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第16話:「力」と「知」の断絶――積み上げた木の葉の城

いつもご愛読ありがとうございます。


鯨の特需を終え、いよいよ「隠れ家」の事業を本格的な軌道に乗せるフェーズに入りました。

現代知識を注ぎ込み、効率的な「四部体制」を構築した勘太。

ですが、組織がシステム化される一方で、現場を支えてきた「あの男」の心境に変化が……。


江戸・宗谷でのマネジメントの難しさ、ぜひお楽しみください。

 宝暦十年(一七六〇年) (仲春) 蝦夷地・宗谷


 雪解け水が岩肌を叩く音が、日に日に激しさを増している。

 宗谷の春は、泥濘ぬかるみと、爆発的な生命の胎動とともにやってくる。


 俺たち「隠れ家」の事業もまた、その流れに乗り、急速に膨張し始めていた。

 鯨という巨大な「特需」の際は臨時で十五人まで膨れ上がったが、

 現在は再び元の七人に戻っている。

 

 だが、その中身は以前のような「ガキの集まり」とは一変していた。


「……いいか。これからは場当たり的な動きは禁止だ。前に言ったように役割を四つに分ける」


 朔弥が砂地に棒で線を引き、

 俺がかつて整理した「四部体制」を、より冷徹な効率性をもって定義し直していく。


「山の資源を取りまとめる『山方やまかた』は、朔弥。

 ハマボウフウの芽やシラカバの樹液を集めるだけじゃない。

 乾燥用のまきの切り出しと、油を精製するための熾火おきびの管理も任せる。  

 

 海を回る『海方うみかた』は、鉄太。

 徳蔵さんのところから『余りもの』を毎日回収し、浜の流木を確保しろ。  

 

 製造を担う『工夫方くふうがた』は、俺だ。

 油のさらなる精製、肥料となる骨粉の焼成、そして備蓄食の粉末化を行う。  

 

 最後に、全員の飯と体調を見る『賄方まかないかた』は、三吉。

 お前はただの飯炊きじゃない。

 作業場の掃除と、全員が『滋養の粉』を欠かさず飲んでいるか見張る役だ」


 この明確な職能分担セグメントが、組織を劇的に変えた。


「……だが、この四部を回すには七人じゃ足りねえな。特に山と海が手薄だ」


 俺が工程表を見つめて呟くと、横から朔弥が不敵に笑った。


「勘太。

 それなら、前に追い出した連中を呼び戻せばいい。

 俺が話を付けてくる。

 

 力自慢の暴君は鉄太の下で『海方』に。

 素行不良のガキは俺が見張る『山方』で、嫌というほど薪を運ばせる。

 乳飲み子連れの姉ちゃんは、家の中でできる『工夫方』の選別作業だ。

 ここに来る手間を省けば、効率は跳ね上がる」


 朔弥の提案は、見事な現場マネジメントだった。


「……分かった。お前に任せる。その三人を各方に組み込め」


「ついでに他の連中にも声をかけてみるよ。まあ、期待しててくれ」


 朔弥がさっさと村の方へ歩き出した。

 その背中を見送りながら、俺は心地よい敗北感に浸っていた。

 現地採用の幹部候補が、これほど鮮やかに「適材適所」のソリューションを提示してくるとはな。


「……面白くねぇな」


 ぽつりと、背後で低い声がした。  

 振り返ると、鉄太が焚き火の薪を、必要以上に強い力で叩き折っていた。


「鉄太? どうした」


「……あいつ、鼻につくんだよ。

 役割だか何だか知らねえが、元々は俺が連れてきた奴らだろ。

 それを、後から来たあいつが好き勝手に箱に詰めやがって……」


 鉄太の瞳には、明らかな「焦り」が宿っていた。  

 これまで鉄太は、現場の全権を握る「総大将」だった。


 だが、徳蔵さんから「公認」を得たことで、

 業務は「ただの力仕事」から「品質管理を伴う物流」へと変わった。

 

 朔弥の導入した体制により、鉄太は『海方』という一部署の長へと押し込められたように感じているのだ。特に、高度な加工を担う『工夫方』の輪に入れないことが、彼の自尊心を削っていた。


「鉄太、勘違いするな。

 お前は現場の『力』の象徴だ。

 お前がいなきゃ、どの『方』も動かねえんだぞ」


「分かってるよ。分かってるけどよ……」


 鉄太はそれ以上何も言わず、無愛想に作業に戻った。


---


 数日後、組織は朔弥の目論見通り、機械のように回り始めた。

 

 朔弥率いる『山方』は、雪解けの斜面でシラカバの樹液を樽に詰め、絶え間なく薪を供給する。  

 

 鉄太率いる『海方』は、徳蔵さんの作業場からカニの殻や魚の内臓を「掃除」し、臭いのきつい原料を隠れ家までピストン輸送する。  

 

 俺、そして内職の少女が『工夫方』として、それらを煮詰め、高品質な油を抽出し、残った殻や骨を焼いて肥料(骨粉)へと変えていく。  

 

 そして三吉が『賄方』として、全員に滋養たっぷりの食事を配り、ドロドロになった作業着の洗濯をこなす。


 他にも寄せ鯨の時に協力してくれた連中が不定期で手伝いに来るようになった。

 アルバイトとか日雇い労働者みたいな感じだな。 


 全てが順調。

 生産の筋道は整い、隠れ家の倉庫には「油」や「肥料」、「保存食」が積み上がっていく。


 だが、その成功と引き換えに、隠れ家の中の空気は、これまでになく張り詰めていた。


「おい、鉄太!

 海方の昆布、もっと砂を落とせって言ってたぞ!」


『工夫方』の補佐に回された新入りのガキが、鉄太に向かって生意気な声を上げる。


「……分かってる。やってるだろ」


 鉄太の声は、地を這うように低い。  

 これまでは、鉄太が「運べ!」と言えば全員が動いた。

 そこには理屈ではなく、鉄太への信頼と畏怖があった。

 

 だが今は違う。

 

 徳蔵さんとの契約を守るための「仕組み」が現場を支配し、

 鉄太はその巨大な歯車の一部に甘んじているように見えた。


 夕暮れ時。

 

 作業が一段落し、俺と朔弥は今後の段取りについて話し合っていた。


 夕闇が迫る宗谷。

 

 俺が砂の上に書いた工程表を指すと、朔弥が冷徹な目でそれを見つめ、関心したように頷く。

 

「妥当な目標だ。これだけの実績を積めば、徳蔵さんも俺たちの実力を認めざるを得ないだろう」


 だが、俺の視線はその先にあった。

 

 焚き火の傍ら、鉄太が独り、険しい顔で薪を整えている。

 効率を追求した「四部体制」により、現場の全権を握っていた彼は今、

 ただの『海方』の長という一部署の箱に押し込められていた。


 合理的すぎる作業工程の中では、彼の気合はかえって現場のテンポを乱していた。

 指示系統が明確になった分、かつてのように鉄太の「背中」を見て動けばよかった現場に、

 不要な摩擦が生まれている。


 鉄太は苛立ちをぶつけるように、必要以上に強い力で薪を叩き折った。

 これまで「力の象徴」として全員を引っ張ってきた彼にとって、

 この細分化された役割分担は、

 自分の存在価値を削り取られる檻のように感じているのかもしれない。


 組織図は埋まった。

 生産ラインも回り始めた。

 だが、かつての「ガキの集まり」が持っていた熱量が、

 鉄太の焦燥とともに歪な形へと変質し始めている。


 この鉄太の空回りをどうにかしない限り、

 俺たちの事業は砂上の楼閣に過ぎない。

 

 俺は沈む夕日に、苦い溜息を吐いた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


合理性を追求すると、どうしてもこぼれ落ちてしまう「感情」の問題。

現代の会社組織でもよくある「創業メンバーの疎外感」ですが、

荒くれ者の集まる宗谷では、これが致命的な火種になりかねません。


爆発寸前の鉄太と、それを見つめる勘太。

この歪みをどう解決していくのか、次回もぜひチェックしてください。


「続きが気になる!」「鉄太、頑張れ……」と思った方は、

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