告白 〜間崎くんの恋を潰す方法〜
この2冊を参考に組み立てました。
・『テンプレート式 超ショート小説の書き方』
・『どんでん返し THE FINAL:読者をあっと言わせる「デコイ」の魔術 ストーリーデザインの方法論』
主テンプレは『時限爆弾』。
「このままでは、ある期限までにまずいことが起きてしまう」という形です。
副テンプレに『謎・ヒント』を据えています。
彼女は何者なのか、彼に何があったのか、その催しとは何か。
そうした疑問を小出しにしていく型です。
そこに緊張と緩和、そしてデコイをまぶして焼き上げ、
最後にラブコメのすれ違いをそっと添えて仕上げました。
登場人物はそれぞれ、大事な思いを別々の方向に抱えています。
現実と同じで、主人公だからといって、みんなの思いが分かるわけではありませんし、
簡単に通じ合えるとも限りません。
なので、主人公はとにかく誤解しどおしです。
その誤解の末に何が待ち受けているのか。
お楽しみいただければ幸甚に存じます。
このままでは一週間後の地域の夏祭りの日には、友人の間崎くんが永江さんに告白してしまうだろう。なんとか阻止しなければならない。
事の始まりは、間崎くんがうちに来て一緒に宿題をしていた時のことだった。
間崎くんが遊びに来ると、必ず姉がちょっかい出しにくる。間崎くんのノートを覗き込んでは、勉強を教えている。間崎くんだけに。姉は間崎くんに気があるらしい。
四つも年上のくせにとんだショタコンだ。間崎くんもまんざらでもない顔をしている。
「ねぇ間崎ちゃん、来週末、お祭りじゃん。キャンドルチェーンすんの?」
とか、もう勉強の話ですらない。
何だよ、キャンドルチェーンって。
しばらくして姉が友人から連絡を受けて部屋を出ていくと、この隙を逃すまいと間崎くんは前のめりになって話しだした。
「俺、好きな人ができたんだ」
最初は僕の姉だろうと、
「人の姉をそういう目で見てたのか、節操のない年上好きめ」
と茶化してみせたら、ものすごい勢いで否定してきた。どうやらうちの姉ではないらしい。姉が可哀想じゃないか。
間崎くんが好きになったという人は、六つほど年上の永江柚月という人らしい。姉じゃまだ歳が足りなかったようだ。
近所の公園で知り合い、世間話をする間柄から少しずつ仲が深まり、連絡先を交換し、頻繁にDMをやり取りして、よく喫茶店で待ち合わせをしては歓談をするようになったのだという。
来週の土曜日に開催される地域の祭りの日に告白をする、絶対成功させると意気込んでいた。
その日の夜、姉に永江さんのことを何か知らないかそれとなく聞いてみた。
数日経った火曜日、姉は調査結果を聞かせてくれた。
永江さんは近所では美人で有名だが、なぜか皆、永江さんの話をしたがらず、姉も何も分からなかった。真相を知っている者は口を噤み、知らない者は推測を並べ立てて噂をしている、そんな印象を受けるのだという。
水曜日の間崎くんも意気揚々、何をするにも上天気で、またすぐにでも永江さんに会いたいと顔に書いてあるのを僕は初めて見た。
木曜日。姉からの追加報告。
川野さんとこのお兄さんがどうやら何か知っているらしい。
川野さんというのは隣のクラスの女の子で、気付くとなぜかこっちを見ていて、たまたま目が合うとおどおどして逃げてしまう不思議ちゃんだ。
そんな彼女のお兄さんが一年程前、永江さんに告白して恋人関係になったことがあるそうだ。しばらくは二人仲睦まじい様子だったが、それから一ヶ月ほど経った頃、川野さんのお兄さんは急に自分の部屋に引きこもり部屋から出なくなってしまった。
きっと何か裏があるに違いない。永江さんからはどうもきな臭い匂いがする。間崎くんの身に何も起こらないといいが。
金曜日。
さすがに告白を明日に控えた間崎くんは神妙な面持ち。何をするにも上の空といったところ。
きっと脳内では、当日のシミュレーションやら、近い将来に進展しているはずの関係やらを想像して、たくさんの花を咲かせているに違いない。
何と言っておちょくってやろうかと近寄ると、間崎くんはしきりに「告白……告白……」と壊れたCDプレイヤーのように呟いている。
その言葉によく耳を傾けてみると、「告白するなら……告白しなきゃだよな……」とか、「なんとか告白せずに……告白を……いやいや……」とかぶつぶつ言っていて、僕は鼻白んでしまい、話しかけるのをやめておいた。
そんな様子の間崎くんに、君の告白相手は実は極めて危険な地雷かもしれないよ、なんてさすがに言えるはずもない。
僕は藁をも掴む思いで、隣のクラスの川野さんに話を聞きに行った。
永江さんの関係者が他にもこんなに近くにいたことに驚きもあったが、永江さんの悪い噂は流説に過ぎないことを誰かに示してほしかった。
僕は放課後、教室から出てきた川野さんを捕まえた。
「今日一緒に帰らない? 聞きたいことがあるんだ」
川野さんはキラキラした目でこくこくと頷いて僕の誘いに応じると、近くの公園を散策しながら話をした。
川野さんと二人、街路樹の並ぶ遊歩道をゆっくりと話しながら歩いた。
川野さんによると、お兄さんはひどく傷ついた様子で引きこもり、誰とも話さなくなったそうだ。数週間ほどして、気持ちが落ち着くと、今度はBL本を読み漁り始めたという。
永江さんをキッカケにしたこれほどの変貌ぶりを不審に思い、川野さんはお兄さんから粘り強く聞き出した。
お兄さんの方もそろそろ踏ん切りをつけるために、誰かに話を聞いてほしかったようで、訥々と話し始めたそうだ。
川野さんは続く真相を聞かせてくれると思いきや、途端にまごつき始め、煮えきらない様子になって、
「やっぱり今日話すのはやめとく……」
と言い出した。
間崎くんには危険が迫っているのか、どんな危険なのか、僕は気になってしょうがなかったのに。
それでつい、僕は声を荒げてしまった。
「なんだよ、話してくれるんじゃなかったのかよ、酷い。こんなの意地悪じゃ済まされないぞ。ただの裏切りじゃないか!」
気圧されて後ずさる川野さんを、僕は遊歩道の脇の街路樹に追い立てた。
「……明日」
川野さんは、僕が街路樹についた腕に頬を寄せるように目を背け、
「……一緒にお祭り行ってくれたら話す……」
そう言い終わると、一瞬僕の目に潤んだ瞳を向け、そのまま逃げるように帰っていった。
僕はやらかしてしまったのだ。
次の日、祭りの始まる時刻が待ち遠しかった。
川野さんが半泣きになるまでがなり立ててしまったことを謝りたかった。
それで川野さんに許してもらったとして、真相を聞き出したとしても、それを間崎くんに伝えて説得できるか。そんなことをして僕達の友情にヒビが入ったりしないか。僕の頭の中は堂々巡り、着地点を見失った心を不安と焦燥感が撹拌する。
川野さんとの待ち合わせ場所、待ち合わせまでの時間が待ち遠しくてしょうがなかった。
それにしても、どうしてわざわざ川野さんは祭りの時に話すなんて言ったんだろう。僕が気もそぞろに、居ても立ってもいられぬ時間を過ごしていると、姉が妙にニヤニヤした顔で近づいてきた。
「あらあら、そんなにそわそわしちゃって。今日は何かあるのかな? もしかして? きしし……」
姉は自分が今いかにキモい顔をしているか分かっていない様子で、「これ持っていきな」とアロマキャンドルを手渡してきた。
「何のロウソクだよ」と引きつる顔で聞くと、姉は「やるんでしょ? いいから持っていきな」と、さも当然のように答えた。姉のその言葉と表情に、僕はきょとんと後ずさるしかなかった。
賑やかになり始めた神社の入口。
動物のような声を上げて騒ぐ男子高校生たちは、今にもその場で踊りだしそうなほどハイテンションだ。女子中高生たちもうずうずして、くすくす笑いが裏返ってしまわないよう懸命に抑え込んでいるのが分かる。姉と同じくらい歳の女の子たちは普段と同じテンションを装っていても、心の中は浮足立っているように僕の目には写った。
場違いに貧乏ゆすりをする僕は、周りの人達の目には全く入っていなかった。
その時、からんからん、と軽快な下駄の音とともに川野さんがやってきた。
綺麗に着付けられた着物姿だ。パステルカラーの紫地に、控えめな椿の花が可愛らしくあしらわれている。
川野さんは待たせてしまったことを詫びようと、上がった息を整えながら口を開いた。
「着付けてもらってたら、遅くなっちゃって……」
対する僕は、白ティーにジーパンというあまりにラフな格好。気構えのなさを思い知らされて、僕は気恥ずかさから謝った。
「川野さんがそんな可愛い格好でくるとは思わなかった。なのに僕、こんな普段着で来ちゃって……。あと、昨日はごめんね」
「えへへ、ありがとう……」
川野さんははにかんだ様子で、自分のつま先に向かって呟いた。
この流れで“ありがとう”とはさすが不思議ちゃんの真骨頂だ。隣りにいる人の格好が地味だと自分が引き立つ、とかそういう意味だろうか。
すると川野さんは、「それって……?」と僕の手元に視線を向けた。姉に持たされたアロマキャンドルだ。
「うちの姉に持たされてさ」
なんなんだろう、とキャンドルを見せながら僕がそう答えると、川野さんは突然口元を緩ませ、積極的に僕の手を取った。
「行こっ! 露店回ろう」
と、あちこちの露店に引き回し始めた。
行き交う人たちの目は露店の照明や提灯の灯りの反射で煌めき、雑踏に巻き上げられた土埃が人いきれに溶けていく。子どもたちの騒ぎ声と若者や大人たちの笑い声が入り乱れて、焼きとうもろこしやらケバブやらイカ焼きやらの濃厚な匂いと混じり合う。
散々引きまわされた後、たこ焼きを買ったところで、僕は痺れを切らして切り出した。
「そろそろ教えてくれないかな?」
「そうだよね、話も引っ張っちゃったし、祭りにも引っ張り回しちゃったし」
僕達は落ち着けるところを見つけて隣同士で座り、たこ焼きをひとつ食べると、川野さんは話し始めた。
「お兄ちゃんの恋人だった永江さんって人、実は男の人だったの」
え? 僕は川野さんが何を言っているのか理解できなかった。
「永江さん、女装が趣味らしくて、恋愛対象も男女どっちもいけるらしくて。付き合い始めて、いい雰囲気になった時、キス……したんだって。お兄ちゃんが永江さんの身体に触れた時、女の人とは違う身体つきで気付いたんだって、男の人だって」
「え?え? それって分かりやすく言うとつまり、つまり永江さんは男だったってこと?」
僕は分かりやすくオウム返しをしてしまった。
川野さんのお兄さんは男の人で、永江さんも男の人だったということ?
それじゃ、これから間崎くんが告白しようとしている相手は男ってことじゃないか!
このままじゃ付き合うことになっても、断られても、間崎くんはきっと傷付くことになってしまう。
でもそこでまた僕の心に不安がよぎってしまった。上手く伝えて間崎くんを説得できるのか、友情にヒビがはいってしまわないか。
「ねえ、私にも聞かせてよ。どうして永江さんのことが知りたかったの?」
僕は川野さんに事の始終を五秒で語って聞かせた。
「大変じゃない! 急がなきゃ! 今度は間崎くんまで引きこもっちゃう!」
川野さんは、たこ焼きを放り出して僕の手を取り、走り出そうとした。
僕は見切り発車する川野さんを宥めるように手を引いて言った。
「でもどこにいるのか見当がつかないんだ。さっきも露店回ってる間探してみたけど、全然見つからないし……」
川野さんは、なんで分からないの? とでも言いたげな顔を一瞬見せた後、
「この辺で告白スポットがあるの。そこにいると思う。特に祭りの日の今日、この神社の恋愛成就のご利益にあやかれるんだって。こっちだよ」
と僕を案内してくれた。
下駄を履いた川野さんは走るにはあまりに痛々しく、十五分ほどかかってやっとたどり着いたのは、境内の外れの石段を登った先に建てられた摂社だ。
石段の脇に等間隔に建てられた灯籠には火が灯り、参道に出ると拝所までを差し示すように縁石にもまた火が灯されている。
摂社の左右離れたところに一つずつ提灯も灯されているが、辺りは薄暗く、静謐で、祭りの喧騒から守られた結界の中のようだった。
魔法陣の中に立つように、参道の蝋燭の火に挟まれて、間崎くんと、そして永江さんと思われるスラリと背の高い美女が立っていた。
間崎くんをとめるために声をかけようとしたが、川野さんが引き止めた。僕たちは石段の影に身を潜めてかがみ込む。
「もう遅いよ。キャンドルに火が付いてる。手遅れみたい」
見ると、たしかに間崎くんの手にはロウソクが灯っている。永江さんもロウソクを持っているが、火は灯っていない。
間崎くんが声を上げた。
「俺、永江さんに伝えなきゃいけないことが……告白しなきゃいけないことがあるんス! 俺……実は俺、女なんス!」
え~~~っ!!?
叫びだしそうになった僕の口を川野さんの手が塞いだ。
そんな川野さんの口も、顎が外れんばかりに愕然としている。
だがその場が沈黙することはなく、すぐに永江さんが口を開いた。
「本当の事を教えてくれてありがとう。間崎くんがそうやって、本当のことを私に伝えたいと思ってくれたこと、とっても嬉しい。私も告白しなきゃいけないことがあるの。私……間崎くんが好きなの。付き合ってほしい」
「え、だって俺、女なんスよ!?」
「実は私も……私は男なの」
「そうだったんスね!」
当然のように永江さんは間崎くんの火をもらって、自分のロウソクに灯した。それから二人は、縁石に並ぶ小さな火の列に、自分たちの火をそっと加えた。
そろって出歯亀やってる僕たちには気付きもせず、間崎くんたちは、
「もうすぐ花火の時間っスね」
という楽しげな声とともに、露店の並ぶ通りに向かって遠ざかっていった。
「……え、なにこれ。一周回って丸く収まったってこと?」
僕があんぐりした表情で呟くと、川野さんが、
「……そうみたい」
川野さんは袂からロウソクを取り出し、永江さんの立てたロウソクの火をもらって灯した。
「……僕達も戻ろっか。花火始まるんだって」
「ううん、待って。あたしも告白しなきゃいけないことが……できればここで伝えたいなって思うんだけど……いいかな?」
川野さんは僕の白ティーの裾をちょびっとつまむと、間崎くんが立っていた辺りに駆け寄った。
「あたし、あたしね……」
その時、轟くような花火の音とともに照らされた川野さんの顔が、いつもより一層可愛く見えた。
※以下、読後向けの軽いネタバレを含みます。
もうお分かりでしょう。
あらすじにあった「彼ら」とは、誰のことだったのか。
今回は、前書きで書いたとおり「時限爆弾」「謎・ヒント」「デコイ」を意識して組み立てました。
永江さんの暗黒面に迫る話かと思いきや、川野さんのお兄さんの一件から想像される方向へ進むかと思いきや、するりと別のところへ着地する。
そんな形を目指しています。
読み返してみると、間崎くんの土壇場での「告白したくない」系の呟きも、少し違って聞こえるかもしれません。
それから姉。
間崎くんを「ちゃん」付けしていましたね。
どこまで分かっていたのでしょうね。
なぜ弟の永江さん調査に加担したのでしょうね。
弟のキャンドルチェーンの相手を、誰だと思っていたのでしょうね。
主人公目線だけだと、分からないことだらけです。
現実と同じで、人の思惑はそう簡単には見えません。
それに比べて、川野さんは裏表がなくて可愛かったですね。
主人公には、もう少しちゃんと周りを見てほしいものです。




