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蝦夷転生コンサル、松前藩の支配構造を現代知識で塗り替える――まずは実家の隙間風を何とかする  作者: 一月三日 五郎
第一章 宗谷編

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第3話:インセンティブの暴力 ―カニ汁一杯でガキどもを『社員』に買い叩く―

最強の通貨は「銭」ではなく「旨味(UMAMI)」。

五歳のコンサルタントによる、人生初の採用活動リクルーティング

カニ汁の香りに誘われて、ターゲットが入り江に現れます。

 宝暦十年(一七六〇年)(冬) 蝦夷地・宗谷


 母に叩かれた尻の物理的な痛みは、一晩寝れば引いた。

 だが、コンサルタントとしてのプライドに刻まれた

 「家庭内コンプライアンス違反」の教訓は、深く脳裏に刻まれている。


 家での調理、特に勝手な火の使用を厳禁されたのは痛手だが、これを「ピンチ」と捉えるのは三流だ。

 一流のコンサルタントなら「拠点の分散化」と読み替える。


(親の目が届く家の中でちまちま実験する時期は終わったということだ。

 これからは、現場フィールドに活動拠点を移す)


 俺は、母が洗濯で川へ向かった隙を突き、物置から小さな土鍋と

 昨日の「廃棄物(カニ殻と昆布)」、そして火打石を盗み出した。


 向かう先は、家の裏から少し離れた、入り江の岩陰だ。

 ここなら冷たい潮風を岩が遮ってくれるし、大人たちの作業場からも死角になる。


 ここから、俺の孤独なR&D(研究開発)が始まった。

 目標は「醤油も味噌もない極限状態で、人の理性を奪うほどの旨みを生成すること」だ。


 ---


 一日目。

 俺はただカニと昆布を水から煮た。

 結果は惨敗。

 昆布のぬめりと磯臭さが前面に出すぎて、カニの繊細な風味を殺してしまった。

 これでは「少し豪華な海水」でしかない。


 二日目。

 昆布の投入時間を短縮し、カニを長時間煮込んでみた。

 今度はカニの殻から不快な「えぐみ」と苦味が出て、スープがどろりと濁った。

 五歳の繊細な内臓には、この雑味は重すぎる。


(不味い試作品を無理やり胃に流し込むのも、品質管理(QC)の一環だ。

 ……原因は『前処理』の不足か?

 令和の料亭なら、カニの殻は一度焼いて香ばしさを出すのが常識だったな)


 三日目。

 俺は流木を組み、慎重に火を育てた。

 焚き火は勢いよく燃やさず、殻を焼くための、芯のある熱だけを残す。


 まずはカニの殻を火にかざし、内側を中心にじっくりと炙った。

 殻に残った身と味噌が熱を受け、パチパチと脂の弾ける音が鳴り始める。

 焦げる寸前で引き上げると、香ばしさが少しずつ立ち上がった。


 土鍋の中で、昆布を引き上げた黄金色の出汁だしに殻を投入する。

 数分煮ると、湯気とともにかすかな香りが立った。

 まだ完全ではない。

 浜辺に広がるのは「香りの片鱗」に過ぎなかった。


 四日目。

 殻の内側に残った身をほぐし、出汁に落とす。

 白く透き通った身は熱を受け、少しずつ色と香りを湯に馴染ませる。

 昆布と焼き殻の香りが重なり、ようやくスープは「食べ物」の匂いを帯びてきた。


 一口すくうと、舌にほのかな甘みと焦げの香ばしさが残る。

 完成にはまだ遠いが、方向性は間違っていない。


 五日目。

 最後に出汁がほどよく温まったところで、ほぐした身を軽く火に通す。

 香りが立ち、黄金色のスープは見た目にも深みを増した。

 湯気を吸い込むと、海の甘みと焦げ、昆布のまろやかさが一体となって鼻をくすぐる。


 五歳の小さな手で匙を伸ばす。

 口に届いた瞬間、体中に温かさと旨みが染み渡った。


「……これだ。完璧なバリューアップだ」


 スープは琥珀色に透き通り、立ち上る湯気そのものが一つのご馳走だった。

 一口啜すする。

 昆布のグルタミン酸と、カニのイノシン酸が舌の上で出会い、爆発的な相乗効果を起こす。

 塩しか入れていないはずなのに、重層的な旨みが喉の奥まで支配していく。

 現代の美食を知る俺でさえ、この五歳の身体が震えるほどの快感だった。


「よっしゃあああ!」


 会心の出来に、俺は思わず拳を突き上げた。

 その咆哮ほうこうが、冬の潮風に乗って、近くで流木を拾っていたガキどもの耳に届いた。


 ザッ、ザッ、と砂を踏む音が近づいてくる。

 現れたのは、十歳前後のリーダー格・鉄太と、その子分のようなガキが二人。

 彼らは一様に鼻をひくつかせ、見たこともないほどギラついた目で俺の手元を凝視していた。


「……おい、勘太。

 お前、さっきから何してんだ。

 その、鼻が曲がりそうなぐらいいい匂いは、どこからしてやがる」


 ターゲットの来訪だ。

 俺はあえて彼らと目を合わせず、ゆっくりと土鍋をかき混ぜる。


「なんだ、鉄太か。

 お前らが『汚ねぇ』って蹴っ飛ばしてたカニでよ、ちょっと面白いもん作ってたんだ。

 この世で一番うまい汁だ。

 そこらの魚よりずっといい出汁が出るんだぜ」


「嘘つけ! カニなんて硬ぇし食うとこねぇじゃねぇか!」


 鉄太が食ってかかるが、その目は俺の持つ木椀に釘付けだ。

 俺はわざとらしく、自分の椀にたっぷりと汁を注ぎ、音を立てて啜ってみせた。


「…………ぷはぁ。

 たまらんなぁ。食いたいか?

 ただじゃ飲ませねぇぞ。取引だ」


「とりひきぃ?

 なんだよそれ、銭なんて持ってねーぞ!」


「銭なんていらねぇよ。

 お前たちが今拾ってる、その『まき』だ。

 俺が気に入る太いやつを五本持ってきたら、最初の一杯だけは飲ませてやる。

 ……どうだ、悪くない話だろ?」


 ガキどもは一瞬だけ顔を見合わせたが、次の瞬間には脱兎のごとく浜へ駆け出していった。

 薪五本。

 大人から見れば微々たる量だが、五歳の俺が拾い集めるには、浜を何度も往復し、

 一時間以上はかかる「重労働」だ。


 数分もしないうちに、鉄太たちが息を切らして戻ってきた。

 一人一人が、腕いっぱいに太い流木を抱えている。


「ほらよ! 十本持ってきたぞ! 二杯くれ!」


「欲張るんじゃねぇよ。

 一杯につき五本だって決めたろ。

 ……あとの五本は、俺が預かっておいてやる。

 次、またなんか食わせてやる時に、お前の分として数えてやるからよ」


(こうして彼らは、未回収の報酬を求めて、明日もまたこの場所へ現れることになる。

 解雇権は常に俺の手にある)


 俺は彼らから受け取った薪を、岩陰のストック場所へ積み上げた。

 そして、並んだ木椀に、黄金色のカニ汁を注ぎ分ける。


 鉄太たちが、奪い取るようにして椀を啜った。

 直後、静寂が訪れる。


「……なんだ、これ……」

「熱い……。あったけぇし、うめぇ……。なんだこれ、甘ぇぞ!」

「勘太! これ、本当にあのカニなのか!? こんなの、俺たちの家の飯と全然違うぞ!」


 無理もない。

 塩だけで煮た粟粥しか知らない彼らにとって、アミノ酸の相乗効果はもはや味覚のテロだ。

 それは空腹を満たすための作業でしかなかった食事が、初めて『娯楽』に変わった瞬間だった


「おかわりだ!

 勘太、もっと薪を持ってくる!

 十本……いや二十本だ!」


「だめだ。

 今日の分はこれだけだ。

 残りは俺の家の晩飯にするんだ」


 俺は冷徹に鍋の蓋を閉めた。

 希少性を演出し、価値を維持する。

 これもコンサルの基本だ。


「ええっ!

 そんなの殺生だろ!

 明日、明日はまた作ってくれるんだな!?」


「……お前たちの働き次第だな。

 また食いたいなら、俺の手伝いをしろ。

 俺が拾えって言ったものを拾い、俺がやれって言ったことをやる。

 ……分かったか?」


「やる!

 やるぜ!

 勘太……いや、勘太の親分!」


 鉄太たちが大はしゃぎしながら去っていく。

 彼らの背中を見送りながら、俺は足元に積み上がった三十本以上の薪を眺め、ほくそ笑んだ。


(……チョろすぎる。

 これだけで、俺が浜を何往復もして死ぬ思いで集める量の薪が、たった十数分で集まった)


 原価ゼロの廃棄物(カニ殻・昆布)を、最高級の満足感を与えるインセンティブに変換し、

 外部の労働力を圧倒的な低コストで買い叩く。

 人材派遣コンサルとしての知恵が、ついにこの宗谷で実利を生んだ。


 これで俺は、燃料集めという雑務から解放され、より「本質的な事業」に時間を割けるようになった。


(さあ、労働力リソースは手に入れた。

 次は、この労働力を使って『宝の山』を掘り起こすとしようか)


 五歳のコンサルタントは、満足げにカニの出汁を啜り、

 次なるフェーズ――「漂着物の選別と換金化」に向けた戦略図を、砂浜に描き始めた。


 ---


 だが、家に帰った俺を待ち受けていたのは残酷な現実だった。


「勘太! 勝手に土鍋を持ち出したね!」


(あらら、ばれてーら)


「母ちゃん、堪認かんにん!」


「まったくあんたって子は!」


 再び尻をしこたま叩かれたが、カニ汁の残りを提出したところ、

 事前に相談することを条件に家のものを持ち出す許しを得たのだった。


(くそう、どうも肉体年齢に引っ張られた失敗ばかりしている気がする。

 前世はもっとスマートで隙のないエリートコンサルだったのに……。あれ? 違うのか?)


 三つ子の魂百までというが、性根というのは転生しても変わらないらしい。

「お前たちの労働力、この俺が買い叩いてやる」

原価ゼロの廃棄物で、圧倒的な労働力を手に入れた勘太。

次回、閑話――「宗谷・美食革命ガストロノミー」。

絆を深める「福利厚生」は、さらなる禁断の味覚でした。

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― 新着の感想 ―
ガキ大将が腕っぷしにものをいわせるタイプじゃなくて良かったね。昔の子なら暴力で無理矢理奪っちゃいそうなものだけど。
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