第11話:選別と幹部候補
鉄太が連れてきたのは、飢えた子供たちの群れ。
だが、勘太が求めているのは「客」ではなく、共に戦う「仲間」だ。
五歳の幼児による、冷徹な「面接」が幕を開ける。
宝暦十年(一七六〇年)(初春) 蝦夷地・宗谷
隠れ家の前に、温かい汁で喉を潤した者たちが並んでいる。
だが、その場の空気は先ほどよりも重い。
一度「満腹」の予感を知ってしまったからこそ、
それを奪われることへの恐怖が、彼らの表情を強張らせていた。
「……まず、お前。前に出ろ」
俺が指さしたのは、一人目に汁を飲み干した、鼻を垂らした少年だった。
「……なぜ、俺たちの仲間に入りたいと思った?」
少年は、空になった木椀を握りしめ、即答する。
「腹が減ってるからだ! ここに来りゃあ、うめぇもんが食えるって聞いたぜ!」
(……だろうな。この村の連中に、これ以上の志を求めるのは、砂漠で水を求めるようなもんだ)
俺は溜息を飲み込み、質問を変えた。
「いいか。飯はやる。だが、タダじゃない。
俺が『あの崖の上まで行ってこい』と言ったら、お前は文句を言わずに走れるか?」
「えっ? 崖? なんでだよ、腹減ってる時に走れるわけねーだろ。
先に食わせてくれよ。そうすりゃ動いてやるよ」
その瞬間、俺の中で「選別」が終わった。
「不採用だ。次」
「……あ? なんでだよ!」
「俺が欲しいのは、飯を食うために動く奴だ。
食ってから動く奴じゃない。
お前は腹がいっぱいになったら帰るんじゃないか?
それは仲間じゃなく『客』だ。
悪いが、俺たちは客にただ飯を食わせるほど余裕がないんだ」
俺は、不満げな少年を鉄太に合図して下がらせた。
鉄太は無言で少年の肩を掴み、列の外へと押し出す。
(厳しいようだが、これだ。
能力はどうでもいい。
まずは『褒美』を餌に、こちらの規律に従う意思があるかどうか。
そこが最低ラインだ)
二人目は、背中に小さな二歳ばかりの弟をおんぶした、少し年上の少女だった。
「私は、弟と一緒に働きたい。
この子が寝てる間なら、なんでもする。
鉄太から、ここに来れば力がつくものがもらえるって聞いたんだ」
鉄太たちが少し誇らしげに胸を張る。
自分たちが手に入れたカニの保存食や野草の煮込みが、
村の者たちの間で「特別なご馳走」として噂になっている証左だ。
だが、俺は首を横に振った。
「だめだ」
即答だった。
少女の顔に戸惑いが広がり、鉄太が口を挟もうとするのを手で制す。
「今の俺たちには、その年頃の子供を預かる余裕も、怪我をさせない保証もできねぇ。
ここは、いつ崩れるか分からねぇボロ小屋だ。
火も使うし、重い流木も扱う。
……二歳ともなれば、背中から下ろせば勝手に動き回るだろう。
お前が仕事に精を出している間に、もしその子が岩の隙間に落ちたら?
飛んできた火の粉を浴びたら?
誰が責を負うんだ」
「それは……ちゃんと、言い聞かせるから……」
「二歳の子供に言い聞かせて、どれほどのあてになる?
おとなしく座ってることもできないだろう。
……お前が一人で来られるようになるか、
その子がもう少し聞き分けのつく年になるまでは、
仲間に加えるわけにはいかない」
少女は何も言わず、悲しそうに俯いて去っていった。
背中の弟が、姉の沈んだ気配を察したのかぐずり始める。
彼女はあやすように背中を揺らしながら、ゆっくりと去っていった。
胸が、少しだけ痛む。
だが、情に絆されて安全を疎かにする組織は、一度の過ちで瓦解する。
今の俺にできるのは、無責任に雇い入れることではなく、
一刻も早く商いを大きくし、小さな子供を遊ばせておけるような『余力』を持つ段階まで、
皆を引き上げることだけだ。
「……勘太。」
「……言うな。次だ。」
鉄太の恨みがましい声を、俺は意識的に冷たく撥ね退けた。
三人目は、最初から俺を睨みつけていた、体格のいい少年だった。
「おい。チビのくせに、偉そうなんだよ」
一歩、踏み出してくる。
「なんで俺がお前の言いなりにならなきゃならねぇ。飯を出すか、痛い目を見るか、選べ」
「……話にならんな」
俺がため息をつくより早く、隣の鉄太が動いた。
「勘太に手ぇだすんじゃねぇ!」
鈍い音。突っかかってきた少年は、地面に転がされた。
暴力による即時排除。
解雇コストがゼロなのは、この時代の数少ない利点だな。
隠れ家の中に、重苦しい沈黙が降りていた。
鉄太でさえ、俺の選別の厳しさに少しばかり顔を強張らせている。
(……妥協はできん。一度緩めれば、組織はただの『遊び場』に成り下がる)
俺が視線を上げたとき。
四人目と五人目――連れ立って前に出たその兄弟が、俺の目に留まった。
兄は俺より二つ、三つ上か。
体格はそれほどでもないが、その瞳には周りの連中のような漠然とした空腹感ではなく、
対象を観察するような「静かな光」がある。
隣に並ぶ弟は俺と同じぐらいの背丈。
兄の後ろに隠れるようにしているが、黙って話を聞くぐらいのこらえ性はあるようだ。
「……お前たちは?」
俺の問いに、兄の方が一歩前に出て、小さく会釈をした。
その所作だけで、他とは意識が違うことが知れる。
「俺は朔弥。
こっちは弟の慎弥だ。
……勘太、お前が『手足』を探しているって話は、三吉から聞いたよ」
「……ほう」
朔弥は、不採用になった者たちが消えていった入り口を一瞥し、薄く笑った。
「力自慢は要らないんだろう?
なら、俺たちは役に立つ。
俺は文字が少し読めるし、慎弥はいいつけられたことはちゃんとやる。
……それに、俺たちはさっきの奴みたいに、お前に喧嘩を吹っ掛けたりはしないよ」
「なぜだ。五歳の俺に指図されるのは、お前だって面白くないはずだろう」
俺の揺さぶりに、朔弥は肩をすくめた。
「面白くはないかもな。
だが、それはそれとしてだ。俺たちは腹が減ってる。
お前の言うことを聞けば飯が食える。
おまけに家の仕事も早く終わらせられるんだろう?
なら、従ってみるのも悪くはない」
俺の背筋に、わずかな熱が走る。
コンサルタントとして、これほど心地よいプレゼンの受け手はいない。
こちらの意図を、言葉の裏まで読み取ろうとする意志。
「……慎弥。お前は、どうだ?」
俺が弟に話を振ると、慎弥はビクリと肩を揺らしたが、
はっきりと小さな声で言った。
「……飯をくれるなら、いうこと聞く。手伝いする」
一人目の奴と同じようで違う。俺の言いたいことは伝わってるようだ。
「……いいだろう。お前たちを採用する」
「それはありがたい。だが、その前に言っておくことがある」
俺が言葉を出し切るより早く、朔弥が手を挙げて俺を遮った。
朔弥は俺の瞳の奥を覗き込むような、射抜くような視線を向けてきた。
「しばらくは従うが、もし期待外れだったら抜けさせてもらう。
ガキのごっこ遊びに付き合うほど、暇じゃないんだ」
その条件を聞いた瞬間、俺の脳内にある計算盤が、激しく火花を散らした。
こちらが相手を見定めるように、相手もこちらを見定めんとしている。
(傲慢な奴だ。
だが、自分の価値を理解し、出口戦略を常に考えている。
……最高の人材じゃないか)
盛り上がる俺たちに遠慮するように、三吉が声をかけてきた。
「あの、朔弥と慎弥を連れてきたの、俺だ。だから、特別な甘味欲しい」
そういえばそうだった。
「あ、ああ、そうだな。三吉、お手柄だったな」
張り詰めた空気が、三吉の抜けた声でふっと緩んだ。
俺は、朔弥と慎弥に新しい役割を与えるべく、隠れ家の奥へと招き入れた。
春の風が、入り江を吹き抜ける。
ただの「頭数」ではない。
俺のビジョンを共有し、拡張できる「幹部候補」が、今ここに加わったのだ。
ご一読ありがとうございました。
情を捨て、理で選ぶ。その厳しい選別の末に現れたのは、知略の男・朔弥でした。
「期待外れなら抜ける」と豪語する彼を、勘太はどう繋ぎ止めるのか。
いよいよ、あの「琥珀色の蜜」と「カニの寄せ鍋」の出番です。
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