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第41話:壁越しに聞いた「親心」 ――最果ての愛――

復讐心に燃えながら実家へと戻った勘太。

しかし、格子窓の向こうから聞こえてきたのは、

冷徹なロジックを遥かに凌駕する「親たちの戦略」でした。

 宝暦十一年(一七六一年) (晩冬) 蝦夷地・宗谷


 俺はふらつく足取りで作業場を後にした。

 

 背後で三吉が不安げに見送っているのが気配で分かったが、今は誰の顔も正視できなかった。  

 三吉に殴られた左頬が、拍動に合わせて熱く疼く。

 だが、その熱を嘲笑うかのように、宗谷の荒ぶる冬の風が容赦なく皮膚を叩き、体温を奪っていく。


(……理不尽だ。あいつらは、俺が用意した解答の『正しさ』を利用しただけだ)


 胸の奥で、前世のコンサルタントとしての矜持が黒く濁り、猛火となって燃え盛っていた。  

 

 属人化を排除し、組織を自走させた俺の功績。

 

 それを、親たちは「代替可能な部品」という言葉で嘲笑い、鉄太と朔弥を連れ去ったのだ。


(思い知らせてやる。伊勢屋との取引も、畑の改良方法も、すべて俺が握っている。

 俺が首を縦に振らなければ、この村の潤いなんて一瞬で消える。

 

 ……後悔させてやる)


 暗い怒りに目を血走らせ、復讐のシナリオを脳内で組み立てながら、辿り着いた実家の裏手。  

 格子窓の隙間から、漏れ出す明かりと共に、聞き慣れた父と、そして昼間対峙した男たちの声が漏れてきた。


「……全て予定通りか、源蔵の言ってた通りの筋書きだったな」


 徳也の声に続いた名前に、思わず息が詰まった。

 ――源蔵。

 俺の、親父の名だった。


「ああ。勘太のやつは、考えていることを全部口に出す癖があるからな。

 あいつの『ロジック』とやらは、俺には手に取るように分かったさ」


 はは、と自嘲気味に笑う父の声。

 

 その余裕に、心臓が冷たく凍りつく。  

 俺は「論理」で周囲を説得しているつもりだった。

 

 だが、父はそれを「情報の垂れ流し」として冷静に観測し、

 俺が構築するシステムを、逆算して利用していたのだ。


「……本当に、これで良かったのか。源蔵」


 鉄太の父・鉄造の声だ。

 そこには、いつもの厳格さはなく、深い迷いのような響きがあった。


「ああ。勘太の作った場所は、恐ろしいほどだ。

 あそこにいれば、ガキどもは一生食うには困らねえだろう。

 

 ……だがな、あいつらはまだ若すぎるんだ」


 源蔵の重苦しい声が続く。


「あそこに安住しちまえば、本物の『外の世界』の怖さも広さも知らずに終わっちまう。

 あいつらには、もっと広い海を、もっと大きな商いを見て、一回りも二回りも大きな男になってほしいんだ」


 俺は息を止めた。  

 足元の泥に指を食い込ませ、石のように固まってその言葉を飲み込む。


「獅子は我が子を千尋の谷に落とす……か。

 憎まれ役は俺たちが引き受けりゃいい。

 勘太という『防波堤』の中にいる限り、あいつらは本当の嵐を知らねえままだ」


 徳也の、静かだが決意に満ちた言葉が続く。  

 

 彼らは、俺の作った仕組みを奪おうとしたのではない。

 

 むしろ逆だ。  

 

 俺が作り上げた「ガキの帝国」を、本物の「力」と「経験」で守り固めるために、

 あえて最愛の息子たちを厳しい修行の場へ放り出したのだ。


「……それにしても、勘太のあの顔。あんな絶望した顔をさせるのは、親として心苦しいもんだな」


 父の小さな苦笑が聞こえた。  


 ――雷に打たれたような衝撃が、俺を貫いた。


 俺はそれ以上聞けず、音を立てないようにその場を離れた。

 

(俺は……なんて、傲慢だったんだ……)


 前世の知識があるからといって、自分だけがすべてを見通しているつもりになっていた。  

 親たちが息子たちを思う深さを、この過酷な地で生き抜いてきた男たちの、

 言葉にできない「継承」の覚悟を、俺は「理不尽」という一言で切り捨てようとしていた。


 報復を考え、憎しみすら抱いていた自分を、恥じた。  

 知識は大人でも、俺の心は、ただの傲慢な六歳のガキだったのだ。


「……敵わねえよ」


 俺は、地面に膝を突き、深く頭を下げた。  

 熱い涙が頬の傷を刺激し、雪に染み込んでいく。

 

 この熱い後悔こそが、今の俺が持てる唯一の「真実」だ。


(俺は……もっと、強くならなきゃいけない。

 仕組みだけじゃない。

 本当の意味で、あいつらを……この村を背負えるくらいの、『化け物』に)


 晩冬の夜が、静かに更けていく。  

 

 俺は、親の背中の大きさを知り、初めて「本当の成長」への第一歩を踏み出した。    


 見ていろ、父さん。  

 俺が次に作る仕組みは、ただの「檻」じゃない。  

 あんたたちが恐れる「嵐」さえも巻き込んで、すべてを飲み込む巨大な渦にしてやる。


 六歳のコンサルタントは、闇の中で、かつてないほど冷徹に、そして熱く、笑った。

最後までお読みいただきありがとうございます。

完璧な仕組みを作ったつもりが、実は父・源蔵の手のひらで踊らされていた……。

その圧倒的な格の違いを知り、勘太は本当の意味でこの時代に根を張る覚悟を決めました。


「源蔵の格に痺れた!」「勘太の覚悟が熱い!」と思っていただけたら、

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