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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
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顔合わせ(後編)



 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうのに、辛く退屈な時間はとても長く感じる。それは人間誰しもが日常的に体感している現象だ。例えば、学校に行っても好きな授業は短く感じるが、苦手な授業だとやたら長く感じる。このように人の心理状態によって長さが変わる(ように感じる)不正確な時間を“心理的時間”と呼ぶらしい。


 三人でトランプ遊びを始めてから二十分くらい経っているような気がする。それが今、樹流徒の感じている心理的時間だった。

 実際は恐らく倍近くの時間が経過しているだろう。何しろババ抜きはもう七戦目に突入していた。驚くほど時の流れが速い。平和で穏やかなこのひと時は樹流徒にとってかけがいのないものだった。


 砂原を呼びに行ったはずの令司はまだ座敷に戻って来ない。些か時間が掛かり過ぎていた。

 それについて早雪が言うには、砂原は相当寝起きが悪いので令司が手こずるのも無理はないという。かく言う早雪自身、つい数日前に睡眠中の砂原を呼びに行ってかなり苦労したらしい。隊長は目を覚ますのは早いが、それから体を起こすまでに相当な時間を要するのだとか……。

 今頃、令司も砂原と布団の引っ張り合いでもしているのかもしれない。樹流徒には余り想像出来ない光景だった。


 ふと気付けば、ババ抜きの七戦目が終了していた。

「相馬さん、弱過ぎですよ」

「博才が無いのかも知れないわね」

 二人の少女が続けざまに言う。彼女たちの手札は全て無くなっていた。

「おかしいな」

 樹流徒は手元に残った一枚のカードを見つめる。そこに描かれたジョーカーのイラストが、人をからかうような笑みを浮かべていた。


 樹流徒は負けが込んでいた。ババ抜きでまさかの七連敗。人間が一生涯の内に使える運の総量が(あらかじ)め決まっているのだとしたら、悪魔との戦闘で粗方使い果たしてしまったのではないか。そんな冗談の一つも言いたくなる惨敗だった。

「あの……そろそろ別のゲームにしますか?」

 ババ抜きに飽きてしまったのか、早雪が尋ねる。

「いや。もう一回だけやろう。次が最後だ」

「相馬君。その台詞、もう三度目よ」

 詩織が冷静な突っ込みを入れた。


 結果的に第八戦が行われることは無かった。樹流徒がカードをシャッフルしている最中、ようやく令司が姿を現したのである。無論、砂原も一緒だった。髪には寝癖がついており、特に横髪があらぬ方向へ跳ねていた。そのせいで折角威厳を保っている表情が却って滑稽だった。


 とはいえ砂原の全身から醸し出される風格は全く損なわれていない。彼が現れた途端、場の空気がピリリと張り詰めた。

 座敷で行われていたトランプ遊びは自然とお開きになる。早雪は少し物足りなさそうな顔をして、床に散ったカードを集め始めた。令司が彼女の元へ歩み寄り、片付けを手伝う。


 砂原はのしのしという擬音が似合いそうな足取りで敷居を(また)いだ。その場で足を止め、出入口を塞ぐような格好で立つ。

 詩織は静かに腰を上げると

「はじめまして」

 眼前の大男に向かって、初対面の挨拶をした。

「ああ、はじめまして。俺は砂原。この組織のメンバーをまとめている者だ。皆からは隊長などと呼ばれているがな。君の名前は八坂から聞いた。イサキ・シオリ君……で合っているな?」

「はい」

 詩織が肯定すると、砂原は「うむ」と呟いて三、四回と細かく頷く。その(たび)に、寝癖の付いた横髪が小さく跳ねた。

「我々組織の人間は、普段であれば一般人との接触を極力避けている。寝食を共にするなどまず有り得ない。だが今回だけは特例だ。我々は君を悪魔の手から保護しよう」

「ありがとうございます」

「うむ。しかし礼ならば後で南方という男にでも言ってやると良い。君をアジトに招こうと提案したのはアイツだからな」

「は……い」

 南方という人物に直接会ったことのない詩織は、曖昧な返事と共に相槌を打つ。


「それより、出会って早々失礼だが、君に一つ質問をさせて欲しい」

「なんですか?」

「イサキ君も、相馬君と同じく数年前に起きた事件の被害者だそうだな?」

「ええ。そうです。あの事件はNBW事件と呼ばれているとか……」

「その通りだ。もう知っていたか」

「質問はそれだけですか?」

「いや。俺が聞きたいのはここからだ。相馬君とメイジという青年は、NBW事件の被害者であると共に、どちらも謎めいた力を持っている。1人は悪魔の魂を吸収し、もう一人は悪魔じみた姿に変身する能力を有するらしい。イサキ君もその事実は知っているな?」

「ええ」

「では、君はどうなのだ? 君にも二人と同じような能力が備わっているのか?」

 砂原は追及する。彼もまたNBW事件の被害者が持つもう一つの共通点に気付いていた。


 詩織は殆ど間を置かずに返答する。

「いいえ。私に悪魔と戦う力()ありません」

 上手く答えたものだ、と樹流徒は感心した。彼女は、少なくとも嘘は()いていない。


 詩織の答えを受けて、熊の如き大男は腕組みをする。人差し指で二の腕をトントンと叩き始めた。その指を数回上下させると、構えを解き、話を再会させる。

「そうか。いや、今の質問に大した意味は無い。何となく聞いてみたかっただけだ。気にしないでくれ」

「はい」

 それで砂原の質問は終わり、話は連絡事項のようなものに移る。

「さて……。今後イサキ君に寝泊りして貰う部屋についてだが、女性陣の部屋は3階と決まっている。空いている所を好きに使うといい」

「ありがとうございます」

「それと、申し訳ないが、君の自由には多少の制限がつく。こう見えても我々が所属している団体は秘密組織なのでな。その辺りは理解して頂きたい」

「ええ。気をつけます」

「物分りの良いお嬢さんで助かる。君の、身の安全だけは保障しよう。不便も多いだろうが、市外に脱出できるまでの辛抱だ」

「はい」

 市外に脱出する方法などあるのだろうか? それに、仮に結界の外へ出られたとして、向こう側の世界は無事なのか?

 樹流徒は疑問を覚えた。ただ、それを口にはしなかった。言葉にしても何一つ良いことは無い。この場にいる者を不安にさせるだけだ。

 それに同じ疑問を抱えているのは樹流徒だけではない。詩織も、令司も、早雪も、そして砂原自身も、程度の差こそあれ色々なことに対して懐疑的になっているはずである。それでも誰一人疑問を唱えないのは、わざわざ口にしなくてもこの場にいる全員が同じ疑問を共有していると互いに承知しているからだろう。


「俺から言うべきことは以上だ。逆に、イサキ君から我々に対して質問はあるか? 答えられる範囲でお答えしよう」

 砂原に尋ねられると、詩織はわずかに視線を落として数秒のあいだ考える素振りを見せる。

「いえ。特に……。今すぐには思い付かないです」

 と答えた。

「なるほど。では、もし今後何か分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ。どのメンバーに尋ねてくれても良い」

「分かりました」

「隊長。南方は口が軽いから余計なことまで喋りかねん。今の内に釘を刺しておいた方が良い」

 ここで、令司が横槍を入れる。

「それもそうだな」

 砂原は即座に了解した。戦闘や情報収集はともかく守秘義務を守る事に関して、南方は余り信用されていないようだ。

 南方には申し訳ないが、令司と砂原の判断に樹流徒も納得してしまった。たしかに南方ならば聞いてもいない情報も含めて色々と喋ってくれそうな気がする。


「では、俺はこれで失礼する。早速おしゃべりな男へ忠告を与えに行くとしよう」

 砂原は身を翻して樹流徒たちに背中を向けた。そして、密かに口元を歪めて欠伸を噛み殺しながら、再びのしのしという擬音が聞こえてきそうな動きで、その場から去っていった。


「これで隊長への報告は済んだな。ついでに南方への報告も済みそうだ」

 令司は、開きっ放しになっている襖の先を見る。

「ええ。ありがとう」

 詩織が礼を述べた。

「あの……」

 続いて、早雪がやや緊張した面持ちで、詩織に声を掛ける。

「どうしたの?」

「シオリさんの部屋ですけど、もしよければ私の隣に来ませんか?」

「ええ。折角そう言ってくれるなら」

 詩織は二つ返事で了承した。

 早雪はぱっと明るい笑顔を咲かせる。

「じゃあ、今から案内しますよ」

 彼女は詩織の手を握り、軽く引っ張る。その光景は仲の良い姉妹が連れ立って歩いている姿に見えた。

 すると、()の方が、ちらと樹流徒の顔を見る。

 樹流徒が無言で頷くと、彼女は頷き返し、早雪に連れられて部屋を出て行った。


 少女たちの足音が消え、その場には樹流徒と令司、そして置き去りにされたトランプの束だけが残った。

「早雪ちゃん、大分元気になったみたいだな」

「早雪ちゃん(・・・)?」

 令司は思い切り目に角を立てる。

さん(・・)だったな。忘れていた」

「そうだ。気をつけろ」

「ああ」

「しかしお前、本当にアイツが元気を取り戻したように見えるのか?」

「え。どういう意味だ?」

 樹流徒の目には、早雪はかなり立ち直っているように見えた。トランプで遊んでいる間もずっと楽しそうだったし、口数もそれなりに多かった。

 ただ、令司の目から見ると違うらしい。

「早雪は表面上明るく振舞っているが、周囲を心配させまいと無理をしているに決まってる。渡会がやられたショックはそう簡単に消えるはずがないからな」

 彼はそう言い切った。

「そうか。兄妹のお前が言うなら、きっとそうなんだろうな」

「……」

「彼女のためにも、渡会さんが早く目を覚ましてくれると良いが……」

「全くだ」

 令司は樹流徒の言葉に心底同意したように頷く。彼がこんな反応を示すのは初めてだった。


「相馬。一つ聞きたい事がある」

「何だ?」

「あのイサキという女だが……。本当にタダの人間なんだろうな?」

「それは、どういう意味だ?」

 樹流徒は若干表情を曇らせる。

「彼女は、お前みたいに悪魔の力を使ったりはしないんだな? と再確認しているだけだ。他意は無い」

「ああ。それは心配要らない」

「そうか。ならば良い」

 その台詞を最後に令司は歩き出す。彼もまた座敷から立ち去った。


 現在、砂原の命令で組織のメンバーは解散中である。彼らが再び一堂に会すまでにはまだ大分時間が余っていた。

 そのため、樹流徒は今の内にメイジとの約束を果たすべく、彼と待ち合わせをしている場所へ行こうと決めた。




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