第二章:二重統治システムと八咫烏の創設
蓬莱帝国建国から20年が経過した頃、独特の統治システムが確立された。皇帝となる龍氏の男系と、国師となる伊波氏の女系による二重統治である。
初代皇帝として登壇して、「蓬莱帝国」を創始した天照は、「龍天照」の諡号を名乗り、10年前に夫君として伊波氏の嫡男を皇配に迎えていた。この時より、皇帝の血統は「龍」の姓を名乗り、国師の血統は「伊波」の姓を受け継ぐこととなったのである。
この制度には深い意味があった。始皇帝の血を引く天照の子孫が皇帝として君臨し、徐福の血を引く伊波氏の子孫が国師として皇帝を支える。これは、大秦帝国で培われた「王の目、王の耳」システムの進化形であった。
第三代皇帝・龍武帝の治世において、この制度は明文化された。
「朕は天下を治めるにあたり、伊波氏と共に歩むことを誓う。皇后は必ず伊波氏の嫡長女から迎え、国師は伊波氏の当主が務めるものとする」
武帝の詔勅により、龍氏と伊波氏の関係は永続的なものとなった。皇帝が国家の表の顔であるならば、国師は国家の裏の支配者であった。また、両家に男子がない場合は、互いの家から婿養子を迎えることも定められた。
しかし、この制度には更なる秘められた側面があった。伊波氏の嫡次女は、代々「天照」の名を継ぎ、影の守護機関の統率者となることが密かに定められていたのである。これは、始皇帝の血を引く初代天照の名を永続させる意味も込められていた。
第五代皇帝・龍文帝の時代、ついにこの影の組織が正式に設立された。その名を「八咫烏」という。
「八咫烏は、朕の目であり耳である。また皇后の代理として、帝国の安全と平和を守る使命を負う」
八咫烏の創設には、重要な理由があった。地球世界への情報漏洩問題である。
建国から二百年の間に、何度か地球側で蓬莱国の存在を仄めかす情報が流れることがあった。船乗りが霧の海で不思議な島を見たという話や、古代の賢者が理想郷について語った記録などである。
「このままでは、いずれ我らの存在が知られてしまう」
文帝の懸念は深刻であった。そこで、八咫烏の最初の任務として、地球世界への「偽装工作」が実施されることとなった。
初代八咫烏総帥・伊波天照(文帝の皇后の妹)は、巧妙な情報操作を開始した。蓬莱帝国に関する真実の情報が流れるたびに、それを上回る壮大な「伝説」を地球世界に流布したのである。
「我らの真実を隠すには、より大きな虚構で覆い隠すのです」
こうして生まれたのが、ムー大陸、アトランティス大陸、桃源郷、ガンダーラ、シャンバラ、竜宮城といった伝説であった。さらに、地球空洞説、レプタリアン人種などの奇想天外な話まで創作し、地球世界に広めた。
「人は真実よりも、神秘的な物語を好む。故に、我らの真実は物語の海に沈むのです」
八咫烏の情報戦略は見事に成功した。蓬莱帝国の存在は、数々の伝説の陰に隠され、真実として認識されることはなくなった。
建国の初期において最も重要だったのは、異界への扉の管理であった。地球と蓬莱帝国を結ぶ道は、始皇帝陵の地下宮殿のほかにも発見された。大西洋のバミューダ海域、そして南極大陸の秘密の洞窟である。さらに、二百年に一度の日食の日にのみ開かれる特別な扉も確認された。
これらの扉の存在は、蓬莱帝国にとって最高機密であった。地球側からの侵入者を防ぎ、同時に蓬莱帝国の存在が地球に知られることを阻止する必要があったのである。
一方、蓬莱帝国内では着実な発展が続いていた。異界という特殊な環境により、地球とは異なる独自の文明が花開いた。二つの太陽による豊かな光エネルギー、地球の数倍に及ぶ大陸面積、そして豊富な天然資源。これらの恵みにより、人口は着実に増加し、科学技術も急速に発達した。
特筆すべきは、大秦帝国から連れてきた優秀な人材たちの働きであった。技師たちは美しい都市を設計し、医師たちは高度な医療制度を築き、学者たちは教育制度を整備した。彼らの知識と技術が、蓬莱帝国発展の礎となったのである。
第十代皇帝・龍明帝の時代には、人口が一千万人を突破し、各地に美しい都市が建設された。蓬莱帝国の首都・天照京は、地球の古代ローマやバビロンを遥かに凌ぐ壮麗な都市となった。
「我らの帝国は、地球世界のあらゆる文明を凌駕した。これぞ、始皇帝陛下が夢見た理想郷である」
明帝の治世は、蓬莱帝国の黄金時代と呼ばれるようになった。
この頃、八咫烏の組織も拡充された。初期の情報工作から発展し、帝国全体の諜報網を統括する巨大組織となったのである。皇帝直属でありながら、実際の指揮権は皇后が持ち、実働部隊は八咫烏総帥(天照)が統率するという三重構造が確立された。
「皇帝陛下の目、皇后陛下の耳、そして帝国の影なる守護者」
八咫烏のモットーは、二千年後の現代まで受け継がれることとなった。
第二十代皇帝・龍盛帝の時代になると、地球との接触管理も高度化された。三箇所の常設扉に加え、二百年周期の特別扉の正確な予測も可能となった。八咫烏は、これらの扉に常に監視員を配置し、万一の事態に備えた。
「我らの使命は、二つの世界の平衡を保つことである」
歴代の八咫烏総帥は、この重責を胸に刻み続けてきた。そして、この壮大なシステムは、現代に至るまで一度の破綻もなく維持され続けているのである。




