第38話:継承の審判(アセスメント)
伊勢屋九兵衛との独占契約、そして冬の間に磨き上げた「仕組み」。
勘太たちは、大人たちに突きつけるための「実績」を完璧に揃えました。
そして、決戦に向け最後の追い込みに入ります。
宝暦十一年(一七六一年) (初冬) 蝦夷地・宗谷
宗谷を閉ざしていた雪は、その重みを増し、氷のひび割れる音が夜の静寂を切り裂くようになった。
春の足音が、遠くオホーツクの海鳴りに混じり始めている。
俺たち「幹部陣」は、この数日間、あえて沈黙を守っていた。
隠れ家に増設された「作業場」と「燻製室」。
そこで働く十数人の子供たちの動きを、俺、鉄太、朔弥の三人は、ただ壁際から眺め続けていた。
「……おい、勘太。あいつ、火の番を忘れてやがらねぇか?
泥炭の継ぎ足しが遅いぜ。これじゃ燻製室の温度が……」
鉄太が隣で、今にも飛び出しそうな勢いで拳を握りしめている。
「黙って見てろ、鉄太。今は指導の時間じゃない。査察の時間だ」
俺が低く制すると、鉄太は「ぐぬぬ……」と喉を鳴らして踏みとどまった。
かつては真っ先に怒鳴り散らしていた彼が、今はリーダーとして「耐える」ことを覚えている。
その横顔には、ひと冬越えた自信と険しさが同居していた。
一方、朔弥は対照的だった。
彼は手元の木簡に、迷いのない筆致で事実を刻み続けていた。
『カニ身の選別作業。基準未達品の混入率、一割二分減少』
『燻製室の煙量、外気温の変化に対し三吉の指示により即座に調整完了』
朔弥の目は、もはや一人の作業員のものではない。
組織全体の稼働率と、歩留まりを正確に見極める「監査役」のそれだった。
俺は、そんな二人の様子を眺めながら、脳内で「次世代の組織図」を書き換えていた。
(鉄太は現場の総責任者(COO)として、大人たちを束ねる交渉役に。
朔弥は内部統制(CFO)として、九兵衛さんとの取引実務を。三吉は……)
この冬、彼らはただカニを加工したのではない。
「仕組み」そのものを運営する能力を手に入れたのだ。
三日間にわたる査察を終え、俺は子供たちを床暖房の上に集めた。
みな、緊張した面持ちで俺の言葉を待っている。
冬の寒さに耐え抜き、煤に汚れながらも、その目は力強く輝いていた。
「……査察の結果を発表する。細かな失敗はあった。
火床の管理が甘い時間帯もあり、油の量を間違えそうになった場面もあった。だが――」
俺は、朔弥がまとめた実績報告の木簡を高く掲げた。
「目標としていた『燻製カニ油煮』の在庫数は、予定の二割増し。
品質のバラツキも許容範囲内だ。
……合格だ。お前たちは、もう俺達が細かく指示しなくてもこの『城』を回せる」
一瞬の静寂の後。
「うおおおおおっ!」
子供たちが、床を叩いて沸き立った。
抱き合い、涙を流す者もいる。
鉄太は照れ臭そうに鼻をすすり、朔弥は満足げに深く頷いた。
二人とも、感無量といった様子だ。自分たちが育てた組織が、ついに「自走」を始めたのだから。
「これで、自信を持って親たちと対決できるぜ」
鉄太が、不敵な笑みを浮かべて言った。
「ああ。俺たちの『実績』は、もはや理屈で否定できるもんじゃない」
朔弥も同意する。
彼らの目には、もはや大人への怯えなど微塵もなかった。
俺は一人、徳蔵さんのもとへと向かった。
来る日の舞台設定と、最終的な数字の突き合わせを行うためだ。
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その頃、村の番屋では。
鉄造、徳也、源蔵の三人が、焚き火を囲んで低い声で話し合っていた。
「……なあ、本当に、いいのか。源蔵」
徳也が、不安げに火を突つきながら問いかける。
鉄造の顔には、かつての猛々しさはなく、どこか複雑な影が差していた。
「……源蔵。お前だってあいつらの小屋を覗いたんだろう?
あれだけの成果。
尋常じゃあない……。それを……。」
源蔵は、酒の入っていない杯を弄びながら、重々しく頷いた。
「……問題ない。全て予定通りだ」
源蔵の言葉に、鉄造は黙って目を閉じた。
あの日、徳蔵が松前から十両という大金を持ち帰った日から、こうして集まって話してきた。
最初に聞いたときは耳を疑ったがよくよく聞けば納得するしかなかった。
(あの神童にもとんだ弱点があったもんだ......。
しかも、それを実の親に利用されるとは......いや、親だからこそか。)
晩冬の夜が、静かに更けていく。
明日、宗谷の親子関係、そしてこの地の掟が、根底から覆る瞬間が訪れる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「指導ではなく『査察』に徹する勘太たちが、本物の経営陣に見える!」
「三吉たちの成長に涙……。でも、ラストの大人たちの会話が不穏すぎる!」
「勘太の『とんだ弱点』って何!? 完璧に見える軍師の落とし穴が気になる!」
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