第一章:ソロモンの鏡が映す運命と壮大なる救出作戦
紀元前209年、大秦帝国の都・咸陽は、黄金の輝きに満ちていた。始皇帝嬴政の築いた偉大なる帝国は、中華史に比類のない統一帝国として、その繁栄を謳歌していた。万里の長城は北方の異民族を完全に阻み、整備された道路網は帝国の隅々まで皇帝の威光を届けていた。
「王の目、王の耳」と呼ばれる諜報機関からの報告を聞いても、この大帝国の足元に及ぶ国など存在しなかった。国力、軍事力、文化、すべてにおいて大秦帝国は世界の頂点に君臨していた。その繁栄は永遠に続くと誰もが信じていた。
しかし、始皇帝はとても由々しき秘密を抱えていた。彼は、イスラエル十氏族の王族たる秦氏の末裔であり、その血脈には古代より伝わる神秘の知恵が脈々と受け継がれていたのである。エルサレムの神殿から遠く離れた中華の地にて、彼は「大秦帝国」を名乗り、天下に君臨していた。
宮殿の奥深くに秘蔵された至宝の間で、始皇帝は一面の鏡を見つめていた。それは「ソロモンの秘宝」の一つである「未来写しの鏡」であった。この神秘の鏡には、避けることのできない運命の糸が映し出されていた。
鏡に映るのは、おぞましい未来の光景であった。盤石と思われた大帝国の終焉。庶子の胡亥が、始皇帝亡き後に兄弟・姉妹を次々と虐殺し、権力を掌握し、皇帝に即位する様子。その暴政により臣下と人民の信頼を失い、万代続くはずの帝国がわずか十年で灰燼に帰する末路までもが、残酷なまでに鮮明に映し出されていた。
「運命とは、かくも非情なものか...」
始皇帝の心は絶望に沈んだ。この未来は、どのような手段を用いても変えることはできない。ソロモンの鏡が映す運命は絶対であり、抗うことは許されていなかった。
しかし、その時、鏡の片隅に一筋の光明を見出した。胡亥による皇族虐殺の後に作成される死去名簿に、一人だけ名前のない者がいたのである。それは、最愛の皇后との間に生まれた長公主・天照であった。胡亥の年の離れた妹であり、何らかの秘策により生き延びる運命にあるようであった。
「天照...そなただけが、我が血脈を未来に繋ぐ希望なのだ」
始皇帝は深く考えた。胡亥は確かに自分の実子だが、その母は一族の収賄と反乱の罪をとがめられ、一族とともに始皇帝から賜死の毒杯を受けて若くして死去していた。その恨みが、胡亥の心を歪めたのかもしれない。だが、運命を変えることはできない。ならば、せめて愛する天照だけでも救わねばならない。
始皇帝は壮大な計画を練り上げた。表向きは二つの大事業を同時に開始することとした。
まず、自分の死後の陵墓となる巨大な地下宮殿の建設である。
「徐福の弟、徐安を呼べ」
徐安は、女媧と伏羲の末裔たる徐氏の次男であり、建築と土木に優れた才能を持っていた。
「徐安よ、そなたを三万人の造営省の総責任者に任命する。朕の陵墓として、史上最大の地下宮殿を築くのだ」
「承知いたしました、陛下」
これは表向きの理由であった。真の目的は、地下宮殿の最深部に異界への扉を設け、選ばれた者たちをそこから脱出させることにあった。
次に、兄である徐福を呼び出した。
「徐福よ、そなたに重大な使命を与える」
「いかなるご命令でも」
「蓬莱帝国へ赴き、不老不死の妙薬を探してくるのだ。三千人の若者や技師を同行させる。妙薬が見つかるまで帰国は許さぬ」
始皇帝の宣旨は厳格であった。しかし、これもまた偽装であった。
「陛下、三千人とは...」
「若い男女、優秀な技師、医師、学者...新天地で文明を築くに足る人材を選抜せよ」
徐福は始皇帝の真意を理解した。これは逃亡計画であった。
その夜、始皇帝は最愛の長公主・天照を密室に呼んだ。
「天照、父の話をよく聞くのだ」
十六歳の美しい姫君は、父の深刻な表情に身を正した。
「ソロモンの鏡に、恐ろしい未来が映し出されている。そなたの異母兄・胡亥が、いずれ皇族を皆殺しにする運命にある」
天照の顔が青ざめた。
「しかし、そなただけは生き延びる定めにある。父は、その運命を確実なものとするため、秘策を講じた」
始皇帝は計画の全容を説明した。天照は、彼女への末代までの忠誠を誓約させた信頼できる臣下の子弟と共に、造営作業者に紛れ込んで地下宮殿の異界への扉をくぐり、新天地へ脱出するのである。
「父上...」
「案ずるな。徐福が養父となり、そなたを守ってくれる」
数日後、壮大な芝居が始まった。
まず、徐福が率いる「不老不死の妙薬探索船団」の出航準備が開始された。しかし、徐福の叡智により、これは巧妙な偽装工作となった。
実際には、天照と選ばれた若者たちは、造営作業者として地下宮殿建設現場に送られた。一方で、形ばかりの大船団が港に集結し、三千人が夜中に出航したという噂が都中に流布された。
「今夜、徐福殿の船団が蓬莱帝国へ向けて出航するそうだ」
「三千人もの若者が同行するという」
「不老不死の妙薬が見つかれば、陛下は永遠に帝国を治められる」
民衆は期待に胸を膨らませた。そして胡亥も、この噂を真実だと信じ込んだ。
その夜、実際の脱出作戦が決行された。地下宮殿の最深部で、イスラエル十氏族に伝わる秘術により、異界への扉が開かれた。
「これが...新天地への扉」
天照の瞳に映ったのは、神秘的な光に包まれた異次元への入口であった。
「姫様、参りましょう」
徐福に導かれ、天照と三千人の選ばれし者たちは、一人ずつ扉をくぐり抜けた。扉の向こうには、地球とは別の次元に広がる未知の大陸が存在していた。
緑豊かな大地、清らかな川、そして天空に輝く二つの太陽。この地こそが、後に「蓬莱帝国」と呼ばれる理想郷の原風景であった。
「父上の愛に応え、この地で新たなる理想郷を築きます」
天照の決意は固かった。
徐福は約束通り伊波氏を名乗り、天照を養女とした。しかし、血筋上は天照こそが皇族の正統な後継者であり、伊波氏は皇族を支える国師の家系として位置づけられた。
「姫様、この地にて、始皇帝陛下の夢見た真の理想郷を築きましょう」
「はい、徐福殿、いえ、養父上様、ソロモンの鏡に映らなかった、希望ある未来を創造いたします」
かくして、紀元前209年、異界の地に蓬莱帝国の礎が築かれたのである。建国当初の人口は三千人であったが、彼らは皆、大秦帝国で選ばれた優秀な人材であった。技師、医師、学者、職人、そして忠義な軍人たち。彼らの子孫は二千二百年の歳月を経て、五億の民を擁する大帝国を築き上げることとなる。その中には、後の時代や国の戦火で被災した多くの国や地域の住民が多く含まれていた。「蓬莱帝国」はこれらの人民を緊急かつ100万人単位で救うために、「巨大な時空トンネル」を開発していた。表世界では「スターゲイト」と呼ばれ、映画化されたものである。なお、人口の構成は被災民の子孫が4億人、元々の「移民者の子孫」が1億人であった。国民はみな平等であり、すでに通婚が進み、人民の間には、帝国の祖である「龍皇帝一族」と「伊波氏本家」を除いては、門地による違いはなかった。国土は広大で、表世界の面積で言えば、ユーラシア大陸の面積に相当し、アメリカの数倍の面積があった。肥沃で天候にも恵まれていた。
一方、地球の大秦帝国では、始皇帝の死後、予想通り胡亥が暴政を敷き、皇族を次々と粛清した。しかし、天照の名前だけは死者の名簿に現れることはなかった。胡亥は、異母妹が徐福の船団と共に遥か東方の蓬莱へ旅立ったと信じ続けていたからである。
こうして、始皇帝の壮大な救出作戦は見事に成功を収めたのであった。




