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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
108/359

逆転する世界



 ひと目見れば学校と分かる五階建ての白い建物が、地面に薄暗い影を落とし、どこか寂しげな佇まいをしていた。その学校は市内中央に位置し、結界から漏れ出す霧が届かない場所にある。お陰で遠目にも校舎の姿をはっきりと視認出来た。校門には“県立龍城寺北高等学校”の文字が彫られている。


 その文字をじっと見つめたあと、樹流徒はかつての母校に視線を移した。校内に(とも)る明かりは当然ひとつも無い。スピーカーから鳴り渡るチャイムの音も、廊下を往来する生徒や教師たちの姿も、何もかも全ては過去のものだ。樹流徒にとって時に楽しく時に憂鬱だった日常生活の象徴ともいえる場所は、今やただの巨大な箱と化していた。


 今、その巨大な箱の裏手から、ギャアギャアという奇態な声が上がる。少し遅れて羽を生やした人型の悪魔が屋上から飛び立った。その姿は徐々に小さくなって、やがてに空の彼方に消え去る。


 樹流徒は、校舎に並ぶ窓を順に見てゆく。建物内のどこかにいる親友の姿を探し求めた。

 魔都生誕の後、メイジの身に一体何が起きたのか? 何故、彼は組織の人間に危害を加えたのか? それらをメイジの口から聞き出さねばならない。


 校舎の正面側から見える窓の数はそれほど多くなかった。窓辺に誰の姿も無いことを素早く確認すると、樹流徒は歩き始める。

 校門を通り過ぎるとグラウンドが半分くらい見渡せた。残り半分は校舎の陰に隠れている。

 肌色に染まった砂の上で、数体の異形が寝そべっていた。奥に設けられたサッカーゴールによじ登っている悪魔もいる。その様子を遠巻きに眺める樹流徒は、自分の心がにわかに冷えてゆくのを感じた。不快感ではない。感傷や虚しさとも違う。えも言われぬ気分だった。


 校舎前の敷地を埋めるレンガ状の白いタイルを踏み締める。学生用玄関の前には小人型悪魔チョルトが三体固まっていた。彼らは互いに顔を向かい合わせて突っ立っている。会話でもしているのだろうか。背中の羽と細い尻尾だけがゆるやかに動いていた。

 樹流徒が近付くと、チョルトたちは交戦の意思を見せず、逆に蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。本能的に互いの実力差を感じ取ったのかも知れない。三体のチョルトがまとめて立ち向かったところで、今の樹流徒とは勝負にならなかった。


 樹流徒は玄関に立ち、ガラス張りの扉に己の姿を映す。その向こう側に置かれた靴箱が目に入って、ようやく懐かしいという感情が生まれた。靴箱の端には誰かのスクールバッグが置かれている。ますます懐かしかった。


 出入口の扉は四枚並んでおり、内三つは全開になっていた。残り一つは閉じている。

 樹流徒は、開いている扉を通って建物内へ踏み込んだ。すぐに暗視眼を使って双眸(そうぼう)を真紅に光らせる。それにより暗い校舎の中も昼間のように明るく見えた。


 周囲に敵の姿は見えない。それでも最低限慎重にならざるを得ないのが、今の市内である。

 樹流徒は心持ちゆっくりと歩を進めた。いつ何が起きてもおかしくない。そう自分に言い聞かせる。


 ところが心の準備をしていたにもかかわらず、彼は一驚を喫する。

 出し抜けに樹流徒の視界が急回転したのだ。壁が、靴箱が、天地がひっくり返る。

 眩暈(めまい)を起こしたのだろうか? そうではなかった。回転したのは樹流徒の視界ではなく、世界そのものだった。校舎が上下逆さまになったのである。


 気付けば、床の上を歩いていたはずの樹流徒は、天井に落下(・・・・・)していた。

 素早く体を起こして、立ち上がった頃には、魔空間が発生したのだと理解する。明らかに樹流徒が校舎に足を踏み入れた瞬間を狙っての発生だった。


 周囲を警戒するが、引き続き近くに敵影は存在しない。足下に蛍光灯。頭上を仰げば廊下と靴箱が見えた。

 奇妙なことに、靴箱の頭に溜まった埃の塊は微動だにせず、壁際に置かれたスクールバッグも床に張り付いたまま落下してこなかった。樹流徒だけが重力の影響を受けて天井に立っているのである。悪魔が生み出した空間は相変わらず超現実的な現象を易々と引き起こす。


 現在、校内のどこかに、この異質な空間を発生させている悪魔がいる。

 果たしてメイジは無事だろうか? と、樹流徒はすぐに友の身を案じた。だが、同時に嫌な予感を覚えた。メイジと待ち合わせをした場所で、偶然にも魔空間を構築できる悪魔が待ち構えていた。これは単なる偶然なのだろうか?


 そのような事を考えていると、嫌な予感がすぐに現実のものとなる。


 ――よう。来たな相棒。


 校内に若い男の声が響いた。休日の昼下がりを連想させる、どこか気だるそうな声だ。

 その声の持ち主が誰なのか、樹流徒は記憶を探る必要も無かった。

「どこだメイジ?」

 彼は素早く頭を振って四方を見回し、声の主に呼びかける。

 しかし姿を現す者は誰もいなかった。


 ――少し落ち着けよ。

 どこかにいるメイジはそう言った後、クククと笑った。

「この空間はお前の仕業なのか?」

 ――それは、オマエがオレの元に辿り着いた時に話してやるよ。それより、今からゲームをしようぜ。

「ゲーム?」

 ――そう。ルールは至って簡単。樹流徒がオレの居場所を探し当てる。それだけだ。

「僕は遊びに来たわけじゃない。お前と話をするために……」

 ――まあ、そう言うなよ。相変わらず堅いヤツだな。

 メイジの言葉が、樹流徒の台詞を途中で遮る。


 ――オレは、サムライ野郎相手に能力を見せてやったじゃないか。今度はオマエがオレに力を見せてくれよ。

 とメイジ。サムライ野郎というのは、考えるまでもなく令司のことだ。彼との戦いでメイジは化物じみた姿に変身し、その能力を樹流徒は目の当たりにした。「次は樹流徒が能力を披露する番だ」とメイジは言っているのだろう。


「僕の力……」

 ――とぼけるなよ。オマエ、殺した悪魔の力を奪う能力があるんだってな。その真っ赤に光る目もそうなんだろ? 最高じゃねェか。

「メイジ。お前どうして……」

 ――不思議だろう? 何故、オレがその事実を知ってるのか。

「……」

 図星だった。樹流徒は、まだメイジに能力の話をしていない。それなのに何故、彼が魔魂吸収能力について知っているのか? 樹流徒が疑念を抱くのは当然だった。


 ――その疑問に関しても、気が向いたら答えてやるよ。じゃあ、また後でな。

「待て!」

 樹流徒は急いでどこかにいるメイジを呼び止めたが、返事は無かった。樹流徒の声だけが、虚しく廊下を突き抜けてゆく。


 このあとどうすべきか、樹流徒に選択肢はなかった。親友が自分のために用意したゲームに参加しなければいけない。そして何が何でもメイジに会って話を聞かなければいけない。


 とりあえず立ち止まっていても(らち)が明かなかった。樹流徒は、天井の上を歩き始める。

 靴箱の前を横切ると、左手には教職員専用の玄関、正面には一階からニ階へ下りる(・・・)階段。そして、右手には一階の奥へ進む廊下が現れた。


 当然ながら階段は下を向いており、この魔空間の中では使い物にならない。樹流徒が二階へ行くためには、一階の天井からニ階の天井に飛び降りるしかなかった。

 それは樹流徒にとって造作も無いことだったが、今すぐ実践はしない。二階に下りるよりも先に、右手に見える廊下へと進んだ。


 上下逆の世界では、見慣れた景色もまったく雰囲気が違って見える。

 本来かなり低い位置に取り付けられている廊下の窓は少し高い位置に移動していた。その窓の向こう側には恐ろしい光景が広がっている。樹流徒が顔を上げると、視線の先にあったのは大空ではなく、頭上数メートルにまで迫った地面だった。上下が逆転しているのは校舎の中だけではなかったのである。


 だとすれば眼下には空が広がっているはずだが、窓から下を覗いてみると、予想外の光景が実に飛び込んできた。

 闇である。全てを飲み込んでしまいそうな奈落が、ぽっかりと口を開けていた。


 樹流徒は小さく背伸びをして、窓に手を掛ける。そのまま引いてみると、意外にもすんなり開いた。寒風が飛び込み、彼の前髪を揺らす。

 樹流徒は羽を広げて、窓から身を乗り出し外へ飛び出した。校内を移動するよりも、外から部屋の中を覗いてメイジを探した方が手っ取り早い。


 ところがそう都合良くはいかなかった。内側から見たとき確かに透明だったガラスは、何故か外側から見ると全て黒く塗り潰されていたのである。そのせいで室内の様子が見えなかった。加えて、外側から窓を開こうとしても、びくともしない。これではいくら校舎から出られてもほとんど意味が無かった。


 樹流徒は建物の中に戻る。あくまでも校内を歩き回ってメイジを探さなければいけないと分かった。村雨病院の時と同じように、部屋をひとつひとつ地道に確認してゆく必要がある。




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