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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
109/359

シワと傷の悪魔



 とりあえずどこかの部屋に入ってみよう。

 一番近くの部屋で良い、と考えて樹流徒は横目を使う。


 視線が向かったすぐ先には応接室があった。普段生徒が立ち入らない場所である。樹流徒も直接中を覗いたことは無い。ただ、学校のホームページに掲載されてる室内の画像ならば閲覧したことがあった。

 上下があべこべになったこの世界では廊下の窓と同様、各部屋のドアも若干高い位置にある。応接室の茶色い開き戸もその法則を厳格に守っていた。ドアノブは樹流徒が背伸びをしてやっと指先が届く位置で銀色に輝いている。


 樹流徒は応接室の前に立つと、軽く跳躍してノブにしがみ付いた。手首を捻り、体重を利用して取っ手を回す。カチャリと硬い音が鳴って冷たく口を閉ざしていたドアに隙間が生まれた。その隙間から扉の先が見えたとき、樹流徒は表情を固める。


 目の前に現われたのは完全な闇。自然の闇ではない。暗視眼でも見通せない漆黒の空間ないしは壁が、まるで樹流徒を誘うように、静かに波打っていた。

 如何にも罠の香りがして、樹流徒は迂闊に飛び込むのを躊躇(ためら)う。


 と、その時。


 ――どうした? 部屋の中に入らねェと、当たりかハズレかは分かンねェぞ。

 メイジの愉しげな声がした。

 ――心配すんな。中に入った途端死ぬなんてコトは無ェよ……多分な。

 彼は言葉を継ぐ。親友の警戒心を解こうとしているのか、それとも脅かしているのか、どちらともつかぬ台詞である。


 それに背中を押されたわけではないが、樹流徒は他に選択肢は無いと覚悟を決めた。闇に向かって身を投げる。

 闇の正体はタダの薄い壁だった。廊下から室内の様子を隠すための、いわばブラインドだったらしい。それを突き抜けた樹流徒は、勢い良く応接室の天井に着地した。


 彼は素早く辺りを見回す。室内自体は、上下逆である事を除けば、特に異変は無い。

 しかし頭上から殺気を感じた。滝の如き勢いで降り注ぐ、剥き出しの殺意。すぐに敵だと分かった。そして相手が一体ではないことも。


 樹流徒は、脊髄反射で身構える。

 わずかに遅れてチョルトが次々と部屋中の物陰から姿を現した。その数五体。彼らは短く尖った足の爪を使って、応接用のセンターテーブルやソファにしがみつく。まるでコウモリみたく頭を下にして羽を畳み、宙吊りになった。そしてギィギィと甲高い声の合唱を披露する。


 ――残念。その部屋はハズレだったな。

 メイジが笑う。

 それを合図に悪魔たちが一斉に羽を広げた。獲物めがけて飛び掛かる。


 それでもやはりこの小人型悪魔が幾ら数を増やしたところで、樹流徒の相手にはならない。

 樹流徒の特殊な能力を使うまでも無く、己の肉体のみで敵を仕留めてゆく。拳を振るい、蹴りを見舞った。壁に押し付けて肘を打ち込む。敵の一体を掴み、別の一体めがけて投げつける。


 勝敗が決するまでに時間は掛からなかった。想定外の苦戦も無く、樹流徒はほぼ一方的に敵を攻め続けた。もしメイジがじっくりと高みの見物を決め込もうとしていたのならば、彼に楽しむ暇は無かっただろう。そのくらいあっという間の決着だった。


 赤黒い光の粒が宙を漂う。樹流徒はそれを引き寄せ、彼の意思とは関係なしに吸収した。


 ――へえ。それが魔魂吸収能力か。面白れェな。

 見物人の声がする。

「……」

 樹流徒は何も答えずに歩き出した。表情は浮かない。


 この時、彼の胸中には、不穏な予感が渦巻いていた。なにしろ魔空間が発生し、メイジが用意したゲームで悪魔が襲い掛かってきたのである。

 “メイジは、悪魔と何らかの関わりを持っているのではないか?”

 限りなく確信に近い予感だった。


 樹流徒は応接室を後にする。小さな跳躍で闇の壁を通り抜けると、特に変わった現象は起こらず、廊下に出る事が出来た。

 ――どうした? 何か考え事か?

 メイジが、樹流徒の脳内を覗き込んだような事を言う。


「今の悪魔はお前が用意したのか?」

 ――(わり)ィな。ゲームクリアまで一切の質問は受け付けねェ。

 メイジは質問を跳ね除ける。


 多分そう言うだろうと思った。樹流徒は、心の中で答える。


 ――そんな事より、校内を一部屋ずつ探し回ってもオレを見付つけるのは大変だろ? だから、特別にヒントを出してやるよ。

「ヒント?」

 ――そう。オレの居場所は“オレたちに関係がある場所”だ。良く考えろよな。

「僕たちに関係がある場所……」

 樹流徒は呟きながら、思考を巡らせる。


 真っ先に思い浮かんだのは“一年三組”だった。

 樹流徒とメイジの二人は、二年生に進級してからクラスメートではなくなったが、前年は同じクラスに所属していた。それが一年三組である。


 同クラスの教室があるのは一階。ここからすぐ近くだった。

 早速、樹流徒は移動を始める。メイジに上手く乗せられているような気はしたが、彼のヒントに嘘偽りは無いと確信していた。根拠は親友の勘。それだけである。


 廊下に悪魔の姿は無かった。それとも意図的に配置されていないのだろうか。お陰で樹流徒は労せず目的の場所へ辿り着く。

 逆さまになった“1-3”のプレートが、樹流徒の胸元よりもやや低い位置に備え付けられていた。壁やドアに取り付けられた窓の向こうには先程と同じく黒い壁が揺らめいており室内の様子を隠していた。

 樹流徒はドアを開く。今度は迷わず、落ち着いて、中へ踏み込んだ。


 メイジは……いない。

 今度も代わりに悪魔が待ち伏せていた。教室の中央で突っ立っている。数は一体のみ。だが、チョルトではない。樹流徒が未見の悪魔である。


 その悪魔は、人間に近い老人の姿をしていた。まだ交戦前だというのに、全身には多数の傷を負っている。火傷の跡から深い裂傷まで、傷の種類は様々。頭部には二本の角を持ち、巨大な長い牙が閉じられた口からはみ出していた。そして狐の毛皮をマントのように纏っている。


 ――オマエならその部屋に入ってくれると思ってたよ。

 再びメイジの、機嫌の良さそうな声が響く。


 その声を樹流徒が意に介している暇は無かった。既に戦闘は始まっている。

 先制攻撃を仕掛けたのは悪魔だった。わずかに持ち上げた口の隙間から白い気体を噴射する。虹色の孔雀が吐き出した石化の息と似ているが、あれに比べて煙の量が少なく、勢いも弱い。


 それでも、かなり近距離からの攻撃だったため、微量の煙が青年の足下に届いた。それは彼が履いているズボンの裾から侵入する。樹流徒の脛に少し冷たくひりひりした感触が伝わった。


 ――その悪魔は“エウリノーム”。あまり戦いを長引かせると部屋中が麻痺毒で充満するぜ。さあ、どうする?

 メイジが、樹流徒の焦りを煽る。だが同時に「煙の正体は麻痺毒だ」と、助言を送ったとも取れた。


 室内全ての窓が黒く染まってゆく。このエウリノームという悪魔を倒さない限り脱出は不可能という通告なのだろうか。


 樹流徒はリーチの長い爪を伸ばして、敵に切り掛かった。素早く懐に飛び込んで、相手の首を刎ね飛ばすつもりだった。


 ところが、横一閃なぎ払った彼の爪が捉えたモノは、悪魔が着込んできた狐の毛皮のみ。エウリノーム本体は、その外貌とは裏腹に鋭敏な動きで、垂直に高く飛び攻撃をかわしていた。更に、跳躍が頂点に達したところで、樹流徒めがけて麻痺毒の息を吐く。


 樹流徒は咄嗟に狐の毛皮を引き寄せて盾代わりに使った。息の大半を防いだが、微量の毒を受けて額と首筋がジンと痛む。

 着地したエウリノームは息を散布しながら、教室の中を縦横無尽に飛び回る。

 樹流徒は、爪に引っかかった毛皮を瞬時に焼き払うと、すぐに敵の後を追った。


 エウリノームは、動きも速く、特殊な攻撃方法を持つ。対戦相手にとってはかなり厄介な悪魔だと言えそうだ。

 ただ、樹流徒はこの悪魔よりも速く動く敵を知っているし、似たような攻撃をする悪魔との戦いも経験済みだった。故にエウリノームが十分な戦闘能力を備えていたとしても、樹流徒の強敵にはなり得なかった。


 身体中の皮膚をシワと傷に覆われた悪魔は、引き続き麻痺毒を散布しながら、絶え間なく動き続ける。部屋に毒を充満させ、獲物が動けなくなったところでじっくりトドメを刺そうという戦法なのだろう。


 だが次にエウリノームが壁を蹴って宙を舞ったとき、樹流徒も同じ位置に飛んでいた。

 悪魔は相当驚いたに違いない。手足を暴れさせ、空中でもがく。

 対照的に、樹流徒は狙い済ました動きで敵の首に爪を突き立てた。




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