甘やかされるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第42弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「別れを告げるのは、君のほう。」の後の話です。
「明日は休みなんですけど」
夕飯時にそう言いだしたノインを、オルガは「うん」と小さな声を出して見つめる。
「買い出しの前に寄りたい店があるんですけど、つき合ってもらってもいいですか?」
「い、いいけど……」
「女性客ばかりみたいなので、入りづらそうで……」
えっ。
驚きつつ、オルガはしっかりと頷いた。
「いいよ。一緒に行こう」
***
馬に乗るのは慣れない。やっぱり苦手……。
「……グラナード」
手綱をノインがくいっと引っ張る。
足を止めていた馬が歩き出した。
「? ノインの言うこと聞いてくれないの?」
背後のノインが小さく舌打ちしたような気がしたが、肩越しに見ると彼はにっこりと微笑んだ。
「聞きますよ。きちんと俺が主人だと認識していますし」
「?」
「君が怖がると思って足を止めるみたいですね」
「ええっ!?」
それは……。
オルガは馬の上で緩やかに揺られながら肩を縮めた。
「ごめんね……」
「君は悪くないですよ。グラナードが俺より君を優先しただけなので」
「そうなの?」
「俺が君を落とすと思って止まるんです」
「…………」
「落としませんよ、絶対に」
もしかして仲が悪いのかなぁ。
でもノインは一人でこの馬の世話をしているし、手伝わなくていいと言うし。
「そういえば、なんでその、グラナード? っていう名前なの?」
「前の飼い主がそうつけていたので、そのまま呼んでます。ガーネットって意味です」
「??」
「柘榴石ですね」
「ざくろ……」
オルガはそっと手を伸ばして、馬を撫でた。
「ざくろってほうが可愛いな」
「………………」
しーん……。
「オルガ」
「ん?」
「ダメです。そいつに甘くしないでください」
ええ?
「長いから呼びにくいなって思っただけなんだけど……」
「……犬猫感覚でつけてはダメですよ」
「そ、そっかぁ……そうだよね」
騎士の馬だし、ざくろじゃかっこつかないか……。
しょぼんとしてしまう。
蹄の音が石畳にやわらかく重なり、歩みに合わせてオルガの体はわずかに上下を繰り返す。
月のものがきてから数日経ったが、ノインはいつもと態度が変わらない。
期間中は「そういうことしません」ってはっきり言っていたし、眠る時は「ぎゅーってしましょうか」と抱きしめてくれる。
申し訳なさがどんどん大きくなっていた。
「……あのね」
「なんですか?」
「あの……離縁のことなんだけど」
切り出すのは勇気が必要だったけど、曖昧にするのはやはりよくない。
チャンスの回数も聞いたし、離縁を言い出したのは自分だし。
そのほうがノインにとっては良いだろうとは思うけど、自分がこんなにぐずぐずと諦めが悪いとは。
「して、くれる?」
しますよ、と言ったら、諦めもつく。
ひどいことをしているとわかっているけど、そうでもしないと辛い。
「子どもができなかったらですよね」
「うん……」
「できたら離縁はしない、でいいんですよね」
「そうだけど」
「できなかったら君が悪いから?」
「…………うん。……ごめんね、こんな私、嫌い……」
重く沈んだ声と言葉に、ノインが怪訝そうにする。
「? いま、嫌いって言いました?」
「? 言ったよ?」
「…………悪い、じゃなくて……嫌い……。へぇ……」
「???」
小首を傾げていると、ノインは小さく息を吐いた。
「子どもができないから、嫌い、と」
「……」
「君は村を基準にし過ぎです」
「え?」
どういうこと?
「べつに否定はしませんけど、村の常識が必ずしも正しいわけではないんです」
「…………え?」
「もちろん、この王都もそうです。よくわからないこだわりもありますし。
だって、子どもができない原因が俺のほうにあったらどうするんです?」
は?
「えっ、あっ? で、でも、子どもを妊娠するのは女性、だし」
「でも男の種がなければできませんよ」
「…………そ、れは」
「例えば、りんごですが」
「うん?」
「中に種がありますね」
突然どうしたの???
「その種を土に植えれば、芽が出ます」
「うん」
「でも…………その種が、最初からダメなものだったら?」
「――――え」
背後のノインは特に気にした様子もなく、ふつうに続けている。
「どれだけ良い土であっても、どれだけ水をやっても、芽は出ませんよね」
それは。
でも。
人間に、当てはまるの???
「人も同じです」
肩越しに見た彼は、あっさりと言い切った。
「二年経っても子どもができないなら、どちらかに原因がある可能性が高いと思うので」
「…………」
「俺に原因があったら……俺を捨てますか?」
その言葉にオルガは目を見開く。
自分がダメなら離れたほうがいいと、思った。
もっと健康で、もっとかわいい奥さんを迎えたほうが、絶対にいい。
だけど。
(ノインに原因があったら……)
彼は致命的ではないだろうか。
冷汗が一気に出た。
前を向いて、オルガは視線を伏せた。
「俺では、君の夫には相応しくないですかね」
「…………」
軽く笑って言うことじゃない……。
「そんな人、見たことない……よ」
「それはそうです。男の価値が消えますし、貴族なら家の存続の危機ですから」
「だ、だよね?」
「妻のせいにして離縁したり、新しい伴侶を迎えたり、側室を持ったりしますけど……俺はそんなことをしても無駄だと思いますし」
「は?」
「別れた妻に再婚相手との子ができたら、男がダメだったということでは?」
意地悪な笑みで言うので、オルガは硬直してしまう。
指摘されれば、確かにそうだ。
「ダメなものはダメだと思いますし、男は沽券に関わるから隠そうとしますからね。どうしようもないな」
危険なことを言っている自覚が、ないのだろうか?
「それで、俺がダメな種しか作れなかったとわかったら捨てます?」
「……」
ゆるく首を左右に振った。
「ううん」
「同情ですか?」
「違う……」
ちがう。
もしダメだったら、ノインは婿入りもできなくなる。お嫁さんももらえなくなる。
「ノインが原因だったら、離縁する理由はないよ」
「俺に原因があっても、妻が責められると思いますけど」
「……そうなったら、私がノインを守る」
拳に力を入れる。
「離縁しない」
*
通りに面したその店は、ガラス越しに中の光がやわらかく滲んでいた。
木枠の窓の向こう、整然と並ぶ菓子は宝石のように艶やかで、どれも現実の食べ物とは思えない。
「…………」
まさか。
足を止めてしまう。
「ここ……じゃないよね?」
こんな、きらきらしたところ……。
「そこです」
「……」
確かにこんなお店なら、お嬢さんたちには人気かもしれない。
男性のノインは入りにくいだろう。
オルガは急にそわそわし始め、自分の服を見下ろす。
村から持ってきた中で、マシな一着。つまり、王都に来た時に着ていたものだ。
こんなことなら。
(ノインがくれたショールを持ってくれば少しは……)
「気になっていたので、入ってみたくて」
「……そ、そうなんだ」
特になにかに興味も示さないノインがそんなことを言うのなら、入ってみたほうがいい。
田舎者なのは本当のことだし、村の出身という事実は変わらない。
自分は都会の洗練されたお嬢さんではないのだから。
「入りましょうか」
「……」
視線が下を向いていたことに気づく。
「う、うん」
扉をノインが押す。
なかば連れられるようにオルガは店の中へと、足を踏み入れた。
店内は静かだ。
落ち着いた木の色合いと、淡い灯り。
奥には席があり、上品な服を着た女性たちが、小さな声で会話をしている。
視線が、少しだけこちらに集まる。
オルガは反射的に肩をすくめた。
(……どうしよう……す、すごく場違いだ……)
「あちらの空いているところにしましょう」
えっ。
ノインは視線も気にせずに、窓際の席へとこちらを誘導する。
(いいのかな……)
明らかに店内にいる男性客はノインのみ。
背も高くてすらりとしているし、かっこいいのだから。
(当然注目されるのは、わかるけど……!)
一緒にいるのだから、自分も視線を集めてしまう。
せめてもっといい服であれば。
あのショールが似合う服が、たった一着でもあれば。
そう思ってしまうが、今さら遅い。
座ると、さらに落ち着かない。
(う、ううううう)
机の上には見慣れない食器。白くて薄くて、触れたら割れそう……。
オルガはこそこそとノインに小さな声で言う。
「こ、ここ、なに?」
「菓子店なんですけど、お茶もできるみたいで」
「???」
お菓子なんて、好きだっけ?
どう見ても、お金持ちな人たち向けのお店だと思う……。
「気になってる菓子があるので入ってみたかったんです」
「……そ、そっか」
ノインの好物を知る、いいチャンスかもしれない。
やがて運ばれてきたのは、甘い香りだった。
皿の上に乗るのは、色とりどりの菓子。
つややかな果実が並ぶタルトに、ふくらんだ焼き菓子、やわらかそうな白い菓子。
そして、湯気を立てる淡い色の飲み物。
見たことのないものばかりで、オルガは動けない。
「え、うぇ」
変な声が出る。
「……こ、これ、どうやって食べるの?」
もしかしてこの、よくわからない食器を使うのかな?
(え……こわい……)
自分のよく知る木匙はないし、パンを切るための簡単なナイフもない。
使い方がわからないのだから、そもそもどうしようもない。
ノインは答えずに、三つ又になっている細いものと、細いナイフを手に取った。そ、その三つ又のやつはなに? 刺すの???
迷いもなくタルトを切り分けて、小さくすくった。
「こう使います」
「…………えぇ」
スッスッスッ、と動かされても……。
真似をしようとするけど、戸惑うだけで動けない。
「あ、わ、私……」
食べれなくてもいいかな。
ここに来たがったのはノインだし、私はオマケみたいなもので……。
「…………」
「食べたくないんですか?」
「ぁ……えっと、私はいいかな」
「ふーん」
ノインが切り分けたタルトを差し出してくる。
「どうぞ」
「は?」
「甘い果物、好きですよね? 気に入るかもしれませんよ」
それは……。
オルガがおそるおそる口を開けると、ノインが差し出す一口大のそれを食べた。
一瞬、停止したあと。
オルガは目を見開き、もぐもぐと食べる。
(甘い!)
果実の酸味と、柔らかい生地と、口の中でほどけるような甘さが、とても、とても……!
「……おいしい」
思わず言ってしまうが、ノインの手が次の一口をすでに用意していた。
「あーん」
そう言われて、きょとんとしてしまう。
優しく言われて、今の感動で頭がいっぱいになっているオルガは素直に「あーん」と口を開けてしまった。
口の中に甘さが広がって、オルガは嬉しさを噛み締める。
(甘い……甘い……)
頬が緩んでいく。
「こっちもどうぞ」
今度は別の菓子だ。
「それなあに?」
「食べてみればわかります」
そうかも。
「あーん」
言われて反射的に口を開けた。
「あむ」
ふわりと軽く、やわらかく、そしてまた甘い。
「んー……!」
思わず声がもれる。
嬉しさに、にこにことしてしまった。
(やわらかい……おいしい……)
ノインがじっと見ていたが、オルガは気にしている余裕はない。
見たことのない菓子は、やわらかいし、甘い。
目元をほんのわずかに緩めたノインが、次を差し出した。
「あーん」
「あー……」
さっきと違う!
(これもおいしい……甘い……)
周囲の空気が、少しだけざわついていることすらオルガは気づいていなかった。
「……見て」
「まあ……」
小さな囁き声など、届くはずもない。
「これもどうぞ」
あれ? なんかさっきと違う。お皿増えた?
どうでもいっか。
「なあに?」
「あーん」
「あーん」
繰り返されるが、まったく気にしなくなった。
経験のないことなので、甘い、しか表現ができない。
蜂蜜や果実とは違う、この甘さはなんなのだろうか。
ふと、カップに視線が向く。
「……これ、白いのなに?」
「牛乳です」
「牛の乳? なんで?」
はて?
そのまま飲むにしても量が少ない気がする。
「お茶に入れるんです」
「……は?」
お茶に、入れる?
なんで???
「ふふっ。村ではしない飲み方ですからね。俺もしたことないです」
「ノインもしたことないの?」
「まあ、俺はストレートのほうが好みですし」
ストレート?
「都会の人は色んなことを考えますからね。一緒に試してみましょう」
「わ、わかった」
ちょっとどきどきするけど。
お茶に牛乳を入れてから、細い匙でゆるく混ぜる。
合っているのかすらわからないが、恐る恐る口をつけてみた。
「…………」
停止したあとに、オルガは数度瞬きをした。
「……あまい」
あまいお茶だ。
(なにこれ)
「蜂蜜も入っているみたいですね」
「……おいしい」
両手でカップを持って、もう一口含む。
あたたかくて、じんわりする。
「……これ、好きかも」
言葉は自然に出たもので、意識はしていない。
ノインが一瞬動きを止めたことも、気づかない。
切り分けた菓子をまた差し出してくる。
「オルガ、あーん」
「あーん」
おいしい。しあわせ。
こんなに甘いものをたくさん食べたことはない。
皿が空いていくが、減っていくという認識がオルガにはなかった。
「あまい……うふふ」
へらへらと緩んだ顔で笑って味を反芻している間に、ノインが次々と追加していたからそう思うことがなかったのだ。
「どうですか?」
「おいしい。あまいぃ……」
「まだ食べれますよね。あーん」
「あーん」
なにこれ。これもおいしい。甘い!
「んふふ……なにこれ」
「シュー菓子です」
「んん?」
「次はこっち。あーん」
「あーん」
んんん!
(甘い!)
「蜂蜜のかかった焼き菓子ですね。
こっちは砂糖菓子ですね、口開けて。あーん」
「あーん」
おいしい。
「ジャムとパンがあるんですけど、まだ入りますよね。あーん」
「あーん」
馴染みのある味なんだろうなと思ったら、全然違っていた。
もぐもぐと咀嚼してから、ノインのほうへ身を乗り出す。
「全然ちがう!」
「ふふっ、そうですか」
不思議な触感のものもあれば、ふわっとしたものもあって、オルガは頬に片手をあてて目を閉じていた。
「おいしい……」
「気になっていたのは全部食べ終わったので、落ち着いたら店を出ましょうか」
「うん」
(おいしい……都会のお嬢さんたちはこんなの食べてるんだなあ)
ノインが小さく笑った。
「ふふっ……食いしん坊のくせに我慢ばかりするんですから……。
でも、嬉しいことを言ってくれたから、俺も調子に乗って頼み過ぎました……」
ノインの独り言は、オルガのふわふわと高揚した頭の中を素通りしていったのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




