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でかい可愛い騎士団長が長身の伯爵令嬢にダンスを教えてもらうはなし~ひたすら踊る異世界恋愛~

作者: ななめ尚央
掲載日:2026/09/19




 その日、伯爵令嬢アリスティナの前に奇妙な依頼が舞い込んだ。

 父親の執務室に呼び出されたアリスティナは、机越しに抗議の言葉を述べた。


「今なんと?もう一度、言ってみてください。お父様」


「騎士団長に夜会で踊るダンスを教えてあげてほしい。頼む!アリスティナ」


「そんなの、妹に頼めばよろしいでしょう」

「だめだ……! ナリスに頼むと婚約騒動になってしまう」


 アリスティナは薄いピンク色の瞳を厳しく父へ向けた。


「どういう意味ですか?」

「騎士団長は、とんでもない女ったらしだ!」


「は?」

「……とにかく、未だに男性に興味がなく婚約者も作らない――おまえの力が必要なんだ!」


 アリスティナは父親に呆れ顔で告げた。


「微妙に失礼ですし、嫌です。男性は苦手です」

「だろ?適任じゃないか。おまえが引き受けてくれないと、お父様の首がとんでしまう」


 こうして、伯爵令嬢アリスティナは、騎士団長ディランの夜会ダンスの師匠を引き受けることとなってしまった。




*******



 ダンスの練習に使われる天井の高い広間で、アリスティナは緊張した面持ちで立っていた。一面の巨大な鏡には、落ち着きのない自身の姿が見える。


(無理やりにでも、お断りすればよかった)


 そう、暗い気持ちになった瞬間、メイドから声をかけられる。


「アリスティナ様、騎士団長様がお見えになられました」

「お通しして」


 自宅の広間の入り口の扉が開かれ、メイドに一人の男性が案内される。

 扉から入ってきた銀髪に茶色の瞳の男を見て、アリスティナはまず、その男の大きさに眉をひそめた。


(何メートル?でかい……)


 アリスティナは、女性にしては長身の方であった。そのため、社交界でダンスの相手を見つけるのが非常に難しかった。それも、アリスティナの男性が苦手になった原因のひとつでもある。アリスティナは、近づいてきた男性を見上げた。


「初めまして。アリスティナ嬢、よろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願い致します」

「で、何から練習すれば」

「とりあえず、講師と生徒ですから、初日は少しお話をして練習を開始しましょうか。あなたのこと、よく知りませんし」

「はい」


 アリスティナは、だいぶ愛想のない口調になってしまったことを気にした。


(いや、でも、いろいろと気にしても仕方ない。うまくなんてやれないわ)


 メイドたちは、広間に用意されたアフタヌーンティーセットへ二人を案内した。

 二人は向かい合って座った。


「私のことは、アリスティナと呼んでください。騎士団長様」


 その言葉にディランは少し考え込んだ。


「先生でいいかな。俺、教えていただく立場だし、あと見ての通りしがない騎士なので、敬語が苦手なんですが。多少、失礼な態度や言葉があるかもしれないので、許容していただけるとありがたい……です。あと、名前は呼び捨てで」


「わかりました。私は、あなたが呼びやすい方でかまいません。敬語は気にしませんが――」


 アリスティナはディランの茶色い瞳を見ながら話を続けた。


「今回、『夜会で隣国の姫が、あなたと踊りたい』と希望して、練習することになったと聞いています。敬語の練習をしなくて大丈夫なのですか?」

「あまり話さないでおこうと思ってます」


(……ずいぶん不器用そうな方だけど。なぜ、女性に人気なのかしら)


「ダンスをしたことはありますか?」

「いえ」

「エスコートは?」

「……」


「わかりました。まず、エスコートを今日は覚えましょう」

「よろしくお願いします。先生」


「では、さっそく。私を姫だと思って誘ってください」

 アリスティナは、椅子に座ったままディランに告げた。ディランは、向かい合った席から立ち上がり、座っているアリスティナの真正面に立ちはだかった。


(でかい……)


「踊ってください」

「――却下」

「え~~~」


「女性を威圧してどうするのですか?ご自身の身長を考えないと」


 身長――話をしていて、アリスティナの心に言葉が刺さる。いけない、今は集中しないと、そう切り替えてアリスティナは立ちあがり、代わりにディランを自分が座っていた椅子に座らせた。


「姫――」

 アリスティナはディランの前に立つと、一歩ぶんの距離を空けた。優雅に腰を折り、軽く一礼する。顔を上げ、薄いピンクの瞳をまっすぐディランへ向けた。茶色の美しい髪がふわりと揺れる。


「一曲お相手いただけますか?」

「はい」

 ディランは無意識に高速で頷き即答した。そして、我に返り驚いた表情を見せた。


「すごい破壊力ですね。先生」

「破壊力?」

「とても可憐で驚きました」


(なるほど。こういう一言を素直に女性に言ってしまう、と)


「では、実践してみてください」

 ディランの言葉を気にすることなく、アリスティナは指導を続けた。




*******



 初日のエスコート指導は、地獄だった。

 ディランは元々の身長が高く、所作は優雅さとは程遠く、どうしても荒っぽさが出てしまう。


(一国の姫をダンスにエスコートしなければいけないのに……良いのかしら?)


 三十回ほど、エスコートの練習を繰り返しアリスティナの方が先に根をあげ「練習しておいてください。先にダンスの方を仕上げましょう」と早々に切り上げてしまった。


(やはり、私の性格上、人に根気よく教えるなんて無理。お父様にお断りしなくては)


 アリスティナは広間の椅子に座り、ため息をついた。

 そうして、約束の時間が訪れる。メイドに案内され、ディランが広間に通された。


「先生、よろしくお願いします」

「……嫌になりませんでしたか?」


 昨日と変わらない調子で、ディランは何ともないと言った表情で現れて笑った。そして、一歩引いて不器用にアリスティナの前に立った。固く一礼し、アリスティナの右手をとった。


「先生、踊っていただけますか?」

「……女性の手を先にとってはいけません」

「えっ」

「でも、昨日よりはいいです」

 アリスティナは残念がるディランに笑ってしまった。さっきまで、教えるのなんて向いていないと思い、断ろうと考えていたが、意外にも真摯に取り組むディランの姿に、アリスティナは少しだけ気が変わった。


「では、さっそくダンスの練習をしましょう」

「はい、先生」


 そう言うと、おもむろにディランは、アリスティナの手を取った。ダンスの型もなく、何の脈絡もなく繋がれた右手にアリスティナは一瞬、思考が停止した。


「これは?」

「副団長にちょっとだけ聞いてきました」

「この型は、忘れましょうか」

「はい」


 アリスティナはさっとディランの左手を軽く組んだ。ディランの節くれだった騎士の手は、アリスティナの細い指を軽くのみこんだ。


(私も手は大きい方なんですが、余裕で隠れた)


「右手は私の背中へ」

 ディランは右手をアリスティナの腰へまわした。ぐっと二人の距離が縮まる。

 アリスティナの顔は、ディランの胸筋へ押し付けられる。


(でかい……筋肉が固い……立派過ぎる……圧迫感が)


「ディラン、苦しいので体を引いてください。抱きしめるのでは、ありません」

「! す、すみません。先生」


 慌ててディランは一歩下がり、心配そうにアリスティナを見下ろした。

 アリスティナとディランの視線が至近距離でぶつかる。


「ディラン、あなたは大きいので少し気をつけないと。隣国の姫は、小柄だと聞いています。潰れてしまいますよ?」

 『――少し大きいので気をつけないと』その言葉は、アリスティナが自身によく言い聞かせていた言葉でもあった。ディランは、ふっと笑った。


「……小柄って、少し困るかも。先生ぐらいだとちょうど良くないですか?」

「……え」

「俺、でかいでしょう?先生くらい長身の女性だと、俺の胸元に顔がくるから、やりやすいなって思いました」

「どんな女性でもエスコートできるようにならないと」

「はい」


「では、続けます。ちなみに、腰に手をまわしてはいけませんよ」

「あっ、すみません」

 ディランは右手をさっと離し、やり場のない手は空中で停止する。


「――肩甲骨のあたりで」

 そう言い、向かい合ったままアリスティナはディランの上腕を掴み、その右手を自分の肩甲骨のあたりまで誘導した。高さが決まった位置で、ディランは自分の意思でそっと手を置いた。


「そうです。優しく。いいですか、ディラン。相手が小柄なら、あなたが合わせるのです。手の位置も、歩幅も。自分が楽な位置に女性を合わせてはいけません」

「はい」


「じゃあ、足を私の合図にあわせて。まず、左足を前へ、一、二、三。次は右足を――きゃっ」

「すみません! 先生」

「歩くのではありませんよ?私を置いていかないように」


 ディランの一歩は大きく、アリスティナはディランの一歩に振り回された。注意されたことを気にして、ディランの視線は、アリスティナの足元に集中した。


「下ばかり見てはいけません」

 そう言うと、アリスティナはディランの茶色の瞳をじっと見つめた。


「誰と踊っているのですか?」

「アリスティナ……先生です」


 ディランは、アリスティナのピンクの眼差しを向けられたことに少しだけ緊張した。


「先生、破壊力があるので、見つめて注意するのは、おやめください」

「何言ってるのですか。ちゃんと相手を見ないと」

「……はい。先生、ダンスって大変ですね」

「では、やめますか」

「いや、そんな意味じゃなく、こんな近くで女性と目が合うと、さすがの俺もちょっと緊張してます」


 ディランがそう言うと、アリスティナは少しだけ表情を曇らせた。


「大丈夫ですよ。他の女性と組むと、こんなことにはなりませんから」

 そう言うとアリスティナは、今日は疲れたから終わりにしましょうと練習を中止した。



******



 アリスティナは、広間の椅子に腰かけ深く反省していた。

 せっかく教える気にはなったものの、自己中心的に練習を中断してしまった。


(本当に向いていない。男性と接すると、どうしても気持ちが暗くなる)


「先生、暗いですね」

「わっ」


 突然音もなく背後に現れたディランにアリスティナは驚いて大声をあげた。


「何をしているのですか?」

「きちんと失礼します――と言って入ってきたんですけど、先生が気がつかなくて」


 そう言うと、ディランはアフタヌーンティーセットが準備された椅子へ腰をおろした。メイドたちが、休憩に使えるようにと紅茶やお菓子のセットを毎回、用意してくれていた。二人は、しばし無言となった。ディランは、気にすることなく机に並べられていたクッキーを一つだけ口にした。


「昨日は勝手に中断して、すみません。他のご令嬢に練習を頼まれたら、いかがでしょう?」

「先生は嫌なんですか?」


 ディランはゆっくりとお茶を飲んだあと、アリスティナを見て尋ねた。


「嫌と言うか――向いていないんです。他のご令嬢の方が練習になると思います。私は背が高すぎますから」

「背?」


 アリスティナは膝の上の拳を強く握り、少し俯いた。


「私は背が高すぎますから、殿方のダンスのパートナーにはなれないのです」

「どういう意味ですか?」


「私は、『大きすぎるから組めない』と男性に断られることが多いのです。だから、教える側としても向いていません。安易に引き受けて申し訳ありません」


 ディランは一瞬沈黙して考え込んだ。


「ああ、なんだ。俺の練習相手が嫌なわけではないんですね。あまりにも下手だから、嫌がられたのかと思いました」

「……」


 アリスティナが返事を返せずに俯いているのを気にせずディランは続けた。


「先生。俺の方が明らかに先生より、でかいです。それに、俺が先生より小さかったとしても、先生に教えてもらいたいです」


「……?」

 アリスティナは顔を上げ、ディランを見た。


「先生は、相手に合わせろって言ったじゃないですか。先生は、常に相手を意識してるから『身長』を気にしてるってことですよね。その先生の気遣いは俺にとって心地良いです。あっ、何か上から目線か――?」


 ディランの目は、社交辞令でもなく、ただ不器用にアリスティナを心配していたが、うまく伝えることができずに自身の発した言葉に慌てた。その様子に少し涙ぐんだアリスティナは笑った。


「先生、それに俺、得じゃないですか?先生のいろんな表情を一番近くで見れますし」

「いろんな?」

「先生、気づいてません?ちょっと上手く俺が踊れたら、少しだけ笑ってくれますよ」

「……」


 そう言うとディランは立ち上がった。そして、アリスティナの前に立ち、一歩ぶんの距離を空けた。丁寧に腰を折り、軽く一礼する。そして、右手を差し出した。


「先生、俺と練習してください」

「……ふふっ」

「だいぶ、練習したのに」

「笑って、ごめんなさい。まだ、圧がありますよ?――でも、練習の成果は見えます」


 そう言って、アリスティナは、そっとディランの手をとった。




******



 アリスティナとディランの練習は、毎日続いた。ディランは、持ち前の運動神経からか、ぴたっとアリスティナに合わせられるようになってきた。


 そうして、今日は本番のために、ピアノ曲に合わせ踊った。


(こんなに心地良く踊れるなんて)


 何より、ディランの鍛えられた身体は安心感がある。つい、この間『身長』を気にして涙ぐんでしまったアリスティナであったが、そんなことは気にならなくなっていた。


 音楽が止まり、アリスティナとディランは目があった。そして、無言になり二人は離れた。


「だいぶ上手くなりましたね」

「先生のおかげです」

「そう言えば、父が練習にと――宮廷で行われる夜会があるのですが、私をエスコートしていただけますか」


 ディランは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を緩めた。


「はい。是非、よろしくお願いします……ところで、先生。着ていく服がありません」

 慌てて頭を下げるディランにアリスティナは、吹き出した。


「……ふふっ、早急に仕立てましょう。姫との夜会もありますし、二着ほど」


「助かります。お金はきちんと、お支払いしますので……先生の分も支払わせてください」

「……ディラン、スマートにやるものですよ?」

「あっ、すみません!」

「でも誠実なのは、好ましいです。気を使わせてしまって、すみません」

「……お互い謝ってますね」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「ところで、衣装を合わせる時間がありませんから。私が選んだもので、よろしいでしょうか?」

「お任せします」


「誰か、メジャーとメモを」

 傍にいたメイドがメジャーとメモをアリスティナに渡した。


「では、さっそく計測します」

「えっ、先生……?」

「ディランは体格が良いので、きちんと測らないと。一般的な男性用のものは合わない可能性が高いでしょう? 私も、一般的なサイズのものは合いませんから、仕立てには慣れてます。安心してください」


 そう言うとメジャーを手に取り、ディランの肩幅、脚、腕――あらゆる所に触れ、アリスティナは次々と測定していく。


 胸部にメジャーを回され、どことなくディランの身体は緊張した。


「先生……」

「どうかしました?」

「少し刺激的です」


 アリスティナは、真剣に目盛りを確認するあまり、自身の顔が胸部にあと五センチくらいで付きそうな距離感になっていることに気が付き、慌てて顔を離した。


「失礼しました。目盛りばかり見てました」

「俺、人の距離感平気な方なんですが、緊張してしまってて、すみません」

「女性慣れしてると聞いていますが、緊張することもあるのですね」

「俺からは必要以上に女性に話しかけてません」


 そう言うとディランは少しだけ、ため息をついた。


「ごめんなさい。気に障るようなことを」

「いえ、女性に誤解されることが多いんです。普通に会話してるつもりでも、おかしなことになるので気をつけていて……今回だって」


「?」

「いえ――何でもないです」


 ディランはそれ以上は口を閉ざした。



******




 練習という名の夜会当日。

 ディランはアリスティナの馬車が到着するのを王宮の外で待った。


 夜空には星が輝いており、門灯が王宮の庭を照らしていた。アリスティナの馬車が到着し、従者にエスコートされ降りる姿を目にしたディランはアリスティナの元へゆっくりと近寄った。


 エスコートを従者と交代する――その立ち振る舞いに迷いはなかった。


「ちゃんとできてますね」

「先生の教えが良いからじゃないですか」

「ふふっ、そうですね」


 アリスティナは素直に笑った。思えば、男性の前でこんなに素直に笑えたのは初めてかもしれない。男性の隣に立って、卑屈になるような感情は、もう、湧かなかった。


 夜会への扉が開かれて、二人はホールへと案内をされる。豪華な装飾できらびやかな雰囲気の夜会は、ディランの初舞台に相応しかった。


 「見て!騎士団長様じゃない?」「隣にいらっしゃるのはだれ?」アリスティナの耳に次々と、女性の声が飛び込んでくる。


「女性人気がありますね」

「まあ、でかい分目立ちますから」


 そう言うとディランは苦笑した。


(また、あの時の顔……)

 アリスティナは、採寸した時のディランの言いかけた言葉が胸に過った。今回も――あの続きは何だったのだろうか、聞きたかったが妙に聞けなかった。


「さあ、本番だと思って。さっそく一曲踊りましょうか」

「それ、俺が誘うやつです」


 ディランはエスコートしていた手を一旦離し、アリスティナの前に立った。一歩ぶんの距離を空け、優雅に腰を折り、軽く一礼する。そして、右手を差し出した。


「先生、一曲踊っていただけますか」

「喜んで」


 二人はゆったりとした音楽に身を任せた。


 アリスティナが選んだ衣装は、ディランの体格によく合っていた。


 アリスティナは、茶色のふわりとした髪をまとめ上げ、背中の開いた星屑を散りばめたような紺色のドレスを身にまとっていた。ディランは白銀の髪に映える紺色の上質な生地のスーツに身をつつみ、二人で踊っていると夜の闇に星が瞬くような美しさがあった。


「なかなか、やるじゃないですか」

「先生の教えのおかげです」


 ディランはアリスティナから視線を逸らさなかった。もう、足元を見なくても、アリスティナを誘導することができていた。


 音楽がより、ゆっくりとした曲へと変わる。周りにあわせ、二人の距離感はさらに近くなった。


「今日、いつもより顔が近くないですか?」

「ヒールを履きました。もう履くことはないと思っていたのですけど」

「背中も開いているから、緊張が増してます」

「何を言っているのですか」


 そう笑って返したが、アリスティナの背中は明らかに熱をおびていた。そして、ディランの胸元から、速い鼓動が伝わってくる。


「確かに。いつもより、鼓動が速いようですね」

「気のせいです」


 音楽が止まり、二人は少しだけ名残惜しそうに離れた。


 ダンスが終わったあと、夜会のバルコニーで星空を眺めながら、アリスティナは疑問に思っていたことを尋ねた。


「ディラン、測定していた時に言いかけた言葉は何だったのですか?『今回――』と」


 ディランは、しばし黙り込んだ。その様子を見て、アリスティナは「言いたくなかったら、大丈夫です」と小さく告げた。


「いえ、違うんです。その今回、姫の指名で踊ることになったでしょう?」

「そう、聞いています」

「あれも、唐突で不思議だなんて思いませんでしたか?」

「まあ、確かに」


 ディランは少しだけ、星を眺めながら黙り込んだあと、アリスティナを真剣な眼差しで見た。


「先生、俺のことどう思ってますか?」

「えっ?」

「女性にだらしないって、思ってませんか」

「今は思ってませんが、噂を耳にしたことはあります」


 ディランはアリスティナを見つめたまま話を続けた。


「俺、あんまり女性と話したりすることに抵抗がなくて、あと姉上がいるせいか、褒めることにも抵抗がないんです。そのせいか、女性に誤解されることも多くて」

「自覚はあったのですね」


「今回も普通に姫の護衛として話をしていたのですが、なぜか夜会のダンスの相手に指名され……断ったのですが、王命で仕方なく」


(お父様もクビになると言っていたわね、そう言えば)


「……俺、さらに気をつけます」

「?」

「先生には誤解されたくないんです」


 ディランはアリスティナの手に、そっと触れた。


「迷惑だったら、ごめんなさい!――ああ、もう決まらないっ」

「ふふっ……」


 アリスティナは戸惑ったように笑ったが、手を振り離すことはなかった。




******



 いよいよ、姫と踊る夜会の日がやってきた。


(あれが、姫……)


 少しだけ自分と正反対の出で立ちの可憐な姫に、アリスティナの心境は少しだけ複雑だった。しかし、自分の身長や立ち姿を隠すようなことは、もう、必要ない――そう思い、アリスティナは背筋を伸ばした。


 アリスティナは壁の花となり、ディランと姫が会話するのを静かに眺めていた。


(練習の成果が出ますように)


 そう願っていたアリスティナのもとに一人の男性が声をかけた。


「久しぶりですね。アリスティナ伯爵令嬢」

「……お久しぶりです」


 アリスティナは嫌な記憶の残る男性の顔を見た。『あんなでかい女、伯爵令嬢じゃなければ一緒に踊らないだろ』――その男が複数の男性と陰で笑い合っていた姿が鮮明に思い出された。


 アリスティナは、冷徹な瞳で男を観察した。


「相変わらず、でかいじゃないか。ヒールなんか履いたら、たいがいの男を見下ろしてしまいますよ」


「……ええ。ちょうど良いです。あなたのように、見上げる価値のない男を見上げなくてすみますから」

「可愛くないですね」

「あなたに可愛いと思われる必要はありませんから」


「先生の可愛さを知ってるのは俺だけでいいです」


 そう言うと、姫と話していたはずのディランは、男の前に立ち睨みつけた。引き締まった体格と長身に圧され、男は一歩ずつ後ずさる。


「たかが、騎士団長のくせに」

 ディランは躊躇なく、男に近づいて少しかがみ、耳元で小さく囁いた。


「俺、あなたのこと知ってますよ?今すぐ、騎士団の世話になりたくなければ、ここは、アリスティナ伯爵令嬢に謝罪して素直に引いた方が良いんじゃないですか。まあ、謝ったところで、俺は許さないけどな」


 どうやら後ろめたいことがある男は、二歩、三歩と後ずさりをし、どんどん距離をとっていく。最後に「すまなかった」と小声で告げ、その場を後にした。


「ディラン、だめでしょう。エスコートする相手から離れては」


 背を向けたディランに対して、背後からアリスティナは告げた。バツの悪そうな顔をして、ディランは振り向いた。


「姫には、ご理解いただきました」


 そう言い、姫の方を見ると拳を握り『がんばれ!』のポーズでディランとアリスティナを見ていた。アリスティナは疑問に思いながら、ディランを見た。


「俺、アリスティナ先生以外とは踊りたくないです」

「……」


 突然のディランの言葉にアリスティナは戸惑った。


「言ったでしょう?先生に誤解されたくないって。俺は先生に他の女性と踊ってる姿なんか、見せられないです。俺が嫌なんです」


 姫が宮廷音楽家に耳打ちし、音楽がゆったりとした曲へと変わっていく。ディランは、手慣れた作法を自然に披露し、右手を差し出した。


「先生も、他の男ではなく――よろしければ、私の手をとって一曲お相手願えませんか?」


 そう言うとディランは、騎士団長の力強い眼差しをアリスティナに向けた。アリスティナは、そんなディランを見て穏やかに笑い、手をとった。


「ええ、喜んで」


 ディランはアリスティナの左手を組み、そっと背中に手を添えた。そして、アリスティナの歩幅にあわせ、歩みを進めた。視線は、アリスティナから外さなかった。


「合格です。卒業できますよ」

 アリスティナは笑った。


「……卒業しません。ずっと通います」

「ずっと?」

「先生、俺けっこう独占欲が強かったみたいです。覚悟してください。そこだけは、先生が俺にあわせて⋯⋯ください」


 アリスティナは一瞬、目をまるくしたが、静かに微笑んだ。


「……良いでしょう。相手に合わせるように教えたのは私ですから」


 アリスティナは、ディランの胸に素直に身体を預けた。ディランの鼓動と自分の鼓動が同じくらい早い。



 アリスティナの手を包み込む手も。

 アリスティナ自身を包み込む体格の良さも。

 アリスティナを見下ろす瞳も。



 ディランと踊る時間はすべてが心地よく、アリスティナを優しく包み込んだ。



 おわり



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

無事、事件をおこすことなく平和に踊りきりました。


楽しんでいただけましたら嬉しいです。

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