表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説

フタカラ

作者: うわの空

 俺の趣味は一人でカラオケに行くこと、そう、ヒトカラだ。土曜日になるといつも、同じカラオケ店に歌いに行ってる。その店はいつも空いてて、穴場だからだ。

 寂しい?そんなことない。むしろ気楽だ。俺は音痴で、他人とカラオケに行くと大抵笑われるから。一人の方が思いっきり歌えて気持ちいい。

 ということで今日も、ヒトカラに来た。

「18番ルームでお願いします」

 そしてその日初めて、18番ルームに通された。



 ドアを開けて、俺は驚愕した。


 その部屋のソファーにはすでに、女の子が一人ポツンと座っていた。


 肩までの黒髪、白い肌。5、6歳くらいに見える丸い顔。くまのワッペンがついてるピンク色のトレーナーに、白いスカートとタイツ。今は夏だというのに、その子の格好は明らかに冬服だった。

 そしてその子の身体はちょっと、透けていた。


 俺は急いでフロントまで走った。俺には霊感はない、はずだけどあれはどう見ても幽霊だ。部屋を変えてもらわないと、怖い。

 ところがフロントには、『只今満席です』の札が立っていた。珍しい。このカラオケ店が満席になるなんて、そうそうないことなのに。

 俺はしぶしぶ18番ルームに戻り、そっとドアを開けた。

 やはり、女の子が座っていた。そして、こちらと目があった。

「うおおぃ…」

 俺が思わず情けない声を出すと、今度は女の子の方がびっくりしたような顔をした。

 迷った。歌うのを諦めるか、他のカラオケ店に行くか、ここで歌うか。だけど他のカラオケ店だって、もう満室かもしれない。

「…。」

 俺は恐る恐る部屋に入り、女の子の向かいのソファーにゆっくりと座った。デンモクをいじるふりをして、女の子の方をチラ見する。すると、また目があった。

 女の子が笑った。さっきから思っていたことだが、けっこう可愛い子だった。


 俺はとりあえずアニメソングを一曲入れて、向かい側の女の子を気にしながら歌い始めた。明らかに下手くそな俺の歌声が、部屋に響き渡る。

 歌ってる途中、やっぱりどうしても気になって女の子の方を覗き見た。

 彼女は嬉しそうな顔で、曲に合わせて手を叩いていた。叩いてる音は、聞こえないけど。

 そのあとも何曲か歌ったけれど、どの曲も女の子は嬉しそうに聴いていた。

「…俺の歌、下手くそだろ?」

 俺は思わず、苦笑いしながら女の子に話しかけた。女の子は一瞬キョトンとしてから、ふるふると首を振った。それからまた、嬉しそうに笑った。

「君の姿は、他の人には見えてないの?」

 この子は怖い幽霊じゃなさそうだと思って気が抜けたせいか、また女の子に話しかけた。女の子は悲しそうにうなずいた。どうも、この子の姿が見えたのは俺が初めてらしい。

「えっと…君の名前は?」

 そう言うと彼女は、首を振った。さっきから思っていたが、彼女は話せないようだ。幽霊だから話せないのかどうなのかは、よく分からないけれど。


 この子はどう考えても幽霊だけど、俺が歌っているのを嬉しそうに聴いてくれる。聞こえないけれど手拍子をしてくれる。それがちょっと嬉しかった。

 俺はデンモクを持ってゆっくりと彼女の方へ近づき、隣に腰かけた。彼女はきょとんとした顔でこちらを見ている。

「なんか歌ってほしい曲ある?」

 俺が訊くと、女の子は大きな目をさらに大きくした。それからニコニコと笑うと、デンモクの画面を指さした。『童謡』だった。女の子が指をさす通りに、俺はデンモクをいじる。

 彼女がリクエストしたのは、「あわてんぼうのサンタクロース」だった。

 外では蝉が鳴いているというのに、クリスマスソング。季節外れだなあと思いつつ、だけどそれは言わなかった。

「歌えるかな…」

 と言いつつ、予約をする。イントロが流れ出した途端、彼女の目がキラキラと光った。

「あわてんぼーのーサンタクロースー、クリスマスまえーにーやーってきたー」

 彼女は手を叩きながら、とてもうれしそうに、明らかに音痴なはずの俺の歌を聴いていた。



 次の土曜日も、18番ルームに通された。そしてやはり、その女の子はいた。俺を見ると、女の子は嬉しそうに笑った。どうも、俺のことを覚えていたらしい。そして俺はまた、「あわてんぼうのサンタクロース」を歌った。

 そのうち俺は、自ら18番ルームを指名するようになった。はたから見たら、男が一人で「あわてんぼうのサンタクロース」を歌ってるのは妙な光景だと思う。だけど気にしない。だって俺には、俺だけには、嬉しそうに聴いてくれている観客が見えているから。

 俺のヒトカラは二人カラオケ、いうならばフタカラになった。彼女は、歌えないけど。



 夏が過ぎて、大分涼しくなった頃。俺は夢を見た。

 カラオケ店で仲良くなったあの子が出てきた。彼女は、病院のベッドの上にいた。病室から見えている木の枝には葉が一枚もついていない。どうやら、冬のようだった。

「あわてんぼうの、サンタクロース、クリスマスまえーに、やってきた」

 ちょっと音程の外れているソプラノの歌声は、彼女のものだった。それを聞きながら、隣に座っていた女性が笑った。彼女のお母さんだ、となんでか理解できた。

「クリスマスになったら、おうちに帰ろうね。新しいおうちで、一緒にケーキを食べようね」

 お母さんの優しい笑顔を見て、女の子は嬉しそうにうなずいた。


 気付いたら、彼女は死んでいた。クリスマス前だった。

 彼女は病院で目が覚めて、自分の姿が誰にも見えていないことに気付いた。声を出そうとしても、何故か話せない。自分は幽霊になってしまったのだと、女の子は直感的に理解した。

 女の子は急いで、自分の家に帰った。だけどそこには、知らない人が住んでいた。

『新しいおうちで、一緒にケーキを食べようね』

 女の子の家族は引っ越していたのだ。そしてその新しい家がどこにあるのか、彼女は知らなかった。


 さみしい。さみしい。さみしい。


 その時、楽しそうな歌声が聞こえてきた。カラオケ屋さんだった。病気になる前、彼女は何回かお母さんとカラオケに行ったことがあった。女の子はカラオケ店に入ると、適当な部屋にするりと入った。18番ルームと書かれた、その部屋に。

 楽しそうな歌声が、あちこちから聞こえてくる。


 ここならきっと、さみしくない。わたしのすがたがだれにも見えなくても、わたしのこえがだれにも聞こえなくても、きっとさみしくない。


 さみしくなんて、ない。



 そこで目が覚めた。俺は泣いていた。

 目をこすりながらカレンダーを見る。今日は土曜日だった。



 18番ルームに入って、俺は肩を落とした。

 女の子の姿は、そこにはなかった。 成仏したのだと、何故だか確信していた。

 聴いている人は誰もいないけれど、俺は「あわてんぼうのサンタクロース」を歌った。

 相変わらず、酷い歌声だった。

 歌い終わってから、向かいのソファーを見る。ニコニコしながら歌を聴いているはずの彼女は、やっぱりもう、そこにはいなかった。

 夢の中の、彼女の母親の声を思い出す。

『新しいおうちで、一緒にケーキを食べようね、』


「…ちいちゃん」


 俺は小さな声で彼女の名前を呟いてから、少しだけ、泣いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ