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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
112/359

待ち伏せ



 廊下が、靴箱が、そして壁際のスクールバッグが、本来天井である平面を静かに見下ろしている。

 そこは校舎玄関。今、樹流徒は再びその場所に立っていた。カーリーから逃れるために一旦外へ脱出したが、幸いにもすぐに敵への対抗策が見付かったため、すぐに引き返してきたのだった。


 樹流徒は足早に、しかし靴音を殺して前進する。その姿はさながら逃亡者か侵入者のようだった。真紅に輝く瞳は瞬きを忘れ、前方の危険を見逃すまいと神経を尖らせている。


 彼は、靴箱を通過するとすぐに立ち止まった。頭を左右に振って、周囲の様子を簡単に眺め回す。敵が潜んでいる様子は無い。

 それが分かると次は廊下の突き当たりに視線を置いた。全身を石のように固めて、敵がやって来るのを静かに待ち受ける。


 樹流徒の方からカーリーに接近することは出来なかった。何故ならば、カーリーを倒すためには、戦う場所の選択が一つの重要な鍵となる。そして、今、樹流徒が立っている地点こそが、敵と戦うのに最適な場所だった。彼は、その場から離れたくとも離れられないのである。


 ――なるほどな。オマエがどうやってカーリーを倒すつもりなのか分かった。単純だが悪くねェ手だ。が、果たして上手くいくかな?

 メイジが人を試すような口ぶりで言う。


 樹流徒は何も答えず、握り拳を作った。指に加える力は強過ぎず、弱過ぎず。心の安定を図るように、適度な固さを保つ。拳の中で脈打つ血に、意識を傾けた。


 それからどの程度時間が経っただろうか。彼の掌にじわりと手汗が滲み始めた頃。

 体内の動静を見守っていた樹流徒の意識が、突として周囲を警戒し始める。

 彼は殺気を感じ取った。敵が相当近くまで来ている。そう確信するのに十分な、禍々しい気配を察知した。


 間もなく、ひたひたと不気味な足音がしじまを揺らす。

 廊下の突き当たりに人影が浮かび上がった。


 カーリーである。彼女もまた獲物を視界に捉えたようだ。両者が向かい合った途端、電池を与えられた玩具の如く、激しく動き出した。

 樹流徒の攻撃が恐れるに足らぬことを承知しているのだろう。カーリーは特に何かを警戒する様子も無く、獲物めがけて真っ直ぐに突っ走った。単に、怒りで我を忘れているだけかも知れない。


 両者の間合いは、あっという間に、互いの表情が分かる距離にまで縮まった。

 樹流徒は気持ち早めの頃合で腕を持ち上げる。掌の先に魔法陣を展開した。


 彼が選択した能力は電撃。これをぶつけてやればカーリーの動きが少しの間止まるのは、先の戦いで既に実証済みである。

 一方、カーリーは魔法陣を前にしても走る勢いを失わない。寧ろ加速する。雷を放たれる前に相手の体を押さえつけてやろう、とでも考えているのだろうか。


 結果として、機先を制したのは樹流徒だった。魔法陣から放たれた雷光が乾いた音を放ちながら敵の全身を這い、伝う。

 カーリーは声も無く全身を痙攣させた。ただしこの効果が持続する時間は短い。樹流徒はその間に勝負を決めねばならなかった。


 彼はカーリーの体を抱きかかえると、すぐ脇に見える玄関の出入口へと向かって駆ける。

 そこは断崖絶壁。頭上を仰げば大地が広がり、下界を俯瞰(ふかん)すれば底の見えない闇が渦巻いていた。


 カーリーをあの闇に落とすしかない。それが樹流徒の考えだった。この魔空間だからこそ実現可能な方法であり、彼が勝利するための唯一の道でもある。少なくとも、樹流徒には他の攻略法が思い当たらなかった。


 余談だが、カーリーの体を外へ放り出すのに、廊下の窓を使う手もある。しかし、窓の大きさでは些か心許(こころもと)無い。カーリーの体(主に四本の腕)が引っかかってしまい、上手く外に出せない恐れがある。その点、玄関の出入口ならば窓よりもずっと大きい。利用すれば、作戦の実行は格段に、楽になる。

 樹流徒が玄関付近で敵を待ち伏せした理由はそれのみだが、しかし重要なことだった。何しろ作戦の失敗は死に繋がる。些細な問題も見逃さずに万全を期するのは当然の事だった。


 樹流徒は、出入口の数歩手前で悪魔の体を下ろし、床に立たせる。自らは一歩だけ後ろに下がった。間髪入れずに前方へ短いステップを踏むと、勢いそのまま敵の腹めがけて全力の蹴りを見舞った。無論、肉体へのダメージを与えるためではない。


 樹流徒の攻撃を受けたカーリーは、腹をくの字に折り曲げて吹き飛ぶ。全身が外に飛び出た。人間同士の戦いであれば、この瞬間に雌雄は決していただろう。

 そこへいくと魔界の住人は土壇場でも何をしてくるか分からない。

 事実、カーリーは恐るべき隠し玉を持っていた。樹流徒に蹴られるや否や、彼女の黒髪が急激に成長したのである。髪は暴れ川の流れにも勝る勢いで伸びた。まるで自らの意思を持った生き物、或いは精密な機械のようである。無数の髪が、一糸乱れぬ統制の取れた動きで互いの体を絡み合わせ、束を作り、三本の縄を作り上げた。“髪縄”とでも呼ぶべきだろうか。

 三本の髪縄は、形を成すなり樹流徒に襲い掛かった。一連の動きが人間の肉眼では捉えきれない速さだった。


 髪縄の一本が樹流徒の肩を貫く。更には、別の一本が彼の首、もう一本はドアの取っ手に巻き付いた。カーリーは、反撃をすると同時に、即席の命綱を作ったのである。


 樹流徒は、肩の痛みに口元を歪めながら、爪を振るう。ドアの取っ手にしがみついた命綱を切断した。しかし彼自身の首に巻きついた髪縄を切断する暇は無い。

 その縄に引っ張られて、樹流徒の体はカーリーの道連れとなって外へ放り出された。共に奈落へ落下してゆく。


 樹流徒は、奥歯を潰すくらいの力で歯噛みする。すぐに羽を広げて、落下速度を大幅に抑えた。

 そのあいだにもカーリーは腕を伸ばして樹流徒の体にしがみ付く。四本の手で足を摑んで、凄まじい握力で締め付けた。指の先端から伸びた紫色の爪が、樹流徒の肉を(えぐ)る。


 樹流徒は、焼け付くような肩の痛みと、多少の焦りを覚えた。全ての冷静さを失ってはおらず、混乱には至っていない。

 彼は魔法壁を発動した。樹流徒の周りを囲った虹色の壁が、彼を拘束する全てのものを弾き飛ばす。髪縄は千切れ、腕も全て剥がれた。


 カーリーの体が再び宙に放り出される。しかし彼女は即座に三本の髪縄を放った。再び樹流徒の体に髪を巻きつけようというのだろう。

 これに対して、樹流徒は敵の悪足掻きを真正面から受けて立つ。全ての髪縄を爪で切り裂いた。


 恐ろしい粘りを見せたカーリーだが、今度こそ手は残されていないようだ。舞い散る髪と一緒に彼女は奈落目指してまっ逆さまに落ちてゆく。沈黙を守ったまま、血走った瞳を全開にして、自分を闇に突き落した樹流徒を()め上げる。


 樹流徒は、相手の眼力に鬼気迫るものを感じて、ぞっとした。しかし、すぐさま次の行動を起こす。漆黒の羽を勢い良く跳ね上げて、下方への推力を得た。それにより彼の体は急降下する。カーリーの後を追った。


 もし樹流徒が少しでも行動を躊躇っていれば、悪魔は闇に食われていただろう。

 樹流徒は寸でのところでカーリーに追いついた。腕をいっぱいに伸ばして、悪魔の足首を摑む。直後、体勢を変えて、今度は必死に羽を打ち下ろした。下降を食い止める。衝撃で肩の傷が暴れ出した。


「お前が動けば二人とも落ちるぞ。大人しくしていろ」

 樹流徒はカーリーに警告する。彼女に言葉が通じるかどうかなど、考えている余裕は無い。羽の動きに全神経を集中させる。


 宙で停止した両者の体が、徐々に上昇を始めた。

 カーリーの表情に変化は無い。宙で逆さ吊りになっているにもかかわらず、依然血走った目つきで樹流徒を凝視している。安全が確保されるや否や、猛り狂ってもおかしくない面付(つらつ)きだった。


 けれども樹流徒は、カーリーの発する殺気が急速に薄まっているのを感じていた。彼女との戦いはもう終わっている。不思議とそのような気分になった。


 数分後。二人は無事、校舎の中にいた。

 先刻、樹流徒は、エウリノームの麻痺毒を追い出すために廊下の窓を開いた。その窓を通って建物の中に戻ったのである。


 つい先ほどまで死闘を繰り広げていたニ人は、床にしっかりと足を着いて向かい合う。

 カーリーの腕は全て力なく垂れ下がっていた。「交戦の意思は無い」と訴えているのではないだろうか。樹流徒は勝手にそう解釈した。


「僕の勝ち……ということにして貰えるか?」

 樹流徒はカーリーの顔を直視する。


 彼の言葉と想いが通じたかどうかは不明だった。

 しかし、カーリーは音も無く踵を返す。落ち着いた足取りでその場から遠ざかり、廊下の角を曲がっていった。




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