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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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遭遇



 ここは渓瀬(たにせ)通り。六車線の道路が約七キロに渡り東西へ延びており、それと併走する高い建物が下界を眺めていた。市内でも特に交通量が多い場所のひとつである。


 樹流徒が意を決して行動を始めてから早数十分。彼はその渓瀬通りを訪れていた。

 歩道は人々の屍で埋め尽くされ、足の踏み場が無いと言っても過言ではい。文字通り死屍累々たるあり様だ。


 そのため樹流徒は車道の中央分離帯の植え込みの中を歩いていた。これならば間違っても人を踏む心配は無い。ただ、分離帯に乗り上げたり対向車線に飛び出している車も多く、車道の中も決して移動しやすくはなかった。

 樹流徒は車の間を縫って進み、場合によっては車上を踏み越えて行く。ちょっとした障害物コースの中を歩いているようだった。ただでさえ足場が悪いというのに、心身の疲労もあって余計に前へ進むのが遅れる。目的地に到着する前にどこかで一度休憩を挟む必要がありそうだった。


 謎の霧が立ち込めている場所まではまだ長い道のりが残されている。にもかかわらず、既に周囲の視界は余り良くない。近くのものは鮮明に見えるが、遠く離れたものには薄い霧がかかっており少々見えにくくなっていた。

 銀行前に設置されている時計は魔都生誕が起きた4時9分を指したまま停止している。頭上を仰げば濁った青空のような天が同じ顔色を保ち続けていた。

 視界と、時間経過の感覚を惑わせる異様な空間だ。その中を、樹流徒は努めて淡々と歩き続ける。今は希望も絶望も持たないようにした。目の前の景色にだけ意識を集中し、ひたすらに足を前に動かす。


 ところが、彼がようやく通りの半ばに差しかかった時。


 樹流徒は不意にあるもの(・・・・)を視界に捉え、足を止めた。

 遠くの前方に大型トラックが一台停止しているのだが、その陰で何かが動いたのである。霧のせいではっきりとは見えなかったが、恐らく気のせいでは無い。


 そこでしっかりと目を凝らして確認したところ、やはり動く影があった。

 謎の影は、大部分がトラックの後ろに隠れており全体像が把握できないが、人の姿に見えた。大きさからして恐らく子供である。


 生存者との予期せぬ遭遇に、樹流徒は思わずあっと小さな声を出した。そして勢いよく飛び出す。

 果たして子供がトラックの陰なんかで何をしているのか、そのときは全く疑問に思わなかった。仮に疑問に思ったとしても些末なことだと考えていただろう。

 とにかく生きている人がいる。それだけで良かった。青年は疲れを忘れて全力で跳び、走った。


 だが、お互いの距離が大分縮まったところで、樹流徒は再び足を止める。それどころか一歩後退した。

 人影に違和感を覚えたからである。彼は表情を硬くして、今一度トラックの向こうを凝視した。


 すると……人間だとばかり思っていたその影は、どうも違った。人間と似た形はしているが明らかに異質な輪郭を持っている。尻と思われる部分から長細い尾を垂らし、背中と思われる部分からは羽が生えているように見えた。


 謎の生物は青年の存在に気付いていないようだった。樹流徒は足音に気をつけながら反対側の車線へ移る。背を低くして車の陰から陰へと移った。そしてある車の陰で立ち止まる。息を殺して顔だけを出し、トラックの前で(うごめ)く謎の生き物をそっと覗いた。


 青年の全身が凍りつく。やはり謎の生物は人間ではなかった。動物でもない。

 小人である。長い尾と黒い羽を生やした小人が身を屈めていた。肌は赤土色と紫色を混ぜたような不気味な色をしている。化物だ。


 樹流徒はその存在を目の当たりにして一驚したが、それ以上に化物の行動に気付いて戦慄した。


 化物の正面にはライダージャケットを着込んだ人が仰向けになって倒れている。その人は先程までトラックの陰に完全に隠れていたため、樹流徒の目には見えていなかった。

 体格からしておそらく男性だろう。魔都生誕が発生した時にバイクから落ちたに違いない。彼の傍にはヘルメットが転がっていた。


 化物は背中を丸め、その男性の頭に顔を近づけ何かをしていたのである。樹流徒が耳を澄ますとクチャクチャという生々しい音が聞こえた。そこで何が起こっているのか容易に想像がついた。


 人間を……食っている!


 樹流徒の体は更に激しく凍りついた。指先が震える。目の前で、人間が謎の化物に食われている。信じられなかった。倒れた花瓶から一斉に流れ出る水の如く、頭の中から一気に現実感が失われてゆく。それを自覚できるくらいに嘘のような光景だった。


 しかし、やがて樹流徒の脳内は、恐怖に怯える体とは真逆の反応を起こし始める。化物の行為を許すわけにはいかないという怒りが、頭の血を沸騰させた。


 化け物の正体は分からない。化け物がどこから来たのかも知らない。けど、人が襲われているのを黙って見ているわけにはいかなかった。


 あの化物と戦わなければ。放っておけば他の人たちも食べられてしまうかも知れない。

 そう考えたときには熱くなった血が全身を駆け巡っていた。


 樹流徒は衝動に突き動かされて車の陰から躍り出る。化物めがけて一直線に駆けた。




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