表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
114/359

メイジは語る(前編)



 じゃあ、時間を追う形で語っていくとするか。(と、メイジは樹流徒に向かって話を切り出した)


 魔都生誕が発生したのは、確か今年の十一月下旬だったよな?


 あの日……。オレは朝からいつも通りの生活を送っていた。目が覚めて、布団から這い出し、顔を洗って制服に着替え、飯を食って歯を磨き、学校に行って授業を受ける……。退屈で平和な時間を過ごしていた。

 日常の謳歌と言えば聞こえは良い。ただ、オレにとっては何もかもが退屈で苦痛だった。気が紛れる瞬間があるとすれば、オマエ(樹流徒)と他愛も無い会話をしている最中くらいだった。


 折角手に入れた特別な力も使えず、このままダラダラと一生を終えてしまうのか。そんな泣き言すら、とっくに尽き果てていた。オレは苦しみから逃れるために思考を放棄していた。最早形骸(けいがい)だった。


 だが、運命はこのオレを見放さなかった。

 昼休みに入ってすぐ、伊佐木詩織がオレのクラスを訪ねて来たんだ。


 オレとアイツは中学の時にずっと同じクラスだったが、マトモに口を聞いたコトは一度も無かった。NBW事件の直後ですら、何も喋らなかったくらいだ。

 ま、そんなコトいちいち説明しなくてもオマエは知ってるだろうが……


 兎も角、オレと伊佐木はほぼ(・・)赤の他人だった。だから、アイツがオレを訪ねて来たと知った時は、珍客だと思った。一体オレに何の用があるのか、見当もつかなかった。


 午前中の授業から解放され、クラスの連中ははしゃいでいた。教室には雑談と笑い声が飛び交い、正にいつも通りの昼休み風景だった。

 そんな喧騒の中、伊佐木はオレの席までつかつかと歩み寄って来た。そして「話したいことがある」「でも、ここでは詳しい話が出来ない」と言い、オレを教室から連れ出した。本当だったら樹流徒を誘って昼飯を食うつもりだったんだけどな。お陰で中止になった。


 オレたちが向かった先は、オマエも知っての通り、図書室だ。

 当時、室内には一名の先客がいた。三年生の男だったと思う。椅子に腰掛けて、読書をしてる最中だった。

 伊佐木はその先客に声を掛けて、席を外して貰うように頼んだ。相手は二つ返事で了承し、図書室を後にした。部屋の中はオレと伊佐木の二人きりになった。


 オレは(たちま)ち面倒な気分になった。

 だって、人払いをするってコトは、第三者に聞かれたくない話をするって意味だろ?

 伊佐木の表情や雰囲気からして、ロクでもない話が飛び出しそうだ。そんな風に早合点したオレは、もう話を聞く前から帰りたかった。


 ところがどうだ。たった数分後には、オレの心境は大きく変化していた。

 何せ、伊佐木の口から飛び出したのは“世界の終焉”だからな。余りにも予想外だった。アイツの態度は真剣そのもので、冗談を言ってるようにも見えない。

 この女、ブッ飛んでやがる。正直そう思った。


 が、オレは元々そういった類の話が嫌いじゃなかった。世界の終わり? 大いに結構じゃねェか。

 オレは、伊佐木の話に興味を持った。それだけオレの心が渇いてた証拠なんだろう。敢えてミもフタも無い言い方をすれば、オレは相当な暇人だった。


 語り手が伊佐木であるコトも、オレの好奇心を刺激した。

 例えば、普段からロクでもない話ばっかしてるヤツが、ある日突然世界滅亡の予言をブチまけたところで、タダの冗談にしか聞こえないだろ?

 その点、伊佐木という女子は、まるで絵に描いたようなマジメでつまらなそうな生徒だった。オレの独断と偏見だけどな。しかし、そんな生徒の告白だからこそ、惹かれるモノがあった。


 もっとも、興味を持つコトと、信用するコトは、全くの別物だ。

 伊佐木の話は確かに面白かったが、その内容は到底信じられるモノじゃなかった。

 何故いきなり世界が終わる? どうしてこの女にそんなコトが分かる?

 オレは当然の疑問を抱いた。同時に、それを口にしていた。


 伊佐木は即答した。「私には予知能力がある」と言い出した。

 その能力で世界が滅亡する瞬間を目撃した、というワケだな。


 作り話にしても酷い、あからさまに嘘だと分かる、子供も騙せねェような話だった。

 “一見真面目そうな女子は、実はちょっと夢見がちな破滅主義者でした”。大人ならば誰だってそう考えたンじゃねェかと思う。


 そこへいくとオレは普通じゃなかった(・・・・・・・・)。オレは、予知能力の存在を多少信じるコトが出来た。何故なら、伊佐木も数年前に起きた事件の被害者だったからだ。


 アイツもオレと同じ、事件に巻き込まれた日を境に特殊な能力に目覚めたのかも知れない。本当に予知能力を扱えるのかも知れない。

 そんな風にオレは考えた。あくまでも可能性のひとつ程度として。


 そしたら伊佐木のヤツ、一瞬だけ驚いた顔をしてたぜ。オレがアッサリと話を受け入れたもンだからよ。よほど意外だったンだろうな。

 アイツはオレに尋ねてきた。「何故、私の話を信じてくれるの?」と。


 その質問に対して、オレは適当に返答しといた。具体的に何て答えたのかは、サッパリ覚えてねェ。それくらい適当な答えだった。

 でも伊佐木は、オレの言葉に納得した様子だった。実際に納得してたのかどうかは知らねェが、ンなコトはどうでも良いよな。


 さて……。

 アイツの話は理解した。世界滅亡の件も、未来予知についても、とりあえず信じた。


 だが、オレにはまだ符に落ちない点が残っていた。

 何故、伊佐木はこの話を他の連中にも伝えない? 何故、オレ一人に話す? という疑問だ。


 本当に世界が滅びるンだとしたら、もっと大勢の奴らに知らせてやれば良い。その気が無ェなら、せめて親友や家族にでも教えてやれば良い。そうは思わねェか?

 なのに、どうしてオレに話す? 伊佐木にとっては赤の他人にも等しい、このオレに。


 不思議に思って、今度はそれについて聞いてみた。


 あの女は再び即答した。

「私が見た未来に、アナタの姿が映ったから」「アナタは世界滅亡後も生き延びる」

 伊佐木は、自分の言葉が真実であると証明するかのように、淀みなく喋った。


 オレは納得した。アイツの説明には矛盾が無かったからだ。内容はまるで御伽噺(おとぎばなし)だったケドな。

 ただ、言われてみれば確かに、特殊な能力を持ったオレならば、人間が絶滅するような現象の中で生き延びれたとしても不思議じゃねェ。

 伊佐木の言葉には妙な説得力があった。


 そこまで会話が進んだところで、オレたちの密談は終了した。昼休みの時間はまだ余っていたが、お互いそれ以上話すつもりは無かったんだろう。

 オレを室内に残し、伊佐木はさっさと廊下へ出て行った。もうすぐ世界が滅びると主張する割に……アイツは異様に落ち着いていた。少なくとも見かけの上ではな。


 その後、オレは密かに伊佐木の行動を監視した。

 何故かって? 不意に気付いたからだよ。もしかすると、オレの他にも伊佐木に呼び出される奴がいるかも知れねェ……ってな。

 確認するためには、あの女を尾行する他なかった。


 結果は大当たりだった。

 放課後になると、伊佐木はオマエを図書室に呼び出した。あの時は思わず笑っちまったぜ。よりにもよって樹流徒だもんな。

 だが、お陰でピンときた。仮に伊佐木の予言が真実だとすれば、世界滅亡後に生き残るのは、数年前の事件に巻き込まれた四人なンじゃねェのか? そう推測出来た。


 オマエたちが図書室で話してる最中、オレは樹流徒のクラスへ移動した。

 自分で言うのも何だが、何食わぬ顔でオマエが来るのを待たせて貰ったぜ。


 その後、何が起きたのか、細かく説明する必要はねェよな?

 伊佐木との話を終えたオマエは、教室に戻って来た。そしてオレと一緒に下校している最中、現世と魔界を繋ぐ扉が開いた。空に出現した魔法陣から黒い光が降り注ぎ、オレたちは意識を失ったんだ。


 そうそう。上空に現れた魔法陣を発見したとき、オレは思わず歓喜の雄たけびを上げそうになったぜ。いくら伊佐木の説明に説得力があったとはいえ、まだ半信半疑だったからな。魔法陣を見た瞬間、もしかするとあの予言は本当だったのかもしれないと思えて嬉しくなったんだ。あのときは笑いを堪えるのに必死だったんだが……オマエは気付いて無かっただろうな。


(ここでメイジは壁に預けていた背中を離した。数秒の間断の後、話を再開する)


 さて。オレが意識を取り戻したのは、魔都生誕から数十分後だった。

 オレの視界に飛び込んできたのは、変わり果てた市内の姿だ。意識を失った市民たちがゴロゴロと地面を転がり、誰一人として動かない。皆、生きてるのかどうかすら分からなかった。

 動物も、車も、信号機も、動かない。時間が止まったみてェだった。唯一、建物から立ち上る炎と煙だけが揺らめいていた。


 オレは、不思議な気分になった。眼前の地獄絵図が、大掛かりなイタズラに見えた。

 オレは目の前の現実をすぐに受け入れるコトが出来なかった。それだけ周囲の状況は凄惨を極めていた。

 なあ、樹流徒。オマエはどうだった? 目が覚めた瞬間、どんな気分だった?


 頭上を仰げば、太陽も、月も、雲も無ェ。遠くの空を眺めれば妙な色をした濃霧が空高く昇ってやがる。この世のものとは思えない現象だった。

 だが、それらを目の当たりにしたコトにより、オレは今度こそ実感出来たんだ。ああ、伊佐木の予言は間違いなく本物だったんだ……と。


 隣を見ると樹流徒が倒れていた。オマエは微動だにしなかった。最初は呼吸をしてないように見えた。死んでるンじゃねェかと思った。

 でも、確認してみたらオマエはちゃんと生きていた。息をしてるし、脈もあった。


 オレは、樹流徒を起こして行動を共にしようと考えた。


 だが、オマエの名前を呼ぼうとした声は、喉の奥まで出掛かったところで止まった。

 オレは、思い直したんだ。ふと、滅亡した世界ってヤツを一人で歩き回ってみたくなった。家族の安否を確認しに行きたかったという理由もある。


 オレは、オマエを放置して単独行動を始めた。


 にしても世界の終焉ってヤツは、過程が楽しいのであって、実際に起きてしまえばこんな下らねェモノはなかった。

 だってそうだろ? 皆死んじまって……オレいつ、どこで何をしようと、もう誰も何も言わねェんだぜ? 何の反応も見せねェ。能力を使って自由に暴れ回っても、虚しいだけじゃねェか。


 魔法陣が出現したときに心を躍らせていた自分が、何だか馬鹿みてェに思えた。

 こんな誰もいない世界で樹流徒と2人だけ生き残ってどうする? それだったら他の連中みたいに世界の滅亡と共に死ねた方がよっぽど良かったんじゃねェか?

 そうだ。オレが望んでいたのは滅びなんかじゃねェ。こんなクソつまンねェ世界じゃねェ。


 けど、今更そんなコトを考えたところで何になる……って話だよな。

 オレの絶望を嘲笑うように、世界は静止を続けた。

 結局、オレはオマエ以外の生存者と出会えぬまま、実家に到着した。


 その日は偶然にも親父が仕事を休んでて、兄弟も既に学校から帰ってたから、家の中にはオレの家族全員が揃っていた。

 もっとも、それが幸運だったと言えるかのどうか微妙だ。何せ、家族全員の死亡をあっという間に確認出来たンだからよ。


 オレはすぐに家を飛び出した。そして歩き出した。モチロン行くあてなんてどこにも無い。とにかく遠くを目指した。

 樹流徒の元へ引き返したい衝動はあった。だが、それよりもオレは確かめたかった。被害はどこまで拡大してるのか。世界は本当に滅んだのか? この目で確認したかった。


 それから何時間くらい歩いただろうな。気付けば、オレはいつの間にか市内の西端まで来ていた。周囲は霧に覆われ、視界は最悪。土地勘の無い奴だったら間違いなく迷子になってただろう。


 でもまあ、しばらく歩いていればその内に霧の中から抜け出せるハズだ。

 オレは努めて楽観的にそう考えて、足を動かし続けた。


 ところが……だ。突如、オレの行く手を阻むモノが現れた。

 壁だ。一体、誰が何のために、どうやって用意したのか分からない。全てが謎に包まれた巨大な壁が目の前に現れて、オレを見下ろしていた。


 オマエも知っての通り、結界だ。もっとも、当時は結界なんて名称は知らなかったケドな。


 結界は恐ろしく頑丈だった。オレは能力を使って破壊を試みたが、壁の表面に小さな傷一つ付ける事すら叶わなかった。

 当時、ちょっとした万能感を持っていたオレとしては、屈辱だった。オレに破壊出来ないモノなんてこの世にあるワケねェ……とか思ってたからな。軽く凹んだ。


 結局、どれだけ攻撃を加えても結界は壊れなかった。

 このまま壁を叩き続けても不毛。そう認めざるを得なかったオレは、攻撃を止めた。

 そして、結界に沿って歩き始めた。市外への脱出経路を求めた。


 だが、壁はどこまでも高く遠くまで続いていた。幾ら進んでも、結界の果てに届かない。抜け穴や出口も見当たらねェ。

 オレは、市内が封鎖されているコトを知った。言い知れない不安や絶望感が頭をもたげたが、それ以上に酷く窮屈な気分になった。


 少しの間呆然とした後……。オレは樹流徒と合流しようと決めた。もう他にやるコトが残ってなかった。

 オマエに会えばオレの心も多少は落ち着くだろうし、心が落ち着けば物事を冷静に考えられる。今後オレたちがどうすべきか、オマエと話し合うコトも出来る。


 迷いは無かった。オレは、樹流徒が倒れていた場所を目指して駆け出した。


 ところが、その道中だ。

 (のち)のオレの行動を一変させる出来事に、オレは遭遇した。


 突然目の前に現れた異形の生物。

 そう……オレは、悪魔と出会った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ