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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
122/359

夜子とネビト



 民家の庭に影が集まる。樹流徒と渚。ブーツを履いた少女。そして、黒鬼の一際大きな影。全部で四つの影が互いを近い距離で向かい合せる。

 カラスたちは一斉に翼を広げた。皆、何かを恐れ驚いたかのように、勢い良く空に飛び立つ。彼らは霧の向こうを目指して羽ばたいていった。

 周囲に悪魔の姿は無い。魔界の住人たちも何かに怯えているのだろうか。誰もが息を殺し、気配を隠している。一帯は不気味な静けさを漂わせていた。


 死人の如き白い肌を持つ少女は、庭に一歩踏み込んだ瞬間から得体の知れない妖気を放っていた。妖気といっても殺気や気配と同じく目に映るものではない。しかし樹流徒の肌に微弱な振動を伝える程の強さを持つそのエネルギーは確かに存在していた。カラスたちを驚かせ追い払ったのも、この妖気だったに違いない。


 人払いならぬカラス払いが済み、悪魔が現れる気配も無い。気付けば、辺りは完全に樹流徒たちの私有地と化していた。

 死人じみた少女が、早々に口火を切る。

「相馬樹流徒。こうして君と言葉を交わすのは、今回で三度目か」

 彼女は見た目の若さとは裏腹に、深く落ち着いた声遣いをしていた。

「ああ。しかし……こんな形で再会するとは思わなかった」

 樹流徒は答えてから、自分が拳を固く握り締めている事に気付く。五本の指をゆっくりと開きながら

「以前会った時は、お前の名前すら教えて貰えなかったな。今日は素性を明かして貰えるのか?」

 そう少女に尋ねた。


「私の素性など幾らでも話そう。今までは話す必要が無かったというだけで、特に隠す理由も無いのだから」

 死人じみた少女は氷の笑みを浮かべた。

 彼女は、己の言葉を即実行に移す。

「では、まず名を名乗っておこうか。私は“黄泉津大神”」

「ヨモツオオカミ……神?」

「そう。しかし神などという称号に大した意味は無い。所詮は信仰が(すた)れれば消える、飾りのようなものだ」

 彼女はさらりと答える。

 神などと呼ばれ祭られたことのない樹流徒には理解はできても実感の湧かない言葉だった。

 樹流徒の反応など気にも留めず、少女は話を続ける。

「次に、我々が一体どこからやって来たのか。それについて話そう」

「現世でも魔界でもない世界だと、仙道さんから聞いた」

「如何にも。我々の住む世界は“根の堅州国”という」

「ネノカタスクニ? そこは、どういう世界なんだ?」

 樹流徒はもう少し詳しい情報を求める。

 これには渚が対応した。

「根の堅州国は、死者の世界なの。現世で行き場を失った死者の魂を受けれる場所でもあるんだよ。略称は“根の国”。根っこの国と書いて根の国ね」

「死者の世界……。根の国か」

「そして黄泉津大神(ヨモツオオカミ)様は根の国の統治者なんだよ。私は“夜子様”って呼ばせて貰ってるんだけど」

「ヨルコ? まるで人間の名前みたいだな」

「みたいではなく、実際に人間の名だ。ただし偽名だが」

 根の国を統べる少女が答える。


「私は以前にニ年間ほど、人間として現世で暮らしていた時期がある。その時に使用していた名前が夜子なのだ」

「そうだったのか……。しかしなぜ現世で生活をしていたんだ?」

「人の世を知るため、人間という存在を私なりに見極めるため、としか言えない。有意義な二年間だった」

「……」

「夜子という名前にはかなり愛着を持っている。それに、今後使う予定もある。君も、私のことは夜子と呼んでくれれば良い。夜中の夜に子供の子と書いて夜子だ」

 と、黄泉津大神(ヨモツオオカミ)改め夜子。

「その代わりではないが……私も君のことは樹流徒と呼ばせてもらおうか」

「それで構わない」

 樹流徒は首肯した。


「早速だが……夜子」

「何だ?」

「今、お前たちが現世にいる理由は何だ? 人がいなくなったこの市内で、何をしている?」

「うむ……」

 夜子はそれだけ言って、沈黙する。どうやらこの質問には答えにくいようだ。心なしか鋭利になった少女の瞳が、樹流徒に追求の言葉を躊躇わせた。


 と、そのとき。夜子と渚の背後に立つ黒鬼が突然「ぐおん」と低音の唸り声を上げる。「オレの存在を忘れてないか?」と訴えるかのようなタイミングで放り込まれた咆哮が、空気を揺らした。

「大丈夫だよ。君もちゃんと紹介してあげるからね」

 渚は、黒鬼に微笑み掛ける。それからすぐに樹流徒の方へ向き直った。

「そういえば相馬君。さっき、このコを“鬼”って呼んでたよね? でも、このコは鬼じゃなくて“ネビト”だよ」

「ネビト?」

「うん。根の国の住人だからネビト(根人)。覚えといてね」

「それが鬼の、本当の名前か……」

 樹流徒は、今まで鬼と呼んでいた巨人を見上げる。黒いネビトなので“黒ネビト”とでも呼べば良いのだろうか。

 自分の紹介をして貰えて満足したのか、黒ネビトは一度吠えたきり大人しい。まるで作り物のように微動だにしなくなった。


 横殴りの強い風が吹く。

「さ。もう挨拶と自己紹介は十分だろう」

 夜子は風に流される黒髪を押さえながら言った。これから本題に入ろうとしている気配である。

 それは樹流徒としても望むところだった。ただ、彼にはその前に一つはっきりさせておきたいことがあった。

「お前たちは僕たちの敵なのか? それとも味方なのか?」

 樹流徒が問いに、夜子は心なしか嬉しそうな表情をする。

「良い質問だ。実は、それこそが本題。今日、君をここに呼んだ理由だ」

「なに?」

「単刀直入に言う。樹流徒よ、私と共に来い。我々の敵となるか、味方となるか、君自身が選択するのだ」

「お前の協力者になれ、というのか?」

「いや。残念ながら、協力者などという対等の立場ではない。君には私の下で働いて貰う」

「僕に、お前の手駒になれと?」

「有り体に言えば、そうだ。私は、君が持つ力を買っている。今後、我々の“計画”に役立つ力だ。是非、欲しい」

「待て。計画というのは何だ?」

 樹流徒はその言葉を聞き流しはしなかった。


「数年後の予定だが……私は現世でとある計画を開始する。君が私の元に来ると誓えば、今すぐにでも計画の内容を話そう。しかし、そうでなければ話せない。また、話す必要も無い」

「随分と強気な勧誘だな……」

「当然だろう。私は君の力を過小評価していないが、過大評価もしていない。君の力が欲しいのは事実だが、必要不可欠でないのもまた事実なのだ」

 先ほどからずっとだが、夜子は歯に衣着せぬ発言をする。それでいて口調は全く高圧的ではなく、逆に大人しいくらいだった。


「さあ、返事を聞かせて貰おう。それとも検討の時間が必要か?」

 少女は回答を迫る。

 樹流徒からしてみれば、急であり一方的な話だった。夜子たちが現世で活動している目的や、数年後に行われるという計画。それらに関しては何一つ教えて貰えず、ただ「手駒になれ」と言われている。

 そのような要求に対して首を縦に振る道理は無かった。

「もし、僕がお前の誘いを断った場合は?」

 樹流徒は、相手の質問に対して質問を返す。


「それも君次第だ。君が、我々の計画を指を(くわ)えて黙って見ているのであれば良し。しかし君が我々の障害となるのであれば排除する」

「……」

 樹流徒の指が内側に折れて握り拳を作る。相手の活動目的や陰謀がはっきりしない内は、戦うつもりは無い。ただ、夜子たちはいずれ自分の敵になるだろうと、確信めいたものを感じた。


 黒髪の少女はふと笑う。

「そう構える必要は無い。今すぐ交戦する意思は無いのだろう? こちらとしてもそれは同じだ。何故なら、君にはまだ利用価値がある。今、この場で始末するのは上策と言えない」

「利用価値?」

「我々にとって悪魔は邪魔な存在。そして君は悪魔を排除してくれる戦力だ。十分な利用価値がある。故に、私はまだ樹流徒を自由に泳がせておきたいと考えている」

「本人を目の前にして言う台詞ではないな」

 夜子のある種大胆不敵な発言に、樹流徒は腹立たしさよりもいっそ清清(すがすが)しさを覚えた。


 ここで、夜子は「ふむ。そうだな……」と呟きを漏らす。

「今、良い案を思い付いた。君の利用価値を高めるために、一つ助言を送っておこう」

「助言?」

「そう。助言」

 少女はブーツの底で庭の土を踏みしめる。樹流徒との間合いを詰めた。

 樹流徒の背筋が凍る。先刻カラスを追い払った禍々しい妖気。その発生源が、わずか数十センチの距離にいる。


「樹流徒は、以前私と会った時よりも格段に強くなっている。だが、折角手に入れた力を使いこなせていない。結果、いつまで経っても悪魔相手に苦戦を強いられている。今も無様な傷を負っているようだな」

 夜子はそう言いながらそっと片手を上げる。悪魔との戦闘で負傷した樹流徒の肩を掴むと、傷口の辺りに親指を擦り付ける。

 樹流徒は声こそ上げなかったが、痛みに表情を歪めた。


 夜子は、樹流徒の傷口を(えぐ)ったまま、淡々と語り続ける。

「これは私の憶測だが……。君は悪魔の力を恐れている。力を使い過ぎれば己の身に取り返しのつかないことが起こりそうで怖い。だから折角手に入れた悪魔の力を出し惜しみしている。いや、使いたくても使えない。違うか?」

「……」

 樹流徒は答えない。ただ少女の言葉は、憶測と言う割りには余りにも具体的で、的確だった。

「しかし恐れる必要は無い。樹流徒よ。もっと自由に力を使え」

 夜子は(まぶた)を下げる。樹流徒の傷口に重ねた指に恐ろしい力を込めた。

 樹流徒は今度も声を上げなかったが、激痛に思わず両目を閉じる。


 そのほんのわずかな一瞬の内。夜子の手から紫がかった黒い光が放たれた。光は樹流徒の体内へと侵入する生き物のように、すっと彼の肩に染み込む。

 見ていた渚が「あっ」と短い声を上げた。

 一方、目を閉じていた樹流徒は今の現象に気付いていない。彼が目を開いたとき、すでに光は消えていた。


 樹流徒は少女の手を振り払う。

 夜子はそっと瞳を閉じて、後ろに下がった。元の立ち位置に戻ったところで、(まぶた)を開く。

「弱さは時として罪だ。君はいつか大切なものを失い、己の弱さを後悔するかもしれない。そうなる前に力を使った方が良いだろう。それが私から君への助言だ」

「覚えておく」

 そう樹流徒は答えたが、相手の言葉に従うつもりは微塵も無かった。


「さて……。用件は済んだ。これ以上この場に留まる意味は無いだろう」

 夜子は隣に立つ少女に語り掛ける。

 渚は「あっ、はい」と返事をしてから「分かりました。帰りましょう」と声を弾ませた。

「だが、最後にあの情報(・・・・)を樹流徒に与えてやると良い」

 夜子はそういい残すと、身を翻してさっさと歩き出す。

 石像のように固まっていた黒ネビトがその後に続いた。一歩進んでは立ち止まり、また一歩進んでは立ち止まり、三メートル超の巨人は夜子の歩幅に合わせて歩く。

 彼らの背を見送る間もなく、樹流徒は渚に尋ねる。

「仙道さん。今夜子が言っていた“あの情報”というのは?」

「あのね。数時間くらい前から“龍城寺市民ホール”に悪魔が集まり始めてるみたい。何か企んでるのかもしれないよ」

 渚は口早に一息で言い切った。それからすぐ踵を返そうとしたので、樹流徒は彼女を呼び止める。

「待ってくれ、君はどうして、夜子たちと一緒に行動している?」

「ごめんね。本当はもっと色々教えてあげたかったんだけど、もう行かないと。じゃあね」

 渚は笑顔で樹流徒に向かって手を振る。今度こそ踵を返して、夜子たちの背中を追いかけていった。




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