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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

甘やかされるのは、君のほう。

掲載日:2026/09/19

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第42弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「別れを告げるのは、君のほう。」の後の話です。


「明日は休みなんですけど」


 夕飯時にそう言いだしたノインを、オルガは「うん」と小さな声を出して見つめる。


「買い出しの前に寄りたい店があるんですけど、つき合ってもらってもいいですか?」

「い、いいけど……」

「女性客ばかりみたいなので、入りづらそうで……」


 えっ。


 驚きつつ、オルガはしっかりと頷いた。


「いいよ。一緒に行こう」


***


 馬に乗るのは慣れない。やっぱり苦手……。


「……グラナード」


 手綱をノインがくいっと引っ張る。

 足を止めていた馬が歩き出した。


「? ノインの言うこと聞いてくれないの?」


 背後のノインが小さく舌打ちしたような気がしたが、肩越しに見ると彼はにっこりと微笑んだ。


「聞きますよ。きちんと俺が主人だと認識していますし」

「?」

「君が怖がると思って足を止めるみたいですね」

「ええっ!?」


 それは……。


 オルガは馬の上で緩やかに揺られながら肩を縮めた。


「ごめんね……」

「君は悪くないですよ。グラナードが俺より君を優先しただけなので」

「そうなの?」

「俺が君を落とすと思って止まるんです」

「…………」

「落としませんよ、絶対に」


 もしかして仲が悪いのかなぁ。


 でもノインは一人でこの馬の世話をしているし、手伝わなくていいと言うし。


「そういえば、なんでその、グラナード? っていう名前なの?」

「前の飼い主がそうつけていたので、そのまま呼んでます。ガーネットって意味です」

「??」

「柘榴石ですね」

「ざくろ……」


 オルガはそっと手を伸ばして、馬を撫でた。


「ざくろってほうが可愛いな」

「………………」


 しーん……。


「オルガ」

「ん?」

「ダメです。そいつに甘くしないでください」


 ええ?


「長いから呼びにくいなって思っただけなんだけど……」

「……犬猫感覚でつけてはダメですよ」

「そ、そっかぁ……そうだよね」


 騎士の馬だし、ざくろじゃかっこつかないか……。


 しょぼんとしてしまう。


 蹄の音が石畳にやわらかく重なり、歩みに合わせてオルガの体はわずかに上下を繰り返す。


 月のものがきてから数日経ったが、ノインはいつもと態度が変わらない。


 期間中は「そういうことしません」ってはっきり言っていたし、眠る時は「ぎゅーってしましょうか」と抱きしめてくれる。


 申し訳なさがどんどん大きくなっていた。


「……あのね」

「なんですか?」

「あの……離縁のことなんだけど」


 切り出すのは勇気が必要だったけど、曖昧にするのはやはりよくない。


 チャンスの回数も聞いたし、離縁を言い出したのは自分だし。


 そのほうがノインにとっては良いだろうとは思うけど、自分がこんなにぐずぐずと諦めが悪いとは。


「して、くれる?」


 しますよ、と言ったら、諦めもつく。


 ひどいことをしているとわかっているけど、そうでもしないと辛い。


「子どもができなかったらですよね」

「うん……」

「できたら離縁はしない、でいいんですよね」

「そうだけど」

「できなかったら君が悪いから?」

「…………うん。……ごめんね、こんな私、嫌い……」


 重く沈んだ声と言葉に、ノインが怪訝そうにする。


「? いま、嫌いって言いました?」

「? 言ったよ?」

「…………悪い、じゃなくて……嫌い……。へぇ……」

「???」


 小首を傾げていると、ノインは小さく息を吐いた。


「子どもができないから、嫌い、と」

「……」

「君は村を基準にし過ぎです」

「え?」


 どういうこと?


「べつに否定はしませんけど、村の常識が必ずしも正しいわけではないんです」

「…………え?」

「もちろん、この王都もそうです。よくわからないこだわりもありますし。

 だって、子どもができない原因が俺のほうにあったらどうするんです?」


 は?


「えっ、あっ? で、でも、子どもを妊娠するのは女性、だし」

「でも男の種がなければできませんよ」

「…………そ、れは」

「例えば、りんごですが」

「うん?」

「中に種がありますね」


 突然どうしたの???


「その種を土に植えれば、芽が出ます」

「うん」

「でも…………その種が、最初からダメなものだったら?」

「――――え」


 背後のノインは特に気にした様子もなく、ふつうに続けている。


「どれだけ良い土であっても、どれだけ水をやっても、芽は出ませんよね」


 それは。


 でも。


 人間に、当てはまるの???


「人も同じです」


 肩越しに見た彼は、あっさりと言い切った。


「二年経っても子どもができないなら、どちらかに原因がある可能性が高いと思うので」

「…………」

「俺に原因があったら……俺を捨てますか?」


 その言葉にオルガは目を見開く。


 自分がダメなら離れたほうがいいと、思った。

 もっと健康で、もっとかわいい奥さんを迎えたほうが、絶対にいい。


 だけど。


(ノインに原因があったら……)


 彼は致命的ではないだろうか。


 冷汗が一気に出た。


 前を向いて、オルガは視線を伏せた。


「俺では、君の夫には相応しくないですかね」

「…………」


 軽く笑って言うことじゃない……。


「そんな人、見たことない……よ」

「それはそうです。男の価値が消えますし、貴族なら家の存続の危機ですから」

「だ、だよね?」

「妻のせいにして離縁したり、新しい伴侶を迎えたり、側室を持ったりしますけど……俺はそんなことをしても無駄だと思いますし」

「は?」

「別れた妻に再婚相手との子ができたら、男がダメだったということでは?」


 意地悪な笑みで言うので、オルガは硬直してしまう。


 指摘されれば、確かにそうだ。


「ダメなものはダメだと思いますし、男は沽券に関わるから隠そうとしますからね。どうしようもないな」


 危険なことを言っている自覚が、ないのだろうか?


「それで、俺がダメな種しか作れなかったとわかったら捨てます?」

「……」


 ゆるく首を左右に振った。


「ううん」

「同情ですか?」

「違う……」


 ちがう。


 もしダメだったら、ノインは婿入りもできなくなる。お嫁さんももらえなくなる。


「ノインが原因だったら、離縁する理由はないよ」

「俺に原因があっても、妻(きみ)が責められると思いますけど」

「……そうなったら、私がノインを守る」


 拳に力を入れる。


「離縁しない」


*


 通りに面したその店は、ガラス越しに中の光がやわらかく滲んでいた。


 木枠の窓の向こう、整然と並ぶ菓子は宝石のように艶やかで、どれも現実の食べ物とは思えない。


「…………」


 まさか。


 足を止めてしまう。


「ここ……じゃないよね?」


 こんな、きらきらしたところ……。


「そこです」

「……」


 確かにこんなお店なら、お嬢さんたちには人気かもしれない。

 男性のノインは入りにくいだろう。


 オルガは急にそわそわし始め、自分の服を見下ろす。

 村から持ってきた中で、マシな一着。つまり、王都に来た時に着ていたものだ。


 こんなことなら。


(ノインがくれたショールを持ってくれば少しは……)


「気になっていたので、入ってみたくて」

「……そ、そうなんだ」


 特になにかに興味も示さないノインがそんなことを言うのなら、入ってみたほうがいい。


 田舎者なのは本当のことだし、村の出身という事実は変わらない。

 自分は都会の洗練されたお嬢さんではないのだから。


「入りましょうか」

「……」


 視線が下を向いていたことに気づく。


「う、うん」


 扉をノインが押す。


 なかば連れられるようにオルガは店の中へと、足を踏み入れた。


 店内は静かだ。


 落ち着いた木の色合いと、淡い灯り。

 奥には席があり、上品な服を着た女性たちが、小さな声で会話をしている。


 視線が、少しだけこちらに集まる。


 オルガは反射的に肩をすくめた。


(……どうしよう……す、すごく場違いだ……)


「あちらの空いているところにしましょう」


 えっ。


 ノインは視線も気にせずに、窓際の席へとこちらを誘導する。


(いいのかな……)


 明らかに店内にいる男性客はノインのみ。


 背も高くてすらりとしているし、かっこいいのだから。


(当然注目されるのは、わかるけど……!)


 一緒にいるのだから、自分も視線を集めてしまう。


 せめてもっといい服であれば。

 あのショールが似合う服が、たった一着でもあれば。


 そう思ってしまうが、今さら遅い。


 座ると、さらに落ち着かない。


(う、ううううう)


 机の上には見慣れない食器。白くて薄くて、触れたら割れそう……。


 オルガはこそこそとノインに小さな声で言う。


「こ、ここ、なに?」

「菓子店なんですけど、お茶もできるみたいで」

「???」


 お菓子なんて、好きだっけ?


 どう見ても、お金持ちな人たち向けのお店だと思う……。


「気になってる菓子があるので入ってみたかったんです」

「……そ、そっか」


 ノインの好物を知る、いいチャンスかもしれない。


 やがて運ばれてきたのは、甘い香りだった。


 皿の上に乗るのは、色とりどりの菓子。

 つややかな果実が並ぶタルトに、ふくらんだ焼き菓子、やわらかそうな白い菓子。


 そして、湯気を立てる淡い色の飲み物。


 見たことのないものばかりで、オルガは動けない。


「え、うぇ」


 変な声が出る。


「……こ、これ、どうやって食べるの?」


 もしかしてこの、よくわからない食器を使うのかな?


(え……こわい……)


 自分のよく知る木匙はないし、パンを切るための簡単なナイフもない。


 使い方がわからないのだから、そもそもどうしようもない。


 ノインは答えずに、三つ又になっている細いものと、細いナイフを手に取った。そ、その三つ又のやつはなに? 刺すの???


 迷いもなくタルトを切り分けて、小さくすくった。


「こう使います」

「…………えぇ」


 スッスッスッ、と動かされても……。


 真似をしようとするけど、戸惑うだけで動けない。


「あ、わ、私……」


 食べれなくてもいいかな。


 ここに来たがったのはノインだし、私はオマケみたいなもので……。


「…………」

「食べたくないんですか?」

「ぁ……えっと、私はいいかな」

「ふーん」


 ノインが切り分けたタルトを差し出してくる。


「どうぞ」

「は?」

「甘い果物、好きですよね? 気に入るかもしれませんよ」


 それは……。


 オルガがおそるおそる口を開けると、ノインが差し出す一口大のそれを食べた。


 一瞬、停止したあと。


 オルガは目を見開き、もぐもぐと食べる。


(甘い!)


 果実の酸味と、柔らかい生地と、口の中でほどけるような甘さが、とても、とても……!


「……おいしい」


 思わず言ってしまうが、ノインの手が次の一口をすでに用意していた。


「あーん」


 そう言われて、きょとんとしてしまう。


 優しく言われて、今の感動で頭がいっぱいになっているオルガは素直に「あーん」と口を開けてしまった。


 口の中に甘さが広がって、オルガは嬉しさを噛み締める。


(甘い……甘い……)


 頬が緩んでいく。


「こっちもどうぞ」


 今度は別の菓子だ。


「それなあに?」

「食べてみればわかります」


 そうかも。


「あーん」


 言われて反射的に口を開けた。


「あむ」


 ふわりと軽く、やわらかく、そしてまた甘い。


「んー……!」


 思わず声がもれる。


 嬉しさに、にこにことしてしまった。


(やわらかい……おいしい……)


 ノインがじっと見ていたが、オルガは気にしている余裕はない。


 見たことのない菓子は、やわらかいし、甘い。


 目元をほんのわずかに緩めたノインが、次を差し出した。


「あーん」

「あー……」


 さっきと違う!


(これもおいしい……甘い……)


 周囲の空気が、少しだけざわついていることすらオルガは気づいていなかった。


「……見て」

「まあ……」


 小さな囁き声など、届くはずもない。


「これもどうぞ」


 あれ? なんかさっきと違う。お皿増えた?

 どうでもいっか。


「なあに?」

「あーん」

「あーん」


 繰り返されるが、まったく気にしなくなった。


 経験のないことなので、甘い、しか表現ができない。

 蜂蜜や果実とは違う、この甘さはなんなのだろうか。


 ふと、カップに視線が向く。


「……これ、白いのなに?」

「牛乳です」

「牛の乳? なんで?」


 はて?


 そのまま飲むにしても量が少ない気がする。


「お茶に入れるんです」

「……は?」


 お茶に、入れる?

 なんで???


「ふふっ。村ではしない飲み方ですからね。俺もしたことないです」

「ノインもしたことないの?」

「まあ、俺はストレートのほうが好みですし」


 ストレート?


「都会の人は色んなことを考えますからね。一緒に試してみましょう」

「わ、わかった」


 ちょっとどきどきするけど。


 お茶に牛乳を入れてから、細い匙でゆるく混ぜる。

 合っているのかすらわからないが、恐る恐る口をつけてみた。


「…………」


 停止したあとに、オルガは数度瞬きをした。


「……あまい」


 あまいお茶だ。


(なにこれ)


「蜂蜜も入っているみたいですね」

「……おいしい」


 両手でカップを持って、もう一口含む。


 あたたかくて、じんわりする。


「……これ、好きかも」


 言葉は自然に出たもので、意識はしていない。


 ノインが一瞬動きを止めたことも、気づかない。


 切り分けた菓子をまた差し出してくる。


「オルガ、あーん」

「あーん」


 おいしい。しあわせ。


 こんなに甘いものをたくさん食べたことはない。


 皿が空いていくが、減っていくという認識がオルガにはなかった。


「あまい……うふふ」


 へらへらと緩んだ顔で笑って味を反芻している間に、ノインが次々と追加していたからそう思うことがなかったのだ。


「どうですか?」

「おいしい。あまいぃ……」

「まだ食べれますよね。あーん」

「あーん」


 なにこれ。これもおいしい。甘い!


「んふふ……なにこれ」

「シュー菓子です」

「んん?」

「次はこっち。あーん」

「あーん」


 んんん!


(甘い!)


「蜂蜜のかかった焼き菓子ですね。

 こっちは砂糖菓子ですね、口開けて。あーん」

「あーん」


 おいしい。


「ジャムとパンがあるんですけど、まだ入りますよね。あーん」

「あーん」


 馴染みのある味なんだろうなと思ったら、全然違っていた。


 もぐもぐと咀嚼してから、ノインのほうへ身を乗り出す。


「全然ちがう!」

「ふふっ、そうですか」


 不思議な触感のものもあれば、ふわっとしたものもあって、オルガは頬に片手をあてて目を閉じていた。


「おいしい……」

「気になっていたのは全部食べ終わったので、落ち着いたら店を出ましょうか」

「うん」


(おいしい……都会のお嬢さんたちはこんなの食べてるんだなあ)


 ノインが小さく笑った。


「ふふっ……食いしん坊のくせに我慢ばかりするんですから……。

 でも、嬉しいことを言ってくれたから、俺も調子に乗って頼み過ぎました……」


 ノインの独り言は、オルガのふわふわと高揚した頭の中を素通りしていったのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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