鏡の男は何も答えない。その場に立ち尽くし、肘の角度を九十度に保ったまま固まっている。銃を握り締める手の震えは何とか止まったようだ。

「心の傷は深刻だった、というわけだな」

 ベルが断言する。

 その声に反応して、仁万は静かに腕を下げた。

「結果論だが、今回は隊長の判断ミスだな。仁万は待機組に入れておいた方が良かった」

 と、令司。

「多分、あの人は、敢えて僕を戦闘組に入れたんだ。僕と悪魔を戦わせて、荒療治を受けさせようと考えたんだろう」

 仁万は重い唇を開いた。声は酷く沈んでいる。


「でも君の様子を見る限り、隊長の賭けは失敗かな?」

 南方の態度は普段通りだ。

「ま、余り気にしないようにね」

 彼はそう言って、仁万の肩を軽く叩いた。


 仁万は「はい」と答えて頭を垂れる。俯く額は少しの間、アスファルトに(したた)る青い雫を見つめていた。




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