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第23話:対大人用決戦兵器 ――「二家合同投資計画書」の作成――

鉄太との「再契約」を終え、子供たちの結束はかつてないほど強まりました。

しかし、彼らの前に立ちはだかるのは「十歳になれば奉公に出る」という、この地の絶対的な掟です。


深夜の隠れ家で、五歳の勘太と九歳の朔弥が練り上げたのは、

感情論ではなく大人たちを沈黙させる冷徹な「数字の暴力」でした。

 宝暦十一年(一七六一年) (仲春) 蝦夷地・宗谷


 夜の帳が下りた隠れ家に、炭の擦れる音だけが執拗に響く。  

 俺と朔弥の目前には、石で平らに削られた十数枚の木簡が並んでいた。  

 

 昼間は五人、十人と集まっていた子供たちも今はそれぞれの家に帰り、

 この隠れオフィスに残っているのは俺と、番頭の朔弥だけだ。


 揺れる灯明の火が、俺たちの影を壁に長く、歪に引き伸ばしている。  

 俺は冷え切った指先に息を吹きかけ、朔弥が差し出してきた「調査結果」を手に取った。


「……できたぞ。松前や箱館の商家に奉公に出た場合の、向こう十年の稼ぎの見積もりだ。」


 朔弥が、一際大きな木簡を俺の方へ突き出した。  

 そこには、残酷なまでに精密な数字が刻まれている。


「前渡金は一両から、良くて三両。

 そこから紹介の口銭を引かれれば、親の手元に残る実入りはさらに減る。

 向こう十年の上がりを勘定しても、せいぜい八両から十二両といったところか」


 予想通りかなり安い。

 ここらの漁師でも、年に二両か三両。腕の立つ者でようやく四両といったところだ。

 子ども一人の十年が、大人三年分に届くかどうか――そんな勘定になる。


 年に二両や三両。

 働き詰めでようやく腹が満ちるだけだ。

 網が破れ、舟が傷めば、ひと冬で吹き飛ぶ。

 それを考えれば、前渡金の一両は捨てがたい。


 俺が数字を見ながら考えを巡らせる一方、

 朔弥が木簡の数字を指でなぞりながらつぶやく。


「前渡分を差し引けば、十年間牛馬のように働いて、

 実質手元に残るのは五両から十両前後。

 ……俺たちの十年は、たったこれだけだ。笑えるだろ?」


 朔弥の横顔には、九歳という年齢にそぐわない乾いた諦念が張り付いていた。  

 自分たちが一年かけて血の滲むような思いで築き上げた「城」の価値よりも、

 村のしきたりに従って身を売った際の値踏みの方が、大人たちにとってはよほど現実味がある。

 その不条理を、彼は一文単位の計算で突きつけられていた。


「まあ、親たちにしてみれば、確実に手に入る『現物』だ。

 口先だけの夢物語じゃ、この重みには勝てないよ」


 自嘲するように、朔弥は息を吐いた。


 朔弥の言う通りだ。

 江戸時代の親にとって、奉公は「教育」でも「キャリア形成」でもない。

 それは「口減らしのため」が近い。  

 

 貧しい漁村において、子供が一人減れば飯の種が浮き、さらに一両の現金が手に入る。

 その「即効性」こそが、この地で奉公が絶対的な掟として君臨している理由だ。


 俺は別の木簡を手に取り、そこに太い線を引いた。


「なら、こっちの数字をぶつける。

 ……俺たちが一年間で積み上げた儲けと、来年の見込み」


 一年前、カニを拾うことから始まった俺たちの事業は、今や巨大な「仕組み」へと変貌している。  

 鯨の遺産から抽出した高品質な精製油。

 カニ殻と魚粉を焼成した、目に見えて収量が伸びる骨粉肥料。  

 そして、それらを支える三十人の組織力。


 俺は木簡を叩き、朔弥に具体的な仕組みの算段を提示した。


「魚油の取り分を増やし、無駄を減らす。

 さらに徳蔵さんの口利きで肥やしの売り先を広げる。

 その上がりを銭に直し、家々へ取り分として割り振った額を算段した。」


 俺たちの上がりは、この一年で十五両を超えている。

 うまく回せば、来年は二十両に届く見込みだ。


「奉公の支度金なんて、一年で取り返せる。……朔弥、これを見ろ」


 俺が示したのは、単なる金の比較ではない。  

 相手は海で生きる荒くれ者たちだ。数字だけでは動かない心がある。


「鉄太がここに残り、徳蔵さんたちとの浜仕事の段取りを仕切る。

 その見返りに、漁具を真っ先に回してもらう。


 そして朔弥、お前が内側の勘定を預かれば、

 いずれ村の名で売り買いする、その役を張れる。


 親が奉公に出すのは、家を守るためだ。

 ならば、いちばん家を太らせる道が、他所へやることではなく、

 俺たちのやり方に賭けることだと示してやる。」


「……容易じゃないな。だが、筋道は通っている」


 朔弥の目が、計算ずくの鋭さを帯びる。


「鉄太の親父さんは、海と心中するような頑固者だ。

 数字よりも『船』や『網』の話を混ぜろ。

 あっちの親父さんにとって、息子の働きで船が新しくなり、

 網が長持ちすることは、銭より効く」


 俺は前世のコンサルタント時代に培った、

 クライアントごとの「ニーズ分析」を現代の宗谷に適用していく。


「そして朔弥、お前の親父さんは村の理屈にうるさい。

 あっちには、息子を商家の下働きに出すより、

 ここで村の売り口を押さえる『番頭』として育てる方が、

 家の格も立ち、先の取り分も大きくなるとちらつかせるんだ」


「分かってる。親の肝を掴むのが手筋だったな、勘太」


 朔弥は不敵に笑い、炭を動かして「談判」の筋書きを補強していく。  

 深夜、俺たちは一度も手を止めなかった。    

 俺たちのやっていることは、もはや「会社ごっこ」ではない。  


 奉公という名の「強制解雇」を無効化し、彼らを正式な「社員」として再定義するための契約書。  

 それは、宗谷の古い掟に風穴を開けるための、俺たちの全財産と未来を賭けた「事業計画書」だった。


 俺たちが去れば、この木簡の数字はただの汚れに戻る。  

 だが、俺たちがここに残り、価値を保証し続ければ、

 これはこの地の貧困を塗り替える最強の武器になる。


「よし。……これを、明日の掛け合いで親父たちの前に突きつける」


 俺が炭を置くと、夜明け前の冷たい風が、隠れ家の隙間から吹き抜けた。  

 東の空が、わずかに白み始めている。


 六歳のコンサルタントは、目の前に並ぶ「数字の暴力」を見つめ、静かに決戦の時を待った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

奉公を「口減らしの換金」ではなく「人生の損失」と再定義し、

家を太らせるための「投資」を提案する勘太。

前世のコンサル経験が、宗谷の貧困を打破する最強の武器へと変わる瞬間です。


次回、ついに大人たちとの直接対決(談判)が幕を開けます!


「続きが気になる!」「五歳児のプレゼンが見たい!」と思っていただけましたら、

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