表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

第21話:宗谷の掟を書き換えろ ――「奉公」という名の強制解雇を、雇用契約で無効化する――

一年。

勘太が作り上げた「仕組み」は、宗谷の地に着実に根を張りつつあった。

現場を統べる鉄太、数字を刻む朔弥。

だが、事業が軌道に乗ったその瞬間、番頭の朔弥は「ある現実」を突きつける。

それは、どれほど銀を稼いでも、どれほど効率を上げても、

子供という身分では決して逃れられない「この地の宿命」だった。

 宝暦十年(一七六一年) (仲春) 蝦夷地・宗谷


 二人の吐息が白く混ざり合う、調理場の隅。

 パチパチと爆ぜる竈の残火だけが、幼い「経営者」たちの影を長く壁に落としていた。


「……勘太。お前が教えた『仕組み』は、美しすぎるんだよ」


 朔弥が絞り出すように言った。その手は、自分の管理する「大帳面(板)」を硬く握りしめている。


「肥料の配合、油の精製、そしてこの『給付台帳』……。

 全部、お前が組み立てた歯車だ。


 俺がその数字を刻み、鉄太が現場を叩いて速度を上げている。

 ……だがな、気づいちまった。

 この歯車、俺たち三人という『かなめ』が抜けたら、ただのガラクタに戻っちまう」


 俺は黙って、朔弥の言葉の先を待った。

 コンサルタントとして、彼が突き当たった壁の正体は、嫌というほど理解できていた。


「連中は、俺たちが記す数字を信じて動いている。

 それは、俺たちが『この数字を飯に替えてくれる』と信じているからだ。


 だが……来年、俺と鉄太がいなくなったら、その瞬間にこの帳面はただの汚い木の板に戻る。

 ここに記された数字はただの汚れになってしまう。

 裏打ちのない勘定なんぞ、ただの落書きだ。


 それとも、お前なら俺たちの役割も背負えるか?」


「いや、それは無理だ。

 もう、俺一人じゃまとめきれない。

 それよりも……来年、いなくなる?」


 俺の問いかけに、朔弥が怪訝そうに眉を寄せた。


「なんだ、勘太。

 お前、知らなかったのか?


 この地のガキは十歳とおになったら、家を守るために奉公へ出される。

 口減らしじゃない。

 家を支えるための義務だ。


 ……俺は松前の商家に、鉄太は親父さんのツテで親方の下へ入り、

 漁師見習いとして荒波に放り込まれる。


 それが、この宗谷の『決まり』だ」


 心臓の鼓動が、一瞬だけ速くなる。


 知らなかった。


 いや、前世の知識に引きずられすぎて、この時代の、この土地の「残酷な慣習」を見落としていた。


「当の鉄太は、目の前のカニを運ぶのに夢中で、

 自分が来年海に出ることなんて、とっくに忘れてるけどね。


 あいつはそういう奴だ。

 ……だが、あいつがいなけりゃ現場を束ねる『暴力的なまでの活力』が消える。

 俺がいなけりゃ、この作業場の『帳面しんよう』が消える。


 残されるのは、自力で獲物を獲る術を忘れ、

 俺たちの『指示』に慣れきった、

 さらに惨めな飢え死に予備軍だけだ。」


 朔弥が顔を上げ、俺を真っ直ぐに見据えた。

 その瞳には、普段の飄々とした余裕は微塵もなかった。


「勘太。俺は、自分が十歳になるのが怖いよ。

 知らない場所に行くことなんてどうってことはないんだ。


 それよりも……

 俺たちが必死に積み上げたこの『城』が消えてしまうのが怖い......。


 なあ、何かいい方法はないのか?

 教えてくれよ……いつもみたいに」


 朔弥の問いは、重く、鋭く、俺の胸に突き刺さった。


 近代的なシステムを導入すれば、組織は強くなる。

 だが、そのシステムを運用する「意志」と「信用」が個人に依存している限り、

 それは組織ではなく、単なる「個人の延長」に過ぎない。


 だが――俺の脳内にあるコンサルタントとしての回路が、即座に別の「解」を導き出した。


「……朔弥。なら、奉公先を『ここ』にすればいい」


「は……?」


 ポカンと口を開ける朔弥に、俺は畳みかけた。


「他所の商家や漁場に身を売る必要なんてない。

 この作業場が、お前たちを、そしてこの村の子どもたちを抱えるんだ。


 奉公先としての実態を俺たちが作り、親たちを納得させるだけのしかるべき銭を渡す。

 そうすれば、お前たちがここを去る必要もなくなる」


「……滅多なことを言うな。親たちがそんなの許すはずがない。

 向こうはちゃんとした大人なんだぞ」


「許させるんだよ。そのための『あかし』をこれから揃える」


 俺は、炭を拾い上げ、板に力強く線を引いた。


「親が奉公に出すのは、子供を食わせる余裕がなく、

 少しでもまとまった金が欲しいからだ。


 ならば、そのまとまった金と先々の取り分の請け合いを、俺たちが提示すればいい。

 ……朔弥、『掛け合い』の準備だ」


「親たちに掛け合うってことか……そんなことできるのか?」


「できる。そのための手立てはある。

 大人たちの首を縦に振らせる、筋の通った話を立てるんだ。


 年ごとの上がり、長く置く約定、

 そしてこの仕事が宗谷の親たちにどれだけ利をもたらすか。

 勘定を並べて、目の前に突きつけてやる」


 俺の目に宿った光を見て、朔弥が息を呑んだ。

 コンサルタントの本領発揮だ。単なる慈善事業ではない。

 これは、この地の古い常識を塗り替えるための「事業継承」と「M&A」に近い交渉になる。


「……わかったよ。お前の言う通りに、帳面の数字を整理し直す。

 親たちを唸らせるだけの、とんでもねえ『利』を見せてやろう」


 震えていた朔弥の手に、力が戻った。

お読みいただきありがとうございました。

親たちの「子供を換金したい」という切実な利害に対し、

勘太が「雇用契約」という現代の武器で挑みます。

単なる精神論ではない、数字と利を重んじるコンサルならではの戦い。

果たして大人たちの首を縦に振らせることはできるのか。


「勘太の逆転策を応援したい!」と思ってくださった方は、

ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】の評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ