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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
119/359

アムリタ



 時は少しだけ遡り、樹流徒がアジトを発つよりも前。彼が、これからメイジと会うために母校へ向けて出発しようとしていた時……


 静まり返った薄闇の中に、二人の少女がいた。

 片方は長い黒髪の高校生。抑揚の無い表情をしている。もう片方は中学生くらい。栗色の髪を肩の辺りまで伸ばしたパジャマ姿の少女だった。こちらは何だか嬉しそうな顔をしている。


 ここはアジトの三階。少女たちは手を繋ぎ、板張りの廊下に佇んでいた。木枠の窓から射し込む光が、彼女たちの足下をうっすらと照らしている。

 また、二人の正面には部屋の扉があり、格子状の木戸がきっちりと閉じられていた。その先には(ふすま)があって、木戸と同様に隙間なく閉められている。木戸の隣には“三〇三”と部屋番号が記されたプレートが貼られていた。


「着きました。ここが今日からシオリさんの部屋ですよ」

 パジャマ姿の少女がはにかむ。

「ええ。ありがとうサユキちゃん」

 黒髪の少女は、相手よりも控えめな微笑を返した。


 早雪は、詩織の手を離すと、正面の戸を開いた。奥の襖も開く。

 少女たちは連なって室内へ進んだ。広さ八帖の部屋が彼女たちを招く。

「あの。どうですか?」

 入室するなり、早雪が漠然とした感想を求める。

「良い部屋ね。私一人で使う分には広すぎるくらいよ」

 詩織は答えて、すぐ近くの壁際に荷物を置いた。


「何か不便なこととか困ったことがあったら、遠慮なく言って下さいね」

「ええ。ありがとう」

「ところでシオリさん、今、疲れてないですか?」

「いいえ別に……。まだ大丈夫よ」

「それじゃあ、もし良かったら少しのあいだ私とお話しませんか?」

 早雪は期待に満ちた眼差しを相手に向ける。

「面白い話をしてあげられる自信は無いけれど、それでも良ければ」

 詩織は二つ返事で了承した。


 少女たちは、座卓の前で並んで腰を下ろす。早雪はますます機嫌が良さそうだった。


 二人の会話が始まる。会話といっても、早雪がほぼ一方的に質問をして詩織がそれに答えるという、質疑応答のようなやり取りだった。

 名前はどういう字を書くのか? という問い掛けから始まり、詩織の住んでいた場所。好きな食べ物や音楽。服の趣味……。早雪の質問攻めは間断なく続いた。それに対して詩織は一つ一つ丁寧な受け答えをしてゆく。そのような光景が、三十分以上繰り返された。

 会話が進むにつれ両者が打ち解けてゆく感もあって、彼女たちはこのまま何時間でも平気で喋っていそうな雰囲気だった。


 ところが、ようやく早雪の質問攻めが終わって、両者がとりとめもない話を始めた時だった。


 その出来事は、一見何の前触れも無く起きた。早雪が苦しみ出したのである。直前までずっと笑顔だったのに、彼女は急に自分の体を抱えて(うずくま)ってしまった。

「どうしたの? どこかが痛むの?」

 詩織は尋ねながら早雪の顔を覗き込む。

「平気……です。少し……すれば収まり……ます……から」

 早雪は自分の体を抱えたまま途切れ途切れに声を絞り出す。肩は小刻みに震えていた。誰の目から見ても平気そうではない。


 だが、早雪の言葉はあながち嘘では無かったらしい。間もなく彼女はゆっくりと上体を起こし、ふうと小さな息を吐く。体が楽になったのだろう。苦痛に歪んでいた表情はすっかり和らいでいた。

「ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」

 彼女はごく普通に喋り出す。まるで何事も無かったかのように。


「いいえ。それより、しばらく横になっていた方が……。必要ならば誰か呼びに行くけれど」

「大丈夫ですよ。いつものことですから」

「いつも?」

「はい。今の、怪我や病気とは違うんです」

 早雪はそう言うと、何を思ったか、自分の服に手を伸ばす。パジャマのボタンを上から三つまで外した。そして服をずらし、華奢な左肩を露にする。


 詩織は声もなく、数回の瞬きをした。

 服の下に隠れていた早雪の肩に、何か異様なものが取り憑いている。それが彼女の苦しみの原因らしかった。


 蜘蛛の巣である。黒い糸状の物質が蜘蛛の巣状に広がり、早雪の皮膚に張り付いている。糸の一部は体内に癒着しているようだ。そして早雪の心拍に合わせるかのように脈動している。


「それは?」

「悪魔から受けた呪いの跡です」

「呪い……」

「もう何年も前の話ですけど、私の家族はこの呪いを全身に浴びたのが原因で死にました。でも私は体の一部にしか浴びなかったから、命だけは助かったんです」

「……」

 沈黙。

 当然の沈黙と言うべきかも知れなかった。詩織でなくとも口を閉ざすしかなかったであろう。気休めや冗談は勿論、話を逸らす事すら(はばか)られる重々しい空気が場を支配する。


 ただ、ずっと黙っている訳にもいかない。詩織が(おもむろ)に口火を切った。

「無知で申し訳ないのだけれど……その呪いは、解けないの?」

「私の場合は駄目みたいです」

「なぜ?」

「“アムリタ”が無いから」

「アムリタ?」

「インド神話に登場する飲料です。私の呪いを解く儀式には不可欠らしいんです」

「それは、手に入る物なの?」

「残念ですけど無理です。少なくとも現世にはありません。魔界にならあるかもしれないって、以前渡会さんが言ってくれましたけど……。多分、私を元気付けるために嘘をついてくれたんだと思います。それにもしアムリタが魔界にあったとしても、取りに行く方法が無いですから」

「……」

「私の呪い、毎日少しずつ心臓に向かって移動してるみたいなんです。このままだとどうなっちゃうのか、ちょっとだけ不安です」

「根拠は無いけれど、きっと大丈夫よ。悪い結果になるという根拠もまた無いでしょう?」

 詩織は両手をそっと伸ばす。早雪の乱れた服を直し、ボタンを留めてゆく。

 早雪は相手の顔をじっと見つめた。

「なんか……詩織さんを見ているとお姉ちゃんを思い出します」

 と、大人しい声で言った。


「お姉さんがいるの?」

「はい。いるというか、いました。さっきも言った通り、悪魔の呪いにかかって死んでしまったんです」

「少し考えれば想像出来ることだったわね。ごめんなさい」

「いえ別に……。それより、詩織さんは外見や雰囲気が本当に私のお姉ちゃんとそっくりです。だから初めて詩織さんの顔を見たときはビックリしました。令司も驚いてたと思います」

「そんなに似てるの?」

「こうして近くで見ると、詩織さんの方が美人さんですけど……でも、良く似てます。私が小さかった頃、お姉ちゃんも良く私の洋服のボタンを留めてくれたんですよ」

「優しいお姉さんだったのね」

「はい」

「でも、だとしたら残念だけれど、私とアナタのお姉さんは似ていないわ」

「え。どういう意味ですか?」

「私はアナタのお姉さんみたく優しい人間じゃない、という意味よ。私の性格、人としては多分最低の部類だもの」

 詩織は静かに瞳を閉じ、そしてそっと開く。


「どうしてですか? 私にはそんな風に見えないですけど」

「ありがとう。でも事実なの。私、義理の母が死んでも何一つ悲しめなかったような人間だから」

「義理の……お母さん?」

「魔都生誕の影響で義母が亡くなったの。でも、実家であの人の遺体を見つけた時、私は無視して通り過ぎてしまった」

「あの……」

「それだけじゃない。私、魔都生誕が起こる事を(あらかじ)め……」


 ――コンコンコン。コンコンコン。


 と、その時。

 部屋の襖が叩かれる。軽快なノックだった。それに合わせて襖が揺れてガタガタ鳴く。


「誰か来たみたいですね」

「え……。そうね」

「このノックの仕方は南方さんかな? 詩織さんは座ってて下さいね」

 早雪はそう言って素早く立ち上がる。ついさっき体を震わせて苦しんでいた少女とは思えないほど軽快な動きで襖に向かって駆けいった。

 一方、突然の来訪者に話を途中で遮られた詩織は、床の一点をジッと見つめる。心なしか安堵したような表情を浮かべた。


 廊下の来訪者に向かって「はーい」と明るい声で返事をしながら、早雪は襖を開く。

 果たして姿を現したのは、彼女が予想していた通りの人物だった。三十歳前後の男が、緊張感に欠けた顔をぶら下げ、突っ立っている。


「やっぱり南方さんだった。どうしたんですか?」

「うん。樹流徒君のお友達が来たって聞いたからさ。ちょっと初対面のご挨拶でも……と思ってね。あ。ひょっとしてお邪魔だったかな? だったら出直すけど」

「そんなこと無いですよ」

 早雪は答えてから、室内の方を振り返り

「あの。詩織さん。南方さんに入って貰ってもいいですか?」

 と、尋ねる。

「ええ。勿論」

 詩織は了承した。


「いやいや。ご厚意は有り難いんだけどね。長居するつもりは無いから、このまま立って喋らせてもらうよ」

 南方はポケットに手を突っ込んで、その場を動かない。

 詩織が立ち上がる。 

「はじめまして。伊佐木詩織です」

 初対面の男に向かってお辞儀をした。


「や。こりゃどーもご丁寧に。俺は南方。よろしくね」

「砂原さんから聞きました。私をこのアジトに呼ぼうと提案してくれたのはアナタですよね? ありがとうございました」

 詩織が礼を言うと……

 南方は人差し指で頬を掻いて、少し照れたような笑顔になる。

「いいって、いいって。悪魔がうろつく市内で女の子一人にしとくワケにもいかないでしょ。ホラ、旅は道連れ世は情けってヤツ?」

「はあ……」

「南方さんって、すごく優しくて面白い人なんですよ」

「あはは。ま、俺の体内には血液の代わりに優しさとユーモアが流れてるからね。そりゃもうサラサラと澄んだ小川の如く」

「そう……ですか」

 詩織は反応に窮している様子だった。ややぎこちない口調で答える。


「シオリちゃん……だったよね? 君、今まで良く無事だったね。悪魔に襲われたりしなかった? 怖くはなかったかい? でも、これからは俺たちが守ってあげるからさ。今夜からは枕を高くしてグッスリ寝られるよ。ああ……とは言っても、今は朝も夜も無いんだったね」

 詩織とは対照的に、南方は淀みなく喋り続ける。それこそ川の流れの如く、次から次へと喉の奥から言葉が溢れ出る。


「あ。そうだ。折角だからこれから三人で一緒にご飯でもどうかな? 食事をしながら色々と話を聞きたいなあ。数年前に起きた事件のこととか」

 続いて南方の口からそのような提案が飛び出した。


 二人の少女は顔を見合わせる。

「ええと。どうしますか?」

 早雪が少し困ったように笑った。

「話のついでに君たちの相談に乗ってあげるよ。人生の悩みから素朴な疑問まで何でも聞いてよ。シオリちゃんには組織の情報もちょっとだけ教えてあげちゃう。あ、でも、他の人たちには内密にね。彼ら、融通ってモンが利かないからさあ」


 ――融通が何だって?


 そのとき、南方の背後から女の声がした。

 南方は慌てた様子で振り返る。彼のすぐ眼前に、ハードパーマの女が立っていた。

 彼女は片手に銃を持ち、もう片方の手を腰に当てている。顔は見るからに不機嫌そうだった。少なくとも笑ってはいない。


「あれ。ベルちゃん。どうしてここに?」

 南方の笑顔がみるみる引きつってゆく。

「それはコッチの台詞だ。随分と楽しそうだが、こんな空き部屋で何をしている?」

 ベルはそう言って、南方の体越しに室内を覗く。

「ん? 見ない顔がいるな」

 彼女は、当然ながら詩織の存在に気付いた。


「はじめまして。私、伊佐木といいます」

「ふうん。もしかすると、アンタが相馬の同級生でNBW事件の被害者か」

「はい。アナタは?」

「私は春田五十鈴(いすず)。言うまでも無いだろうが組織の人間だ。ベルって呼んでくれれば良い」

「ベルさん……ですね。分かりました」

 詩織は首肯する。

「なるほど。物分りが良さそうなヤツだ。こちらとしては助かるな」

 ベルは意味ありげな笑みを浮かべる。


「ところで南方。たった今、面白そうな話をしてたな。これから食事をするんだって? ついでに何でも相談に乗ってくれるらしいじゃないか」

「ん? ははは。俺、そんな事言ったかな?」

「折角だから私も同席させて貰おうか。丁度、アンタに相談したい事がある」

「えーと……。ちなみにどのようなご相談で?」

「実は、仲間の中に一人困った奴がいる。ソイツはおしゃべりが酷く、組織の情報を部外者に平然と漏らそうとする。ザルというより、底の無いバケツのような男だ」

「それはそれは……確かに困った男だね」

「だろう? だから、ソイツの口を塞ぐ方法を一緒に考えて貰いたい。多少手荒な方法を使っても構わないぞ。例えば、こんな風に……」

 ベルは、南方の額に銃口を押し当てる。


「あ。えーと……。俺、なんだか急に胃の調子が悪くなっちゃった。残念だけど食事はまた次の機会にってコトで。それじゃあまたね」

 南方は二人の少女に手を振ると、駆け出した。ベルの横を通り過ぎて廊下の闇に消えてゆく。


「あの……。冗談でも人に銃口向けたら危ないですよ」

 早雪が恐縮した様子で、ベルに物申す。

「ああ。こいつか?」

 ベルは少し面倒臭そうに返事をして、銃口を床に向けた。トリガーを引くと銃身からパチンと硬くて軽い音が鳴る。拍子抜けしそうな音だった。


「これはダダのモデルガンだ。しかも弾は入ってない。安心しな」

 ベルはそう言って、踵を返す。

 彼女もまたどこかへと立ち去っていった。




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