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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
123/359

緊急招集



 龍城寺市の某所に、廃墟同然と化した小さな町があった。荒廃の原因は論じるまでもなく、悪魔たちが暴れ回ったせいである。

 その町は、言わば掘り尽くされた鉱山のようなもので、既に悪魔たちにとっては大した魅力も無い場所だった。これ以上破壊する価値も、観光する価値も、残されていない。


 多くの悪魔たちは、その寂れた退屈な地を素通りする。彼らが求めているのは、もっと華やかな場所や、珍しい景色を拝めるスポット、或いは壊し甲斐(・・・・)のある土地などに違いない。故に、例え素通りする町の中に一軒の古びた旅館が佇んでいようと、そのようなものには目もくれない。よもや、その旅館が天使の犬のアジトとして利用されているなどとは、想像すらしていないはずである。


 狐湯の里は、廃墟同然と化した小さな町の中に佇む一軒の古びた旅館だった。


 今、その建物の座敷には人が集まっていた。数は十人弱。渡会を除く組織のメンバーが勢揃いしている。詩織の姿もあった。そして樹流徒の姿も。

 彼らは現在一時解散中である。集合予定時刻までには、まだ数時間の余裕を残していた。

 ところが、樹流徒が急遽(きゅうきょ)全員を呼び集めたのである。彼がアジトに帰還してすぐだった。


「一体何事だ? まだ、集合時間じゃないぞ」

 令司が誰にともなく尋ねる。たった今、一番遅れて座敷に姿を現した彼は、状況を良く飲み込めていないようだ。

「相馬さんからお話があるみたいだよ」

 早雪が答えた。令司を自室から引っ張り出してきたのは彼女だった。


「わざわざ俺たち全員を集めるくらいだ。余程重要な話なのだろう」

 隊長の砂原が、確信したように言う。

「勿論それもありますが……。突然皆さんを呼んだのは、単に時間が惜しかったからです」

 と、樹流徒。

 渚によれば、数時間前から龍城寺市民ホールに悪魔が集結し始めている。もしベルゼブブの一味だとすれば、例の儀式を行おうとしているのかも知れない。それを阻止するため、樹流徒たちは急ぐ必要があった。


「それじゃ、早速話を聞かせて貰っていいかな?」

 南方が背筋をいっぱいに伸ばしながら催促する。

「はい」

 樹流徒は男の要求に応え、語り始めた。

 魔都生誕の犯人は、ベルゼブブ率いる悪魔の集団であると判明したこと。仙道渚との再会。夜子(黄泉津大神(ヨモツオオカミ))について。根の国や、ネビトのこと。そして、市民ホールに悪魔が集結しているという話……。それらの情報を、可能な限り手短に伝えた。


 彼が真剣に口を動かしている最中、組織の者たちからは何度も驚きの声が漏れた。しかしそれ以上に戸惑いにも似た声が飛び交った。樹流徒が(もたら)した情報がいかに突飛であったか。その証拠と言えるだろう。


 樹流徒の話が終わると、砂原が真っ先に動いた。「落ち着け。一つ一つ情報を整理する」と、全員に向かって大きな声を浴びせたのである。それは間違いなく妥当な指示だった。


 隊長は、丸太のような腕を組む。そして人差し指で二の腕をトントンと叩き、リズムを刻み始めた。

「先ず、魔都生誕の首謀者だが……。ベルゼブブだったとはな。事件の背後に強力な悪魔がいるのは覚悟していたが、予想以上の大物が出てきてしまったものだ」

 言い終えると同時に、指の動きを止める。


「ベルゼブブというのは、一体どういう悪魔なんですか?」

 樹流徒は自然と南方の顔を見る。男が悪魔について詳しい事は良く知っていた。

「巨大な蝿の姿をした悪魔だよ。“悪魔の皇帝”なんて風に呼ばれててね。人の欲望を刺激し、罪に走らせ、悪魔信仰に誘うんだ。地中海とヨルダン川に挟まれた古代の地・カナンでは神として信仰されていたんだよ」

「悪魔の皇帝ですか。いかにも大物らしいですね」

「事実、大物だ。果たして我々が太刀打ち出来る相手かどうか分からない。それくらい強力な力を持った敵と言えるだろう」

 砂原は武張った感じの顔を更に引き締める。

「しかし、今は元凶の正体が掴めただけでも良しとするか」

 そう付け加えた。


「ベルゼブブの事も驚いたが……。それより、個人的には夜子の方が気になるな」

 ここで、ベルが話題を変える。

「正直、黄泉津大神(ヨモツオオカミ)なんて奴が実在するとは信じ難い。悪魔の存在を初めて知った時のような気分だ」

 彼女は微苦笑した。

「僕も同じ心境だよ。でも、悪魔以外の化物が市内をうろついているのは、少し前から分かっている事実だからね」

 仁万が、中指で眼鏡のブリッジを持ち上げる。


「あの。南方さん。ヨモツオオカミって何ですか?」

 早雪が尋ねる。

 樹流徒も似たような質問をしようとしていたところだった。

「黄泉津大神は日本神話に出てくる神だよ。伊邪那美(イザナミ)っていう別名があるんだけど、ソッチの名前の方が有名だから、早雪ちゃんもどこかで聞いたことあるんじゃないかな?」

「確かに、名前だけは聞いた事があるような気がします」

「伊邪那美は、夫の伊邪那岐(イザナキ)と共に国産みをした神なんだよ」

「国を産んだ神……ですか?」

 樹流徒が口を挟む。


「そう。国産みを終えた後は、神を産む仕事もした。だけど、伊邪那美は火の神を産んだ時に重傷を負い、それが原因で死んでしまった。彼女は死者の世界へ旅立ち、黄泉津大神となったのさ」

「じゃあ、イザナミというのは、ヨモツオオカミの生前の名前なんですね?」

「そういうコトだね」

「ところで、ヨモツオオカミは善い神なんですか?」

 樹流徒が新たに問う。

「うーん。難しい質問だね。突き詰めれば、善悪や正義とかいった類のものは、個人や集団の都合に過ぎないからねえ」

「それは分かりますけど……。僕が知りたいのは、夜子が人間に敵対する存在なのかどうか、ということです」

「それは分からないよ。ただ、俺たちのアジトは一度ネビトに壊されちゃったよね。味方と考えるのは少し難しいんじゃないかな?」

「……」

「いずれにせよ敵に回したくない存在だ。行動目的がはっきりせず、戦力も未知数という点では、悪魔より厄介かも知れん」

 砂原が言うと、周りの何人かが無言で頷いた。


「おい。時間が惜しいんだろう? そろそろ一番大事な話をした方が良くないか?」

 令司が痺れを切らしたように横槍を入れる。

「そうだったな。目下優先して語るべきは、集結している悪魔についてだ」

 砂原は腕組みを解いた。


「だが、その情報は本当に信用して良いのか? 相馬を疑うつもりはないが、夜子や仙道って奴が嘘をついてるかも知れないだろう」

 ベルが疑問を呈する。

「一語一句違わず同意する。罠かも知れない」

 令司も警戒している様子だった。


 すると、部屋の隅に佇む少女が異論を唱える。

「私は、仙道さんの言葉を信じても良いと思います」

「君は……確か、イサキさんだったよね?」

 仁万が彼女に対応した。

「はい」

「こういう言い方をするのは申し訳ないけれど、君は部外者だ。僕たちの話し合いに口を挟まないで欲しいな」

 眼鏡の男は、落ち着いた柔らかな語調だったが、その言葉には確実に棘が含まれていた。


「構わない。イサキ君の意見も聞こう」

 しかし砂原が詩織に発言権を与える。

 仁万は寸秒驚いたような顔をして、それから微妙に眉根を寄せた。


「特に大した話ではないのですが……。夜子は悪魔と対立しています。でしたら、私たちに悪魔の居場所を教えて互いに潰し合わせようと考えるのは自然ではないでしょうか?」

 詩織は改めて私意を述べた。

「それも一理ある」

 令司が賛同する。

「私もそう思います」

 早雪が続いた。

「なんだ八坂兄妹? やけにイサキの肩を持つじゃないか」

 ベルがからかうように言うと

「俺は思ったことを言ったまでだ」

 令司はそっけなく返した。


「この際、情報の真偽は問題じゃないかもね。だって、俺たちの状況を考えると、例え敵の罠だったとしても飛び込まざるを得ないでしょ? 他に有益な情報も無いんだし」

 南方が発言する。

 この意見はもっともで、全ての者を納得させたようだった。

 すかさず砂原が全員の顔を見回す。

「では、我々は市民ホールへ向かう事にしよう。これから編成に移る」

 有無を言わさず話を先へ進めた。


 編成とは、組織のメンバー全員を戦闘組と待機組のニつに分ける行為である。スタジアム潜入作戦の時は、令司・渡会・仁万の三人が戦闘組として(樹流徒と共に)現場へ向かい、残りのメンバーは待機組としてアジトに残った。

 今回もその組み分けを行うようだ。


「そういえば仁万。お前はもう戦えるのか?」

 砂原がふと思い出したように問う。

 仁万は、メイジとの戦闘により心の傷を負った。果たしてその傷は多少なりとも癒えているのだろうか。男は今、精神的に戦える状態にあるのだろうか。


「ええ。多分……大丈夫だと思います」

 仁万の返事は明らかに自信なさ気だった。とはいえ、大丈夫と言ってしまった以上、砂原の問いに肯定する言葉には違いなかった。

「良し。では、お前は戦闘組に入って貰う」

 砂原は躊躇いなく決定を下す。

 直後、仁万は己の言葉を悔いるかのように、渋い表情をした。

 構わず砂原は話を続ける。

「仁万だけではない。今回は俺以外の全員、戦闘に参加して貰う」

「はあ? 全員?」

 南方が虚を突かれたような裏声を発して、目を丸くした。

「スタジアム潜入の時は、相馬君を含めて4人でも人手が不足していた。ならば、今回はそれ以上の戦力を投入しなければいけない」

「じゃあ隊長が戦闘組に入ってよ」

 南方は食い下がる。

「俺なりに考えあっての判断だ。決定に変更は無い」

 砂原に譲る気配は微塵も無い。

「諦めろ南方。時間の無駄だ」

 最後、ベルがどうでもよさそうに言った。


「ところで相馬君はどうする? 俺は、君も戦闘に参加するだろうと踏んで編成を組んだのだが……」

 砂原が樹流徒に視線を送る。他の者たちも追随して、樹流徒に視線を集めた。

「もし、相馬君がアジトに残りたいと希望するならば言ってくれ。それによりこちらの編成も変更しなければいけないが、遠慮は不要だ」

「再編成の必要はありません。僕も戦います」

 樹流徒の答えは初めから決まっていた。


「分かった。それでは全員、準備が出来次第目的地へ移動してくれ。今回の現場指揮は南方に任せる」

 砂原が決定事項を伝える。

「はは。責任重大だね。身が引き締まる思いだよ」

 指揮を任された南方は、言葉とは裏腹に緊張感とは無縁そうな笑みを見せた。


 こうして緊急の会合は終了した。

 戦いに出発する者たちは、自然と座敷の一箇所に固まろうと動き始める。


 しかし、彼らが集まるよりも前だった。

「すみません。先に、相馬君と二人だけで話をさせて頂けませんか?」

 詩織が、誰とはなしに声を掛けた。

「相馬と2人で? 何の密談をするつもりだ?」

 ベルがやや怪訝そうな表情をする。

「まあまあ、いいじゃないの、ちょっとくらい」

 南方が助け舟を出した。

「でも、誤解を生むような動きをされるのは困るな。せめて座敷の中で喋って貰おう」

 仁万が提案する。

「それで構いません」

 詩織は間髪入れず了承した。


 組織の面々から許しが出たため、樹流徒と詩織は他のメンバーから離れ、座敷の一角に立って向かい合う。

「どうしたんだ、伊佐木さん?」

 先に口を開いたのは樹流徒だった。


「実は、アナタにお願いがあるのだけれど……」

 詩織は音量を抑えた声で言う。

「お願い?」

 樹流徒は尋ね返しながら、少し意外に感じた。彼女の口から「お願い」という言葉が出るのは、恐らく珍しい事だった。


「ね。相馬君はアムリタって聞いた事がある?」

「アムリタ? いや、初耳だ」

「インド神話に登場する飲み物らしいわ。現世では入手できないの。でも、もしかすると魔界にならば存在するかも知れない」

「それを手に入れるのが、君のお願い?」

「ええ。そう」

「何故、アムリタが必要なんだ? 良ければ理由を教えてくれないか? 勿論、無理にとは言わないけど」

「それは……」

 詩織は寸秒戸惑った。しかし、すぐ意を決したらしい。

「早雪ちゃんのために必要なの」

「早雪さん?」

 樹流徒は横目を使って、令司の隣に立つ少女をちらと見てから

「もしかして、彼女の呪いを解くのに必要なのか?」

 憶測で尋ねた。


「アナタ、そのことを知っていたの?」

「大分前から知っていた。でも、君には黙っていたんだ。八坂兄妹の事情は、簡単に口外してはいけないと思ったから」

「そう……。正しい判断だと思うわ」

「とにかく話は分かったよ。次、悪魔倶楽部に行ったら、バルバトスたちにアムリタについて聞いてみる」

「お願い。私が話したかったのは、それだけ」

 詩織は唇を結ぶ。

 しかし、樹流徒の方はまだ話を終えるつもりはなかった。

「ところで……実は、僕も伊佐木さんに聞いて欲しいことがあるんだ」

「え」

「皆の前では言わなかったが、僕はさっき、メイジと会ってきた」

「そうなの。じゃあ、私たちの学校に行ってきたのね」

「ああ。そしてアイツの口から聞いたんだ。組織の人たちの中に密偵が紛れている、と」

「密偵?」

 詩織は目を(しばた)く。


「僕たちの中に諜報員がいる。誰かがメイジに情報を流しているらしい」

「それは……確かなの?」

「分からない」

 樹流徒は首を左右に振った。

「僕は、メイジと組織の人たち、両方を信じたい。でも、真実は一つだ。どこかに嘘が潜んでいる」

「そうね」

「僕は、今のところ真相を暴く方法が思いつかない。だから、伊佐木さんに相談してみようと思ったんだ」

 樹流徒は、詩織の事を信じていた。

 万が一、仲間の中に密偵が紛れ込んでいたとしても、彼女だけは違う。そう確信していた。何故ならば、メイジの口から一度も悪魔倶楽部の話が出なかったから。

 仮に詩織が密偵ならば、メイジは悪魔倶楽部の存在を知っている。樹流徒が現世と魔界を行き来できることを知っているはずである。しかし、メイジはそれを知っている素振りを微塵も見せなかった。故に、詩織が密偵である恐れは少ないと考えられるのだ。

 もっとも、そんな理屈など抜きにして、樹流徒は彼女のことを信用していた。


「アナタの話は理解したわ。気持ちも少しくらいは分るつもり」

「……」

「でも、相馬君は戦いに集中しなければ駄目。他の事に気を取られていると、きっと危険だから。もし、それが出来ないのなら、今回はアジトに残った方が良いと思う。厳しい事を言うようだけれど……」

「いや。君の言う通りだ。僕もそう思う」

 樹流徒は、少女の言葉に心から納得して、頷いた。それから

「話を聞いてくれてありがとう。少しだけ気が紛れた」

 彼女に向かって微笑した。




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