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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
103/359

nbw(ネブウ)



「これから話すのは、僕がまだ中学生だった頃の出来事です」

 樹流徒はまず冒頭でそう述べた。

「では、数年前の出来事なのだな?」

「そうです」

「うむ……。話の出端(でばな)を折って済まない。続けてくれ」

 砂原が促すと、樹流徒は「はい」と頷いて、先を語る。

「ある日、僕が通う学校で不思議な事件が起きたんです」

「事件?」

「確か、春の出来事でした」

 そう。季節は春……。空が良く晴れた日に起きた、奇妙な事件だった。


 当時樹流徒たちが通っていた中学校では、間もなく午前最後の授業が行われようとしていた。その日に限ったことではないが、校内全体の雰囲気は至って平和で、まさかこのあとすぐにとんでもない事件が起ころうなどとは、きっと誰も想像してなかったに違いない。

 しかし事件は起きた。授業前の休み時間、突如、上空に謎の発光体が出現したのである。その光は黄金の輝きを放ちながら、目にも留まらぬ速さで落下。校舎の壁と窓をすり抜け、廊下を歩いていた生徒たちを直撃した。


 被害者は四名。光の直撃を受けた彼らは全員意識不明の重態に陥り、すぐに病院へ搬送された。幸いにも、夕方には四人とも意識を取り戻し、その後行われた精密検査でも各部異常無しとの診断が下された。

 一方、彼らを襲った謎の光ついては、痕跡の欠片さえ残さず消滅してしまったため調査自体がろくに行われず、その正体は分からずじまい。

 この事件は全国ニュースとして取り上げられるほどの騒ぎになったが、一連の様子を映した画像・動画等が全く存在しなかったという事情もあり、世間から殆ど興味を持たれぬまま、すぐに風化した。


 樹流徒が、事件のあらましを語り終えると……

「その事件ならば非常に良く憶えている」

 砂原が真っ先に反応を示した。“非常に”という部分をやや強調して言う。

 その言い方が樹流徒には少し引っかかって

「どうして憶えているんです?」

 思わず尋ねた。

 当時の学校関係者ですら、事件に対する興味は大して持続しなかった。なのに被害者でもなければ目撃者でもない砂原が未だに事件を記憶していたのが、少し意外だった。

 そんな樹流徒の疑問に砂原は応じる。

「実を言えば、あの事件……俺も全くの無関係ではないからだ」

「え」

「あの日、組織の国内本部から“事件を調査せよ”との命令が下った。俺が龍城寺支部の支部長に就いて初の仕事だった。俺は、当時の部下に事件の調査を命じたんだ」

「で、結果は?」

 令司が口を挟む。

「調査は即中止になった。今度は国外からの要請でな」

「そんな話、初耳だぞ」

 ベルが微かに怪訝そうな顔をする。


「当然だ。俺が意図的に隠していたのだから。組織から厳しく口止めされていたのでな」

「へえ。それって、間違いなく裏があるよね」

「ああ。俺が本部に軽く探りを入れてみたら、脅迫めいた返事が来たくらいだ」

「何だか穏やかじゃないね。ちなみに、どんな脅し文句だったのかな?」

 南方はこの話に興味があるようだ。恐いもの見たさならぬ“恐いもの聞きたさ”の心理だろうか。わずかに緩んだ男の口元はどこか楽しんでいるようにも見えた。

 対照的に砂原はやや渋い表情をする。

「“身の丈に合わぬ好奇心を持つ者は大抵長生き出来ない”と言われた。“知り過ぎたせいで実際に消された人間がいる”という内容を暗に匂わせる発言もあったな」

 そう言って眉根を寄せた。当時の嫌な記憶が蘇ったのかもしれない。

「うわ……。エグいなあ」

 南方は引きつった笑みを浮かべた。


「上層の、組織内部に対する隠蔽体質は今に始まったことじゃない。だが余り気分の良い話じゃないな」

 ベルは怪訝そうだった表情を、不快そうに歪める。

「それだけ必死になって隠さねばならぬ秘密があったのだろう……。ともあれ、そのような因縁があって、俺は今でもあの事件を良く覚えているというわけだ」

「納得しました」

 樹流徒は言葉通り得心した。


「余談だが、あの事件は、一部の者たちの間で“NBW事件”と呼ばれているらしい」

「エヌ・ビー・ダブリュー事件?」

「お前たちの中には知ってる者もいるだろうが、イブ・ジェセルという組織名は、古代エジプト文字で“聖なる心臓”を意味している。それと同様、NBW事件という名称にもヒエログリフが利用されているそうだ」

「へえ。その話、もうちょっと詳しく聞きたいなあ」

「ヒエログリフの中には“黄金”を意味する文字がある。それを翻字するとローマ字で“nbw”と書くのだ。発音はエヌ・ビー・ダブリューではなく“ネブウ”だがな」

「なるほど。つまりNBWの三文字は、事件の核となる存在……黄金の光を暗示してるってわけか」

 ベルがどことなく退屈そうな口調で言う。南方とは違って彼女はこの話に余り興味が無さそうだ。

「もっとも、何かの折に組織の知り合いから又聞きした話だ。真偽の程は分からん。ただ、便宜上事件の呼び名があった方が良いと思ってな。この場で話したに過ぎん」

「じゃ、隊長の意を汲んで、今後はこの事件をNBW事件と呼称しようか」

 南方が提案する。

 特に反対意見は出なかった。


「事件の概要は理解した。だが、そのNBW事件と、相馬が魔都生誕の影響から生き延びた事と、一体何の関係がある?」

 令司が話を急かせる。本来語るべき話題の核心へと迫った。

「僕とメイジが事件の被害者なんだ」

 樹流徒が答える。

 そう。数年前の事件に巻き込まれたのは、彼と詩織だけではない。メイジもまた被害者の一人だったのである。


「なに。君たちがあの事件の被害者?」

 砂原が勢い良く立ち上がった。

「はい」

「では、君は、NBW事件の被害者が、魔都生誕の影響を逃れたと主張したいのだな?」

「主張という程ではないです。さっきも言いましたが、ただの憶測ですから。確実な証拠なんて無いですし……」

「そうだったな。が、偶然とも言い切れまい?」

「ところで、被害者は四人なんだろう? だったら、相馬とメイジって奴以外の二人もまだ生き残ってるんじゃないのか?」

 ベルが仮定を唱える。

 彼女の言葉で、令司が何か閃いたような顔をした。

「まさか、さっきの女がそうか」

 彼は鋭い目つきで樹流徒の横顔を射る。


「女……とは?」

 今度は砂原が、令司の横顔に問う。

「俺はついさっき“相馬の知り合い”と名乗る女に出会った。顔は見なかったがな」

 令司が答えると

「え。そうなの?」

「会ったのに顔を見てないってどういう事だ?」

 南方とベルが立て続けに疑問を唱える。

「細かい事は良い。それよりどうなんだ?」

 二人の質問を無視して、令司は樹流徒に問い(ただ)す。


 樹流徒はしらばくれる事ができなかった。最早どんな嘘や言い訳も苦しい。

「そうだ。彼女も被害者だ」

 詩織の存在を認めるしかなかった。

「では、NBW事件に巻き込まれた被害者四名の内、少なくとも三人は現在も生存しているのだな」

「偶然と呼ぶには出来過ぎだな」

 ベルはそう言って、襖に背中を預ける。

 彼女の言葉に樹流徒も同感だった。今ならば「同感だ」と言える。何故ならば、樹流徒はメイジと再会したことによりNBW事件の被害者が持つ“もう一つの共通点”に気付いたからである。


 それは“被害者が皆、特殊な能力を得ている事”だった。

 樹流徒は魔魂を吸収する能力。詩織は未来予知の力。そして、メイジは異形の姿に変身する能力を、それぞれ有している。その事実が、単なる憶測に過ぎなかった樹流徒の考えに、ある程度の根拠を持たせていた。


 しかし……この発見を今すぐ話すべきか。この場にいる人間に伝えておくべきだろうか。

 樹流徒の心には迷いが生じていた。

 心情的には素直に話したかった。短い付き合いとはいえ、共に死線を潜り抜けてきた組織のメンバーたちに対しては、少なからず仲間意識が芽生え始めている。彼らへの隠し事は一つでも減らしておきたかった。

 だがその一方で、詩織の能力について彼女の許可なしに口外するのは避けたい、という抵抗がある。

 どちらの選択が正しいのか、分からなかった。


 が、その葛藤はすぐに消える。

「分かった。今回の話は覚えておこう」

 砂原の声が、樹流徒の思考を中断させたのだった。

「はい……」

 樹流徒は反射的に返事をしてから、閉口する。選択のタイミングを逸してしまったにもかかわらず心はどこかホッとしていた。

 ただしその安堵も束の間。

「ところで、八坂が出会ったという少女は、今どこにいる?」

 砂原が、詩織の居場所を樹流徒に尋ねた。


 まるで尋問を受けているような気分になって、樹流徒の心に軽い緊張が走る。ただ今回は迷わず沈黙を選択した。この質問にだけは答えるわけにいかない。悪魔倶楽部の存在を知られれば組織との関係は確実に終わってしまう。

「話したくない理由があるんだろう」

 令司が確信したように言う。

「樹流徒君。余計なお節介かも知れないけど、その女の子をここに連れてきてあげた方が良いんじゃないかな? 市内は悪魔だらけで危険だからね」

 と、南方。

「駄目だ。ここに連れて来たら組織の存在がバレる」

 間髪入れず、ベルが異論を差し挟む。

 その異論に対しさらに異を被せたのは砂原だった。

「俺は南方の意見に賛成する。確かに組織の存在が知られるのは困るが、既に相馬君の口から我々の情報が漏れているのではないか?」

 そう言って、樹流徒の瞳を真っ直ぐ見た。

「はい……。彼女にはもうアナタ方の存在を話してあります」

 樹流徒は正直に白状した。


「じゃあ、もう何も問題ないね。君の知り合いを連れておいでよ。この宿は、現在の市内では一番安全な場所だからさ」

 確かに市内では(・・・・)最も安全な場所だ。

 樹流徒は頭の中でそう答えながら

「後で本人に聞いてみます」

 口では別の答えを返した。



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