閑話:龍の血脈 ―その身に宿る歴史―
時は少し遡り、勘太が村を発つ一年前。
寡黙で実直だったはずの父・源蔵の、あまりに痛々しくも衝撃的な「真実」が明かされます。
宝暦十一年(一七六一年) (晩冬) 蝦夷地・宗谷
「……敵わねえよ」
無慈悲とも思えた仕打ちが、親の愛ゆえだった。
その事実を知った俺の心は、凪のような静けさに包まれていた。
(俺もこの先のことを考えないとな……)
立ち去ろうとした俺の耳に大人たちの笑い声とともに衝撃的な話が飛び込んでくる。
「それにしても、あの村一番の『おおうつけ』の息子が、あんなにまともに育つとはな。
最初に子供らを集めてなんぞやっとると聞いたときにはどんな悪さをするんだと
戦々恐々だったが…ずいぶんとまとも……いや、まともすぎて拍子抜けしたぐらいだわ」
鉄太の父、鉄造が、がははと笑う。
「そうだな。
……宗谷一の傾奇者だったものな、源蔵は」
朔弥の父、徳也が追従する。
俺は自分の耳を疑った、あの「寡黙で真面目な父」が宗谷一の傾奇者?いったいどういうことだ?
聞き耳を立てていると親たちが昔語りを始めた。
そこから溢れ出したのは、俺が知る父の面影を木っ端微塵に打ち砕く、戦慄の黒歴史だった。
「――源蔵は、若い頃は手に負えん傾奇者だったからな。
ある日突然、ボロボロの網を蓑のように羽織って舳先に立ち、
『俺には見える……北天の星々が、俺に流れる龍の血が、旅立てと囁いている!』
と叫びおったわ」
「それだけではない。
冬の時化で誰も海に出られん日に、ふんどし一丁で海に飛び込んでな。
『俺に流れる龍の気で海の怒りを鎮めてくれる!』
と喚いて、村の衆総出で引き上げたこともあった。
……あの時は、冷たい波に巻かれて、
青白い顔でガタガタ震えながら、
『……無念、俺の法力はまだ未熟なようだ……』
と格好をつけておったな」
俺の頭の中で、何かが音を立てて崩壊していく。
あの、飯を食う時も黙々と箸を動かし、
俺の活動を温かく見守っていた親父が。
中二病の末期患者のような、痛々しい発言の数々を……?
「極めつけは、十五の時よ。
どこで拾ってきたのか、真っ赤な泥を顔中に塗りたくってな。
『これは古の戦士の血化粧だ。
俺の右腕には、封印された黒い龍が宿っている。
封印が解ければ、この宗谷の海は沸騰するだろう』
と、真顔でわしに詰め寄りおった」
俺の頭の中で、何かが音を立てて崩壊していく。
あの、飯を食う時も黙々と箸を動かし、俺の活動を静かに見守っていた親父が。
中二病の末期患者のような、痛々しい発言の数々を……?
「だからな。
勘太がガキどもを集めて
『この世で一番美味い飯』だの『自分たちの城』だのやりだしたのも、
村の連中は皆、
『あの源蔵の息子らしいことだ』
と納得しとる。
……まあ、お前に比べれば、あいつは網を盗んだり、勝手に漁に出たりせんだけ、
まだ『可愛げのあるうつけ』だと思われとる」
鉄造はくっくっと肩を揺らし、からかうような目で源蔵を一瞥した。
(おやじ……
あんた、どんだけ酷かったんだよ……!
スポットライト効果?
そんな上等なものではなかった。
ただの『うつけのサラブレッド』として、
最初から期待値がマイナスに振り切れていただけだったんだ……)
俺が「完璧な擬態」だと思っていた
世界の無関心の正体は、
父親が過去に撒き散らした「黒歴史」という名の巨大な汚染物質によって、
覆い隠されて見えなくなっていただけだった。
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鉄太の親たちが帰ったのを見計らった俺は意を決して戸を開ける。
落ち込んでいるように顔を伏せ表情を隠す。
知ってしまったことを知られては気まず過ぎて死んでしまう。
「……ただいま」
玄関を開けると、囲炉裏の前で親父が網を繕っていた。
今の親父は、村でも指折りの堅実な漁師だ。
無駄口を叩かず、若者の無茶を嗜める、頼りがいのある大人。
だが、その右腕――
今まさに網を引いているその腕には、
かつて「黒い龍」が宿っていたらしい。
「勘太か。
……鉄太たちのことは残念だったな」
親父は俺を一度だけ見て、
また手元の網に視線を戻した。
その横顔は、彫刻のように静かで、
常識人のそれだった。
「……」
親父は何も言わない。
ただ、網を繕う手先が、微かに震えているように見えた。
今の俺にはわかる。
この沈黙は、かつての己が紡いだ数々の迷言を、
物理的な羞恥心とともに噛み殺している音なのだ。
(親父……。
あんた、龍の血統だったのかよ……)
現在の親父は、村の誰よりも「普通」であろうと努めている。
かつての奇行が嘘であったかのように、
規律正しく、静かに生きている。
それが、過去の自分に対する最大の贖罪であるかのように。
「……勘太。
何だ、その目は」
親父が不審そうに眉を寄せる。
「……いや。別に。」
(安心してくれ……
俺は龍の血も引いてないし、右腕に黒い龍も飼ってない)
俺は、パチパチと爆ぜる囲炉裏の火を眺めながら、
コンサルタントとして現状を再分析した。
現在、俺の社会的評価は「まともな方のうつけ」だ。
これはリスクではない。
むしろ、親父の黒歴史という巨大な盾のおかげで、
俺は今後、どれだけ異常な技術革新を行っても、
「まあ、あの源蔵の息子だしな。
親よりは役に立つことをしてるし、放っておこう」
という、強力な『免罪符』を手に入れたのだ。
――親父の屍を越えて、俺は覇道を突き進む。
それにしても中二病ってこの時代にもあったんだな。
俺も気を付けよう……。
隙間風にぶるりと身体が震える。
(ふっ、武者震いか、どうやら気が急いているようだ)
「勘太……ほどほどにな」
龍の右腕を持つ男の、生温かい忠告が骨身に染みるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
「源蔵パパの右腕に宿る『龍』の破壊力が凄まじすぎる(笑)!」
「中二病の黒歴史すら戦略的資産(免罪符)に変える勘太、さすがコンサル……!」
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親父さんの屍(黒歴史)を越えて、勘太の覇道はさらに加速します。




