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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
118/359

首狩り



 嗚呼……と、声が漏れた。溜め息とは違う。感嘆でもない。何とはなしに口をついたような「嗚呼」だった。


 それは、全ての話を聞き終えた樹流徒の第一声だった。メイジに伝えなければいけない言葉は沢山あるはずなのに、最初に何から話したら良いのか分からない。結果、口からこぼれたのが「嗚呼」という生返事だった。


 下に向かって吐き出された己の呟きに引っ張られるかのように、樹流徒は軽く(まぶた)を閉じる。

 一呼吸置くと、口惜しさが込み上げてきた。運命を呪わずにはいられない。

 もし、魔都生誕の後、自分がメイジよりも早く意識を取り戻していたら。もし、メイジがフルーレティと出会わなければ。フルーレティがメイジを仲間に誘わなければ……果たしてどうなっていただろうか? 今とは大分状況が違っていたのではないだろうか?

 想像すると、残念でならなかった。


 とはいえ、悔いても過去は戻らない。人という生き物は否が応でも現在(いま)と現実にぶつかってゆくしかないのだった。さもなくば現実の方から迫ってくるのみである。

 樹流徒は視線を上げた。親友に向かって掛けるべき言葉が、今、見付かった。

「メイジ……」

「ん?」

「ベルゼブブの元を離れろ。これからは僕と一緒に悪魔の計画を阻止するために戦うんだ」

 メイジは大きな過ちを犯した。人を傷付け、死者を弄んだ。論じるまでもなく、それは通常許される行為ではない。しかしながら、彼にはまだ引き返すという選択肢が残されている。これ以上過ちを繰り返す前に人の道へ戻って来ることが出来る。


 それはただの綺麗事かも知れなかった。しかし樹流徒は、今回に限り綺麗事を唱えたかった。メイジの心が完全な闇に染まったと断じるのは早い。彼を説得し、改心させようと試みる価値はある。そう信じたかった。


 もしメイジと手を結んだ場合、樹流徒と組織の協力関係はほぼ確実に終わる。それどころか敵対関係になる恐れがある。結果、組織のアジトに寄寓(きぐう)する詩織の立場にも影響を及ぼす知れない。

 しかし樹流徒はそのような先のことまで想像していなかった。彼は今、メイジを闇の淵から拾い上げることだけを考えていた。


 そんな樹流徒の思いも虚しく、メイジは心の揺らぎをおくび(・・・)にも出さない。

「折角ベルゼブブの計画に加われたのに、今更降りろってのか? 無理な相談だな」

 と即答した。それだけではない。

「むしろオマエがオレと一緒に来いよ」

 逆に樹流徒を仲間に誘う。

「一体、何の冗談だ?」

 家族の命と平和な日常を奪った悪魔の仲間になるなど、考えられなかった。

「別におかしなコトを言ってるつもりはねェんだケドな。オマエくらいの実力があれば、オレたちの仲間に入れるハズだ。オマエにその気があるなら、ベルゼブブの元へ連れてってやるよ。そして、オマエを紹介してやる。オレたちの仲間になって天使の犬をニ、三人始末すれば今までのコトは水に流して貰えると思うぜ」

「断る」

 樹流徒は即座に拒否する。考える余地など無かった。


「予想通りの答えだな。でも良く考えてみろよ。オマエがこちら側に来ないなら、いずれオレたちは戦うコトになるんだぜ? 立場上敵同士だしな。その覚悟は出来てンのか?」

「戦うというのは、命を奪い合うという事か? お前は僕を殺せるのか?」

「……」

 メイジは肯定も否定もしない。口角の歪みをわずかに大きくするだけだった。


「まあいい。ところで話は変わるが……少し面白いコトを教えてやるよ。ほんのオマケだ」

「面白いこと?」

「ああ。実は今、仲間たちの間でオマエのコトがちょっとした噂になっている。バフォメットやマルコシアスを倒したニンゲン。魔魂を吸い取り、悪魔の力を操るニンゲン。“首狩りキルト”ってな」

「首狩り?」

「オマエ、敵にトドメを刺す時に首を()ねるンだろ? だからそんなネーミングになったらしい。そういや、さっきエウリノームやガーゴイルを倒した時も首を刎ねてたよな」

「確実に敵を倒すために仕方なく……。好きでやっているわけじゃない」

「何だっていいさ。だけど、気をつけるんだな」

「気をつける? 一体何を?」

「ベルゼブブたちが、オマエの噂を魔界全土に向けて流そうとしている。しかもタダの噂じゃない。オマエの命に懸賞を掛けようとしている」

「懸賞……」

「そう。オマエを倒した者にかなりの報酬を与えるンだとよ」

「要するに、僕を賞金首にしようというのか」

「ああ。いずれ、好戦的な悪魔や報酬目的の強欲な悪魔どもが、オマエの命を狙ってくるかも知れねェな」

 事実ならば厄介極まりない話だった。

「それだけベルゼブブは、オマエの存在が邪魔なんだよ。邪魔である以上に恐ろしいンだろうな。悪魔を吸収して強くなる人間なんて前代未聞みてェだから」

「……」

「さて。それじゃあ、もう話すコトも残ってねェし、またどっかで会えるだろうから、今日はそろそろ帰らせて貰うわ」

 そう言ってメイジは天井を見上げる。

「おい、空間を元に戻せ」

 と、誰かに向かって叫んだ。


 直後、樹流徒の視界が急反転する。床に立っていた彼の体は、今まで天井と化していた本来の床に向かって頭から真っ逆さまに落下した。メイジも同様の格好で落ちる。


 樹流徒は咄嗟に体を捻り、半回転させた。真下で佇む机に衝突する寸前で体勢を立て直す。なんとか膝から着地を決めた。

 かたやメイジはこれまでの動きに反して機敏な動きで足の裏から綺麗に接地していた。


 樹流徒は机の上から降りて周囲を見回す。上下逆転していた異質な空間がすっかり元の姿を取り戻していた。窓の外に視線を送ると、頭上に迫っていた地面はもう無く、奇妙な色に輝く空が遠くに見えた。


「じゃあな」

 メイジは大儀そうに片手を上げる。腕は完全に伸びきる前に力なく垂れた。別れの挨拶を済ませると、身を翻す。

「待て。僕のほうはまだ何も話していない。僕が今まで何をしていたのか、聞かないのか?」

 樹流徒がすぐに呼び止める。

「聞く必要ねェよ。大体の経緯は報告を受けてるからな」

 メイジは背中越しに答えた。

 先刻彼から聞いた話を、樹流徒は思い出す。味方の中に裏切り者が紛れている……という話である。仮にそうならば、樹流徒たちの行動は殆どメイジに筒抜けになっているだろう。メイジと手を組んでいるベルゼブブたちにも情報が漏れていると考えた方が良い。


 メイジは窓の下枠に片足を乗せ、外へ飛び降りようとする。

 が、その前に何かを思い出したようだ。「ああ、そういえば」と言いながら、顔だけを樹流徒のほうに振り向けた。

「そういや、もう一つだけオマエに言い残したコトがあった」

「何だ?」

「前々から思ってたンだけどさ。オマエ、そろそろ“僕”っての止めたらどうよ?」

「え」

「だから一人称だよ。オマエ、自分のコト“僕”って呼ぶだろ。“俺”にしろって。その方が絶対似合うって」

「突然、何の話をするかと思えば……」

 樹流徒は若干呆れ顔になる。

 反面、内心では少しだけ嬉しかった。メイジの口から他愛も無い話が聞けて、まだ市内が平和だった頃の気持ちがほのかに蘇った。


 メイジはふんと短い声を出して笑う。樹流徒に見せていた横顔を、まっすぐ外の方へ向けた。

 直後、窓から飛び出す。彼の体は黒衣の裾をなびかせ、瞬時に樹流徒の視界から消えた。


 樹流徒は数歩前に進んで窓際に立つ。顔だけ外に出して、下を覗いた。

 教室から飛び降りたメイジは無事に着地を決めていた。校舎とグラウンドを隔てるコンクリートの通路に立っている。


 彼はのんびりと歩き出した。通路を横切り、グラウンドの中を進んでゆく。徐々に、徐々に……。校舎から遠のいていった。


 樹流徒の全身を悪寒が襲ったのは、その最中だった。彼は不意におぞましい気配を感じて、反射的に左右を見回す。

 ほぼ同時に、校舎の窓という窓から次々と悪魔が飛び出した。その数五十は下らない。もしかすると三桁に届いているかも知れなかった。先程樹流徒と交戦した悪魔カーリーの姿もあった。


 校舎から飛び出した異形の者たち。彼らはさながら突然降り出した豪雨のようだった。

 大小様々な形を持った巨大な雫たちは、地面に落ちると、今度は一ヶ所をを目指して集まり始める。彼らが向かう先には、変わらぬ歩調で前進を続けるメイジの背中があった。


 間もなく、全ての悪魔がメイジの元に集結した。彼らは皆、ベルゼブブの仲間なのかもしれない。その先頭を歩くメイジは、悪魔たちを率いているように見えた。


 樹流徒は窓際に佇み、(うごめ)く大群が遠ざかってゆくのをただ見守るしかなかった。




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