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第15話:組織の亀裂――「埋蔵金」の代償

いつもご愛読ありがとうございます。


寄り鯨がもたらしたリソースを、いかにして「力」に変えるか。

五歳の身体に宿る現代の知恵が、村の大人たちとの関係性を劇的に塗り替えていきます。

 宝暦十年(一七六〇年) (初春) 蝦夷地・宗谷


 鯨の熱狂が去った後の宗谷の浜は、引き潮のように静まり返っていた。

 だが、その静寂は「終わりの静寂」ではない。

 

 大人たちが満足げに抱え込んだ肉や脂の影で、

 真の収益構造スキームが産声を上げようとしている「嵐の前の静寂」だった。


 俺は、数日かけて精製した「成果物」を携え、徳蔵さんの作業場へと足を運んだ。


「……なんだ、勘太。また何か拾いに来たのか?」


 徳蔵さんは網の手入れをしながら、呆れたように俺を見た。

 だが、その目は以前のような「鼻たれ小僧」を見るそれではない。


 鯨の骨から美味い飯を作り出した「得体の知れないガキ」への、

 隠しきれない警戒と興味が混じっている。

 

 俺は無言で、木椀に注いだ透き通った薄黄色の液体を差し出した。


「これを見てください。鯨の骨から絞り、さらに『磨いた』油です」


「……あ? 骨からだと?

 骨なんて焼いて捨てるか、浜に放置してカラスの餌にするもんだろうが」


 徳蔵さんは不審げに椀を覗き込み、次の瞬間、その目を限界まで見開いた。  

 そこにあるのは、村の衆が適当に火にかけて作った、

 すすと不純物が混じったドロドロの鯨油ではない。

 

 何度もし、温度管理を徹底し、現代の精製知識を動員して仕上げた、

 底まで見通せるほど澄み渡る「高品質」の油だ。


「……火を灯してみてください。

 煤も出なけりゃ、あの嫌な臭いもしません。

 松前の大店おおだなで売っている行灯あんどんの油にも引けを取りませんよ」


 徳蔵さんがおそるおそる燈明の芯にその油を浸し、火を点ける。  

 ゆらりと立ち上がった炎は、驚くほど明るく、そして静かだった。

 パチパチという不純物が弾ける音も、鼻を突く獣臭さもない。

 ただ純粋な「光」が、薄暗い作業場を照らし出した。


「……信じられねぇ。これが、あのゴミからだと?」


「ええ。

 手間と知識さえあれば、大人たちが捨てているものは『宝』になります。

 ……そこで相談です、徳蔵さん」


 俺は、前世で何度も企業相手にぶつけた「コスト削減と付加価値の提案」のトーンで、

 一気に本題を切り出した。


「これから、漁で獲れるカニや魚で、売れないものや食べない部分、

 殻や内臓など、不要なもの……『余りもの』を俺たちに預けてくれませんか?

 浜に捨てておけばカラスが集まるし、夏になれば腐ってやまいの元になる。

 

 俺たちが引き取ります。

 大人たちの手を煩わせることはありません」


「……引きとるだと?」


「ええ、そうです。

 大人たちは面倒な廃棄物の処理から解放される。

 俺たちはタダで材料が手に入る。

 

 ……どうです、徳蔵さんは一切損をしない。

 むしろ浜が綺麗になって、村の大人たちからも感謝される。悪い話じゃないでしょう?」


 徳蔵さんは唸った。  

 大人にとって、廃棄物の処理はただの不毛な重労働だ。

 それを「ガキが勝手にやってくれる」という。

 しかも、目の前にはそのゴミから生まれた、金になる「高価な油」がある。


「……わかった。

 勝手にしろ。他の連中にも、俺から話を通しておいてやるよ。

 ……ただし、怪我だけはするなよ」


 交渉成立だ。  

 この瞬間、俺たちは宗谷における「廃棄リソースの独占回収権」を実質的に手中に収めた。

 資本ゼロ、土地ゼロの俺たちが、既存のサプライチェーンに食い込んだ記念すべき瞬間だった。


---


 隠れオフィスに戻ると、すでに朔弥が待機していた。  

 俺が徳蔵さんから「公認」を得たという事実、

 そしてそれがもたらす「原料の安定供給」というパラダイムシフトを、彼は即座に理解した。


「……これで、材料の心配はなくなったな、勘太。

 拾い物の運任せじゃなく、俺たちが『選ぶ』側になった」


「ああ。これからは安定して『原料』が入ってくる。

 もう、その場しのぎの炊き出しは終わりだ。

 この村で、誰にも邪魔されない俺たちの基盤あしがたを作るぞ」


 俺たちは、焚き火の傍らに転がしていた「木の板」を膝の間に引き寄せた。

 俺は消し炭の欠片を手に取り、板の上にいくつもの太い線を引いていく。


 流木を石で平らに削り、炭で海岸線をなぞっただけの不格好な代物だ。

 ホワイトボードが欲しいところだが、今の俺たちには、これがせいいっぱいだ。


「まず、魚の内臓からはさらなる精製油を。

 鯨の骨からは骨髄油と、焼いて砕いて畑の肥やしを作る。

 カニの殻も同様だ。


 これがあれば、大人と取引する更なる材料になる。」


 朔弥は俺の言葉を一つも漏らさず聞き入り、時折、計算するように目を細める。


「……なるほどな。

 油は灯りになり、肥やしは大地を豊かにする。

 俺たちがゴミを拾えば拾うほど、村の連中は俺たちの意見を聞いてくれるようになるわけだ。


 ……面白い。


 勘太、お前が言っていた『大仕事』の輪郭が、ようやく見えてきたよ」


 炭の粉で指を汚しながら、俺たちの会話は熱を帯び、加速していく。  

 前世の組織運営の感覚と、江戸の暮らしが噛み合い、

 まだ見ぬ「宗谷の自治」のビジョンが形作られていく。  

 

 だが。  

 

 その熱気に当てられた空間の隅で、一人、壁に背を預けて二人を眺めている影があった。


「……ちっ」


 低く、苦々しい舌打ち。鉄太だった。  

 彼は、俺と朔弥が交わす「精製」や「仕組み」「効率」といった、

 自分には馴染みのない言葉の応酬を、ひどく面白くなさそうに見つめていた。

 

 これまでは、鉄太が現場のリーダーだった。  

 俺が「あれを運べ」と言えば、彼が力自慢のガキどもをまとめ上げ、泥にまみれて汗を流した。


 その物理的な力が、組織の唯一のエンジンだったはずだ。  

 だが、今の会話の中に、鉄太が介入できる余地はない。


 朔弥という「頭の回る奴」が入ってきてから、組織のステージが変わってしまった。  

 俺(勘太)という脳と、朔弥という神経系が直結し、組織が高度に最適化されていく。

 その効率性の影で、鉄太のような「単純な腕力」は、単なるパーツの一つに成り下がろうとしていた。


 鉄太は、無言で作業場を出て行った。  

 彼の手には、かつて俺たちが苦労して作り上げた、

 「カニの固形保存食」が握りしめられていた。


 朔弥との会話に没頭する俺は、その背中が発する微かな「疎外感」に、まだ気づいていなかった。    

 事業の加速は、同時に組織の内側に「歪み」を生む。  

 

 大人たちとの交渉、

 原料の確保、

 そして商品の開発


 ――外側に向けた戦いが激しさを増す一方で、

 俺たちの足元には、まだ誰も気づかない小さな亀裂が走り始めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


仕組みが整い、組織が形を変えていく過程には、必ず光と影が生まれますね。

この先に待ち受ける変化に、勘太はどう向き合っていくのか……。


「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

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皆様のポイントが、執筆の最大の動力源になります。

よろしくお願いいたします!

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