第10話:人の波と琥珀色の汁
鉄太たちが村から連れてきたのは、飢えた子供たちの群れだった。
彼らの目に宿るのは、不審と期待。
勘太は彼らに、対価なき慈悲は与えない。
まずは「数」の力を確認する。
宝暦十年(一七六〇年)(初春) 蝦夷地・宗谷
「連れてきたぜ、勘太!」
鉄太の自信満々な声が、隠れ家の入り口に響いた。
数刻前、村へと送り出した仲間たちが戻ってきたのだ。
その後ろには、鉄太の言葉を信じてついてきた者たちが列をなしていた。
泥にまみれ、痩せこけてはいるが、その瞳の奥には、
生きるために何でも食らいついてやろうという執念が、鋭い光となって宿っている。
俺の前に並ぶ、大勢の候補者たち。
彼らは一様に肩をすくめ、寒さと空腹に震えていた。
その眼には本当にここへ来れば飯にありつけるのかという、
強烈な不審と期待が入り混じっていた。
俺は短い腕を組み、十畳ほどの広さがある隠れ家の周囲を指差した。
雪解けとともに芽吹き始めた、しぶとい雑草が建物の周囲を囲っている。
「この建物を、草をむしりながら一周してこい。
入り口まで戻ってきた者には飯を喰わせる」
連中が顔を見合わせる。
「一周」。
距離にして十数メートル。
だが、腰を屈めて一歩ずつ進み、地面にしがみつく草を一つひとつ引き抜いていくのは、
満足に食べていない彼らには、じわりと体力を削られる仕事だ。
「……始めろ」
俺の合図とともに、影たちが地面に這いつくばった。
バリバリ、と茎が裂ける音が静かな入り江に響き始める。
開始からしばらく経ち、じりじりと時間は過ぎ、彼らの息が上がり始める。
「……やってられっかよ!」
突然、一人が草を地面に叩きつけた。
俺より数歳は上だろうか、体格のいい少年だ。
「なんでこんなチビの言いなりになって、草なんて毟らなきゃならねぇんだ。
おい、先に飯を出せよ! 出さねぇなら、力ずくで……ッ」
彼が俺に向かって足を踏み出そうとした瞬間、
横から鉄太がその肩を掴み、鋭い視線で圧をかけた。
少年は毒づきながら手を振り払い、
「けっ、馬鹿馬鹿しい。他を当たるぜ」
と吐き捨てて、村の方へと去っていった。
それに引きずられるように、さらに数人が
「……俺も、もういいわ」「こんなの、ただの嫌がらせだろ」
と愚痴をこぼしながら列を離れていく。
(……フン、手間が省けた。
俺が欲しいのは、食べるために動く奴だ。
理屈や意地を優先して動けない奴に、分ける飯はない)
去っていく者たちを尻目に、残った者たちは黙々と手を動かし続けた。
建物の角を曲がるたびに、誰一人欠けることなく足元が片付き、整えられていく。
五歳児の非力な腕では到底及ばないスピードで、外の景色が書き換えられていく。
これこそが「数」という名の圧倒的な力だ。
やがて、最初の一人が息を切らし、入り口まで戻ってきた。
続いて次々と、顔を上気させた連中が戻ってくる。
十畳の小屋の周りは、見違えるほどすっきりと片付いた。
そこに「働いた証」が刻まれた。
「……終わった。早く、飯を……」
一人が、喘ぐように呟く。
俺は無言で、奥から三吉を呼び出した。
三吉が運んできたのは、「カニの保存食」をだし汁で溶かした、琥珀色の汁だ。
彼らの喉が、一斉に鳴った。
「まずは一杯ずつ飲め。それが、今の働き分だ」
配られた木椀を、彼らはひったくるように受け取った。
熱い汁を一口啜った瞬間、彼らの動きが止まる。
カニの旨味と、塩気。
極限の空腹状態にある体に、濃い栄養が直接染み渡る。
一度でもこの「心地よさ」を知った者は、もう元の地獄には戻れない。
全員が飲み干したのを見届け、俺は冷たく言い放った。
「さて。腹が落ち着いたところで、次は一人ずつ選ばせてもらう」
俺は、一列に並んだ彼らを端から見定めていく。
「俺がいいって言ったやつだけ、仲間に加える。
仲間になれば毎日これが飲める。
いやなら、今のうちに帰れ」
温かい汁の余韻を断ち切るような、非情な宣告。
連中の顔色が変わった。
ここからが、彼らの人生を、そして俺の計画を左右する、本当の「仕分け」の始まりだ。
「……まず、お前。前に出ろ」
俺は一人目を指さした。
五歳児の、静かな目が、獲物を見定めるように細められた。
ご一読ありがとうございました。
温かい汁で喉を潤した直後、突きつけられる非情な選別。
「一度知れば戻れない」という依存の種を植え付けた勘太の、本当の仕分けが始まります。
勘太が指さした一人目の少年は、果たして「仲間」になれるのか。
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